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衝撃的な事実というか信じられない話だけど本当なら恐ろしい事になるので私は思いっきり首を横に振った。
「語れるのならこのように無事なので何もしないで下さいと伝えて下さい!」
サングリアルの黒い布で覆われている頭部部分が横に揺れた。
「罪には罰。私は人側には立たない。約1000年間、命の恩人である海蛇王子と歌姫を殺され続けている彼等の怒りと悲しみが君達に分かるか? 彼等はあまり個体認識しないので同じ者達を何度も殺されている感覚だ。許せと言われたから許そうとしているけど余りにも救いがない。救うべきなのは人か? 彼等か? 近衛兵、どう思う?」
問いかけられたネビーはかなり怯えたような顔で頬を引きつらせている。
「これまでの話通りだと人は間違いなく見捨てられるというか憎まれています。それも激しく。あざくらいで血の海というくらい過保護となると相当。いや、我等の姫ならウィオラさんが傷つけられる前に海蛇達が止めなかったのはなぜですか?」
「近衛兵、君が私達にしたことと同じだ。傷つけられる前には動かない。厄介なことに海蛇王子の戦って傷つくよりも逃げろ、先に手を出すなという想いが血に宿っている。それに姿を現した後の報復も恐れている。巣を探し出して駆除しに来るかもしれない。姫が殺されるくらいの状況なら話は別だが今回はそうではない」
「あざでこの地域が血の海なら殺されるくらいだとまさか国が滅ぶような激怒ですか? いやそう言っていました。国が滅んできたと」
ネビーの問いかけにサングリアルは首を縦に振った。闇夜に溶けそうな覆いの向こうには本当に人の顔があるのだろうか、という気さえしてきた。
「そこまでの激怒だと止められる自信がない。彼等の主張だと今回の罪に対する罰はこの地域が血の海ではない。姫を憎んで傷をつけたことで悪魔と認識された男と彼と同じような匂いの者は全て罪人で罰を下すと。彼等は個体認識能力が低い」
「姫はウィオラさんで彼女を憎んで傷つけたって……ジエムという男を裁くと言うことですか? 悪魔と認識された男と同じような匂いの者って犯罪者とか悪党ってことですか?」
それなら朗報な気がする。海蛇達がジエムや悪い者達を懲らしめてくれるとはまさに悪因悪果で天罰と言えそう。
「それなら良いのだが似た匂いの小悪党に加えて小悪党ではないのに彼の匂いがする者はほぼ全員巻き添えだ。彼と会ったことのないたまたま似た匂いの者、血縁者、彼が無理矢理犯した女性みたいな者も死ぬ。範囲は豊漁姫が海で発見されてから今日まで歩いた地域全てだ。つまり南地区、南西農村区、東地区」
朗報とは真逆の悲劇的なとんでもない話だった!
「お待ち下さい! それはあまりにも理不尽です!」
「お、おやめ下さい! そのようなことはしないで下さい!」
「なので私はそれは止めた。この国に居なかったので間に合って止められて安堵だ」
腰が抜けるかと思ったというか両足から力が抜けそう。ネビーが帯紐を掴んでくれているから立っていられる。手汗が酷い。
「衝撃的な話で腰が抜けそうにもなります。ウィオラさん立っていられますか? 辛かったら座りましょう。彼等の姫ならそうした方が良いですよね?」
「別に立って話を聞く必要はない。2人で並んで座っていなさい」
私はネビーに支えられながら舞台の端へ腰掛けた。その隣にネビーも着席。彼は肩に手を回してくれた。その腕は微かに震えている。
「本来あざくらいならここまで激怒しない。ジエムという男に罰を与えて終わりだ。家を燃やして炎に紛れて噛むとかな。火事の巻き添えはいるだろうから過剰だけど小規模。私はその程度のことには関与しない。しきれない。大陸中でこのような裁判をしないといけないからな」
大陸中……。南の国の聖人一族で純粋な半海蛇みたいな存在ってことは私達と同じように人の形をしているはず。
「1人でこのような事があるたびに働いているのですか⁈ 大陸中ですか⁈」
