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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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 昼食後、私は祖父とエルとジオとレオ達の作業場で作品見学とお店の大旦那ヘンリにご挨拶をしに行った。

 贈られた花カゴが素敵なようにレオが直接指名されて個人作成している龍神王飾りに祖父も私も見惚れてしまった。

 祖父がヘンリと話があるのと私は整師(ととのえし)に行きたいから1人で街歩き。

 不貞腐れレイに勉強をさせているルルに聞いたお店で髪を整えてもらって街を少しぷらぷら。

 目印の髪飾りをしているから通り過ぎる見回り兵官に会釈をしてもらえる。


「おお、ネビーのお嫁様。こんにちは。仕事で見損ねたので屋根舞台を見たいです。良かったらどうぞ。仕事中にいただいたのでお裾分けです。仕事中なんで挨拶はまた今度!」


 誰か分からない名乗らないネビーくらいの年齢の男性——火消しの服装——はカゴを持っていてびわを数個渡された。お礼を告げたらすぐに去ってしまった。

 ネビーが買ってくれるというので高くない小物屋探しをしていたらまた「あっ! ネビーのお嫁様」と声を掛けられた。今度は店先から。

 酒屋の前で配達が終わったところみたいなネビーより少し若く見える男性に手招きされたので近寄ってご挨拶をして婚約者だと訂正。


「若旦那さん! 屋根のお嫁様ですよ!」


 私は名乗ったけど彼は名乗る前にお店に入っていって別の男性が現れてご挨拶。婚約者だと訂正。婚約者でも嫁でも祝酒だと小さめの酒瓶を渡された。

 はい、渡したからもう仕事します! みたいな感じで見送られたのでネビーとの繋がりは分からずまた名乗られず。尋ねる暇が無かった。


(ネビーあるあるが私あるあるみたいになっている。あと皆さんどなた。尋ねる前に去られたり見送られたり……)


 しかもお嫁様。長屋に私が引っ越してきた歓迎会のはずがやたら人が集まって大宴会。祝言したみたいな勢いと言われたけど実際そうなっているみたい。

 半年後にこの街からネビーを連れ去る我が家は大顰蹙(だいひんしゅく)な気がしてきた。

 帰宅後、髪型を変えて荷物を確認してひたすらお稽古。三味線基礎や琴の基礎をしながら発声。ルーベル家の町内会での小公演で頼まれた曲の練習。

 その間海蛇は私の前で体を伸ばしてゆらゆら揺れたり跳ねたり回ったり楽しげ。

 海蛇は祖父が帰宅する直前に私の背後に消えた。もぞっとしたので衣紋の中に隠れたのだろう。


天泣土潤(てんきゅうどじゅん)満華幸(まんげこう)とはまた難曲を練習しているな」

「頼まれました」


 そうだと思い出して小公演のことを祖父に話して独奏と連奏のお誘い。絶対に喜ばれる。


天泣土潤(てんきゅうどじゅん)満華幸(まんげこう)と万年桜か。万年桜も難曲だな。よし両方とも最初にお前が独奏で途中から連奏。それで私が独奏をしてお株を奪う。桜舞と初獅子踊りは私が伴奏をしよう。三味線付きで踊るのはやめて鈴舞にしなさい」

「はい。ありがとうございます。万年桜はおじい様に負けない気がします」

「まさに春真っ盛りの桜の精に己を重ねられるお前と老いぼれじじいだからな。どれ弾いてみろ。昔とどう違うか聴いてみたい」

「5年振りに帰宅した私に演奏をさせたのはおじい様だけですよ」

「音楽に狂っているからな。お前と同じだ」

「いえ、お話した通り私はおばあ様と同じ狂い方です。武者修行をしようとした事はありませんけど」


 天泣土潤(てんきゅうどじゅん)満華幸(まんげこう)は半元服時に祖父と連奏をしたけどその時は私の部分は易しくされた。

 それ以降は本来の曲を練習して16歳元服後になにかの舞台で披露するはずだったけど消滅。菊屋の宴席で披露してきた。しかしこうして祖父の演奏を聴くとやはり深みも音色も異なる。

