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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ編

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祝言日の宿泊3

 襖越しに何度か同じ掛け合い中。


「もうよかですか?」

「まだです」

「鐘を聴いた後に別れてさっきまた鐘が鳴りましたけど。まあ、勉強してるんで呼んで下さい」

「はい」


 夕食後、明日から使うネビーの背負い鞄から3つ風呂敷が出てきた。

 それぞれにオダニやヴェールと呼ばれる飾り布とレヘンガというらしい上下が分かれている衣装が包まれていた。

 その風呂敷を隣の部屋で1人で広げて小一時間。やはりこの衣装はあられもない。

 ニコニコした嬉しそうな笑顔で「俺も着物に着替え直そう」と口にしたから私は無言で隣の部屋へ移動してしまった。


(お祝いの日に晴れ着を見たいです……素敵。だから着たいけど……)


 とりあえず着てみる。勇気を出して着る。大きさが合わなくてと言いたいけれどわりと合っているし紐で調整可能。

 ……下は問題無いけど上は後ろに紐があるから1人では着られない。鏡台があるので確認してこれは無理そうな気がしてきた。

 袖が肩より少し下までしかないし、胸元は大きく開いていて鎖骨や肩が丸見え。形的に背中なんて殆ど見える。

 下は裾が広がっていくので安心だけど上と下に間があるからお腹とおへそも丸見え。


(このような衣装は誰が考えるのかしら。恥ずかし過ぎる。なんて破廉恥(はれんち)! でも綺麗。とても豪華。どう考えても晴れ着。異国だとこれは破廉恥(はれんち)ではないってこと……)


 凄い刺繍で縁に縫われている無数の小さな青と緑の石も宝石に見える。

 円に十字や草木や花に羽根のような模様は愛くるしいけれど、蛇が縄を緩くしたような模様になって裾の方を一周しているのと飾り布の蜂のような模様に大狼らしき模様もある。

 我が家の祖先は一体何者なのだろうか。


『私みたいに南の国から出た者の血を引いていそう』


 気がつくのが遅くなったけど南の国から出られるのは罪人である元々そこに暮らす南の国の者達ではなくて3つ子の次男の子孫。

 私の血にはあの人外みたいなサングリアルと同じ血が流れているという事だ。

 このような衣装を与えられているって南の国で3つ子の次男やその子孫はどのような扱いをされているの?

 飾り布を頭に乗せて髪に留め具もつけてから体を隠せると気がついた。

 深呼吸をしてネビーの嬉しそうな笑顔を思い出してそうっと襖を開ける。


「あの」

「お顔が真っ赤。照れ照れ隠れんぼですね」


 無理矢理襖を開けたりしないみたい。足湯前とは別の着物に着替え終わっているネビーはやはり嬉しそう。大好きな人のこの顔には弱過ぎる。


「あの。背中の紐が結べません。お願いしたいです」

 

 今夜はついにあちこち見られるから耐えられるところまで耐える! と心の中で気合いを入れて襖を少し開いて背中を向けた。

 飾り布の邪魔になる部分を右側前方へ移動させる。胸の真ん中から爆音開始。


「失礼します」

「はい」

「苦しかったらすぐ教えて下さい」

「はい」

「ワンピースといいなぜ異国では自分の女性の体を他の男性に見せたいのでしょうか」

「私は女性なので全く分かりません。隠したいです」

「外を出歩くのは勿論、豪華で綺麗な衣装だからってこの格好で舞台に上がるとか屋根の上で踊ったりしてはいけません」

「当然です。このような豪華絢爛な衣装は異国の晴れ着なのでしょうがこの国だとはしたなくて破廉恥(はれんち)です。見せても良いのは旦那様だけです」


 返事はないみたい。紐を結び終わったようで彼が私から離れた気配がした。

 視線を感じるのと背中の方があらわな気がして前を向いたけど照れて反応を見られなくて私の視線は畳の上。

 無言なのでチラリと顔を上げたら少し赤い顔で俯いていた。右足を畳の上にスリスリしている。これは足湯に行く前の私だ。


「もう一回呼んで欲しいです」

「……旦那様」

「うん」


 ネビーはさらに赤くなった。私は未だにネビーがこのようにかなり照れる状況や理由を掴みきれない。かわゆい、とかなり笑い出す時のツボもそう。


「もう一回」

「旦那様」

「うん」


 この会話で幸せいっぱい。

 ……でも挨拶は?

