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雨足は強まり私とネビーはびしょ濡れ。ゴロゴロと雷の音が夜空に響く。
目の前には海蛇だという2匹の大きな蛇とその口に咥えられているぐったりとした者と蛇の上に乗る者。
それからネビーが口にした言葉から推測すると南西農村地区で暴れた大狼。
「私の息子ヴィトニルは彼等は偉大で守らないといけないと旅医者にひっついていて、とある家の夫婦と偶然縁を結びそこで君と出会った。息子は大狼や海蛇達に時々私よりも好まれる。海蛇達は近衛兵をそんなに気にかけなかったが大狼は目を付けた。だから君は大狼から逃げられた」
……とある家ってルーベル家?
リルは旅医者と文通していると言っていた。たまに来訪するとも聞いた。
偶然縁を結びって、リルとロイはなんなの?
2人というよりリル?
3大銀行の副頭取の娘と旅行先で親しくなったとか訳が分からない女性だ。
「……ヴィトニルは貴方の息子なんですか⁈」
「何も背負っていないと思える場所。息抜き場所の1つとして気に入っているみたいだ。酒を飲んだり愚痴ったり将棋の駒をぶつけられたり楽しいらしい。これで近衛兵と私の息子は真の友になれるな」
ヴィトニルという名前の旅医者。この後ネビーに聞いてみよう。それからリルとロイ。ネビーはわりと衝撃的な権力を有していたけどこの話が加わるととんでもなさ過ぎる。
私は彼の部屋の隣に引っ越した時点……いや、ネビーは私をきっと探し出して結婚お申し込みで殴り込んでいたと言ってくれたから宴席で会話した時に私達はこうなる運命になったということになる。
運命の赤い糸。……素敵。サングリアルが本当に国中に大捜査大調査祭りが起こるようにしてくれるのなら私達の出会いが沢山の者達を救うという話になる。
家出芸妓と花形兵官が出会って大勢の者が幸せになりましたになったらそれは素敵な恋物語だ。
「えー……。ここ数年は毎年春に来るので本人に聞きます……」
「今は中央区で色々仕掛け中。近いうちに会いに来るだろう。さてこれで家出芸妓とそこそこ人気の兵官の出会いはこの国の人々の救済祭りに繋がるも火種なのは隠される」
「本当ならぜひお願いしますというかそれこそ疲れますよね? 何か手伝いますか?」
ネビーの発言に私もうんうん、と頷いた。
「君達を隠すと言っただろう。彼等が憎む害獣達は彼等が手を汚さなくてもかなり滅ぶ。私は優しい彼等を人殺しにしたくない。我を忘れる程の激怒をなんとか鎮めて任せて欲しいと必死に止めた。彼等は個別認識出来ないから人に人を裁かせるという訳だ」
稲光がして少しして雷音が響き渡った。本当に雷雨になったしその勢いは激しい気配。
「俺はその人です! 俺も何かしたいです!」
「君は調査隊に入るだろう? 私は君と父親が願ったように小悪党と関係者をどうにかするのではなくてより多くの者にも救いの手や組織の風通しを良くしたいという意志を尊敬したから国中に火種を撒く。しかし世直し成敗には参加しない。現場仕事は現場。つまり私が放つ火を獄炎にするか聖炎にするかは人次第だ」
大狼への恐怖心はもうないのかネビーは真剣な眼差しで大きく頷いた。とても格好良い決意漲るという表情に見惚れる。
「豊漁姫は力も権力もないから大人しくしていなさい。海川山で歌ったり近衛兵を癒して守られなさい。守られる。それはこの大陸ではかなり大切な仕事だ。君は偶然、誰かの盾になろうと傷つくと逆に大勢が破滅する人生を与えられてしまった。近衛兵に説教された上で私からこの話を聞いたのだから慎重に生きろ」
「は、はい。分かりました。色々気をつけます」
海川山で歌えって海蛇達は海川山にいるの?
