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怖い。ジエムは私が思っているよりも怖い存在だった。私は運が良いの? 悪いの?
婚約破棄出来なかった理由はジエムが我が家に何かしたとかで、隠居破門話も私を逃すためだった?
私を実家に連れ戻さないのは変というネビーの考察が正解だったのは明らかだ。
「それも聞きたい。結納お申し込みやらお見合い結婚しますとは本気なのか? 報告では特定の男性と親しくしているとかましてや恋仲の男性なんて話はなかった」
報告。やはり私は見張られていたということだ。太夫達もそう口にしていたしサラッと調べたガイが花官が雇われていたと教えてくれた。
「息子は先日の土曜日にお嬢様と出会いました。翌日偶然にもお嬢様が息子のお隣に引っ越してきたので再会。息子はあっという間に夢中です。常識的に口説き落としたいので実家に結婚お申し込みをして良いかとお嬢様に尋ねて前向きな返事をいただきました。それで息子は私と妻に相談しました」
祖父はガイと私を交互に見て目を丸くして私を見つめた。
「土曜? お隣同士って花街を出る日は日曜だったのか。詳しい日付は不明だけど今月中に菊屋を出て南3区の長屋へ引っ越し。ようやく女学校の講師。今日は木曜日だぞ。1週間も経っていない」
「息子は月曜日に我が家へお嬢様を連れてきて私の妻に家出娘さんとの常識的な縁結び方法は何かと尋ねにきました。実家に結婚お申し込みですか? と」
「家出娘と知っているのにそのように律儀にありがとうございます。いやご本人に言うべき台詞ですね。連れてきたですから。しかし結婚お申し込みではなくて結納お申し込みだと聞きました」
祖父は私をしげしげと眺めた。
「ああ。契約書。娘の素性が分かります」
「息子が謝罪すると思いますが馬で海へ出掛けようとしている自分は彼女を口説いているなと気がついてそこでお嬢様に付き添い付きではなくてすみません。帰宅しましょうかと尋ねました」
チラリとガイに見られたのでその後どう返事をしたのか話して下さいという意味だろう。
「安心感しかなかったのでこのまま桜並木や海を見たいとお返事をしました。常に人目につくところにいますと言ってくれました」
はずかし!
「おおおおお、そうか。まあ見ていて雰囲気で分かったけどそうか。もっと以前からみたいな感じだったのに知り合ったのは土曜日なのか。……土曜はまだ花街なのにどこで出会ったんだ?」
笑顔だった祖父の顔が渋くなった。ネビーが対ジエムで光り輝いてもまぁこうなるだろう。
「菊屋で行われた地区本部兵官の新人歓迎会の宴席です。業務の一環です。破る方も多いのに規則通りどなたも買わずに帰りました」
「それで出会って喋って宴席での様子も見たのか」
祖父はふーん、みたいなお顔。あの格好良く何もかもを助けにきて助けてくれました、というネビーを気に食わないの?
それは頭がおかしいけどまあ気持ちは理解する。
「彼を狙った花魁に仕事だから誘惑されたくないので着物をしっかり着て欲しいと言ったり遊女に花芸妓ですか? と尋ねていました。ちなみに花芸妓はお触り禁止で美女が楽しくお喋りしてくれる存在として認識していました。帰宅時に出入り口が混んでいて目が合ったら感謝と曲と演奏について少し尋ねられてその日はそれで終わりです」
夕霧花魁とネビーのやり取りは又聞きだけど聞いていたことにしよう。祖父はまたしても目を大きく見開いた。
「そ、そうか。そうだよな。宴席で出会ったなら彼の言動を直接見ている。花芸妓をそのように誤解?」
「はい。彼は花街というか売春商売を嫌悪しています。仕事だから初花街で初来店です」
祖父の表情は「衝撃的」みたいなお顔。祖父も父も数多の男性と同じく花街コソコソ系だろうからこの件でネビーにとやかく言う資格は無い。
「そんなことがある訳……いや見ていたのか。話しかけられる前にそういう彼の言動を見ていたから好印象でそれで翌日まさかのお隣さんか。……そんなことあるのか? あったのか……」
「はい。夕霧花魁が彼を気に入って食べたそうなのに彼はそれを無視して楽しそうに踊っていました。夕霧花魁は借金返済済みで彼を捕まえる為なら1度店を辞めて下街で出会い直そうと思っていました。私と彼がこの家に来る前に私は菊屋へご挨拶に行きまして縁談話をした時にそう言われて私と彼女では性格その他が違うから諦めると」
ネビーの名誉の為にとことん追撃しておこう。彼が言っても「嘘」となるけど私が「見聞きした」と言うのは重みがあるはず。
「あの店のあの夕霧花魁を袖にしてウィオラを選んでくれたのか。いやウィオラは私の愛孫だから当然だけどあの夕霧花魁をそうか……」
祖父はまたしても「衝撃的」みたいなお顔。
あのお店のあの夕霧花魁? 祖父は菊屋に行ったことがあるの? 私の様子を見にきたことがあった?