 着たらしてくれる約束をしたけど。


「かわゆいよりも綺麗です」

「……はい」


 へにゃへにゃ笑っている。とても嬉しそう。白無垢姿を見た瞬間と同じ表情。


(着て良かった……。きっと綺麗だろうから着て欲しいって本心……。ネビーさんが口にするのは本心ばかりか。それを嫌とか無理とか配慮無しで……)


 改めて反省。

 ……でも挨拶は?

 着たらしてくれる約束だけど。


「えーっと。コホン。噂の西風は分かりません」


 そうなの。それは残念なお知らせ。いや一緒にルーベル家にいた時にテルルが異国の皇子様に挨拶をされた話題が出たから嘘……忘れただな。興味がないから覚えなかったの方か。


「ヴィトニル達に教わった挨拶は知っています。同じ西の方です」


 そうなの。……それは朗報!

 目が合ったら照れ笑いを返された。

 ネビーは私に向かって見たことのない動作でお辞儀。……格好良い。これは素敵。

 左手を取られてお辞儀のように顔を近づけられた。手の甲にキスするような感じ。唇を触れられはしなかった。聞いた挨拶はまさにこれ。

 リルがこっそり「あの挨拶はお義母さんが未だに照れ照れするようにドキドキします」と言っていたから好機があればと思っていた。

 素敵。これはなんだかときめく。そう思っていたら抱きしめられて予感がした。これは1回解散にはならない。


「あ」

「ありがとうございます。灯りを覆ってもらいますか?」


 遮ったな。今、私はネビーの発言を遮った。あ、だから灯り? 以心伝心?


「あ、灯り。灯り。そう灯り。そうですね」

「着替えます」

「えっ? いやそのままで。是非そのままで。見足りないからそのまま。隠れていましょう」


 見足りない……。私はもうかなり恥ずかしくて限界に近い。御帳台(みちょうだい)へ連行されそうになった。


「着替えを運びます」

「えっ? ああ、はい。そうですか。はい」


 じゃあ、と言われてネビーは隣の部屋へ出て行った。従業員を呼んで天井の灯りに覆いをしてもらうから私は浴衣と帯を持って御帳台(みちょうだい)の中へ移動。とりあえず布団の上で正座。


(1年前、なんだかもうきっと平気と思ったけどその後無理だと良く良く分かったけど、多分平気……無理。見られる練習もしてもらえば良かった……)


 触る練習もしたし触られる練習なんてわりとされた。練習というか全部本番か。大事な思い出。

 それで三歩進んで二歩下がる、みたいに慣れた。慣れてないけど慣れた。


(ここの灯りも隠そう)


 光苔の灯りに覆いをしたら御帳台(みちょうだい)の中はかなり暗くなった。

 暗過ぎると見えなくてそれはそれで怖いような気がする。大丈夫、みたいに笑ってくれそうだからそのお顔が見えた方が良いので覆いを変更。

 不規則に穴の開いている薄い覆いに変えたら素敵な雰囲気になった。それでいてわりと暗い。


(去年あったっけ? 無かった気がする)


 再び正座したけど落ち着かない。脳内練習や想像をしたら固まると思う……。


(俺好みに脱がすって、妄想って私で何を考えているの⁈)


 いやあれはふざけ気味に言って脱がされる、半分脱がされる、晴れ着と3択にして晴れ着を選ぶようにしたって事。


(私もたまにしていますよねって……。見られてるのか)


 たまに彼の後ろから首筋を見て触れたら何かしてくれるかなとか、お茶を運んで「今日はキスされるかな」と考えたりしてる。

 今日はやたら髪型を褒められたからなんだか夜は素敵な予感でこうだと良いなとか……。

 聞いた事がないけど多分ネビーは揺れるものが好み。

 帯結びが垂れ先が揺れるような結びだと遊んできたり、青鬼灯の(かんざし)の飾りを弄ったり、一つ結びの髪型を「今日はしないんですか?」と言うし、してみると後ろを通る時に触ってきたり。

 枝垂れ桜、風鈴、飾ったススキ、猫の尻尾とか揺れるものがあるとちょこちょこ触れている。

 横流しの髪型が好みなのはよく分からない。そうだった、と思って飾り布も髪の毛も左側へ移動してみた。体を飾り布で隠すのを忘れずに。

 声が聞こえるから従業員が去ったのが分かって緊張が増した。


「ウィオラさん入りますよ」

「はい」


 入ってきたネビーは浴衣に着替えていた。


「えっ? おお。着替えてなかった。きっともう見られないと思ったから得した」

「えっ? 浴衣は寝る時に着ますので」

「えっ? 俺の前で着替えるんですか?」

「えっ?」


 その考えは無かった!

