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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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 私はこの話は興味深い話だと思うので聞けて嬉しいし「農林水省は私達側につくかもしれない」という気配がさらに増して気分の悪さも減ってきた。

 途中楽語(らくご)みたいと笑いそうになったところもあったし。

 祖父や父がどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。カラザの顔色は明らかに悪くなっているので「カラザはそんなに味方ではない? ジエムの味方?」という猜疑心が誕生。

 そのジエムはずっと不貞腐れ顔で時折呆れ顔をしているのでまた変な自己解釈をしていそう。


「偶然には偶然が重なるというか漁師のようにカニの大副神に好かれたと思いそうな話です。仕事上毛むじゃらカニ関係でこういう話をたまに聞きます。しかし私の知る限りでは4匹には弱いかと」

「農林水省の友人に聞いたらこういう嫁なら幻の縁起カニなんて知らなくてもお世話になっている者に毛むじゃらカニを配るだろうからだろうと。卿家は卿家とつるんでいるのは知られているから卿家へお礼みたいな気持ちだろうなと」

「ああ。確かに」


 カニだけに。

 またつい心の中で呟いてチラッとネビーを見たけど彼はすまし顔のまま。


「そうするか確認されましたよね? さり気なくというか6匹もどうするんだ? と」

「ええ。幻の縁起カニなんて知らないのでリルは同行者と実家に配る。1匹同じ値段で売ってそのお金を実家に渡すと言いました。2匹は我が家とご近所さん用。1匹は実家の家族用。高級カニだから宴会をしそうな実家はきっとお裾分けの見返りをもらえる。同行者は2名。それで6匹欲しかったんです」

「1匹は同じ値段で売る? なぜですか? 何か意味があるのですか? カニを買わなければ実家にお金を渡せます。売る手間も減りますしそもそも売ると話したらまた根掘り葉掘り質問されそうです。知らないとはいえ購入経由でなにか察しそうですけど」


 レアンの疑問には私も同意。レアンは漁師が取引停止をした話を忘れていたりしない?

 ガイと雑談みたいになっている。話はそのうち戻るだろうから私も今の話がなにも関係なくてもこの謎の答えを知りたい。


「リルは損得やその釣り合いを深く考えることが苦手です。漁師に問われたリルは漁師さんもお米を買ったりするのに現金が欲しいと思いましたと」


 その発想は私には無い。思いつかない。売る手間や苦労にまた根掘り葉掘りかもしれないのにその道を選んだ。

 それまでの会話にリルのあの雰囲気でこういう話をしたらわざとらしいとか恩着せとは感じにくい。漁師は彼女の人柄をさらに気に入っただろう。


「あー……。他の方だと違ってもこれまでの話だとそれはまた好まれたでしょうね。どこに売るのか? とまた始まりましたか?」

「私と妻の友人家族が経営する旅館です。隠している縁起カニはきっと喜ぶ。商売に使える。2銀貨を実家に渡したいから譲らないで売ると言いました。隠しているカニだから父が変なヒシカニと言いますと」

「売るなとなりそうです。それかどこの店か聞きますね」

「私がこう言いました。友人は毛むじゃらカニを知っていると思います。知っている上で隠しカニを縁起カニだなんて広めたら卿家総出で潰しますしそもそも旅館経営者が漁師と対立する訳がないと」

「漁師と揉めたらそれこそ潰れます。それはもうルーベル家の問題ではないので売買相手を探して別日に何をしたかこっそり確認でしょう。気に入ればその旅館との関係を濃くしますし逆なら離れます」


 離れられたらとばっちりだけどその旅館は逆に漁師に贔屓(ひいき)されるきっかけが出来たことになる。

 リルの「漁師さんも現金が欲しいと思いました」という発想や家族が親しくしている旅館へお裾分けという考えで。

 一言がこんなに大きな事になることもあるんだ。


『あの時、人が生きる道を歩くのは怖くないかもと生まれて初めて思えたわ』


 不意にユラの言葉が蘇った。人はそうやって何気ない言葉などで誰かに大きな影響を与えている。祖母の言う命や生活はどこまでも繋がっているとはこういうこと。


「友人はやはり毛むじゃらカニに詳しくて私達は知識を得ました。友人に従業員全員に振る舞うから1小型金貨で買うと言われました」


 2銀貨のものを1小型金貨とはとんでも取引だ。


「毛むじゃらカニはいくら積んでも買えませんからね。安いくらいです。でも花カニを釣っただけで得がわんさかで大儲けです。漁師達も従業員に振る舞ったならまあ良い店か賢いなと思ったでしょう」

「リルは従業員が多いので1匹では足りないから我が家の分を減らして2匹売ると言いました。バチが怖いから1匹2銀貨でしか売りたくないリルと2匹なら小型金貨2枚だと譲らないと言う旦那が大揉めです」

