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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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祝言日

 春夏秋冬、季節はあっという間に巡った。

 1日1日は長かった気がするのに、特に彼が出張や過密勤務で会えない日はかなり時間が過ぎるのが遅かったのに、気がつけばもう出会った季節の春。

 人生はなにがあるか分からないという通り色々な事があって、1年間思い通りにいくことが少なかった中、私とネビーは小さな喧嘩をいくつかしたくらいで祝言日を迎えられた。

 挙式会場は南3区に暮らす卿家の男性達が挙式に使用するフェリキタス神社。

 青鬼灯家紋入りの黒い羽織袴を着た彼に手を取られる私は白無垢姿。

 ただ南地区で主流の綿帽子でも東地区で主流の角隠しでもない。緊張で転びそう。


「花嫁さん素敵ですねお母様。あちらの髪飾りは初めて見ます。花嫁さんは東地区の方なので東地区ではあのような衣装なのでしょうか」

「そうなのでしょうね。美しい織物に刺繍ですね」


 私の髪飾りは綿帽子でもなく角隠しでもなく我が家の蔵で海蛇が発見した古い箱に入っていた絢爛豪華な純白衣装の一部を使用している。

 調べたけどどこの国の衣装か分からない。あららもないので全部は着れない。でも2人きりの時に着て欲しいと言われる。

 今頭に飾っている飾り布は西の方でヴェール、東の方ではオダニという名称の装飾品に似ていると判明したので本日使っている。

 なにせ発見された純白衣装はどう見ても家宝だったから。


「お母さん、お嫁さんが頭に乗せているあの綺麗な布はなに?」

「東地区の人らしいから東地区の花嫁衣装かしら」

「私も結婚する時はあれが良いなあ」


 髪飾り布の(ふち)は青色が下地。銀色と緑色と黄色の刺繍糸で星や草や鱗のような模様があしらわれている。

 近くでしっかり見ないと分からないけど白銀刺繍で作られた鱗のような模様を辿ると端に蛇の頭がある。

 左右に頭があって尻尾のない双頭蛇なので海蛇関係なのは明らか。

 由来が分からないのはおでこ部分にくる布の中央部分に飾られている鉛銀色の装飾品。変わった形の蜂の形をしているけど普通の蜂ではない。

 羽が沢山あって目が3つもある。その3つの目は青、緑、青。この目の部分の石は蒼玉(サファイア)翠玉(エメラルド)疑惑。

 残されている家系図より昔々の我が家の祖先は一体何者だったのだろうという家族の言葉に私は返事をしないでいる。


「やはり注目ですね。その……なんでしたっけ? なんか布」

「ヴェールやオダニらしいです」

「その蜂もどきはなんなのでしょうね」

「結局教えてくれそうな方と会えていませんからね」


 この1年、サングリアルもヴィトニルも旅医者達も姿を現さない。

 ずっと共にいる2匹の海蛇が現実だと伝えているけどあの嵐の夜のことや話は夢だったのかもしれないと思う時がある。

 ネビーの手はずっと僅かに震えていて彼はそこそこ緊張しているなと思ったら手足が同時に出たので少し驚いた。そこそこ緊張ではなくてかなり緊張しているのかも。


「俺はこんなですけど余裕そうですね」

「ええ。このように人に見られる事には慣れています」

「なんでこれで緊張するんだ? って時もあるのにこの状況で余裕綽々そう。本当にチグハグな方ですね」

「それは逆も同じです。私達は緊張する場面が異なりますよね」

「共倒れしないから支え合えますね」

「はい」


 その意見は素敵。彼と出会ってから素敵祭りがずっと続いている。

 神前で予行練習通りの儀式をやり遂げて龍神王様に夫婦の誓いを立てるお酒を飲み交わした。

 ここからは私の衣装と同じように普通と違う私と彼だけの宣誓時間。

 まずネビーが私の首飾りを外して1度も失くさずになるべく綺麗に使ってきた婚約指輪を左手薬指から首飾りへ移す。それでまた首飾りをつけてもらう。私も同じようにした。

 2人とも婚約指輪をする婚約者達は他に見かけなくて、それを外して首飾りにつけるのは私達自身で考えたこと。

 斎女(いつきめ)が運んできてくれた結婚指輪をネビー、私の順にお互いの左手薬指に嵌めた。

 この結婚指輪をお互いにつけさせ合う行為は西にも東にも北でもする文化らしいという話が流れ始めて数年経つので私がしたいと頼んだこと。

 