ネビーの問いかけにサングリアルは首を縦にも横にも振らなかった。
「祖国は豊かだが外界はそうではないらしい。見過ごすことは罪だ。聖人の血を引いているからというだけで豊かな国で飾り人形なんて耐えれない。それで国を飛び出したらこういう事件に遭遇して分からないなりに始めてまぁそれなりに。祖国が牢獄やこの血が受け継いできた祈りや願いは何かなど色々知った」
それは……まさに聖人一族と呼ぶに相応しいのではないだろうか。
「まさに聖人です。それなりにとは世界は広いのですね。仕事ではないから他のことでお金を稼いだりするのでしょうし尊敬しかないです」
「近衛兵、君が能力の限り人を助けてきた事と同じだ。私はそれだけの能力を与えられてこの世に生まれた。彼等に愛されて信頼されているから生活に困ることはない。問題はしくじって殺されることだ。大陸中が血の海になりそう」
確かにその通り。私は思わずネビーの体に身を寄せた。
「殺されないで下さいというかこのような方を誰が殺そうとするのですか!」
「近衛兵。君なら仕事柄色々見ていると思う。それに海蛇王子は磔にされて焼き殺されただろう。人とはそういう生物だ。それから神に愛されているような恵の聖者が欲しいと奪い合って戦争を起こす。止めようとして心臓を刺されるかもしれない」
しばらく沈黙。そういう神話や創作物はこの国にも伝わっているし龍神王伝説にも存在する。
「この話はまた後で。助言の話だ。彼等は見つけた姫を末の姫とした。歌姫とは違うけど似ているから子どもだろう。姫を発見したお祝いと君の恋する幸福な気持ちを自分達の幸福みたいに感じて嬉しいから人々に恵を与えたから豊漁。だから私は君を豊漁姫と名付けた」
海の大副神の遣いが現れて豊漁ではなくてそういうことなの?
君の恋する幸福な気持ちを自分達の幸福みたいに感じて嬉しい。まさか私が逆に怒ったら怒るの?
怒らないで生きていくのは厳しい。怖い。それは対策を教えてもらわないと。
「海の大副神の遣いと呼ばれている謎の虹生物はもしかして海蛇ですか?」
「その通りだ。ずっとぼんやり気味の豊漁姫と違って会話をしてくれて助かる。半海蛇寄りの者達の歌や感謝の気持ちが届くと姫? 王子? と感じて豊漁になる。豊漁姫はその中でたまたま姫の子だ! と個人認識されたというわけだ」
「あの、私が怒ると一緒に怒ったりしますか?」
「発見されたばかりの今は過剰だけどしばらくしたら落ち着くだろう。君は彼等に認識されて繋がりが出来たばかりなのでまだどの程度の繋がりになるか分からない。過剰だと王子が歩いているとキノコや魚が降ったり、姫がやきもちを妬いたから夫に噛みつくとか色々ある。こんなの関与しきれない。逆に偽物か? とわりと放置される姫や王子も大勢いる」
大陸中でそういうことがあるようなのでそんなの関与しきれなくて当然だ。
つまり私ももしかしたら歩いていたらキノコや魚が降ってきたり……私が嫉妬したらネビーが噛まれてしまうの?
思わずネビーを見上げてしまった。そのような女性は嫌だろう。彼は「へぇ」と感心顔。
「ウィオラさんが妬いたら俺が噛まれることもあるかもしれないのですね。妬きもちはかわゆいので噛まれるくらいならまぁというか、嬉しいお知らせをされるんですね」
……そうなの⁈
ネビーはなんで照れ笑いしてるの⁈
私が嫉妬したら海蛇に噛まれるかもしれないなんて理不尽なのに良いの⁈
嬉しいお知らせ⁈
私は今初めてネビーと今後一緒に生きていくことに不安を抱いた。
喧嘩ではなくて話し合いを出来たように話したり尋ねれば良いというかしっかり会話をしないといけないと思っていたけど益々そう決意。
こんなに考え方が違うと誤解ばかりおきる。今分かって良かった。
「姫は驚いているが私は同意見だ。海蛇達は君は王子ではないと言うけど大狼達は王子みたいだと言うし身体能力もそこそこ高いから思考回路が人と違うのは当然。人に近い半海蛇ではなくて半半半半半海蛇だしな」
同意見なの⁈
姫だか姫の子と認識された半海蛇らしい私と同じ半海蛇側らしい彼等の考えが違うのはなぜ?