 5年間の自己学習で癖がついているとかここが甘いとかそもそも曲の理解が曖昧など指摘に指摘を重なられてしまった。


「おじい様。これがきっとへしょげるという気分です」

「へしょげる? 落ち込んだということだな。まだまだ小娘なのに天狗になっていたのだろう。お前が徐々に稼ぐようになったのは若さとお嬢様感込みの話だ。特にお嬢様の方。そう仕向けたのもあるがあの店の旦那や奥さんもその珍しい価値を損ねないようにしていただろう」

「はい。耳が痛いです」


 琴の基礎練習と言われてしたら基礎練習さえ注意されてしまった。人の目がないから弛んで甘くなったという指摘。

 稽古時間は減るけど濃度が増すから腕がかなり鈍るということはないかもしれない。

 時刻の鐘の音が聞こえないので外の様子を見たら夕暮れになっていたので祖父と共に洗濯物と布団を取り込んだ。

 それで祖父はエルと夕食を作り始めた。私は出掛けるから稽古をしなさいと琴の基礎練習。

 鈴舞の稽古は今日はしない。我が家は琴門。琴と三味線の腕があってこそなのにボロボロに言われたのでまず初心に帰らないと。

 そうしてネビーが帰宅。17時の鐘の音が微かに聞こえてきたくらいでお互いの支度が終わり2人でかめ屋へ出発。

 土手の上に登ってしばらくすると荷物を持ってくれて左手を「はい」と差し出された。

 少し時間がかかったけど「えいっ」と手を重ねて手を繋いで歩く。


「今日はおじい様にお稽古をみていただいてへしょげました」

「おお。ラルスさんは厳しいのですね」

「元当主です。幼い頃の私には甘かったですがお父様が若い頃は鬼と呼ばれていたとか。それでおじい様はなかなか破天荒な方でした。山で野宿をしたり漁師になったことがあるそうです」


 祖父は武者修行していたとか当主指導の名目で農村区へ行ったりしていた話をした。


「あそこの長屋を下見したことがあったとはいえあのお屋敷暮らしから長屋暮らしを即決。そもそも孫娘の家出を追ってそのまま花街で住み込み。行動力があるし決断が早かったのはそういうことですか」

「私はおばあ様似でおじい様似かもしれません。武者修行はしていませんが家出したところが。あとおじい様が私に武者修行気分だったというのも自身の経験からみたいです」

「ええ、武者修行気分の話はラルスさんに少し聞きました。音楽もだけど逞しくなって欲しかったみたいな話。お顔立ちもおじい様が1番似ていますよね」

「よく言われます。知らなかった話を聞けますし稽古指導までしてくれて家事も助けてくれるので祖父と2人暮らしはありがたいし続けたいです」

 

 それから私は祖父と話した海蛇王子と歌姫の話をして調べ物をしてみようと思ったことや、どう考えても日々の時間が足りないことも語った。

 祖父やネビーの家族が時間を作ってくれそうなので有り難いという話もする。


「幸先良さそうですね。俺も半年の間にラルスさんと親しくなるとウィオラさんの家でなんとか暮らせそうです。昔から大家族で豪邸って言うてきたけど実際広いお屋敷で暮らしてみたら意見が変わるかも」

「そういう意味でもお互い暮らしてみるのは良いことですね」

「ええ。お弁当を要求したのは自分ですけど今朝なんだかもう新婚生活みたいだと思いました。ますます結納と祝言の差が曖昧(あいまい)。でも祝言は来春と決めましたからね」


 私とネビーの祝言は彼に一任された。ネビーが父を焼け野原にしたので祖父がそうした。

 入籍日は挙式日。様子を見てその日を決めて下さい。遅くて来春。そう決定。

 それで彼はよく考えたら私が女学校講師中は慣れない仕事と新しい生活でそれどころではなくて、次は自分が東地区で働くからやはり慣れない仕事や環境なので難しい。結局1年後という話に落ち着いた。