 ネビーが私に向けて両手を差し出した。嵐の日の「お手を拝借」という言葉が蘇る。手に手を重ねてお互い軽く握り合った。


「病めるときも」


 彼の次は私の番。


「辛いときも」


 この1年間、大きな事件は無かったけれど私になにか悪さをした者は奇怪な病気、怪我、小さな火事みたいな不幸に襲われた。

 過剰行為に思えてならないから海蛇2匹に訴えたけど無駄みたい。

 海に行けば3回に1回海の大副神の遣いが現れて豊漁はそのうち3回に1回程。

 農林水省に半ば脅されて女学校講師をクビになり「俺達の豊漁姫」としての仕事を与えられた。

 海辺の街にある海の大副神を祀るオケアヌス神社で定期的に奉納の儀式をする役を与えられて勤務中。私の他に2名いて私は20数年振りの新人だ。


「悲しみのときも」


 ネビーは未だに続く大捜査大調査祭りの激務だったからか昨年末の中官認定試験に落ちた。

 なにが足りなかったかというと筆記1科目と実演1科目が数点不足。

 他にも合格確実みたいな期待の人物がかなり落ちて業務に支障が出るので特例で追試が行われる予定で来月再試験。かなり珍しい措置だけど今年の各種兵官達の勤務や業務が珍事かつ激務なのでそうもなるとはガイ談。


「貧しいときも」


 私達に貧しい日は来なそう。稼げるからではなくて私やネビーの部屋の前に時々果物やキノコや魚に貝などが少し置いてあるからだ。

 不審に思われるので朝発見したらすぐに部屋の中へ入れるようにしているけど「ネビーに誰かお礼」みたいに言われるからそこまで神経質になっていない。

 彼が誰かにちょっとしたお礼を貰うのは日常茶飯。その中に人ではない存在が混ざっているとは誰も考えない。


「苦しいときも」

「恐怖に襲われていても」


 私達は時折悲しくて辛い夢を見る。

 海蛇王子は極炎の中で燃え続けて骨も残らない炭となった。

 歌姫は逃げる者達が逃げる時間を稼ぐために紫の炎で焼き尽くされて炭にすらなれずに消滅。

 許せという絶叫と決して許さないという絶叫の中で板挟み。2つの相反する想いが守りたい者達を突き刺している。

 私は時々「助けて」という声をたまに聞くようになった。私自身も朝起きて何もないのにどうしようもなく「助けて」と思う時がある。


「心臓を突き刺されようと」


 恋はあまりにも感情を振り回して心を抉り、苦しませ、悲しくさせる。些細なことで心が大暴れ。逃げ出したくなる時もあるけど真逆の得難い幸福な時間が忘れられないから離れられない。忘れたくない。離れたくない。


「心臓を突き刺されようと」


 喧嘩をしても積み重ねてきた想いや思い出が私達を向き合わせてくれた。

 血と血で惹かれ合ったという私達はきっと死ぬまで共にいられる。1年経ってみてそういう確信がある。そう信じたいという願望でもある。

 突き刺されて血塗れになろうとも何度燃やされても蘇り決して滅びない。

 殺すことも引き離すことも誰にも出来ない。そのような血がこの体に流れているから私達は死後も巡り会ってまた恋に落ちるような感覚を抱けるのは何度も何度も夢に見たからだ。