海にいるらしいのは聞いた。私が海蛇王子と歌姫の歌を海辺で歌ったから姫として認識された、みたいなことを言っていた。元々は家系というか血筋。
祖父に祖先の話や逸話がないか聞いてみよう。海蛇王子と歌姫は絶やさないように、話が変わらないように気をつけなさい。そういう話は私も姉も弟も祖父母や父にされてきた。
しかしあまり広めてはいけないらしくて舞台でお披露目は禁止。稽古や日常生活や小公演なとで使うように伝わっているけどなぜなのだろうか。
「さて。最後は今回の騒ぎの原因。この男についてだ」
サングリアルがこの男と告げた時に人を口に咥えていた海蛇がその者を大狼に向かって放り投げて大狼が噛みついた。
原因ならジエム⁈
「ひっ」
私は思わず目を背けてネビーの首に腕を回した。
「ウィオラさん。血飛沫は出ませんでしたし動いています」
ネビーの震え声を聞いてそろそろと目を開く。
恐る恐る確認したら雨音で聞こえないが騒いでいるようで体を揺らしている。大狼に噛まれているけど死んでない。
「怪我は声を奪ったくらいだ。2度と豊漁姫に罵声を浴びせることは出来ない。悪事を働くために言葉巧みに誰かを拐かすことももう不可能。君達が彼を許そうとしたので今回の罪で殺しはしない。海蛇達の説得には骨が折れたけどな」
やはり私達の会話を聞いていたってこと?
浜辺でネビーと2人きりの会話も知っている様子だったし他にも色々そういう台詞を聞いた。
「それで後は彼を人として、この国の法律で裁きなさいということですね」
「まさか。君達は彼の追放を望んだ。海蛇達も2度と豊漁姫に近寄らせたくないという。よってこの罪人は牢獄へ投獄して脱獄には死を与える」
「えっ? つまりどこかに投獄しなさいということですか」
「私や彼等が彼を投獄する。私の生まれた国なので毎回毎回やめて欲しいが殺さないのなら悪魔は南の国で悪魔と共に暮らして滅びろと主張しているのでそうする。彼が南の国内で悪行を重ねてもそれは南の国の悪魔への天罰だそうだ」
はああああ、とサングリアルはため息を吐いた。毎回毎回ってこういう事が何度かあったのだろう。
自分は聖人一族。生まれた国の者達は悪魔扱い。国を飛び出して色々調べたらしいけどその事実を知ってどう感じたのだろう。
「ああ。それでよい国があるですか。生まれた国がそういう扱いをされているのは……」
「豊かで中々慈しみのある国だ。世界は残酷や理不尽で満ちていて命は不平等。生まれた瞬間あれこれ決まってしまう。親や身分を選べないなんて程度ではなくてかなり根深い因縁に縛られている」
「その彼、ジエムは南の国に放り投げられるのですね」
「君達の望み。海蛇達の望み。そこから私が考えてこうすることにした。彼は監視されて罪を重ねる度に体の自由を失う。最後は自ら死ぬ事も叶わないろくに動けぬ身となる。そうして誰かに世話をされて誰かの徳を積むための存在になる。命は尊いので利用し尽くす。君達がそう望んだから似たような裁定を下す」
つまり死にたくなっても死なない体になるということ……。
罪を重ねる度にだからジエムが反省して変わって2度と罪を犯さなければ声を失っただけで済むということだ。それで私には2度と近寄れない。
この提案は良い気がするというか、サングリアルが告げた通りガイやネビーの提案に沿った内容でそれを強化したものだ。
「異国の文化は珍しいから励めば声の喪失のみで輝ける。外界の多くの人々と同じく彼にも半海蛇の血が微かに流れているから慈悲だ。声無しでも演劇は出来るし南の国の医学なら治せるかもな」
「父の提案と同じような話です!」
「聞いていたと言っただろう? 私は裁定者。当事者の君達の望みと海蛇達の主張の妥協点を考えて実行する。どちらの味方にもつかない。そういうことだ」
私を珍しく個別認識してその私を傷つけたジエムも珍しく個別認識。その結果彼の血の匂いにたまたま近い者達も理不尽に復讐される話だったけど大きく変化。
その理不尽は人側の主張でしかないとも教えられた。神のように生きると決めた生き物達は人々を害獣くらいに思っていて普段は色々理由があって無視しているけど激怒すれば躊躇いなく殺す。
怒りで我を忘れるだから怒り狂って殺してしまうの方か。
それを止めて説得してくれてこれらの裁定。
