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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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味噌汁4

 俺の休み時間はまだ大丈夫だし、まだまだ新制度の規定時間内でもあるけどけどウィオラは明日も仕事。

 先輩が教えてくれた道場の救護所へ移動だと食堂を出たけど迷い中。


(ウィオラさんにも明日の仕事がある。彼女はこれから風呂屋へ行くし帰ったら家ですることが何かあるかも。でも欲張りたい。時間があるからまだ一緒にいたい……)


 人を知る者は智。自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力有り自ら勝つ者は強し。

 足るを知る者は富み、強めて行なう者は志有り。その所を失わざる者は久し。全てに感謝を忘れぬなかれ。

 師匠に耳にタコが出来るまで言われ続けてまだ言われる門下生達への教え。バカな俺もとっくの昔に丸暗記。

 他人を理解する事は普通の知恵。自分自身を理解する事はさらに優れた明らかな知恵。

 他人に勝つには力が必要だけど自分自身に打ち勝つには本当の強さが必要である。


(全然打ち勝ってねぇ……)


 満足する事を知っている人間が本当に豊かな人間で努力を続ける人間はそれだけで既に目的を果たしている。良いこと悪いことの全てに感謝しなさい。


(こんなにしてもらっているのにまだ満足してない。相変わらず未熟だ……)


 嫌なことから目を背けることはしないけど嫌なことよりも良いこと、幸せなことに目を向けるということはこういう教えを知らなくても実践して生活している両親が手本。

 だからデオンのこの説教を俺は入門早々すんなり聞けた。

 言葉自体は中々覚えられなかったし全然実行出来ていないし励んできたはずなのにこうして成長不足。さらに落ち込んできた。

 

「食堂と道場と本屯所敷地内までがその札でうろつける範囲です。規定時間内で職員同伴者がいれば、ですけど。まだ休憩時間があるけどウィオラさんは明日があるからもう帰りたいですか?」


 自己嫌悪をしていても自己改善は出来ない。


「あの、大丈夫ですか? 俺はウィオラさんが大丈夫なら規定時間内はあまり帰したくないです」


 分からないことは尋ねるしかなくて、自分の気持ちも言わないと伝わらないので口にするしかない。

 帰ります、とどうか言いませんように。まだ少し付き合えると言って欲しい。俺はなんとかしようとしても自ら彼女に会うことが出来ない日々だから。


「小一時間と聞いていたのにもうお別れだと思ったので嬉しいです」


 花が咲いたみたいな笑顔って多分これ。まだ帰らないと言ってくれる、という自分の願望が叶った歓喜の気持ちも加わったからかめちゃくちゃかわゆく見える。


「それなら少し付き合って欲しいです」

「はい」


 道場の左側へ回って救護室の扉を開いて中を覗いた。誰も居なそう。


「おお。誰も居ない。ここ、鍛錬時に何かあった時の臨時救護所なんです。救護所自体は別の建物です。怪我人が出たら現場近くの火消しの組所や病院や薬師任せだからあまり使わないですけど。ここも道場の一部なので規定違反ではないです」

 

 周りの様子を確認して手招きしてウィオラを中へ招き入れた。


(かんぬき)しとこう。畳に上がって楽にして下さい。道場側も(かんぬき)だ。救護所だと違反だけどここは道場内です。先輩さんにチラッて聞いて確認済みです」


 板の間に荷物を置いて(かんぬき)をかけにいく。二人きりだからここならどんな話題も出せる。

 戻ったらウィオラはどうぞと勧めた畳に上がって正座していた。

 今すぐ抱きしめたいくらいだけど我慢して少し距離をあけて隣にあぐら。


(なんか失敗した。なぜか顔がこわばった。ラルスさんにも本人にも見張りは要らないって言われているけど……)

 

「ウィオラさんが来るそこそこ前に鐘が鳴っていたから鐘が鳴ったら帰します。あの、その前に帰りたくなっても帰します」


 明日もしも会えたら大人しく食事後に帰そう。いや明日も来てくれるのか、大丈夫なのかまずは確認だけど。


「小一時間なのに半刻少々くらいなのですね。他の時間は休めていますか?」


 チラッと確認したら寂しげな表情。


(……。もっと居たいって意味だよな。失敗ではない? (かんぬき)で逃げられないから緊張? いやこちら側から簡単に開けられる。分からん)