 新しい仕事や環境を乗り越えながら1年かけてどこで挙式をするとか家や仕事を考える。

 そう決めたけど私達というかネビーの自由なので変更は可能。

 改めて皇帝陛下暗殺計画や怪奇事件の調査からのお祭りで忙しくなるからどう考えても早く入籍、挙式、旅行は無理で残念だと言われた。

 目標の中官試験に受かってからの方が格好がつくとも言われた。


「祝言が餌の人参です。今年は受かるはずだぞと言われているので励みます。それでお弁当はやはりよかでした。気分が違う」

「金曜日と土曜日はまだ勤務前なのでお弁当を届けるのはどうかと思いましたけどどうですか? おじい様と1区観光がてらです」


 金曜日は日勤休憩夜勤で帰ってこないそうなので朝昼食を渡してお出掛け時に夕食を渡す。預かれる方法があるなら朝食のお弁当箱を回収という提案。


「えっ。持ってきてくれるんですか?」

「ええ。近くに行きますから」

「観光がてらなら遠慮なく。大屯所の総合受付に預けてもらえると」

「分かりました」

「土曜日も観光ですか?」

「はい。祖父孝行という名のお弁当渡し目的の方です」


 陽舞伎(よぶき)の当日券狙いをして買えなかったら別日の券を買うのも目的。土曜日は祖父とルーベル家に行って挨拶をするのと小公演の話を町内会長にする予定でもある。


「それは……ありがとうございます。そうか」


 嬉しそうなので私も嬉しい。土曜日は休憩準夜勤でこの凖夜勤後に退勤。いつもと違って退勤も勤務扱いではないそうだ。

 翌日は南3区6番地屯所勤務で日勤。ここまでは昨夜聞いていたけどその後は休憩夜勤休憩準夜勤休憩日勤としばらく過密勤務だと言われた。

 皇帝陛下暗殺計画発覚に皇居で不審死に関連者疑惑の者達が各地で怪奇事件みたいに失踪だから大事(おおごと)らしい。

 屯所内の牢獄から投獄者が失踪なので兵官達は一蓮托生でせっつかれるみたい。


「過密勤務になって皆さんお体を壊しませんか?」

「普段は過密勤務で夜勤を3回すると連休をもらえるんですけど上からの厳戒捜査命令なんでどうなることやら。こんなこと初めてです」


 5月からは休みも未定らしい。明日の休みは4月分の余り分。過密勤務も5月からだけど早く始めた方が印象が良いからと南地区本部はそう判断したそうだ。

 とんでもない大祭りの予感。休みを寄越せと地区兵官が怒りの大捜査、大調査だ。


「おまけに5月から減給。まあ上司達が部下が体を壊して離脱すると育てるのが大変で痛手なのでコソコソ休ませるって言うていて6番隊も同じかと。龍煌兵や龍国兵はとんでもなさそう。かなりの規模で埃叩きの予感です」


 休みどころか給与を戻すぞと激怒の大調査、大捜査だ。どんどん点数稼ぎをしないと休みがないし給与も減らされて踏んだり蹴ったり。

 おまけに辞められない。いつまでその期間か不明だけど辞めると死罪らしい。

 何かに関与していて逃亡すると判断される。つまりこの国特有の疑わしきは罰するだ。


「辞められない……。お祭り時はそのようになるのですか?」

「いや違います。今回は原因が原因で監視をすり抜けて屯所の牢獄から調査前の容疑者が失踪だから兵官全体の不祥事だと。監獄では何も無かったらしいです。一体どれだけ失踪したのか。南地区の情報もまだまとまっていないです」

「どのようにそうしたのでしょう」

「見張り達が気絶していた間。これが謎です。牢獄内の床は掘り返したみたいにぐちゃぐちゃ。格子は内側に向かって引っぱったように大破壊。こちらは俺達ならなんでか分かりますね」


 大きい海蛇が地下から現れて格子を破壊して容疑者を連れて行った。そういう意味だろう。


「辞めたら死罪も俺が働き出してから初めてです。逃げる相手から賄賂を受け取り。恫喝(どうかつ)捜査などで冤罪も出そう。初の内部調査班に参加して副隊長の補佐官の副官仕事も初。そこに通常勤務です」

