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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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62

 布団を敷いていざ就寝。しかし昨夜と同じでまるで眠れる気配がない。

 

(明日の夜のことでドキドキして眠くないけど図太いから寝そう……あら?)


 ゴロゴロ左右に揺れていたら顔の横にいつの間にか海蛇がいた。とぐろを巻いて頭部をこちらに向けている。

 

「私がうるさくて眠れないですか?」


 私の言葉は少しだけ伝わるらしいけど少しとはどの程度なのだろう。ツンツン、ツンツン、頬を叩かれた。

 うっすらと光っているから闇の中でも青いと分かる2つの瞳。見つめられるととても落ち着く。

 蛇が怖いと半べそをかいて棒を使ってへっぴり腰で部屋から追い出したのはついこの間なのに不思議。


「蛇ではなくて海蛇さんだからですね。愛くるしく感じるのはきっとそれです」


 うとうとしているような海蛇の目を見ていたら安心感で眠くなってきた。


(やはり神経がふと——……)


 真っ暗闇の中、上も下も左右もない世界に私は浮いている。自分の手足というか体が見えない。けれども私は確かにここにいる。あまりにも不安でよるべない。

 しかし不意に足をついたと分かった。少し湿っていて少し固くて少しくすぐったい。足元を見たら小さな範囲だけ明るくて若草色の草原だった。それで私は裸足だ。

 勇気を出して歩くと足をついたところが少し光ってそこに緑豊かな草が生い茂る。これは楽しいと軽く踊り始めた。


「廻る廻るくるくる廻る」


 歌姫は浜辺で海蛇王子達の兄弟達に紹介される。兄弟とは告げられないで「友人達なんだ」と教えられて歌を好んでいると教わって歌姫は歌を披露する。

 歌姫は国で1番歌が上手くて幼少時から催事のたびに国民を幸福な気持ちにさせて時には恵みの雨を降らす——……。


(おかしいわ。海蛇王子と出会って海蛇さん達と出会ったのだからその前に恵みを与えられているのはおかしい)


 そもそもこの物語の結末が変えられたのはなぜなのか。南の国が悪魔のような国ならば「海蛇王子と歌姫がどうかやり返されるから逃げてと願った」とそのまま真実を残さないだろうか。

 しかしあまりにも悲しい末路。海蛇王子は何もかも救おうとして焼き殺されました。歌姫達は盾となり燃やされました。それではあまりにも希望がない。私なら嫌だから変える。嘘物語の中でくらい2人に幸せになって欲しい。


「土に還り木になって家になろう。実になって食べられよう」


 海蛇王子は灰になったので土に還り木になって家になったり実になり命に還ることが出来る。しかし歌姫は違う。


『紫の炎で焼き尽くされて炭にすらなれずに消滅だ』


 より残酷な気がしてならない。なんて悍ましい所業だ。無抵抗な者達を「笑って」殺した。


〈神が手を差し伸べないから我らは自ら未来を切り開く!  人こそが化物だ! 騙されるか! ——しか認めん! 助けたのに怯えるなど人なんぞ信じぬ! 必ず裏切る!〉


 激昂というような低く唸るような声。人こそなに?

 誰しか認めないの? 

 必ず裏切る。

 そうだな。

 私達(・・)は裏切られ続けてきた。

 私達?

 私と誰?

 私は裏切られたことがあっただろうか。人は生来悪なので優しくしようと与えようと慰めても殴られ罵られ僻まれ嫉妬され傷つけられる。

 人は元々そのように生まれている。人は息をしているだけで人を傷つける。

 私こそ裏切り者だ。目の前で涙を流す者達に背を向けて己の欲を満たすために逃げた。しかしそうだ逃げろと言われた。

 悪魔の手の届かない地の果てまで逃げろと——……なのに彼は逃げずに叫んでいる。

 私達(・・)を守るために危険をかえりみずに悪魔に対峙してその悪魔さえ救おうとしている。


「姿形変わろうと何もかも忘れてもどれだけ時間が過ぎようと僕のような者は必ず生まれる」


 命は失われたら返ってこない。二度と会えない。誰よりも優しい——。いつも自分は最後の——。決して差別しない——。大好きな——。

 なのに燃やされていく。助けるなと、牙を剥くなと必死に叫んでいる。


「どうか忘れないでくれ! ——! この地を守れ! 何もかもを守ってくれ!」


 嫌だ。命令しないで欲しい。命じるのなら——を助けろと戦えと言って!