「こうして働けるくらいには休んでいます。臨時特別制度だから最初は短く。印象を悪くしないようにです」


 わりと何でも言える性格なのにずっと帰らないで欲しいくらいだ、みたいな言葉は喉に引っかかってしまって出てこない。

 膝あたりに乗せた手も動かせない。竹林でもそうだったけど間が空いたから緊張しまくり。


「そうですよね。これはして欲しいとかこれはしなくて良いと遠慮なく連絡帳に書いて下さいね」


 こわばった感じは消えて食堂に居た時のように笑いかけてくれて嬉しい。余計に先程のこわばった表情の理由が分からなくなった。


「ええ。俺は我儘(わがまま)放題しています。なので遠慮せず無理なら無理と断って下さい。家族には出張で居ないと思ってくれ。二名までじゃなくて一名って書いたんでこの時間の屯所にはまたウィオラさんに来て欲しいです」

「えっ? それで良いのですか?」

「心配だーってうるさそうなんで。二人もきたらさらに。そんなのかえって疲れます。ルカやロカならええけど食堂で親父や母ちゃんと二人の絵面はちょっと。いや妹もなんだか……。頼まれたら交換して下さい。しれっと帰れるかもしれないです」


 これも本心だけどウィオラに出来るだけ会いたいのが本音。家族への連絡帳にも正直に書く。

 せっかくとっかかりに成功したのに袖振りされたくないから助けてくれというような頼み事をする。もう頼んでいるけど更に頼む。色々してきたから家族に対する遠慮はあまりない。


「分かりました」

「元気なら次も今日みたいにお願いします。勤務調整をしたし、先輩にしてもらったんで明日は既に候補日です。家風はうんと嬉しかったです。ウィオラさんが居て嬉しくてそこに上乗せです」

「それは良かったです」


 ニコニコ笑っているけど仕事や家のことは大丈夫だろうか。


「でも疲れるならあれこれしなくてよかです。往復も大変なのに荷物が重くなったらさらに大変です。一番はウィオラさんの生活です」


 毎日通ってくれるのは俺に会えるかもしれないという期待があるから、と都合の良い自信を持つことにしていた。運搬や毎日通うことは頼んでいないことだから。

 俺と居たいという雰囲気を肌で感じて少々そういう前向きさを取り戻してきた。連絡帳も役に立ってあるはずだけどやはり会って話すって大切。


我儘(わがまま)ではないです。私がしたくてしたことなので嬉しそうな様子で次も、と言われたからホッとしました」

「えっ?」


 ホッとしたってなんだ。


「余計なお世話だったかなって不安でした」


 困り笑いを向けられて戸惑う。こんなの動揺しかない。


(不安ってどうしてそうなる。バカだからなんか言ったか?)


 いや、言ってない。バカだけど本能人間なのでウィオラのこの気遣いは嫌とか面倒みたいな感想が無い俺が何か言うわけがない。


(俺は照れを無視して、迷惑もとりあえず無視してとにかく感謝して次もって頼んだのに不安ってどこから出てくる。どの会話だ)


 全然分からない。首を横に振って何を言うべきなのか考える。ダメだ。全然分からない。ウィオラなぞなぞが増えた。

 会話や質問への回答が俺の家族親戚友人知人にはあまりない感じでなぞなぞみたい、と思うから俺の中でウィオラに対する疑問点にそういう名称がついた。

 ロカが連絡帳に書いてくれたウィオラが考えたたけのこの採り方や、たけのこは成長して竹になるのではなくてたけのこから竹が生まれるという発想もなぞなぞ。

 そういうかわゆいなぞなぞは見聞きする機会が無かっただけたけどこの不安は本当になぞなぞ。


「俺はウィオラさんに気遣われたら何をされても嬉しいです。我儘(わがまま)のお返しは何がよかか考えておいて下さい」

「いえ、忙しくてお疲れですから気を遣わなくて大丈夫です」

「そうしたいからです。物でも食事でもして欲しいことでも何でもよかです。何でもは嘘つきですね。外回り中にサッと買い物やこの規定で近くで外食をご馳走くらいは出来ます。して欲しいことは極力頑張ります」

「それなら……。倒れないで欲しい、です。難しくてもなるべく元気でいて下さい」


 ……。

 俺のこと……。優しくて嬉しいけどそうじゃない。


「おお。難しいお願いをされた。この通りおかげさまでうんと元気になりました。でもほら、他に何か。俺になにかされたら嬉しいとか、何か貰ったら嬉しいとか、何か一つくらい。何もないですか?」