「つまり俺が変なのは生まれつきってことですか。でも全員変です。ああ、人と人に近い半海蛇寄に半半半半半半海蛇と半半半海蛇に半海蛇みたいにごちゃ混ぜだから皆変なのですね」
「まあそんな感じだ。同じ人間だと思って同じ集落で暮らしているからあれこれおかしなことになるし大きな諍いも起きる。しかも生まれてみないと分からないし姫のように人寄りだったのに突然扱いが変わったりするからさらに難しい。それで小さな事は自分達で解決して欲しいので試しに噛まれて欲しい」
それはこの大陸はとんでもない世界。
試しに噛まれる?
噛まれると何かあるの?
サングリアルは私達に右手を伸ばした。掌を上に向けていてそこに袖口からシュルリと海蛇が現れた。ルーベル家で見かけたくらいの大きさだ。
「噛まれると何かあるんですか?」
私はずっとついていけてないけどネビーは気がついたらずっとサングリアルと普通に会話している。これもネビーあるあるなの?
「何もなければ今後そんなに過保護にされないし恵みもかなり気まぐれ。彼等に近づけばより通じ合い上手くいくと語れる。つまり何か問題があった時に直接交渉が出来る。大問題なら私が来るが必ず来られる訳ではないし小さな事は関与しきれない」
「おー。痛いですか? ウィオラさんが痛い思いをするのはちょっと遠慮して欲しいです」
「細い針を刺してしまった時くらいだ。種々の毒を出し入れするけど姫には毒など使わない。あと噛まれるのは君だ近衛兵」
「俺ですか⁈ それはワクワクする話です」
ワクワクするの⁈
そうなの⁈
確かにネビーのお顔は嬉しそう。
……ジエムに罰の話はどこへ消えたの?
海蛇側の怒りの天罰は理不尽だと止めてくれたからそれで問題解決?
「姫は噛みたくないそうだ。あと今の時点で彼等と語れないのなら大した絆ではない。今回は発見されたばかりで大喜び中の出来事だったから過剰に怒った。私が裁定したらあっさり冷静になった。現時点の様子だと祀りあげたり囲わなくても良いはずだ。以前よりは気をつけないといけないがこれまで通り生きていけば良い」
ネビーなら噛んで良いとは私としては失礼だと思うけどそういうものみたいだから仕方ない。
突然変わることもあるけど根本は生まれつきみたいだし。
「突然扱いが変わるとか現時点の様子と言ったので強い絆になることもあるということですね。それで過保護過ぎて大問題が起きた時に困るからから俺が交渉出来るようになっておくと良いということですか? 大陸中に行かれているのなら来られないこともありますよね?」
「そういう事だ。忙しい私達を助けて欲しい。君から彼女へのお説教話を聞いていたし今の様子からしても豊漁姫に交渉事は無理。末の姫は歌姫だった! と認識されれば勝手に語れるようになるだろうけどそれはそうなったらまた会いに来る」
「それならどうぞ噛んでとお伝え下さい」
さあどうぞ、とネビー左腕をサングリアルに向かって真っ直ぐ伸ばした。サングリアルがゆっくりと近寄ってくる。
彼が途中で止まると彼の掌から小さな海蛇が飛び降りて地面に着地してシュルシュルとこちらに近寄ってきた。
それで小さな海蛇はシュルリとネビーの左足首に巻きついて停止。彼は特に何も反応せずに黙って赤い瞳の海蛇を見つめているだけ。噛まれたのか噛まれていないのか分からない。
「倒れないから今は語れないな。死ななかったから死ぬまでに変わるかそのままかそれは誰にも分からない。彼等がこのように目を憎悪に染めたら代わりに裁くと訴えてそうしなさい」
……死ななかったから?