「絶対にいつか理解する! 僕は間違っていない! 絶対に続く! 僕の意志は決して消えない!」


 分からない。熱い。熱くてならない。

 ——と繋がっているから熱さも痛みも苦しみも憎しみさえ分かる。なのに恨むな、殺すなと伝えてくる。


 生きろ。


 その先にまた幸せが待ってる。


 そうだろうか?


 命は失われたら返ってこない。二度と会えない。誰よりも優しい——。いつも自分は最後の——。決して差別しない——。大好きな——。


『1人でも多く逃がせ! こっちだ化物狼! ほらよっ! こっちに来い! 化物? 賢そうだな。いやとにかくこっちへ来い! 俺が相手だ!』


 命は失われたら返ってこない。けれども——は言っていた。——ような者は必ず生まれると。少しその気配がする。

 ——は灰になってしまったけれど風に乗って土になり草木になって実になって食べられたから——が生まれた。

 偽物?

 命は失われたら返ってこない。


『お義父さん貴方の名をください』


 父?

 私は女性だ。——は頭が少しおかしい気がするので疲れと優しさのばら撒き過ぎでおかしくなってしまったの?


『俺は見ていたぞ。あの女性の財布を出せ。懐に入れただろう』

『難癖つけるな! さてはグルだな! 離せ! 暴行罪で訴えてやる!』

『ああっ。お前、前にも逮捕した奴じゃねえか。反省しろって言うたのにまたしたのか。小指の次は薬指が無くなるぞ』

『げっ! あの時の兵官! お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだ! 離せ!』

『いや職場を紹介したのにお前逃げただろう』


 彼はまた与えて裏切られている。彼のような男を何故神は救わなかった。

 この世に神などいない。残酷で、理不尽で、希望のない世界で、正しい者は生きられない。

 降りかかった火の粉から逃げ続けても最後は炎に飲まれ燃やされる。戦わなければ殺される。もう彼は帰ってこない——……。


〈我らの姫と誓うのならば盾となり槍となり共栄に尽力する!〉


 地響きで大地が揺れる。これではもう踊れないし歌えない。


〈我らの姫と誓うなら大地を耕し海から恵みももたらそう!〉


 豪雨まで降り注いだ。これでは本当にもう踊れないし歌えない。


〈誓いを立てる者達へ幸福の祈りと願いを込めて祝福を捧げる〉


 空から七色の光の光が降り注いだ。幻想的な空だ。もう地は揺れていないし雨も止んだ。これなら私は踊れるし歌も披露出来る。

 厚い灰色の空に隙間が出来て眩い太陽が一筋丘を照らした。いつの間にか大草原で溢れんばかりに輝いているけれどさらに眩い場所が出来ている。

 そこに——が立っている。長くも短くもない黒髪が風にサラサラと揺れて徐々に短くなった。背も少し縮んだ?


『このようにずっと大丈夫です』


 屈託のない満面の笑顔のネビーに私は笑い返した。そうだ。ずっと大丈夫。

 私達(・・)は永劫大丈夫。


『語れるようになるってどういうことだ? 俺の言葉は伝わっていないって言うていたな。喋るのか? 賢いなら文字を覚えるか? よし、ひらがなを教えてやろう。喋れないやつは文字を使うんだぜ』


 ほら。

 ——は嘘つきではないから帰ってきてくれた。帰ってくるの。偽物ではないと私達なら分かる。

 私達(・・)はずっとずっとずーっと一緒にいるの。

 何度燃やされても蘇る。決して滅びない。私達を殺すことも引き離すことも誰にも出来ないわ。

 私達はずっと一緒で誰よりもなによりも幸せになるのよ。


『そうだ。絶対に近寄らせない。たった1匹でも残れば決して絶滅しない。滅ぼせるものなら滅ぼしてみよ。返り討ちにしてやる』


 知らないけれど知っている男性の声。とても温かいのに悲しくて苦しみに溢れている声色。


『誰かが人を傷つけて己の欲望を満たす者がのさばる世界に反旗を翻した』


 反旗を翻したのは誰のため?