「贈られた毛むじゃらカニで儲けてもバチ当たりなんて話は聞きませんけどそれはご存知なかったと」

「リルはバチ当たり娘なのか欲を出した日に限って蜂に襲われたり熊に遭遇したり荷車に轢かれたりするから欲張りにはバチが当たると怯えていまして」


 そうなんだ。今度リルに聞いてみよう。あの不思議な蛇に縁起が良いことを結びつけるから、嫌なことがあったら何でも「あの時のバチだ」と思う性格なのだろう。


「もうこの件についてあまり聞く必要はないのですが単に知りたいので教えて下さい。交渉結果はどうなりましたか?」

「幻の縁起カニだから従業員以外にも振る舞って下さいと。その費用は旅館持ち。振る舞い場所は我が家と実家に関係のあるところ数カ所です。皆に縁起がついてお店の宣伝になります。それで2匹4銀貨。あとは欲しかったたまごを要求とかです」

「関係ないと思ったら関係ありました。漁師達は後からお店を確認してこの話を聞き出してさすがカニの大副神に好まれたお嫁さんだとますます彼女を好んだでしょうね。そりゃあ家ごと気に入ります」

「ええ。行商経由で我が家に定期的に魚介類が届くようになりました。毎度珍しいものです。釣りのついでに寄れば基本的に格安売りです。たまにしか来ないのがまた良いと。まあそこはたかりにならないように気をつけたり贈り物をしたり気を遣っています」


 ネビーあるあると似ているのかな? きっとリルあるあるなのだろう。

「娘はどこでもこの調子でたまに驚くような相手と縁を結びます」だから他の相手や理由が気になってくる。


「問題解決にはとにかく卿家や個人指名の理由はよく分かりました。こうなるとウィオラお嬢様に味方をするかどうか考える際も先に彼女を疑ったでしょう。この家出女は俺達の卿家達に近寄らせて良いのか? と。でも彼女も毛むじゃらカニを無料で贈られたそうですね。無料なんてとんでも話と思ったらこの下地があるとまああり得そうな気がします」


 なんとレアンは私ににこやかに笑いかけてくれた。毛むじゃらカニの話をしたら私はなぜ家出をしたのかという話をしていないのに信用された!

 ガイは満足げなお顔なので、こうなる事を分かっていて毛むじゃらカニの話を始めた事になる。


「その前にまだこの話には続きと別の話があります。隣の次男です。こちらの次男指名理由です」


 こちらの、とは私にまで回ってきて読んだ書類に書いてあるネビーを指名した文のことだろう。

 ガイがその書類を手にしてレアンに見えるようにしてその部分を掌で示した。


「まだ読み上げていませんでしたが問題解決に兵官が必要な場合は南3区在住の卿家ネビー・ルーベルを必ず参加させるように。同じ理由だと思ったので割愛しましたが別の話とはなんでしょうか?」

「リルが兄の権力を傘に着て漁師との売買交渉を有利にしようと考えた結果、兵官の兄がいると話をして名前を尋ねられました。結果漁師達は息子を既に知っていました」


 レアンはここで首を捻った。


「身分証明書を見せた時点で分かりますよね? 話題に出てこなくて気がつくのが遅くなりましたが卿家なら中官でしょう。それで地区本部兵官なんて話を私は知りません。番隊補佐官からお父上退職後に後釜として煌護省。難しいことなのでお互いご立派だと頭の片隅で思っていましたがよく考えたらそちらの息子さんは地区本部兵官です。しかもまだ27歳」


 中官認定者は基本は番隊補佐官で奪い合い。基本叩き上げの兵官達は会議や事務雑用系をしたくないので補佐官が存在している。

 一方、地区本部兵官の中官認定者は将来の総隊長や部隊長などの地区本部幹部候補。

 地区本部兵官の幹部は補佐官をつけるのは禁止で組織の取りまとめや煌護省とのやり取りなどを全て本人達が担う。

 親の贔屓(ひいき)で最初から地区本部兵官になれる者があらかじめ中官認定を受けておいて後から補佐官と通常業務実績を積むか、叩き上げで実力で地区本部に配属されたいわゆる花形兵官が幹部になる為に渋々難しい中官認定を取得して補佐官勉強もするという2種類が存在。

 前者は大抵実力実績不足で左遷や他配属などで地区本部兵官から去る。もちろん左遷先から返り咲いたり最初から花形兵官まっしぐらもいるけど希有。

 後者は叩き上げの地区本部兵官全員。補佐官業務は嫌だから地区本部兵官というだけで良いとか、総隊長を目指すよりも地元の番隊長が良いから中官認定なんて取得しないし補佐官業務も学ばないなど色々いるらしい。