 目の前に座ると思ったら中腰で飾り布に触れてきた。


「これはどうして落ちないんですか?」

「こう、留まっています」

「おお」


 しれっと外された!

 丁寧に畳んで端に置いて戻ったくると私の前にあぐらになった。すぐに両手を取られて無言で微笑まれた。

 それなら目を閉じる。私は目を閉じるぞ。でもそうしようとした時に話しかけられた。


「それであの龍歌の解説は?」

「えっ?」


 晴れ着を着た。挨拶をしてくれた。次は私の番って事。そうなのか。今からする事の始まりは私からなのか。

 中々開かない唇を動かした時、何も言う前に抱きしめられた。


「あ——……」


 小さな小さな囁きは思ってもみなくて一瞬放心。灯りじゃなかったみたい。

 予想外の直接的な台詞だったので嬉し過ぎて息が苦しくて涙が込み上げてきた。


「何度でも巡り合うようなので万古不易(ばんこふえき)、共にありましょう」

「……。……長春でありたいです」

「君のみぞ知る桃色でしょうね」


 なにこれ素敵。ずっと素敵祭り。ようやく怖い薔薇(ばら)が美しく上書きされたし見た目が異なるから重ならないのも素敵。

 花は花。あまり覚えられないって言っているのに長春花を知っているんだ。

 調べてくれた気がする。今たまたま私が口にしたから使ってくれたんだろうけどいつか使えるなと調べて覚えてくれていたんだろう。

 桃色の薔薇を君のみぞ知る我が心の意味で使っている舞台を一緒に観た。疲れているのか少しうつらうつらして見えたけど覚えてたんだ。

 彼が知らなくても桃色の薔薇には先程口にしてくれた言葉の意味もある。

 

 キス開始で背中の素肌を撫でられた。そこはまだ触られた事がない!

 くすぐったい。それで身を捩ったり体をすくめたけどされることは変わらないみたい。

 好き勝手されているうちに寝かされてやはりされたい放題。

 微笑みで頭を撫でられて頬と額にキスされた。

 多少練習してきたというか練習させられてきたからまだ平気そう。

 恥ずかし過ぎて熱いしトトトトトトトっとずっと鼓動が速いけど緊張しているのはきっと私だけではなくて彼も。

 嫁入り前に母から教育は一応受けたけどその前に色々知ってしまっているしユラから真面目な話をされたので嫌だったり怖かったら我慢する気はない。

 我慢しなくて良いという安心感しかないけど考え方が異なるからよく誤解するし相手の態度も読み間違える。

 そう分かった1年間だったので婚約期間は必要不可欠な時間だったと改めて感じる。

 ちっとも怖くなくて安心でやはり嬉しくて涙が溢れて流れていった。

 動きが止まって見つめられたので視線を彷徨わせる。涙をそっと指で拭われた。


「大事にしようと思うのに泣かせてしまったりでなんとか1年という感じでした」

「泣きます。私はずっと泣きます」

「えっ? ずっと? 今もですけどずっと……」

「悲しくなるのも、寂しくなるのも、落ち込むのも、怒るのも、今のようにうんと嬉しくて涙が溢れるのも特別だからです。泣かなくなったら興味が無いということになってしまいます」


 動かないからまた何を考えているのか分からないので体を起こした。抱きしめられたいからそっと寄り添う。優しく抱きしめてくれた。言わなくても伝わる事もある。

 この逞しい腕はかなりの力持ちだし握力も私どころかそこらの人と比べ物にならないからこれだけで大切にされていると分かる。

 ……元気かな。改心しているだろうか。

 ネビーは怒って暴れたりしないけど嫉妬した時の怒り不機嫌顔は怖い。

 私は独占欲がかなり強い男性に好まれるのだろうか。それならネビーで良かったとたまに思う。彼の嫉妬心は攻撃にはならない。

 八つ当たりで物を投げるとか殴ったり蹴って自ら壊す事はない。

 私を怒鳴るような事も相手男性に冷静な言葉以外で怒る事もなくて相手の男性を睨むくらい。私には甘々になったり素敵祭りを開催してくれる。


「彼の事を思い出しました? いつだっけかな。夏過ぎだ。好きの逆は無関心。嫌いではなくて。そう聞いて。なんか分かるなと」


 なぜ思い出した事が分かったの?