 さすがにここまで言ったら何かあるよな。思い切って少し近寄って顔を覗き込む。

 そうしてからこれも押し付けという我儘(わがまま)だと気がついて傷ついた。励み続けてきたはずなのに俺ってあれこれしょうもない。


「その」

「はい」


 良かった。何かある。ウィオラはなんだか欲があまりなくて遠慮がちな性格な気がするので強めに尋ねるようにしていた。

 押し付け我儘(わがまま)だけではないと思い出し。やたら後ろ向きなので俺はやはり精神的に疲れてる。前向き人間で神経が図太いのに心が参っているとこうなりがち。


「合鍵をいただいているので」

「ええ。あっ、疲れている中掃除なんてしなくて構いませんからね」


 そうだった。これは母からの密告。というよりもそこまで頼むなと注意された。頼んでいないという返事を書いたら以後その話題がない。屯所通いの件と同じだ。


「あの、いえ」

「新しい仕事はなんでも大変なので、疲れたり困ったら早めに俺の家族にあれこれ丸投げして下さい。ラルスさんがいるけど俺の家族も加えたら人手が沢山です」


 ウィオラは俯いて太腿の上で重ねている手を握りしめて婚約指輪を弄って見つめている。


(返事がない)


 この部屋は備えつけの光苔の灯りに覆いをしていなくてそのままになっているからそれなりに明るい。だから困っている横顔がよく見える。それでみるみる赤くなったのも。


(困るのに照れるってなんだ。えっ、ここまで言ったのに何か頼んだら断られるかもしれないって心配をしてるのか?)


 ペラペラ喋ると喋れない人は困るとリルで学習済みなのでここは待つ場面。

 ウィオラは喋れない人ではないけど今はどう見ても遠慮がちで喋れない状態。


「その、お部屋で寝ても良いですか? あの。布団は勝手に使わないようにします。きちんと運びます」

「……えっ?」


 とんでもなく予想外な頼み事をされた。


「もしかしたらあの、急に少しだけ帰ってこられても夜だと会えないこともあるのかな……。なんて……」


 幹部は表向き帰宅禁止令なので帰れないという話題は筆記帳に書いたけど、たけのこ掘りの時のように隙を見て帰るかもという話しも記入していた。

 実際に先輩の家に少し寄ってお茶をいただいて、先輩はほんのわずかな息抜きなどある。

 ウィオラが仕事中や彼女も家族も寝ている時間に一瞬帰るなんて頭はなかったけど彼女はこんなことを考えたのか。


「……。ええっ。あっ、はい。ラルスさんに書きます。俺がそうして欲しいから手紙を書きます。許可されたらそうして下さい。布団も別に使ってもよかです」


 これは頼み事、お願い事ではない気がする。俺への気遣いとか俺へご褒美だ。


(ああ。俺と似てるって思えばよかなのか。俺がされて嬉しいことは彼女も嬉しい可能性ってこと)


 なにがどう不安に繋がったのか不明だけど、俺もウィオラは日々の生活で疲れているから帰りたいだろう、みたいに後ろ向きに考えたのでそういうこと。不安に理由なんて特にないこともある。


「言い出したのはおじい様です。寝ないで待っているならネビーさんの部屋で寝たら良いのではって」

「えっ。それはどうもありがとうございます。寝ないで待ってくれている日があるんですか。居そうな時間に仕事途中で寄り道したいけど中々難しくて。す……」


 すみませんという言葉は慌てて飲み込んだ。謝ったら無理をさせたとか気遣わせたと気にされる。


「すごく帰りたいんですけど難しくて。一目でも会いたいから張り切って書類仕事は夜に回してもよかな感じにしました。いえ、下っ端の新米幹部なのでしてもらえました、の方です。頼みましたけど……この時間帯はなるべく屯所内で休みたいと」


 それなりに人生経験や人付き合いを重ねて大勢の性格を知っているので、まだまだ未熟者でもこのくらいは気がつく。

 ウィオラは頷いてとても嬉しそうに笑ってくれた。もう困り笑いではない。


(俺が言うべき口説き文句は帰らないで欲しいくらいです、だったってこと。帰ると言われたくないから気遣いの言葉を言えないは見当違いだった……)


 ウィオラはこの場所のことは知らないから俺が食事を終えてわり直ぐに行きましょうと口にしたから、仕事か疲れで帰されると思ったかもしれない。なにせもうお別れだと思った、だ。


(なにが俺はそこそこウィオラさんから慕われたと思っています、だ。俺のバカ)


 彼女は膝の上で重ねていた手をそっと動かして俺の袖を軽く引っ張った。

 こちらを見上げたから上目遣い。いつもかわゆいけどこれは何かさらにかわゆい。

 何か頼まれる! と期待したけど特になにも言われなかった。

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