「俺は死ぬところだったんですか⁈」
「まぁ1割くらいは」
「それは先に教えて下さい!!!」
私もネビーと同じ気持ち。なぜ教えてくれなかったの⁈
「汝、許しても刺されよ。近衛兵、君が死を恐れて友を諦めた瞬間1割ではなくて死亡の可能性大。教えていたらそれこそ死だ」
「友……」と呟くとネビーは左足をぷらぷら揺らした。
「なんだか腕輪みたいですね。足首輪?」
「末の王子にすると決めたみたいだ。美しい自分は末の王子を飾りたいしいざとなったら共に戦うと。動き回るけど人前ではそのように飾り物になるかどこかに隠れる」
「美しい自分……へえ。目が赤くなったら怒っているんですよね」
「噛まれたから彼等と以前より絆が深まり彼等の気持ちを感じるから目を見つめれば感情がなんとなく分かるだろう」
「……それなら今は怒ってません。目は赤いですけど。なんだか嬉しそうです」
「私が裁くからもう激怒の波は過ぎ去っている。その歓喜はかつて失った海蛇王子と少し似た者が新たな友となったからだ」
「友は嬉しいけど俺が王子とは世も末というか……まぁウィオラさんやサングリアルさん達くらいしか知らないのなら別によかですね」
私はずっと頭の中が混乱しているし色々な話についていけないのにネビーは本当にしれっとしている。
今は足首輪みたいになった海蛇を眺めて左足を揺らしながらニコニコと楽しげ。
ふふっとサングリアルが肩を揺らした。
「つまり君達は彼等の中で海蛇王子と歌姫だ。末の王子と末の姫。彼等との絆はかなり弱く何も知らずになんとなく運が良いくらいの者達もいて大陸中にこういう組み合わせの者がいる。血が惹かれ合うのだろう。私は運命の赤い糸の言葉の由来だと思っている」
運命の赤い糸?
聞いたこのない言葉だ。でも素敵な響き。この話は是非信じたい。
私とネビーは生まれた時にお互い惹かれ合うような関係性だったとは嬉しいお知らせ。
「この国だと縁結びの副神が良縁を結ぶ。良縁祈願は赤い糸、悪縁断ちには白い糸というが白は無関係だ」
「つまり龍神王様や副神様の逸話や教えなどに海蛇さん達や私達の関係性などが隠されている……隠されている訳ではないです。国中に広がっていて大勢の者が学んでいます」
私はようやく声を出せた。神話や逸話は何かの不幸や幸運を印象付けて人々の心を操作したり育むために作られた創作物だと思っていたけど逆だ。
事実を元に海蛇達と争ったりしないような話を広げるために作られた。そういう気がする。
「記憶の多くを次世代に残す彼等と違って人は忘れていく。彼等は人の前から姿を消したから余計にな。この国が栄えているのは龍神王信仰が根付いていて彼等が他の国よりもまだまだ寄り添っているからだ。裏切れば反目。他の国同様に一夜にして滅ぶこともある」
一夜にして滅ぶ……煌国以前の国の神話でそういう話がある。
裏切れば……確かに神に愛されたような乙女が殺されたとか、王が死んで国が厄災で滅んだような話がある。
私はジエム関係で薄氷の上を歩いていたと知ったけど大陸中がそういう感じだということ?
サングリアル達は悲劇を回避したいから大陸中に行っている。
ネビーが口にしたようにそれは彼等の仕事ではない。サングリアルは誰かに頼まれたなんて話はしていなくて自ら国を飛び出して調べて今こうしていると語った。
自分達が襲われたりして悲劇中の悲劇が起こらないように隠れてもいる。
海蛇達の加護があるから生活に困らないと言っていたけど平穏な暮らしやお金などの見返りもない。
……なぜそういう活動が出来るの?