「一応その業務について簡単にまとめた書類をお持ちしています。煌護省が定めている業務ですので。花形兵官を楽しみにしている遊女がいるとか視察調査時の兵官行列で観光客増加などまあ色々です」
「お祖父様。一見さんや安い客や席はお断りの太夫さんや花魁達が率先して参加してきゃあきゃあ騒いで有名兵官を奪い合いです。借金がもう少ないか無いくらいの太夫さん達は無料で相手をするくらいの勢いです」
「そ、そうか。そうなのか。有名兵官となるとそういう世界なのか。彼も浮絵になっている兵官だからそちら側だな。でもそういう感じだったのか」
「お店を出たら酒処で朝まで飲むと言っていて、翌日再会した時に質問したら成り行きで暴れ組の喧嘩を止めに入ってその後も働いたので上司に勤務扱いにされたそうです」
改めて感じるけどジエムとネビーの落差はとてつもない。ネビーに贈られた花々や龍歌の素敵さとジエムのおどろおどろしい花と龍歌の差も激し過ぎる。
「その辺り、息子の仕事ぶりや性格が伝わるような書類を色々とお持ちしていますので後程お渡し致します。その仕事ですが新年会、新人歓迎会、納涼祭、月見会と3ヶ月ごとです。花形兵官行列見たさに観光客も集まります。新人歓迎会は総お披露目です。他時は日にちをずらします」
「まあ。それは知りませんでした。その3ヶ月ごとはお祭り月と一致しています。店舗監査の行われる4月に合わせて新人歓迎会であれこれ意味を乗せた仕組みかと思っていたら他の月も。5年間でその宴席に呼ばれたのはあの夜だけでした。なぜかは今度太夫さんに聞いてみます」
「新人歓迎会に新人がいないのはさすがに無理ですが以降は寄付をすれば不参加も出来るので嫌なら息子に伝えて下さい」
「私が言わなくても不参加だと思います。難癖が怖いから仕事でも2度とどの店の中にも入りませんと申していましたので」
「難癖? 難癖とはどういうことだ?」
祖父もガイも軽く首を捻ったけどカラザは泣き笑い中。ネビーを頼もしいと思ってくれたのか私の幸せを喜んでくれたのかと思ったら「お嬢様に相応しい方のようですね」だった。
カラザってとても良い人そう。親子で驚き顔が似ていると感じたけど撤回。きっとカラザとジエムはまるで似ていない。
「実家に帰るとご挨拶をしたら私が私兵に実家に連れ戻されて実家で理不尽な目に合うと思った太夫さん達が彼を遊楽女強姦犯に仕立てあげようとしました。女学校の講師は嘘だったのかなどと色々誤解がありまして」
「そんなことがあったのか。ウィオラはその太夫達に好まれていたのだな」
祖父もだけどガイも驚き顔。
「彼もそのように言って下さいました。それで誰に対しても怒っていません。私がお世話になった方々を心配しているのなら今後も交流を持つことに助言や協力をしますとまで申して下さいました。ただ私のためでもお店には2度と入りませんと」
「そうか。フェルティリス大河のように懐が広い方なのか」
「私もそれは知りませんでした。お嬢様が落ち込んでいる様子で何かあったのかなと心配していましたけど花街なので知り合いが短期間で亡くなっていたとかかと。それを心配してお店に寄りたいというご様子でしたので」
私は祖父に向かって小さく頷いた。ガイには「ご心配してくださりありがとうございます」と告げる。
「ウィオラはそういう方だから曲と演奏について話しかけられた時には既に気にかけていたよな。それでお隣さんだったとは驚くというか……つまりウィオラが彼に近寄ったというか口説いたのか? ウィオラが?」
祖父はまたしても「衝撃的」みたいなお顔をした。お店に来たことがあるのなら私が男性をかなり避けていたことなどを知っているのかもしれない。
「引っ越して再会してご挨拶されました。もちろん私もします。新しい生活で花街には自ら来ない彼みたいな誠実そうな方といつか出会う日も来るのかと思ったら目の前にそのご本人が登場しました」
「おおおおおお、おお、おうそうか。そんなことがあるのか。嬉しかっただろう」
「彼の妹さんが私が働く予定の女学校の生徒さんだったので彼のご家族が新参者の私にお世話を焼いてくれました。それで彼ともお話です」