「怒りで我を忘れて海蛇王子や姫の仲間を殺してしまった。彼等はそうやって嘆き、悲しみ、傷つく。かなり多くの記憶を血に宿して約1000年間そのように苦しんでいる。それなら最初から愛さなければ良かったとどんどん人々から離れていった。しかし愛する者達との幸福な日々も忘れられない」
サングリアルの声が少し震えて涙声のようになった。この話が真実ならそれこそ残酷な世界ではないだろうか。
「共に生きて幸せになろう。不幸になるから決して共存するな。この大陸中の命は相反する思想に縛られて喜劇と悲劇を繰り返している。約1000年経ってかなり悲劇寄り。誰が仕組んでどうしたら改善出来るのか探し中」
「それなら貴方が止めなかったらまた悲劇でした。だから人に人を裁かせるのですね」
「近衛兵。その通りだ。希望と絶望は表裏一体。救いと破壊は一心同体。この大陸はまさにその通りの世界だ。私は愚かな人など救わない。救うべきなのは彼等の方だ。結果として人も救ったように見えるだけ。君も似たような話をしていたな」
2匹の海蛇の瞳が深い赤から芽吹いた若草のような色に変化した。うんと温かい優しい目というか胸がいっぱいで幸せだと感じる。
今日、桜吹雪の中でネビーから気持ちを伝えられた時のような気分。
「この雷雨にこの状況なのになんだかとても嬉しい気持ちなのはその海蛇達の目の色と関係ありますか?」
「普段は青くてかなりの怒りや怒りを抑えようとしていると赤くなり怯えて逃げたい時は黄色。嬉しさがかなり強いとこうして緑色になる。なので祝言前祝いに君達にこの宝石を贈ろう」
サングリアルの腕が動いて私達の方に袋が投げられて足元に落下した。
「血と血で惹かれあってこの国に聖炎を灯すきっかけになった運命的な2人だからきっと死ぬまで寄り添うだろう。誓いの指輪にでも使うと良い」
ネビーは大狼の様子を見ながらそうっと私を地面に降ろして袋を拾った。
「赤は激怒や憎悪の色だが私はその激怒や憎悪の矛先を逸らしてこの国に悪欲破壊と善欲救済に信心深さの強化をするから赤は煌めく希望の色だ」
ネビーが私の掌の上に出した中身は石だった。暗いので色は分からないけどきっと赤なのだろう。
「ここでは見えませんが赤い石ですか?」
「運命の赤い糸にも掛かっている。豊漁姫と話にきたのに近衛兵と話してばかりだな。さて姫よ、この国には龍歌という風習があるが彼になにか一言あるか?」
「龍歌ですか?」
「伝言する。彼が己を省みて輝くような祈りと願いを込めた歌。君達は彼を死ねと南の国へ送り出す性格ではないから逆をしてもらう」
軽く跳ねたサングリアルは今度は大狼の背に仁王立ちした。
大狼は私達に牙を剥いて威嚇を始めた。低くて恐ろしい唸り声で思わずネビーの胸元の着物にしがみつく。
「何かお怒りですか⁈」
ネビーが私の前に出て私を背後に隠した。
「だから君達は殺されない。恐怖や不信を返し続けると本当に怒らせるぞ。大狼は教えたのに学ばない愚かな生物が大嫌いだ。気をつけろ。私の裁きは甘いと怒っているだけだ。なにもしない」
そう教えられても大きな狼に牙を向けられて唸られたら恐ろしい。ネビーは特にそうだろう。子どもも亡くなった事件で大狼と遭遇している。
しかも彼は「あの時の?」と口にしていてサングリアルもそうだと返事をしていた。
「さあ姫。彼を生かすも殺すも君の自由。君には殺せない。殺されそうになっても慈悲が強くて殺せない。そういう者は周りを激怒させて厄災を招く。しかし君は血筋でそのように生まれたしそういう世界だから仕方ない。誰も悪くないというか悪いのは聖人達や弱者を一方的に焼き尽くした約1000年前の南の国だ」
雨がさらに激しさを増していく。もう豪雨だ。ガイが「偶然悪天候が重なるとよい」みたいに告げたけど重なった。
作為的とは信じ難いけど偶然でもガイが望んだ大捜査祭りの後押しである。サングリアルの話が本当で彼が上手く事を運ぶと大捜査祭りの対象はこの地域で終わらず国中になる。
「彼が反省するような龍歌をということでしょうか?」
「君がそう願うのならそうしなさい。彼は自刃はしない。自己愛が強過ぎる者はそんなことはしない。周りに八つ当たりして決して己には牙を向けない。まさにこれまでの彼の生き様で人は中々変わらない。しかし変わるかもしれない」
単なる死よりも苦痛な道……監視されて悪いことをする程体の自由を奪われて最後は自刃も出来ない体。
それで誰かが彼のお世話をすることでその命は慈愛を作る命に変わる。
サングリアルはジエムにその話をするのだろうか?