 守るべき者は——……ハッと目を覚ましたら汗だく。飛び起きていた。


(夢……。夢?)


 シュルシュルと海蛇が私の腕を登ってきて首をぐるりと回ると胸元にシュッと入った。


「くす、くすぐったいです」


 まだ夢をはっきり覚えている。慌てて机に向かい覚えていることを紙に無秩序に書き出した。書いているうちに記憶が曖昧になっていく。


「ジエムさんへの罰は私を傷つけられたからではないわ……。ネビーさん。ネビーさんの方よ」


 海蛇王子は人だった。結末と同じくまた物語に嘘を発見。

 あれこれ気になってネビーと話をしたくて部屋を出た。隣の部屋の扉はもう開いていてそうっと覗いたけど彼では不在。

 今何時?

 まだ暗くて日は登っていない。


「やあどうもおはよう」


 知らない男性の声がして振り返った。火消しの格好をしていて頭巾も被っている。肩に海蛇が乗っている!


「サングリアルさんですか? こ、声が違いますけど海蛇さんがいます」


 背ももう少し高い気がする。声くらい変えられると言うのかな?


「息子の方。会いにきたら良い夢を見ていたから覗き見させてもらった。また1つ謎が解けた。どうもありがとう」

「息子……ネビーさんのご友人のヴィトニルさんでしょうか。覗き見? 夢を覗けるのですか?」


 ヴィトニルは大きく両腕を広げると前後に動かしてゆっくりとお辞儀をした。見たことのない挨拶動作。


「豊漁姫。ようこそこちら側へ。正確には夢ではなくて血に宿る記憶。俺くらいになると離れていても集中すれば覗ける時がある。無理な時の方が多いけど。俺もたまに昔々の記憶を夢みたいに見る。お姫様。軽く散歩でもしませんか? 君の探し人がどこにいるか知っていますよ」


 ちょいちょいと手招きされた。それで彼は私の返事を待たずに歩き出した。

 戸惑ったけど彼の肩に乗る海蛇がこちらを向いて頭を縦に振ったのでついていくことにした。

 行き先はトト川の下流側。川沿いを歩いていくのでそのまま距離を保って後ろに続く。


「謎が解けたというか新たな謎。海蛇王子が単に変わり者の人だったのなら歌姫こそ何者だったのだろう」


 私は夢の中で私は「私は人ではないから」と口にしていた。あの「私」が歌姫なら彼女は人ではなくてなんなのだろう。夢の内容を紙に書きながら疑問だった。


「お強いとか少し変わり者なのは半半半半半海蛇だからみたいなお話でしたけど違うということですか?」

「それはそれ。これはこれ。それで省略したけどまだ血の種類がある。複雑だ」


 ヴィトニルが足を止めてトト川の方を向いたので私も彼と距離を保ったまま停止。

 朝日が登ろうとしていてたんぽぽ畑の向こうのトト川を太陽が照らして水面がきらきらと反射している。


「本当にすごい跳躍力だな! 鍛錬になるからかかってこい! あはは」


 川の浅いところでネビーが海蛇に飛びかかられてひょいひょい避けている。とても楽しそう。


「ええっ! 増えた! 海川山にいるかもだからトト川にもいたのか!」


 1匹、2匹、3匹?