 嫌いではなくてって……えっ。好きだった事があると思われているの? えっ⁈

 

「いえ。好きの逆は嫌いと無関心です。ネビーさんがしつこいと嫌になると言っているのも好きの裏返しになりますよ? 女性に言い寄られていればどうぞ。遊んでいればそっちへ行け。話は右から左へ聞き流しで興味なしです」

「嫌になるってそんな事を言いましたっけ。いや言ってない。俺はウィオラさんにしつこくされたいから絶対に言わない。忘れるけど俺の考え方的に言ってないはずです」


 話が噛み合っていない。わりと私達あるある。会話するのをやめたら私達はお互いに誤解の嵐になる。


「いえあの。私ではなくて他の女性の事です。他の方にしつこくされて嫌になるみたいな話のことです」

「ああ。好きの反対は嫌いと興味なし。そうですね。そういう話か」

「口説かれ続けると目移りと言いますか心配になるというか……。信じていないのではなくて心配や不安です。自分の問題です。コソッと周りに確認したら嫌になると聞いて安堵です」

「俺に言えばよかなのに。コソコソ調べたってかわゆいな。俺に言わなかったのは……俺と同じ? 束縛や嫉妬で嫌われるよって言われると耳が痛い。抑えています」


 この話に対する返事をしそうになって慌ててやめる。このままだと話が逸れていく。これも良くない。話を戻さないと。ネビーが私に聞きたかった事はこれではない。


「嫌いと無関心なので好みの色や食べ物などまるで記憶にないです。常識として誕生日に贈り物をしましたが買ったのも選んだのも使用人で渡す相手は本人ではなくて母親にです」

「へえ」

「おじい様と同じで大嫌いな相手でも芸に取り憑かれている私は彼の眩い舞台姿だけは忘れられません。また観たいとさえ思います。離れたところから観劇だけ」

「へえ」


 この「へえ」は何?


「同じ日にネビーさんが出場する剣術大会があったらそちらへ行きます」

「へえ」

「同じ日にネビーさんとお出掛けの約束をしていたらそちらへ行きます」

「へえ」

「恐ろしいから一緒にでないと観劇出来ません。それで観る機会はもうないです」

「頼めば観られるんじゃないですか? 観たければ」


 雲行きが怪しいので顔を上げた。初めて恋をした相手は彼ではないと伝えたかっただけなのに。不機嫌顔だと思ったら困り笑いだった。


「頼んでまで観たくないです。つまり結局観たくないです。改心して作った不幸の何百倍もの笑顔を作って己の罪を反省していて欲しいです。特に奥様への仕打ち」

「そういう事を考えていたのですか」


 困り笑いが微笑みに変化した。


「なぜ彼の事を思い出したと感じたのですか?」

「俺ではない誰かを見るみたいな目をしたから。たまにしてる。勘」

「ネビーさんは逞しいし握力も凄いのに優しいな。私にあざを作ったどこかの誰かと違って私や嫉妬相手に絶対に暴力も罵声も浴びせないうんと優しい人だな。そういう事を考えていました。要はネビーさんの事です」

「比較対象がおかしいです。それと比べて優しいは普通というか。下手すると普通以下。あと相手には怒鳴っていますけど」

「ええ。でも常識的な範囲での怒鳴りです。いえ、あれは怒鳴りとは言いません。そうではなくてふとそう比較してしまいます。他に私と付き合いの深かった恋事系の男性が居ないからです」