 海蛇王子と歌姫の結末が「2人は結ばれて幸せになりました」なのは合っている。私達がいる。

 この大陸には私達のような者が他にもいるそうでそういう目線で周りを観察すると身近に結構いる気がする。


「貴女を許します」

「貴方を許します」


 1年間許し合えた私達はこれからも傷つけ合うけど許し合う。喧嘩をしたら謝って話し合い。

 私達の喧嘩内容は主に嫉妬による拗ねか心配による怒りだ。想い合うからこそ傷つけたり傷つけてしまう。


「貴女を大事にして敬い慰め助けて命ある限り真心を与えることを誓います」


 ネビーが手に力を入れてくれたので握り返した。


「貴方を大事にして敬い慰め助けて命ある限り真心を与えることを誓います」


 宮司に鈴祓いをされてこれで儀式は終わり。今朝役所に書類を提出してこうして婚姻の儀も終了させたので私達は晴れて夫婦。

 お見合い結婚します、と口にした春からこうして無事にこの日を迎えられたので感慨深い。

 ネビーは私の手を離さないなと思っていたら彼は近寄ってきた。予行練習と異なる。両手を離されて顔の脇の装飾品布を掴まれた。

 これはしないと言った噂の異国風!

 キスされて放心したけど2回目はつい目を閉じて3回目は背伸びをしてしまった。

 顔を隠してくれたからいいや。この装飾布か綿帽子を使って欲しい、角隠しは却下とネビーが口にした意味はこのためだったのかな。


 私達はここから舞台へ移動。手を引いてくれているネビーはすっかり緊張が解けたようなニコニコ笑顔を浮かべている。


「ウィオラさん。紅葉のように真っ赤です」

「あの、あのような、あのようなことをいきなりされたら当然です」

「はにかみ笑いがあんまりにもかわゆくてつい。そちらも乗り気で驚きつつ嬉しかったので追加してしまいました」


 ついってそんな理由なの。計画的犯行かと思った。乗り気になったのはその通りなので恥ずかしいからそれに関しては黙っていよう。


「よく考えたらこの後は舞台上で人に見られまくりでその後は披露宴。色打ち掛け姿になるから今の姿のウィオラさんになにも出来ないなと。急に惜しくなって。一生に一度しかない好機は逃せません」


 事前に言って下さいと言いかけて彼が私に向かって嬉しそうな照れ笑いを投げたので私とへらっと笑ってしまった。ユラ曰くダメ女。

 さてこれからウィオラ・ルーベルの初舞台。演目は万年桜。1万年も丘の上にありつづけた枯れ木桜が恋に落ちて満開の花を咲かせて女性の精になる物語。 

 春の演奏、歌、舞で使われる桜吹雪(おうふぶき)はこの物語の曲だ。

 演奏者は我が家が勢揃い。祖父が筆頭奏者で父、義兄、弟が琴で母と姉が三味線を奏でてくれる。笛など他の奏者は雇った。私は鈴舞と歌を披露して甥っ子オルンは花びら撒き係をしてくれる。

 全員取引停止の件でネビーは他地区転居禁止になった。他地区への出張は10日以内にもなった。それで私達は時折東地区へ行くという生活しか出来なかった。

 けれども切れかけた縁をガイとネビーが結んでくれたので何度か東地区へ2人で行って家族と会えたし家族も何度か南地区へ来てくれた。

 ネビーを残して私は舞台の中央へ移動した。本日は私達を祝いに来てくれた方々だけではなくて参拝者や結婚式を見たいとか振る舞いがあるから行こうとかそういう者達も集まっているのでかなりの人がいる。

 花嫁が挙式直後に舞うことは家柄や家業によって珍しい話ではない。深呼吸をしてゆっくりと鈴を鳴らして歌いだして手足を動かして笑顔を振りまく。

 愛想笑いではなくて心の底からの笑みだ。私は今日この国で1番幸せ、くらいの気持ちでいる。


「桜の吹雪は春たより」


 本日お披露目するのは万年桜の桜吹雪(おうふぶき)の場面。人に恋した桜が人になれた喜びを表すところ。

 万年桜が恋をしたのは心優しい男性。戦で傷つき丘の上で死ぬと思った青年は刀をいくつも刺されている枯れ木桜から刀を抜いて傷だらけの幹を撫で、もう自分は死ぬから自分用の包帯は要らないと枯れ木桜の幹に巻いてあげる。