「……そんなことあるのか? いや、あったから今日こうして彼はここへ来てくれたのか。えっ? 天命か? 運命とはこういうことか?」
そう言われるとうんと嬉しい。私はもう既にそう思っている。神々なんていないと思って生きてきたのにネビーと私は縁結びの副神様が良縁を結んでくれたと感じている。
ジエムは逆に縁結びの副神様が私か我が家の何かに怒ったか気まぐれで悪縁結びしたとも思う。
毛むじゃらカニは縁起カニももうすっかり信じている。
「向こうも宴席でウィオラを気にかけたから馬でお出掛けか? 馬でのお出掛けも常識的に誘われたのか? そうだよな。話を聞く限りどう考えてもそういう方だ。馬? 個人購入して街中の乗馬許可を得ているのですね」
これで祖父は私とネビーの縁談の味方。というか反対する人がいたらジエム以上に狂っていると感じそう。
彼が袖にするとか、彼と性格が合わないから女性本人が袖にするならともかく家族なら反対理由は仕事が危険なことくらいだと思うけどどうだろう。
大狼襲撃事件に関与みたいなのは心配過ぎるけどだからといってネビーと離れたいとは思わない。
うんと気をつけて欲しいとか危険な事件に関与しても隠さないで欲しいと頼むつもりだけど。
家族に反対されたらそれこそ家出だけど誠実なネビーはしっかり話をしてくれるだろう。説明を後押しするガイもいる。
いやガイが「これだけ立派で大自慢の息子を拒否なんてどういうことだ!」と怒りそう。
逆はどうなのだろう。ネビーは私で良いのか……でもガイに告げられた言葉や彼がしてくれた事を考えたら自信を持って良いはず。
「馬は飼っていません。息子は信用が強いのと休日でもしれっと働くので馬を借りたりなどをできます。休日だけど制服姿で時間外勤務や海辺の視察をするから私用で使いたいとか言うて許可申請したの——……」
ここで母ティビアが登場。いきなり襖が開いて部屋に飛び込んできた母は私をすぐ抱きしめてくれた。
泣かれて私ももらい泣き。しばらくして姉夫婦と甥っ子が来た。
甥っ子オルンを初めて腕に抱きしめられたし後ろから姉に抱きつかれてそこに弟ウェイスと父が来た。
祖父はガイから渡された書類を読み始めてガイはカラザとなにやら話をして文を書き始めた。レアンに渡す書類作りだろう。
家族に囲まれてようやく顔を見られたとか、顔色が良いとか、父からなにがあったか軽い説明はされて色々気になるけど人が揃わないと話せないとかそういう話題。
屯所は遠くないけどネビーは遅いな、みたいに祖父が口にした時に祖父はジエムがどのように連行されたかを大まかに家族に説明すると告げた。
上座へ促されて遠慮したガイが下座でその隣はカラザ、向かい側の上座側に家族が並んで話を聞いた。
私はレアンが腰掛けていた位置でネビーとレアンが帰ってきたら横並びの予定。
祖父と同じで父が「特定の男性と親しくしていたなんて報告はなかった」と告げてまた似たような話。
お隣さんになってからどうなったかは最初は恥ずかしい話ではないので順序立てて話すことにした。
ネビーに話さなくても彼はもう知っている話。父はジエム疲れかずっとしかめっ面で俯いている。疲労の濃い表情。
母と姉は少しわくわくしたようなお顔で義兄ファーゴとウェイスはなにやらヒソヒソ話をしている。
「それでルルさんとたんぽぽ畑——……」
「失礼致します」
ネビーとレアンの声がして2人が入室。なぜかネビーの服装が変化していて番隊地区兵官の格好だ。
レアンとネビーが部屋を見渡したので祖父がレアンとネビーを私の隣へ促した。レアン、ネビー、私の順番。
「遅くなってすみません」
「手間取りましたか?」
祖父の問いかけにネビーは首を横に振った。
「いえ、この傷とレアンさんの証言ですんなりです」
「何に手間取られたのでしょうか?」
「彼は行きに難癖事件に少々関与と食い逃げ犯捕縛です。帰りはクラビリス川で溺れた子どもの救助をして子どもを連れ去りから保護して喧嘩の仲裁もされました。老婆の切れた下駄の鼻緒直しと転んだ男性の手当てもしていました」
今日のネビーあるある多過ぎない?