「まあ俺もそこらの興味ない女とふと比べたりします。そっか。これは聞かないと分からなかったな」


 自分ではない誰かの事を考えたと見透かしたけどその中身に対する考察は見当違い。

 この人はいつになったら私の頭の中はネビーでいっぱいだと理解するのだろう。

 恥ずかしいけど言っても言ってもイマイチ伝わっていなそうだからかなり口で伝えているのに。


「勘が働いたら彼と比べてすとてときとか優しいとか嬉しいとか幸せとかそういう事を考えていると思って下さい」

「あれと比べてって喜べないな。あとなんで素敵はすとてときなのですか? 夕食前は照れながら言えてたのに。かわゆい」


 困り笑いで額にキスされた。体を軽く撫でられて身を捩る。えいっと抱きついた。


「口にするのは恥ずかしいと教えられ続けたり友人達ともそうだった単語だからです。基本は比較しません。単に旦那様に浸っています」


 旦那様呼びで照れないかなと思ったら彼はヘラッと笑って照れた様子。

 まずは普段使わずに機嫌を損ねたとか拗ねたっぽい時に使ってみよう。


「まあ質問して良かった。俺の推測はウィオラさん相手だと的外れなんでよね。他の人だとわりと合っているのに。いや女心系はちょこちょこ違うな。避け続けてきたせいです」


 だろうな。寂しかった時に怒っているとか興味を無くしてきているとか的外れな事を言われたり色々。私も私でよく推測を外す。

 他の異性で学んできていない分お互いから学ぶしかない。そうやって1年間過ごせたから次の1年もきっと大丈夫。

 それにしても続きはしないのかな。続きというかキスされたい。1年間で私はキス魔みたいになった。恥ずかしくても嬉しいからわりといつでも待っている。

 ……これも言えば良いのか。言えるかな。

 

「その」

「うん」

「あの」

「うん」


 これ、ネビーも大緊張なのかも。そうだよな。気遣い屋だし優しいからそうだ。

 うんと甘い素敵な雰囲気を作ってくれたのに泣いたから誤解されて次もまた誤解。多分そうな気がする。だから手を出されない。タイミングが途切れてしまったという事だ。


「嬉し泣きしました」

「うん」

「幸せいっぱいです」

「うん」

「怖い時は言います。怖いのは旦那様ではないです」

「……うん」


 今の()はなんだろう。誘うって難しい。気の利いた台詞も出てこない。


「夕食前の話に追加です」

「……」


 返事がない。でも言いそびれるから言えそうなうちに言おう。


「自分では難しいので、わりといつもその、わりとキとスを待っています」

「……しばらく俺の理性をぶち壊すそのかわゆい唇を結んでおいて下さい。決壊する」


 ……そうなの?

 

「……壊れて崩れて良いと思いますけど」

「いや少し落ち着かないと何をしでかすか分かんねえ」


 ……そうなの?