「彼に今後自分は監視されることや罰が与えられることを説明するのでしょうか?」
「脱獄で死ぬ話以外はしない。それも罰だ。異国で最初は1人。生きていくには人と関わり助けてもらわないとならない。南の国ではこの国の文字は通じない。先に与えるような者に預ける。恩には恩と自ら学んで変われば踏み止まるどころか輝くだろう。逆なら破滅の道へ真っしぐら。慈悲深い者に許されたから救われるなんて許さない」
喋らない状態で文字も通じない中で誰かに手を差し伸べられて優しくされる。
それなのにそこから犯罪などに走れば救うようなない悪党な気がする。
「半海蛇は豊漁姫のように突然扱いが変わる。彼も外界人なのでその可能性はゼロではない。まあ、聞いていた感じだと自滅しそうだけどな。どうだ豊漁姫。生きろと願って見送る龍歌。思いつかないのなら私が作るがどうだ? 本物の方が胸に響く」
生きろと祈って願って……。
『彼が人らしいというか真面目に励み認めれているのは役者道なので奪うとそれこそウィオラと破滅へ向かいそうなのでな』
被害を被ったカラザも祖父も父。それに私でさえ唯一嫌いとは思っていないジエムの長所。
進んで見たことは無いけれど貶したことも見学を拒否したこともない。
稽古の合間の休憩時間に強制見学だから疲労でぼんやりしていて印象がないけど輝かんばかりの本番姿も記憶にある。
熱があっても稽古をしたり舞台にも立った。そうして多くの者に感激を与えて幸せな時間を作った。
『今日の俺の稽古を見てどう思った?』
『昨日と特に代わりないです。つまり良かったです』
ああいう時彼はどういう表情をしていたっけ。
こういう会話の時に突然手を繋がれたことがある。つまり……褒められて嬉しかった?
『ひにし死にするものにあらませば千度ぞ我は死に反らまし』
彼は自刃はしない……千回も死ぬって結局一度も死なないってことである。死ぬ死ぬ詐欺。
失恋は時に死にたくなるというけどやはり怖い。ネビーからの龍歌に感じた気持ちと真逆で恐ろしい執念を感じる龍歌だ。
近くにいると美味しいと噛みつかれ続けるらしいから南の国に投獄が本当ならこらほど安心なことはない。なにせ脱獄したら死ぬらしいし脱獄したら死ぬと本人に話してくれるそうだ。
ガイやネビーが心配している返り咲きは決してない。
「彼と私は2度と会うことはないですか?」
「監視がつくので無い。南の国の中で一生を終えるか脱獄で死ぬ。君だけではなくて必死に性根を叩き直そうとした愛情深い両親にも彼の仕事を応援してきた者にも決して会えない。縁者のいない土地で地位名誉金の全てを0から積み重ね。それも罰だ」
「あの、それなら……。忘るなよほどは雲居になりぬとも輝ゆく芸はめぐりあふかな……。焦がれる程観たくなる、こちらから会いに行きたくなる芸華の噂を聞きたいとそうお伝え下さい」
私のことを忘れないで下さい。隔たりの程が雲の居所くらいはるか遠くになったとしても忘れないで。
忘れて欲しいけど噛みつき続けてくる男なら仕方ない。
輝く芸は再びめぐり会うかもしれませんなんて会いたくないけど会おうと励みそう。
即興龍歌なんてしたことがないので意図が伝わるか分からないし文も間違っているかもしれないけど、ジエムはこれで役者として励もうと思ってくれるだろうか。
ちやほやされる家で育ったのと逆で、初めは誰も頼れない異国の地でうんと苦労して助けられればどうにか変わるだろうか。
「それなら君が噂を聞いて会いたいと望めば連れて来るみたいな話をしておく。まぁ2度と会わせないけどな。利用する時にまた来る。忠告を守りつつ普通に生きてろ。また会おう豊漁姫と近衛兵」
大蛇2匹は地に潜り大狼の尻尾が地均しをした。
それで大狼は口にジエムらしき人物を咥えたままサングリアルを背に乗せて大音もなく跳ねて塀へ一足飛び。次はもう塀の向こう。