 ネビーはあちこちから海蛇に飛びかかられて避けて大笑いしている。うんと楽しそう。


「やはりほぼ人寄り。何年もそう思って付き合ってきた。なのにこれ。いきなりすごい好かれてる。君には俺達と同じく血筋があったけどあいつは無関係。俺には分かる。きっかけはなんだ? もっと調べないと分からないな」

「夢……夢ではなくて記憶。記憶を覗かれたのならきっかけをご存知ですよね? 彼を見つけてこう思ったからです。海蛇王子さんが帰ってきたと。彼のお名前は分かりません」

「そこなんだ。俺とはあいつは扱いが違う。なんなのか教えてくれない。姫とも違う。なら俺はなにで姫はなんなんだ? ネビーのやつは彼等になにかしたか? なにか知ってる?」

「友になろうと噛まれてくれて喋りたいと言ってくれました」


 そうなの?

 勝手に口から出てきたけどそれが理由?


「そうなのか?」

「分かりません。勝手に言葉が出てきました」

「俺もそういう時があるからたまに疲れる。あと君やネビーみたいなやつが出てくるのも疲れる。いきなりバン! と現れてそれで時に厄災の火種だから。彼等は君が傷つけられたことに怒った。彼への暴力には全く。いや少し怒ったけど別にらしい」

「そうなのですか? なぜですか?」

「別にってなぜなのか聞いても教えてくれない。人ではないのに彼等でもないって俺は中途半端で寂しい存在。まあ大陸中を動き回るとその中途半端な奴をちょろちょろ見つけるからいいけどさ。また増えた。世界は広いな」


 そう告げるとヴィトニルは頭巾を脱いだ。立髪のような髪は黄金稲穂色。彫刻品のように美しい顔立ち。青空色の瞳に目を丸くした私の姿が映っている。思わず息を飲む。あまりにも美しい男性だ。

 

「この顔は目立つから隠している。本名もあちこちで知られているから名前も隠している。俺は何年も前に人として生きるのはやめた。おいネビー! 珍しくというか初めてロイさんではなくてお前に会いに来た!」


 名前を呼ばれたネビーがこちらを向いた。ますます登った朝日に照らされているのと彼の肩と頭に乗った海蛇達の鉛色の体が鈍虹色に光っているから綺麗。


「ええええええ! その声はヴィトニルだろう⁈ 顔に傷なんてねえじゃねぇか! しかもとんでもなく美しい顔だな! お前は何者なん……あっ、ウィオラさんおはようございます」


 仰天顔でヴィトニルを指さしたネビーは私を見つけてピシッとした会釈をしてくれた。ネビーの急な態度の変化に戸惑う。


「お、おはようございます」

「サングリアルは義理の父で俺の父はこの国の現皇帝の弟だ。父は西の方で小さい国の王で大きな国の偉大な王の相談役もしてる。息抜きでヴィトニルは偽名。調べれば分かるから俺の本名その他を調べてみろ。お前達のせいと東の国々のせいで忙しいからあばよ! 結納祝いを持ってきた。仲良く過ごせ。俺に祝言祝いをさせろよ!」


 結納祝い、と口にした時ヴィトニルは跳ねた。こんなに高く跳べるの? というくらい高過ぎる。それて彼はネビーに向かって落下。

 ヴィトニルはいつの間にか両手に変わった形の黒い棒を持っている。


「うおっ! うわ! ちょ、それなんていう武器だ⁈」

「トンファー! 東で見つけて最近気に入ってる! 暇が出来たら教えてやるよ! 他のこともな!」


 沢山素早く避けたネビーの胸元をガッと掴んだヴィトニルがネビーをこちらへ放り投げてきた。

 くるっと回転したネビーは私の隣に見事に着地。その足元にポトリと小さな布袋が落ちた。


「相変わらず人並みで弱えな! こちら側同士の友になれたというのに弱過ぎてつまらねぇ! 姫の護衛として足りないらしいから今度鍛えてやるよ! 大狼流でな! これでお前はもう少し高みに登れるぞ!」