「……その、その何は多分されたい事です」

「ウィオラさん相手だと豆腐心臓なので泣き顔とか恐怖顔をされると」

「いつも見当違いなので無視しましょう。考えた事と逆だと思うと良いです」

「逆?」

「恐怖顔と今言いましたけど逆です」

「おお。いや、でも違ったら。なので確認しました。理性がぶっ壊れるとその確認が出来ない」

「しなくて構わないです。そういう時は私がしっかり言います。元々嫌と言える性格で優しいネビーさん相手なら特に。むしろ私が言い方に気をつけます」


 嬉しそうな笑顔で「ウィオラ」と名前を呼ばれてキスされそうになって思わず顔を背けた。


「……前からお尋ねしたかったのですが」


 ネビーが気にするから私も気にしてしまった。


「ん? はい、どうぞ」

「決してお気持ちは初と使いませんね」

「いや言ってますけど」

「そうではなくて想い人の話です」

「……」


 少し目を丸くされたし無言。これはもう答えだ。

 私はこれが悔しくて腹立たしい。どうにもならない事なのに誰なのかもどの程度大切にされた人なのかも分からないのに時々対抗心を燃やす。

 有耶無耶にしておけば良かった。聞くんじゃなかった。

 終わった事を蒸し返して嫉妬されても困るだろう。私も困らされている。

 つい蒸し返したり妬く気持ちは分かる、と思ってしまったから彼の過去を考えてしまってこうして我慢出来なくなってしまった。


「何か知っていますか?」

「いえ。勘です。そもそもお嫁さんはお嬢さんはどこから出てきたのかなとか」


 比較対象がないとお嬢さんが良いという発想は出てこない。これ、誰も突っ込まないのかな。私の知る限りでは居ない。


「……」

「家族の誰にも言いません」


 イオもガントも何も知らなそう。ネビーはたまに隠すのが上手。口が固い時は固い。

 ルルが「私達のせいで初恋を諦めたのかな」と口にしたことがあってその場にはルカもいた。

 思い当たらないし噂も知らないから違うと判断されたようだしその後も特にそのような話題が彼の家族から出た事はない。

 でもあれは正解だろうと日に日に思うようになっていった。それこそ勘。ルルの勘はわりと当たるし彼女が1番ネビーの考えを読むのが上手い。私は結構頼っている。


「暮らしていける金があって家族が仲良く楽しく暮らせるなら地位も名誉も諦める人がよか。そう言っていましたね」


 予想外の事にここで押し倒された。しかもわりと強引。少し驚いたけどこれはこれで素敵なのでいいや。

 今夜の私は多分もうなんでも素敵と感じる気持ちになっている。


「俺に捨てろと言わないで先に捨てようとしました。反対されてもって」

「どなたかに捨てろと言われたんですね……」


 相手を刺して返り血を浴びる必要なんてあったのかな……。微笑む彼の頬に手を当てる。


「バカだから浪人したし暮らしていく金もキツい。なのに地位も名誉も諦められない」

「……地位や名誉ではないですよね。ご両親をはじめとした周りの期待の方。その先の家族の幸せです」


 手に手を重ねられた。強く握られる。


「ええ。その通りです。誤解が多いのに大事なここぞって時はいつも的確」

「逆もです」

「かわゆさで次々拐かしてきてそれ。さらに家族を飢え死にはさせません。あれは落ちかけの俺を穴に突き落とした」


 そこなんだ。これは知らなかった。そういえば考えるように沈黙していたな。

 遠回しで分からないけど完全に聞いたら嫉妬で狂いそうだけどその初恋がないと彼は私に前のめりになってくれなかった。

 誰だろうそのおバカさん。おバカな人で私は助かった。ネビーに家族と自分を天秤にかけさせたらあっさり負ける。

 1対1なら勝てる自信がある。でも1対多数だしこの話だとデオンなどの世話を焼いてくれた人のこともある。


「ご存知の通り私は紅葉草子はあまり。ネビーさんと同じような理由です。それで素直でもないです。納得するのに家出するくらいなので」

「八つ当たりで殴られて罵倒されてもお地蔵さん。とても情に厚いんだなと。もう落下してるのにそこから奈落の底に引きずり。俺がいるなら全部捨てても大丈夫って。言われたかった言葉がポンッて登場」