「うわあああああ! 大狼は死ぬと思った! まじであれは死ぬ! いつ動くかと思った! どういうことだ⁈ 殺気が強いヤバそうな奴で途中から諦めて大人しく話を聞いたけど信じそうで信じられないというかロイさんとリルは誰と付き合ってるんだ⁈ 俺もだ!」
震えるように叫んだネビーは体を縮めて屈んで停止。
諦めて大人しく話を聞いたんだ。そうだったのか。全部信じて素みたいな言動みたいだと思っていたけど違ったみたい。
「この大雨だと地面はぐしゃぐしゃになって大蛇が現れたなんて分からない……。誰も信じないけど……足には海蛇がいるし……」
ネビーは左足首を確認した。確かにルーベル家で見かけた変わった蛇がいて生きているのか分からない程大人しくしている。
目は閉じていてネビーが足首輪? と口にしたようにまるで装飾品みたい。
「ネビーさん……。話が本当なら私と一緒にいるのは大変と言いますか……」
「ん?」
ネビーはゆっくり体を起こした。それから苦笑いを浮かべて両腕を頭の後ろで組むと目を閉じて「むー」っと顔をしかめてパッと笑った。
急に笑ったので夜空に咲いた花火に見た時みたいだと感じて息を飲んだ。
「バカなのでよく分からないけどウィオラさんと生きるのはやはり飽きなくて楽しそうですね。そもそもリルとロイさんのせいなのかおかげなのか変な縁があったみたいですし。あはは」
風邪をひくから屋根の下へ移動しましょうとネビーに手を繋がれて舞台の上に登った。
その途中、ネビーは贈られた石を袋にしまって懐中。
飽きなくて楽しそう。嫉妬されて噛まれるような事態になっても「嬉しいお知らせ」って私から見たらうんと変わり者。
一緒にいて飽きなくて楽しそうと思う私も変わり者なので私達はずっと手を繋いでいられるかもしれない。ただし会話は必須。相手の気持ちを想像しても無駄だと痛感したので気になった時は常に聞かないと。
「この雷雨に怖いから今日は行きませんが明日は元々屯所へ行く予定なので何が起こったか見てきます。訳が分からないけど大狼も大蛇も確かにいたし今も蛇がいるので言われた通りにしていきましょう」
「はい……。そうします」
「コホン。それでですね。この豪雨に雷に強風なので不本意なのですが……」
ネビーは私と向かい合って繋いでいなかった私の手も取って両手を握りしめた。
それから私の手を離して私に差し出す形で両手の掌を上に向けた。
「死ぬかもと思ったので常識も理性も無視します。結納前とか祝言とか無視です無視。今日死ぬのか? とかなり怯えたので許してくれるならお手を拝借」
平気そうとかこの状況や話をあっさり受け入れたの? なんと思っていた私は本当におバカさん。ネビーの手は震えているし笑顔だけど涙目に見える。
彼がどうしたいのか伝わってくる。私のために聞いてくれるんだ。
私は彼の手にそっと手を乗せた。手を軽く握られる。見た目通り大きいその手は真冬の水みたいに冷たい。
私は思わずギュウっと強く手を握り締めた。それでも彼の力加減は優しい。一歩近寄られて胸の真ん中がトクンッと跳ねた。
目が合って恥ずかしくて視線を彷徨わせる。おでこにおでこがそっとくっついてやはりひんやり。
全身ずぶ濡れで寒くてならないけれど温まったような感覚。
燃える炭の赤いところみたいな熱感のある瞳から目を逸らせなくなった。
鼻と鼻がこすれたので目を閉じる。ドキドキ、ドキドキと胸の真ん中がうるさいし恥ずかしくてならないけれど絶対に優しいから好き勝手にされた——……。
「遅いしレアンさんがいらっしゃったから呼びに来たら貴様! 娘になにをしている!」
父の声。しかも怒声。
ネビーは即座に私の手を離して両手を挙げて2歩下がった。さらにもう1歩後退り。
「まだなにも! 今からでした! 逃げないから調子に乗りました!」
思わずネビーの手を掴んで逃亡と思ったらそのネビーの手が私の手から逃げた。
即座に正座して頭を下げたネビーを見て大噴火しそうな父を見て仕方がないとネビーの隣に腰を下ろす。
邪魔。邪魔過ぎる。お邪魔むし!