「大狼」とヴィトニルが口にした途端いきなり黒い大狼らしき大きな生物が林の方から現れた。

 跳ねたヴィトニルは黒大狼の背に乗って黒大狼はそのままトト川上流の方へ走り去った。

 そこから反対側の家屋の屋根へと飛び移りさらに跳ねて大きな鳥のような影にぶつかって上昇。それで彼等は雲に紛れて見えなくなった。


「ええええええ。父親は皇帝陛下の弟……西の方で小さい国の王……。大きな国の偉大な王の相談役って……」

「「フィズ様!」」


 私とネビーは同時に叫んだ。


「長年フィズ様というか皇族と交流していたなんてとんでも話だ! 皇族なんて調べたことがないし調べ方も知らないけど調べたらヴィトニルっているのか? いや偽名か」

「皇族って……出会いはリルさんがいなり寿司を食べますか? と尋ねたからだとおっしゃっていましたよね?」


 庶民の旅行でそんなこと起きる?

 でもリルとロイはアウルム銀行副頭取の娘、現春日の局の女官吏とも旅行で出会っているしな。

 私ももうその繋がりに組み込まれた。つまり私の友人知人も繋がっている。

 ユラ、私、ヴィトニル、フィズ様みたいに。ユラが知ったらおめめを落としてしまうな。長屋の住人、私、太夫だって目が点になるだろう。そもそもここの長屋の住人はネビーを介してかなりの数の者達と繋がっている。

 これが現実。日常の人付き合いの少し先に衝撃的な世界が広がっていることがある。


「とんでもねえよ! それで知り合ってこれってなんだ⁈ ああっ! リルのやつあいつに毛むじゃらカニを食べさせた! 昔皇族が死にまくったから皇族は食べることを禁止されて……食ったのにもう何年も生きてるじゃねぇか!」


 つまりその皇族が死にまくったという逸話は皇族だから亡くなったのではなくて何か別の原因があるということになる。こうなると毛むじゃらカニ百怪談も調べたくなる。ゆっくり調べてみよう。

 ネビーは頭を抱えて上を見たり下を見たりしている。私に話しかけているのか独り言なのか不明。


「うわあ! 言ってた! 確かにこのカニは皇居、特に皇族は食べるの禁止でしたよねって口にして戸惑い顔だった!」

「確かに……カニだけに?」


 無意味に彼の前に手をカニにして差し出した。


「お」

「お?」

「俺のウィオラさんのどこにいやがるこの変態蛇!」


 えっ?

 なに? と思ったら両肩を掴まれて胸元を凝視された。視線を落とす。胸の合わせのところに海蛇がいる。というか感覚的に胸の間にいる。


「い、いやああ! み、見ないで下さい! ハレンチですみません!」


 なぜ今まで気にしなかったのだろう。浴衣姿だった!

 しかも少しはだけている!

 慌てて前を合わせて体を半転させた。


「すみませんって逆にご褒美……痛い。痛い! 噛むな! 嫉妬蛇か⁈ 護衛じゃなくて旦那気取りじゃねぇよな! ちょっ、痛いって!」


 何事かと思ってネビーをそっと見たら海蛇に両耳を噛まれているし右足をブンブン振っていた。その右足首に海蛇が噛みついて旗みたいに揺れている。


(ご、ご褒美って……そうよね。男性からしたらそういうものよね。ましてや婚約者だし……)


 はずかし!


「き、着替えてきます! 朝食を作ってお弁当も作ります!」

「ちょっと待った! おお、噛むのをやめてくれた」


 待てと言われたので振り返ると彼は私の隣に並んだ。手に布袋を持っている。ヴィトニルが投げた布袋だ。


「裏から戻りますよ。日の出と共に起きる人達がちょこちょこいるのでこのかわゆい姿を隠さないと」


 肩を組まれてカチンと固まる。ギクシャクと音がしそうだけどなんとか足は動いた。


「結納祝いか。お礼を返せないから安物だといいんだけど。山で拾ったとか言ってバカ高い宝石を贈ってくるんで高い物は贈与禁止令を発動しています。高級品なら返さないと」


 そうなんだ。そこは「ありがとう」ではないんだ。でも私も「バカ高い宝石」なんて戸惑って返す。

 サングリアルに渡された磨かれた透明な赤い石が紅玉(ルビー)疑惑なのも若干怯えているくらいだし。

 はいどうぞと布袋を渡されたので両手で受け取って左手の上に乗せて右手で袋を開けてみた。


「ああ。西の方の魔除けの首飾り。これはロイさんとリル、レイスとユリアも持っています。あの殺人魚の鱗みたいな何かの鱗で出来ていてこの蛇の目のところは着色ガラスらしいです」

「頭が2つある蛇……目が青と緑です」


 ガラス?