ネビーに私は自己犠牲の配分がおかしいと言われたけど比較にもならない。
「龍神王様の逸話が海蛇達の話なら皇帝陛下を慕っているからですか?」
「いや。慕われているのはこの国に住む半海蛇寄りの人々全てだ。歌ったり感謝された時に姫? 王子? とふと思って大地の中を耕して肥料を撒いたり漁師達の網に魚を入れたり個人的に釣り針にカニを引っ掛けてみたり色々する」
「ああ。海の大副神の遣いが現れたら豊漁はそういう事ですか。奉納演奏が存在しているのもそれですね」
「左様。信仰心が失われるとこの国は加護を失い豊さも消える。自業自得というやつだ。謎はまだ解けていないが毛むじゃらカニも彼等の仲間というか単なるカニだけど彼等が人を選んで与えたり罰するのに利用しているぞ」
縁起カニだけど毛むじゃらカニ百怪談というものもある謎のカニ。偶然の積み重ねではなくて人為……海蛇為的なのか。
「毛むじゃらカニ関係の不審死や火事って海蛇達ですか⁈」
「そう思って調べた。多分そうだ。基準や仕組みや理由はまだ分からない。ただ縁起側は彼等の仕業ではなさそう。縁起は偶然なのか必然なのかこの世は謎に満ちている」
サングリアルはまた海蛇に着席。足を組んで頬杖をついてまたしても「ふふっ」という愉快そうな笑い声を出した。
「そのように末の姫とか末の王子もまだまだ基準が分からない。近衛兵、君も過保護にされるがそこらの人より強いと認識されているから姫より過保護にはされない。君の権力地位や仕事に生き方なら問題事は少ないはずだ。変化したらその時にまた扱いを考える」
「今後2人とも気をつけなさいという話ですね。自分達の考え方とは大きく異なる考えの者達に過保護にされるから誰かに傷つけられないように気をつけないといけないということです」
「ひゃあっ!」
首筋がひんやりしてくすぐったくて身を捩る。すぐにくすぐったくなくなった。
「ウィオラさんの衣紋のところに小さい海蛇……あっ、引っ込んだ」
「近衛兵で1匹。それから2匹。聖なる3つ子に因んで3匹が姫の護衛。そう主張して譲らないのでこれがまず裁定の1つ。2匹が単なる蛇や化物と思われないように工夫しなさい」
1つ目の裁定。つまり他にもあるということだ。
「はい。分かりました。俺も匹……人だと思って生きてきたけど人ではないから匹ですか」
「まあ、そこらの人間も匹と呼ぶべきかもな。私はこの家の家紋を黒大狼3頭だと推測している。それでこの家は海蛇王子と歌姫を代々受け継いでいる。系譜を途中まで辿ったが私みたいに南の国から出た者の血を引いていそうだ。だから豊漁姫が生まれたのだろう。今後もまた生まれるかもしれない」
ネビーが私を見てサングリアルを見てまた私を見つめた。
「貴方はどう考えても何も見返りがないのに大陸中の命のために働いていて、彼女は若干そういうところがあります。その奉仕心というか自己犠牲的な性格は何か関係ありますか? 最初の方に人と半海蛇だと性格が違うみたいな話をしていました」
「誰なのかとか方法を見つけられていないが1000年前に誰かがどうにかしてそう仕組んだ疑惑だ。海蛇王子と歌姫の血筋や性格の者を滅びにくくして、憎き南の国の悪魔のような者達は神々を名乗る者達から見放されて自滅していく。誰かが人を傷つけて己の欲望を満たす者がのさばる世界に反旗を翻した」
人を傷つけて己の欲望を満たす者がのさばる世界……確かにそれは嫌。私はこの世界はそういう世界ではないかと思っていたけど違うみたい。
なかなか個人認識ないから個人的な救済は中々無いけど大きな枠組みの中では救われている。これはそういう話だ。
「真の見返りは命に還る。私は数多の見返りを得ている。生まれた時から殺されたら国が滅ぶとか、今なら大陸中の国がかなり滅びそうとか心底恐ろしい血だけどな。しかし人はどのように生まれるか選べない」
静かな夜に小さなため息が漏れて、その後にサングリアルはまたしても穏やかな笑い声を出した。
「次の裁定は君達の許しと願いと祈りに寄り添う。大捜査祭りを願ったので私がそうする。2人が火種だと報復や逆恨み行為があるかもしれないから隠す意味もある。まずは雷雨」
雷雨?