 レアンはネビーをしげしげと眺めてガイを見てネビーを見た。ネビーはようやく少し動いた。すまし顔で軽く会釈。


「ええ。地区本部兵官です。ちなみに息子は推薦兵官です。ご存知でしょうか」

「……推薦兵官⁈ 卿家跡取り認定のために中官試験を取得したのに補佐官を拒否して叩き上げで地区本部兵官を狙うこと自体野心家ですけど推薦兵官狙いから始めたって大本気じゃないですか! 卿家で父親は煌護省で息子は地区本部兵官幹部候補なんて聞いたことありません!」


 ガイはネビーは養子とは言わないのかな。レアンは衝撃で少し我を忘れたみたい。のけぞって目を見開いている。

 祖父と父も衝撃的みたいなお顔でカラザはなぜか少し嬉しそう。ジエムは「はあ?」と首を捻った。やはり1人だけおバカ……。嫌な予感。

 せっかくこうですよ、漁師達は本気で味方なので敵の貴方は終わりです! みたいな話をしても暖簾(のれん)に腕押し疑惑。

 兵官組織の仕組みや中官認定など何も分からないのだろう。私も知らなかったけどレアンの様子で何かを察する。推薦兵官がなんなのかは多分卿家のレアンくらいしか知らなそうだけど祖父達の反応はしっかり驚きや関心顔。ジエムだけおかしい。

 

「ちなみに私の仕事は主に兵官試験関係が中心です。他の細々とした仕事もあります。つまり親しい同僚は主に兵官関係になります」

「はあああああ……。……27歳。お父上の期待に応えたどころか少し早い地区本部兵官幹部候補者。大自慢でしょう」


 漁家達はかなりルーベル家や卿家贔屓(ひいき)だぞという話の後にこれ。

 ここからはネビーの肩書きや実績を教えてその彼が私と結納したいとか、漁師とこういうやり取りがあったという話に繋げるのかな。

 

「ええ大自慢です。さて漁家達と息子の関係です。リル経由で彼等はこのネビーがリルの兄だと知りました。ネビ? 兵官? 聞いた事があるなという話題になりお互い話をしているとこれはネビーのことだと判明です」

「それはまた偶然というかそのような事もあるのですね。ああ、配属先でした? 息子さんが働いていれば卿家の評価をあらかじめ調べられます」

「いえ違います。花カニ釣りの少し前の事です。息子は鍛錬を兼ねて海釣りに出掛けました。それで漁師が桶からフグをばら撒いてしまったのを助けてフグ泥棒を逮捕して荷運びをしました。子ども達とアサリ掘りやちゃんばらをして帰宅したそうです。リルの件であの変わった若者兵官は花カニに好かれた卿家のお嫁さんの兄で南3区6番隊のネビーだと名前が広がりました」


 ネビーは自分の話が始まってもすまし顔を続けるみたい。ガイに全て任せるのだろう。

 私は思わず態度の悪いジエムを軽く睨んだ。貴方とは正反対の方ですよという意味を込めて。


「それこそ偶然というか……毛むじゃらカニを6匹購入出来た理由にはこの話も含まれていたんですね」

「おいウィオラ、こじつけ話を並べてしょうもない話ばかり。バカなりに考えたのだろうから一応聞いてやろうと思っているのにその目はなんだ? こんな偶然です偶然ですとかおかしいし、仕事中に遊んでいるような奴だと悪評が広がった話なんてして支離滅裂だ」


 睨まれたので睨み返そうとして癖で目を逸らして遠い目。それで本当に遠い目。なにも伝わってなさそう。


「元々こういうお顔です。話を聞くだけ聞いてやると申したのですから聞いて下さい」

「どれだけ漁家に気に入られたとしても卿家1軒その他少しごときの為に取引中止をする訳がないだろう。東地区中の商売人を敵に回して潰されるのはそっちだ。取引中止ってのは余程だ余程」


 そのくらいの知識はあるんだ。こういう一応筋が通った話をするから腹が立つ。

 それなのに毛むじゃらカニ6匹はとんでもないという前置きは頭から消えているという。

 レアンのあの様子だと毛むじゃらカニ6匹を贈られた家なら取引中止もあり得るかもみたいな雰囲気なのにそれは理解出来ないおバカさん。

 ネビーは凄いぞも無視どころか1人だけ「悪評が広がった」である。

 このおバカで微妙に賢いのか変な男を「おりゃ!」とルルやネビー風にジエムを追い払えるのだろうか。私はガイとネビーに任せているので信じるしかない。


「その余程をこれからお話するということです。仕事中に遊んでいたのではなくて息子は休日にフグ泥棒を逮捕です」

「へえ。休みの日に仕事をして評価を上げないといけない程普段の評価が悪いんだな。変な兵官なんだし。そんなのと結納するから漁師達に頼んで取引停止って意味不明だ。突っ込みどころしかない台本で呆れしかない。話は終わりだ終わり」


 なんでそうなるの。呆れるのはこちらだ。どういう思考回路をしているの!