人命救助で川に入ったから服装が変わったのか。短いから分かりにくいけど言われてみたら濡れ髪。
……クラビリス川⁈ クラビリス川!!!
ガイ以外の者は私と同じ感想を抱いたようで全員仰天顔。
「それは他の方に任せた事です。先に何か話し合いなどをしてくれているだろうけどお待たせする訳にはいきませんので。川を泳いだので着替えたので遅くなりました。遅くなって大変すみません」
特に何もしてきていませんみたいなお顔というか「すみません」という表情。彼が頭を下げたので全員会釈をした。
「彼がクラビリス川に躊躇なく飛び込んだ時は驚きました。知らなくても勇気ある行動ですがクラビリス川なので肝が冷えました」
「いやぁ、東地区の川って殺人魚がいるんですね。何も知らないから着物に何匹か噛みつかれました。岩場で釣りをする時にたまに魚に噛まれますけどそれより牙が鋭いから殺人魚ですよあれは。目は赤いし体は玉虫色で不味そうでしたけどあれは食べられるんですか?」
あの見た目の魚に噛まれて食べられますかって感想は何⁈
元貧乏人だからか。多分それだ。
「ネビーさん。肉食魚のピアラリアです。すみません。橋を渡ったのに皆さんとわたあめ話に夢中でした」
クラビリス川は今日渡った橋の下にあるとても危険な川。だから橋がかなり多くかかっているし塀もある。わたあめの話をしていて話さなかった私が悪い。
あそこで溺れる人はほぼ見捨てられるのに無知とは怖い。
ピアラリアは食べると食中毒を起こすけどあの鱗は安い宝飾品みたいな扱いをされている。磨くと綺麗だからだ。だからあの川に入ったり落ちたりする者がいる。クラビリス川漁は危険なので川漁師でもさらに許可制である。
「それは飛び込んで良かったです」
満面の笑顔でこの台詞って子どもが食べられなくて良かったという意味だろう。
「彼が子どもを連れて上がった川岸にはダイラスがいたんです。そうしたらこう、さっと蹴られて」
「あの緑大トカゲはダイラスと言うんですね。飛びかかってきたから蹴りました。東地区の川は川の中は殺人魚で河原には緑大トカゲなんて危険ですね」
いつものネビーというかホッとするネビー。格好良いネビーの後にこの彼とは素敵。口元の傷と頬のあざは悲しいけど爽やかな笑顔が眩しい。
しかしダイラスは瞬発力が凄い噛みつき肉食生物。毛むじゃらカニみたいな生物なのか駆除し過ぎるとなぜか石橋を集団で襲撃して破壊するという厄介な存在。
「着替えを借りるために屯所へ戻る際にあの生き物はなんだか危険そうだから河原を歩いて川に蹴り飛ばす。駆除対象か分からないからとりあえず蹴っておきますと。話す前にサッと行動されましたし私は塀の外にいましたので」
レアンは苦笑いしている。
「いやあ、人の話を聞けと言われているので反省です。駆除規定があるなんて知らないから迷惑をかけるところでした。まあ駆除規定がある生物はいるので慎重になりました。若い頃だったらきっと考えなしにとりあえず切っとけとやらかしていたと思います」
失敗、失敗みたいな表情のネビーに対して何を言えば良いのか分からない。
「駆除規定があるなら食べられますか?」
またこの発想。家族もカラザも目が点という様子。ダイラスは食べられないけどネビーのようにあの見た目で食べようと思って食べた人がいるから現在食べられないと判明しているのだろう。
ガイだけは「大自慢」みたいに微笑んでいる。
「雑談している場合ではありませんね。すみません。父上、何か話は進みましたか?」
「その通りでその話は後にしよう。レアンさん。先程のジエムさんは婚約破棄となったウィオラお嬢様に昔から執心で尻尾の掴めない犯罪行為が数々あるそうです。経緯の簡単のまとめです」
ガイがレアンに書類を差し出した。数々ある犯罪行為とは怖い響き。和んだ気分が恐怖に引き戻されたし場の空気も冷えてしまった。
「これはこれはありがとうございます」
レアンは会釈後に書類に視線を落とした。