話に夢中で気がついていなかったが空を見上げたら黒い雲が星々も月も隠していた。
「そのうち雨が降るし落雷も起こるだろう」
「……それは巻き添えが出ます! あと天候を操るなんて……ええっ? 操れるのですか?」
「近衛兵、大陸中の生物が団結すると雨雲くらい集められる。巻き添えは信仰心を深めるためと彼等寄りの裁定結果だ」
舞台屋根にポツポツと雨がぶつかる音が聞こえてきた。偶然の雨ではなくて作為的な雨なの?
「それだと雷雨で被害に合う方はまるで生贄です!」
ネビーが立ち上がって舞台前で叫んだ。私もほぼ同時にそうして彼の隣に並んでいた。
「巻き添えで怪我人は出るだろうけどこの国にはこういう言葉がある。生来持つ悪欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方しよう。彼等に好まれている者を彼等は見捨てない。この世は因縁因果生き様こそがすべて。つまりこの国の人々は今日までの自らの行いで神々に裁かれるという訳だ」
「それは大捜査祭りみたいな話です。生贄は出ませんか?」
「大捜査祭りの方が欲望にまみれた者達の駆け引きやらで余程生贄が出る。人とは愚かで欲にまみれて罪深い下等な生物だ」
立ち上がるとサングリアルはトンッと跳ねた。伸び上がった海蛇の上へ一足飛び。ネビーの跳躍どころではない。
「皇居で皇帝暗殺を企てていた者達が死に関係者は国中にいるとか龍人王が罪人に贈る花が各地にばら撒かれた。各地で投獄中の罪人達がどう考えても人の仕業ではないような状況で消え去る。近衛兵、君が父親とこの東地区に聖炎を放とうとしたので私が代わりに国中を燃やす。望みの大捜査大調査祭り。これは君達隠しかつ人寄りの裁定だ!」
「あの高さを一足飛び……。そのような事が出来るのですか!」
「3つの海からは龍神王と思われる巨大な海蛇が姿を現す。崇め、敬い、感謝せよ。説法を各地にばら撒きそこに天災から奇跡的に守られた者達が多くいれば信仰心は深まる。より良い未来へ続けという祈りと願いだ。以前西の大蛇の国で似たような手を使った」
話が大き過ぎて信じられない。
しかし詐欺か本当かどうかは今後知ることになる。
「私こそ海蛇王子と同一視されている存在。彼の次男が選んだ許すが許さない平和な世界を望む者。こうしてこの世界の成り立ちや仕組みを教えて彼等に心を寄せられた君達はもうこちら側。裏切れば反目する。非常に疲れる日々なので手伝ってもらう。私は使える者はどいつもこいつも働かせる。逆らえば大事な者達が滅びるからな。つまり強制だ」
「話した事が本当なら人質なんて取らなくても手伝います!」
「近衛兵。彼等と語り合えないと無理だ。それに人の思考を捨てて人を蚊くらいに思わないとならない。私に利用されろ。君達はもう私に見張りをつけられたから地の果てまで行こうと逃げられない。私はもう自分を人とは思っていない。そうだな。大狼が近い気がする」
大狼とサングリアルが口にした瞬間足元がぐらぐら揺れた。よろめいたのでネビーが後ろから腕を軽く掴んで支えてくれた。
目の前の土が盛り上がってもう1匹海蛇が登場。口に人を咥えている。うつ伏せでぐったりしているから気を失っているようだ。
さらにそこに真上から白い巨大な犬が降ってきた。普通の犬5頭分はある大きさで尻尾が9本生えている。頭には小さな角。
「お、お、大狼……。あの時の……」
ネビーがいきなり私を片腕で抱き上げて少し跳ねた。震える手に恐怖に染まった彼の表情からして目の前の生物が大狼らしい。
闇夜に爛々と輝く猫のような瞳孔の琥珀色の瞳は私にはまるで太陽みたいだと感じられて、どうしてネビーが怯えているのか分からなかった。