 ガラスはこのような輝きではない気がする。気のせい?


「西の国の蛇神様は頭が2つに体が1つらしいです。分裂するとなんだっけな。なんとか菜っ葉とリス……リスはリルだ。忘れました。危険時に双子騎士に分かれて戦ってくれる御守りだそうです」


 蛇の形も頭もが海蛇と違う。

 菜っ葉とリスは絶対におかしいから別の名前があるはず。ロイかリルに聞こう。西の国の宗教はネビーにとって興味のない話みたい。


「レイスとユリアはまだ小さくて首が締まったら困るので神棚に飾ってあります。俺達大人は大丈夫ですし御守りだからつけましょうか」


 ネビーは私の肩から腕を離して首飾りをつけてくれた。それで屈まれたので「つけて下さい」という意味だと思って「お顔が近い」とドキドキしながら首飾りを彼の首につけた。

 金属みたいに見える細い細い鎖の先にある輪っかに細工がしてあるという初めてみる装飾品。先にネビーが付け方を見せてくれたので上手く出来た。

 ふと思う。この色は海蛇の鱗にかなり似ている。魚の鱗ではなくて彼等の鱗なのでは?

 いつ会いに来るのか分からない謎人物ヴィトニルへの質問事項に加えておこう。

 これでお揃いの品は青鬼灯に続いて2つ目。彼は私を部屋まで送ってくれて「鍛錬してきます」と去った。

 着替えて割烹着を身に付けて奥の部屋で眠っている祖父をそのままにして自分の布団干し。起きてきたエルと会ったので朝食準備。

 今日から私と祖父はレオ、エル、ロカ、ネビーと食事を囲う。祖父とレオは一晩経ったら昔からの知り合いみたいになっていてレオは「昨日の話の続きを」と祖父に海蛇王子と歌姫の話を聞いている。神話や伝承などから意匠を思いついたりするみたいなところから始まったらしい。

 昨夜は祖父に気後れ気味だったのに今の光景は「ネビーさんの父親なんだなぁ」と感じた。


 朝食後、ネビーは着替えて身支度をして出勤。ゴネなくても今日は日勤で済んだらしいので彼が帰宅したら一緒にかめ屋へ行く。

 代わりに木曜日から日曜日まで日勤——休憩——夜勤——休憩——準夜勤——みたいに勤務だそうだ。しかも休憩も地区本部大屯所にいる疑惑。

 6番隊へ出向前の話とか怪奇事件調査の件など色々あるらしい。エルと洗い物をしていたらネビー登場。

 お弁当を渡して「いってらっしゃいませ」のはずがネビーは私を手招きして外へ呼び出し。

 部屋を覗いてエルに「行ってくる」と告げたのに私のことはさらに手招き。それでネビーの部屋の中へ招かれた。扉が閉められてなんだろうと思っていたらいきなり軽くキス。


「さっそくお弁当をありがとう。行ってまいります」


 頭を撫でられたと思ったらネビーは私に背を向けて部屋から出ていった。

 

 大陸の秘密みたいな非日常にはまだまだついていけないけどそれはたまにの世界のはず。

 しかしこちらは本当の日常。なのにこっちはこっちで全然ついていけない!

 これが私の日常になるの⁈

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「お見合い結婚しました」のシリーズが大好きでどの作品も何度も何度も読み返しています。素敵な作品を本当にありがとうございます! 私の読解力がなくて大変恐縮なのですが、「お見合い結婚しました」旅行編など…
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