 傷の痛みと疲れで眠った青年は辛くて苦しい戦争の夢を見た後に目が覚めて驚く。傷がすっかり治っているのだ。歌って踊りながら今さら思い至る。


(辛い後にあっという間に傷が治るってあの薬みたい……)


「桜、桜、はなびらひらりと舞い落ちる」


 青年は枯れ木桜のご利益かもしれないと考えて毎日丘へ通う。

 文学や舞台のお約束で少々事件があるけれど(ふもと)の村から通って世話をして語りかけて事件も解決。嫌な地上げ屋は蛇達に——……。


(蛇は家々を守る神聖な生き物ってこの作品からだけど蛇だわ。当たり前みたいに触れてきた文学だからって今気がつくなんて遅い)


 地上げ屋を川へ連れ去って沈めた蛇達はきっと海蛇達だろう。


「桜、桜、舞い散る桜」


 万年桜は徐々に美しくなり枝に蕾が現れ、ある晩一気に咲いてそこに桜の精が登場する。


「見渡す全て桜、桜」


 陽舞伎(よぶき)ならどう一気咲きと桜の精の登場を美しく派手に唐突にするかが工夫のしどころ。今は単に幸せいっぱいな気持ちを込めて踊って歌うだけ。

 少し目を閉じれば昨年彼から初めて気持ちを伝えられた時の星が輝くような桜吹雪の景色。


「桜の吹雪は恋たより」


 風に乗ってきた桜の花びらに気がついた青年は丘の上へやってくる。そこで彼は天女のような女性と恋に落ちて2人は村人達と共に幸せになりました。それが万年桜の結末。

 青年役にされたネビーが棒立ちのぎこちない動きで歩いてくる。

 彼は舞台に立ったことなんてないし練習は予行練習のみで「ただ歩いてくれば良いので」という指示なので当然。

 オルンに桜の花びらを撒かれるネビーが私の前まで移動してくる。ネビーの前で私は止まってゆっくりとお辞儀。

 万年桜の物語を知っている人達ならこれがどういう意味か分かるし知らなくても新郎新婦の登場。

 彼に手を取ってもらって舞台の前方へ移動した。春風に吹かれる中拍手喝采で気持ちが良いし幸せで胸がいっぱいなので尚更気分が良い。


「皆様、本日は自分達のお祝いに集まっていただきありがとうございます。日頃の感謝を込めて本日は小祭りにしましたので振る舞い物や野点など楽しんで下さい」


 ネビーがご挨拶をして私は会釈。係の人達が座布団や屏風などを持ってきてくれて着席。私達はここで小一時間お祝いに来てくれた方々にお酒か桜茶を振る舞う。


「歌って踊りながら話について考えていたら万年桜も海蛇王子と歌姫みたいな組み合わせの2人の話な気がしました。万年は私達の考え方と同じな気がします。題名は千夜桜でも良さそうです」

「考えながらって余裕ですね。俺はぼーっと見惚れていました」

「今はもう大緊張です」

「でしょうね。急に赤くなり始めてはにかみ笑いなので」


 振る舞いを開始する前に私達はお神酒をお酌し合って飲み交わすので用意された土瓶を手にした。


「旦那様。末永くよろしくお願い致します」

「……」


 土瓶を差し出した瞬間、ネビーは手にした朱色の杯を落とした。照れ笑いから一気に無表情化。それでわりと顔が赤い。


「しっかりしろネビー! 早く俺達に酒を振る舞え!」

「それかお嫁様にまた踊って歌わせろ!」

「ネビーの奴があんな顔してる!」


 前方のあちこちから笑い声や声掛けが巻き起こった。土瓶を一度置いて杯を拾ってネビーへ差し出す。


「ふ」

「ふ?」

「2人の時だけにして下さい。その呼び方。慣れるまで」

「は、はい。はい」


 こうして私とネビーはお酒を飲み交わした。風に乗ってひらり、ひらひらと桜の花びらが舞い踊っている。

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