サングリアル達がいる間は現れなかったのは偶然なの?
夢だったの?
「なぜそんなにびしょ濡れなんだ! 濡れたから脱がすとかそういうつもりか!」
そういう発想はやめて欲しい。本当に恥ずかしいし失礼過ぎる。私自身も文句を言うけど祖父と母に強く言いつけて叱ってもらおう。
「その程度まで手を出すならきちんとどこか綺麗で素敵な部屋でです」
いやあ、とネビーは照れ顔。この状況でこの顔をしてこの台詞ってあけすけない!
はずかし!
「雷に怯えて慰めたいしかわゆくてつい。すみません。結納したらにします。すみませんでした」
ネビーはまた頭を下げてくれた。私は困惑しつつも腹を立てているみたいな父を睨みつけた。
「もう結納日も決まっている身で無理矢理とは真逆です。覗き見などハレンチでふしだらです。お父様こそ数々の失礼な発言を反省して下さい。彼は愛情深さがあるから好印象と言って下さって全く怒りませんけど私としてはこのように誠実な方に対して失礼極まりないと思います」
「んなっ⁈ ウィオラ!」
「ウィオラさんここは一応謝るべきところです」
「い、一応、一応とはなんだ!」
「何でも最初はうんと綺麗なところですると約束したので止めて下さりありがとうございました。すみませんでした」
「お母様にお父様はどうだったのか聞いておきます」
私はまたしても困惑顔になった父からプイッと顔を背けた。
お邪魔むし!!!
★☆
雷雨は激しいし話も信じられるような信じられないようなだし、再来訪したレアンとの話もあるので私達はこの日我が家から出なかった。
レアンによれば不在中に職員が漁師数名相手に「いきなり取引中止なんてイカれている」みたいな陰口を吐いて壁に耳ありみたいに聞かれていて火に油。
南西農村区の農家代表も「俺達の卿家兵官に悪さをした問題の解決をしたいらしいから俺達も東地区と取引中止を考えている」と来訪。
そこに「海の漁師達に聞いた。クラビリス川で子どもを助けたり俺達の代わりにダイラスを蹴散らしてくれた兵官は守らないとならない。大河も含む川漁師達に話を広めて問題内容と解決方法を提示して納得しなかったら俺達も参加する。話を聞いたら南地区の農林水省や兵官達と東地区の違いが気に食わない。この間もクラビリス川で人を見捨てたりダイラスに余計なことをしたよな」とクラビリス川漁師も参上。
ガイとレアンが「これは捜査祭りになりそう」と張り切って家族やカラザは安堵。
しかし翌朝、ネビーはカラザと屯所へ行ってジエムの失踪を知る。当然私達も知る。他にも2名消えたそうだ。
牢獄の太い格子が引きちぎれたように破壊されていて床も壊れていて彼岸花だらけ。
彼岸花は龍神王が罪人に送る花で死罪執行時に罪人の胸に刺される花だ。
そこに残されていた紙にはこの言葉が書かれていた。
その紙はネビー曰く「見たことがない変な紙」でそこには皇族の家紋印が押されていたそうだ。
【我等龍神王や副神が加護を与える者を狙った者達を我等は許さない。牙には牙。罪を贖ってもらう。天災厄災で滅びたくなければ罪人達や支援者達を人自ら裁け。教え通り生来持つ悪欲を善欲へ変えてきた者達は我や我の副神が味方するので不幸から守られる。この世は因縁因果。真の見返りは命に還る】
やがて私達は皇居で皇帝暗殺未遂があったとか、王都内のあちこちで同じような投獄者の失踪した話や、海から龍神王が現れたという話を耳にしたり新聞記事を読むことになる。
国をあげて失踪した者達の犯罪行為の捜査が始まり、激しい雷雨時の火災や水害で悪党に天罰みたいなことがあったとか、奇跡みたいなことがあったという話もあちこちから噴出。
そうして私とネビーの件が火種になって始まりそうだった捜査調査祭りは霧散して、王都中を対象とした強制捜査や組織監査などの密告裏切り祭りが発生。
この年の春は近年稀にみる程雨の日が多かった——……。