「天命なのか家出したウィオラお嬢様が家に帰ってくるとあのジエムさんに何をされるか分からないので家出を私兵派遣で見守りしつつ姉君との文通で事情を知られないように気をつけながらやんわりと帰宅するなと指示していたそうです」
殺してやる、だから私は殺されていたかもしれない。怖い。家族とカラザに大感謝。
ジエムが公演後に乗り込んできた時にもう家出済みで良かった。確かにそのすれ違いは天命みたい。黒い薔薇4本や花文も見なくて済んでいる。
「約10年間彼を宥めつつ犯罪関与疑惑の調査や問題解決方法を模索してきたと。漁師達への返事用にその話と農林水省の毅然とした対応などを簡単にまとめてみました。草案にならないかと」
約10年……。ジエムの私への態度が悪くなった頃からな気がする。つまり私が9歳頃。そのくらいまでは「なんでこの年で婚約なんて」とか「あまり俺に話しかけるなよ」くらい。
私は「両親達が決めましたので仲良くなれたら良いです」みたいに答えていた。
その後に何か地雷を踏んだのかもしれないけど祖父が「先にお前を傷つけたのは彼の方だ」というように私は嫌な態度に段々と嫌な態度を返すようになっただけ。
嫌な態度というより「はいはい」みたいに聞き流し系とハレンチ暴力系の行動からの逃避。
「そんなに長い話なのですか! おおおおおおお。わざわざそのように気遣いをありがとうございます」
ガイはまたしてもレアンに書類を渡した。さっそくカラザとやり取りをしてくれてこれとはとても頼もしい。
「レアンさん。調査したい犯罪行為一覧を作成すると良いでしょう。大きな事件はこちらだそうです。煌護省が張り切ります。調査が終わるまで彼を農林水省の権威を使って投獄継続。煌護省に頼んで両家及び関係者の警備強化をして下さい。煌護省なら私も一緒に依頼をかけられます」
「弟にもすぐに声を掛けます。仕事が早くてとても頼もしいです」
うんうん、とネビーが大きく頷いた。新たに書類を受け取ったレアンは満面の笑顔。ガイは少し得意顔に見える。
大自慢して良いことだけど自慢しないのなら私が彼の家族親戚に彼の仕事ぶりを言いふらそう。
「少々間抜けなのと専門外なので単なる草案提案です。現地で取引中止を敢行しながら代表者が東地区農林水省本庁へ直接殴り込みでしょうか? 彼らは赤鹿屋と繋がっていて行動が素早いです。それでまだいらっしゃるかと思いますがどうでしょうか」
「その通りです! よくご存知ですね! ご友人から以前似たような話を聞いたことがあったのですね」
「酒の席のことは大変だったんだなで終わりで忘れます。月曜日に意見書の話が出たので翌日火曜日から仕事の調整をつけて農林水省で友人に協力してもらいながら予習や書類準備を致しました。退職も近い歳なので融通が利きますしこの件だと協力案件ですから。大した事情はないかもしれないけど備えあれば憂いなしと大袈裟気味に準備してきて良かったです」
その頃の私とネビーはほぼほぼ遊んでいた。
「父上、ご足労をおかけしています。自分は徹夜で飲んで翌日は挨拶回りという名のお出掛けをしたりと遊んでいました。すみません」
ネビーが深々と頭を下げたので私もならおうとしたけどガイは私を見て首を軽く横に振った。なので途中で停止。
家族は全員ガイに向かって頭を下げた。
「君には下準備などそんなに出来ないから言わなかった。ロイと共に頼んだ書類を作ってくれただけで十分だ。そこそこの量だったしな。自慢の息子達のためなので父親としての仕事は張り切る。何もないかもしれないけどなにかあって捜査祭りになったら退職前に花道か? みたいに少し浮き足立ったのもある」
「ご立派な息子さんにはやはりご立派なお父上なのですね」
レアンの台詞にガイは「いやいや」と手を振りネビーはまたしてもうんうん、と頷いた。
頷いたということは彼の頭の中で「ご立派な息子さん」の方は消えている気がする。なんとなくそう感じる。
私と会っていない時のネビーはロイと書類を作ったりしていてくれたんだ。知らなかった。夕食後に「鍛錬に行きます」はそれだったのかも。