「まあ。どう考えても疲れそうです」

「一気に調査のとっかかりを洗い出して休ませろとか勤務を戻せとか大反発します。俺は日頃の勤務態度を盾に様子を見て歯向かいます。他の奴もそうです。なので少しの辛抱。でも疲れそうなのでお弁当は元気が出ます」


 街中へ出てしばらく経ってもう大通りなのでチラチラ見られるようになった。でも誰も話しかけてこないで通り過ぎてくれる。


「食べたいものが出てきたら言って下さい。強制激務でなくても体を使うお仕事ですからお体を大事にして下さい」

「ええ。皆でコソコソ休みます。食べたいもの——……」


 雑談しながら歩いていたらネビーは突然草鞋を脱いで右手斜め前方に投げつけた。頭に草鞋がぶつかった中年男性が振り返る。


「おいてめ……。あー……」

「お嬢さん早く行きなさい!」


 気がついていなかったけどなにかあったみたい。お嬢さんは多分走り去った女学生。

 なぜこの時間にまだ制服姿で街を歩いていたのだろう。中年男性は女学生と反対方向に走って人混みに紛れた。


「ったく。なにか難癖か逆に交渉しようとして失敗でしょう。俺の顔を見て逃げたから前に連行したか聴取かなにかしたことのある相手か?」


 2人がいたところまで移動。ネビーが草鞋を履いて「ったく」とぼやいた。また2人で歩き出す。交渉?


「よく気がつきましたね。交渉とはなんでしょうか」

「今はもう腑抜け時間なので気がつかない時もあります。この通り追いかけて聴取する気もないです。交渉は色売り小遣い稼ぎです」


 街中で色売りだけなら死罪にはならないけど危険はいっぱい。花街で元服後の平家ですと嘘をついて色売りだけのお店で稼いだ方が安全。日雇いもある。

 私はそういう女学生も相手にするのか。ロカの性格や今の学生といい不安になってきた。自分が通っていた女学校が基準になっていると今さら気がついた。

 世間知らずというか想像力が足りなかった証拠だ。ただ5年前の家出したばかりの自分よりは世間を知っているはずなのでまずは恐れずに働いてみたい。


「追いかけないのは仕事中ではないからですか?」

「前は目につくまま体が動くままだったんですけどお前が働き過ぎると他の地区兵官達も求められる。迷惑だからやめろと。仕事ではないと言うても怒られるからそうなのか? と。それで線引きを模索です」


 ネビーは手を離して向かい側から歩いてきた見回り兵官に近寄っていって軽く先程目撃したことと2人の特徴を報告。少し歩くと手を取って握りしめてくれた。


「数ヶ月で地区本部から返せだと東地区に半年間でも同じことが起こりそうだなと思いました」

「その時の俺の気持ちとウィオラさん次第です。それで話し合い。どのくらい上から強く言われるかも関係あります」

「先のことは分かりませんね。私がこの街をとても好むかもしれません。逆にネビーさんが東地区をとても好むかもしれません。海はないけど大河があります」

「ええ。見損ねてルルとレイに自慢されて残念です。東地区でも活躍してこい! かもしれませんしね。つい2週間前は仕事も私生活もこのような状況になるなんて夢にも思っていませんでした」


 私も小さく頷いた。


「明日のことは誰にも分からないですね」


 薄い氷。いやひび割れている氷の上で歌って踊って演奏をしていた私と同じようにこの大陸は非常に不安定な世界だと知った。

 明日私みたいに誰かが「姫」と発見されて誰かに何かをされたら下手すると長年平和な煌国王都が一夜で滅ぶ。薄いひび割れた氷の上に数多の命や生活がある。

 手を繋いで歩いているだけであまりにも幸せだけどその幸せはうんと尊いのだなと身に染みた。


 幸せだな。

 手を繋いで歩いて話しているだけでこんなにも幸せな気持ちになれるって恋ってとても不思議。

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