「そうだったのですか」

「言われたかったはずなのにこんなに嫌な気持ちになるのかと。嬉しいけど嫌。でも今の俺なら拾えると安堵しました」

「寂しそうな顔をしたなんて自分では気がつきませんでした。私の為。そう聞いた時はとても嬉しかっです。譲ってくれたのが全部ではなくて半分だったのがまた」

「俺も半分捨てられるんだと驚きです。初めてです」


 お嫁さんはお嬢さんってずっと言っていたからお嬢さんを選んだとかお嬢様を選んだって散々周りの人達から聞かされている。

 だからそうではないところを言われて嬉しい。

 またしても怪我の功名かもしれない。素敵に始まっていたらこの話は聞けなかった。

 日常生活でポロッと「初恋はどなたですか?」という問いかけだったらここまでの話にはなっていない気がする。

 この初恋のしかも相愛話は誰か知っているのかな。今まで見聞きした彼の友人達との会話からして誰も知らない気がしてならない。


「危なかった。まさか東地区とは。なんだか過剰教育な気がするから嫌だとか、こき使われ便利屋は疲れるとやめていたら無理だった。真の見返りは命に還るってこれです」

「地獄に華なんて咲かないと逃げたのにまた少し水やりと思って良かったです。外こそ地獄と言った人がその地獄で咲きそうな気がします」

「あそこにはずっと華が咲いていたかと。何も約束してないし、そもそも何も言ったことがない人だから。なにせ気後れする格差があるしつつかれた方」


 勘だけどこれは嘘な気がする。少し嫌悪みたいなお顔。ネビーに1番禁句に近い言葉を投げつけたような人疑惑だからそうか。


「そうですか。キとスくらいはしました?」

「していないと言っても信じなそうな顔。かわゆい顔。よし。それならこう言おう。しまくりの触りまくり」


 ぼんやりどのような初恋だったのか輪郭が見えて大した事なさそうなのに嫉妬で狂いそう。

 若い頃に欲を優先して遊んだとか触った方は許せるというか男性はしょうもない。女性にもいる。でも心があったら過去の事でも別。イライラしてならない。

 多分あれこれ触っていない。なにせどこかのお嬢さんだ。

 なのにさらに煽るの。妬かれたいの。

 私達はずっと互いの初めての相手に妬き続けるって事。ネビーも昔どこを触られた、と何回も言う。

 しつこい、と思うけど言われてもそこから甘くなるからそうは言わない。私も妬きもちをそういう風に上手く使いたい。


「それならそれ以上して……」

「ああ。そうする。ウィオラ、どうやって知ったのか分からないけど星って燃えているらしい」


 口調が崩れっぱなしは珍しい。


「そうなのですか?」

「それで火は熱過ぎると白くて青っぽくなるって。光苔みたいに」

「それで青白く輝いているのですか?」

「そうらしい」


 両手をそれぞれ握りしめられて強めに布団に押し付けられた。始まったキスも強引め。私は思いっきり彼の手を握り返した。


「はしきやし。いとしいということ。さっき言った通り他の人には言った事がない。たとえ龍歌でも」


 約束通り解説してくれるの⁈

 とても小さい声。

 

「弓を放った時のような激しさをはしきやしと呼ぶこともあるとかないとか」


 囁きつつ耳にキスで解説もして手も動かすって器用。不器用な人なのに不思議。


(はりつけ)にされて燃やされ続けた人は燃え上がり続けて星になったかと」


 解説ではないのか。星の話ってこれ……。燃やされてしまった海蛇王子の命は光り輝いているという意味?

 彼等が多くの命を逃したからこの国も誕生して私達は生きていて、しかもわりと平和な国で恵みまで与えられている。


「同じように星になった人と離れる気がないから北には2つ並ぶ動かない星があるのかも。星の名前は俺とウィオラかもな。なにせ同一視されているらしいから」

「それって……」

「西の国風と言うたので。多分これでは熱烈ではなさそう。前に教わったのはもっと凄い。衣装といい口説く文化といい異国風はこの国育ちの俺には難しい」


 とてつもなく恥ずかしそうな表情をしている。


「星は流れて消えてしまう。でも何度でも巡り合うようなので万古不易(ばんこふえき)、共にいよう」


 仕切り直す前に増やしてくれたなんて素敵。

 かなり浸透している北極星は2つで夫婦や恋人の星。真心の星。

 それで流星の祈り歌の話も入っている。流れ星はまた夜空に帰るので流星は永遠の意味を持つそうだ。素敵。

 この日の為に調べまくって頭にいれてきてくれてそうなところが素敵。私が妬きもち不機嫌をぶつけたのに素敵話にしてくれたところが素敵。


「ウィオラ、好きだ。愛してる。こんな事は誰にも言った事がない。それでここまでは口では二度と言えないかも」


 とんでもない照れ顔でとてつもなく増やしてくれた!!!

 

 感想がもう素敵しかない。

 素敵、なんて思っているうちにとんでもない姿にされたけど照れて恥ずかしくて逃亡とか躊躇(ためら)う気持ちは湧かないみたい。

 ちょうど時を告げる鐘が鳴り始めた。


「寝る時間だと告げられてるけど寝るか?」


 これは色っぽい笑顔で私を見下ろしながら浴衣の上をはだけさせて言う台詞ではないと思う。


「君をし思へばなので……」


 噛み付くみたいにキスされて私も背中に腕を回してキツく抱きしめた。


「まあ、そもそもしばらく寝れないと思うけど」

「星が燃えているなら触れられる程燃やされてしまいます……」

「そうだな。次々火をくべたから。俺の理性を千切って投げ捨てたし」

「焼き尽くされたいです……。旦那様の全てで……」


 素肌と素肌って熱いけど範囲が広がるとこんなにも熱いのか、と思った。本当に燃えてしまいそう。

 幸せしかない。頭のてっぺんから爪の先まで幸せな気がする。内側から声がする。

 ずっと、ずっと、ずっと、待っていた。

 そうだな。年明けくらいからもう待てない気持ちになっていた。

 想いが巡ってくるまで待っていた。また手を取り合える。

 そうだな。私達は手を握っている。

 誰の気持ちなのかぼんやり分かるし自分の幸福感に別の幸福感が混ざって多幸感。

 千年つもり積もった想いによる幸せってこと。

 私達はずっと一緒で誰よりもなによりも幸せになるってこういうこと。


 大陸中の誰よりもなによりも幸せ——……。

異国旅行も書きたいような書けないようなです!

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