おやすみなさいませを言いたいと口にしたら「遅くなるかもしれませんのでまた明日」と告げられて琴と三味線の稽古をして待つと返事。でもそこで「それならおやすみなさい」だった。
そうして寝るまで扉を開け閉めする音は聞こえずいつ帰宅したのか不明。
「ガイさん、ネビーさん。何もしていないのは私です。すみません。いえ、ありがとうございます」
頭を下げようとしてやめた。ガイに言われたのと先程の首振りもあるけど「すみません」の時にネビーが私をチラリと見て首を横に振ったのもある。
「いえ、しています。レアンさん、息子とウィオラお嬢様に両家は自分達の味方だったと判明して農林水省東地区本庁卿家と煌護省東地区本庁卿家が保護してくれるので安心して下さいと一筆書いてもらうのはどうでしょうか? ウィオラお嬢様のご家族からも一筆。カラザさんからも一筆。それで一旦本庁や漁師に報告。どうでしょうか」
「それをお願いしようと思っていました。卿家の格や報奨金狙いで大火事を目指すのはありかと思うので上の者と漁師に相談します。捜査祭りはどの規模になりますかね。明日から業務停止命令ですのでご両家は協力のご準備をお願いします。即日業務再開もあるのはご存知でしょう」
訳)ジエム関係や気になる犯罪の芽を沢山売りなさい。
大火事を目指すのもありか。悪党退治のお祭りはどこまで広がるのかな。
「こちらはカラザさんからです」
ガイはまたしてもレアンへ書類を追加。
「重ね重ねありがとうございます」
「自分は土曜日の朝まで東地区に居ます。仕事がありまして。息子が必要なら置いていきますのでその際は私1人分の赤鹿屋か馬屋を手配して欲しいです」
「ガイさんは残れないのですか! 農林水省東地区本庁から依頼します!」
「ええ、そう言われたかったです。こちらからは言えません」
ガイの笑みは少々不敵。ルルやレイと一緒に過ごす時の彼、娘達は愛くるしいなという様子のデレデレさとの落差。格好良い。
「宿泊代に食事代に帰宅代など全て用立てます。一旦戻ります。漁師にいただいた書類と口頭で伝えて信用されなければこちらへ連れてきます。祭りにするにも漁師にお2人は大丈夫だとしっかりお伝えしないといけません。本物の炎は困ります。ガイさんとお二人と両家の代表者は本日はこのままこの家から離れないようにお願い致します」
レアンは祖父と父に声を掛けて2人に何やら書かせ始めた。
ガイに促されて私とネビーは同じ紙に「この件は農林省省東地区本庁レアン・マギステルに任せます。ご支援ありがとうございます」と書いて2人で署名をして母印も押した。
「来ている漁師はネビー君の知り合いかもしれないので本人だと分かりそうな事も書いておきなさい」
「俺だと分かることですか?」
「フグをもらいそびれただな。なぜか知らないがかなり知られているらしいぞ。よお、フグ兵官の親父さんとか言われる」
「ああ。懐かしい話ですね。フグを見ると食べ損ねたって未だに思います。えーっと、変顔魚をもらいそびれた兵官です。後は……おかげでおちびカニさんをまた見られると思いますよ。ウィオラさんは凡々ではないです(怒)も書こう。あはは」
ネビーは私がちびカニではしゃいだことがかなりお気に入りみたい。サラサラと文字を書いていく。
「……次は5歩以内に近寄られたいですと書きます」
私も追加。
「近寄らないで下さい、と」
「何を書いているのですか。恩人の方々ですから近寄ります、と」
「2歩は離れること。握手は可能と書いておきます」
「勝手にそのように。握手は恥ずかしいのですみません」
「喜ぶと思うけどそれなら……手を乗せる練習からしますと」
「それはお手です。私は犬ではありません」
「犬ではないくてたぬ……あっ」
たぬきって言おうとしたよね今。私はそんなにたぬき顔?
2人で文を追加し続けていたらガイに咳払いされて紙を取り上げられた。2人の世界だったみたいというか私はそうなっていた。ネビーも照れ笑いしている。
レアンはカラザともやり取りを少しして、ガイがレアンに「不在の間に詳細や証言を記録しておきます」と告げたのでレアンは書類を抱えて我が家を後にした。