 立ち上がろうとしたジエムにカラザがまた耳打ち。なぜかジエムは少し嬉しそうに笑ってさらにはようやく正座。カラザはジエムを手懐けているの? それなら彼も敵なの? 祖父の台詞、あのカラザさんから酷い息子ってなに?


「我が家はあくまでその地域の漁家達と卿家をかなり結びつけただけです。話を戻しましてリルは兄を兵官、推薦兵官だと話しました。それはなんだと聞かれて藪蛇。同席していた私が軽く説明致しました。結果、その船着場の漁師達は推薦兵官を税金泥棒ではない兵官と覚えました。後押しは推薦兵官である兄その人を既に知っていたことです」


 藪蛇ってこの話だと怪我の功名とか違う単語を使う話だと思う。リルも「兄は推薦兵官だと言うて兄の権力を傘に着て」と言っていたな。


「私の名誉欲や我が家にツテやコネに合法的業務横領などなどの都合でネビーの出世は少々遅くなりました」


 ガイの都合で少々出世が遅くなったってネビーはガイの息子になっていなかったらさらに早く地区本部兵官になっていたってこと⁈

 そうしたら私はネビーと知り合っていないのか。つまり私とネビーはガイとネビーが親子関係を結んだ結果出会うことになったということ。先程からずっとそうだけど縁って不思議。


「遅くなったってさらに早い予定だったのですか⁈ それは推薦兵官としても中々の人物でしょう。いや27歳でもですけど……。えー……」


 レアンは卿家だから兵官関係にも詳しいのだろうか。町内会や親戚や友人関係で煌護省勤務がいて息子を地区兵官にしたいみたいな話題が出たことがあるのかもしれない。


「今年1月にネビーは地区本部兵官第6部隊に配属されて来月から地元へ帰ります。連れ戻し出世です。あちこちから地元に返せと不満の意見書が届いて同僚が疲れたと」


 正座はしたけどジエムは苛々しているみたいで机を指でコツコツ叩き始めた。

 祖父達は神妙な面持ちで黙って聞いているのでこの話をどう受け取っているのか不明。

 

「推薦兵官らしい話です。弟がガイさんのように煌護省勤務で推薦兵官関係の仕事をしています」

「それはまた偶然ですね」

「ですから皆さんが私がなぜ驚いているかピンッと来なくても私にはネビーさんの凄さというか……いるんですね。このような方も」

「はい。私の大自慢の息子です。上司と相談した上で家族親戚の旅行に視察で同行出来るようにしたいので警兵訓練、乗馬訓練、赤鹿訓練をさせています。本人が希望したので従軍訓練に混ぜて弓と槍の訓練。それから我が家に良いコネが出来ないかと思って私兵派遣の仕事も追加です」

「火消し担当ならともかく兵官業務関係ならあれこれ息子さんに与えられますね」

「私の名誉欲と家族の為で息子の出世は話した通り遅れました。なのに家族を優先してさらには期待以上の成果を上げてくれています。職場で最も望まれているのは教育指導者としての成長なので職場から同地区他番隊で教育関係業務を行っていますが、我が家や卿家が漁家達にさらに好まれたいのでその派遣先に海辺を増やしてもらいました」


 ネビーはガイの野心の為に凄い働かされている……。代わりにその仕事で得た高評価は全てネビーに跳ね返る。

 俺はこの訓練をしたいですとは普通は言えないけどネビーなら「ガイさんのツテでどうにかなりますか?」と頼める。頼んだみたいだし。今のところネビー発信は弓と槍の訓練だけ。

 役所勤めだから強い贔屓(ひいき)は親子関係でないと中々難しいだろうけど養子にしたからお互い役に立てる。

 今の話だとネビーの負担の方が大きそうな気がする。出世も遅れているし。代わりにネビーは今回の旅を仕事で出来たからそうでもない?


「派遣先に海辺……漁家達は現在かなり彼を知っているということでしょうか」

「ええ。現在漁家達から俺達の地区兵官と呼ばれています。息子が居なくても彼が育てた若者達は頼りになる。でも本人にもっと来て欲しい。地元優先は納得するけど地区本部兵官にするなら海辺に寄越せとかなり揉めて同僚が疲れていました」

「俺達の地区兵官……。解決させたい話があれば彼を即指定しますね」

「息子は南西農村区でも俺達の警兵と呼ばれています。日頃の業務態度評価の積み重ねですが1番大きな功績は3年前の大狼襲撃事件における区民避難です。偶然視察兼警兵訓練及び教育指導日で参加しました。担当外ですが息子は逃げずに参加です」


 それは衝撃的な話。大狼は非常に凶暴な狼。滅多に現れないけど代わりにまるで災害のように暴れる獣。

 3年前……村が滅茶苦茶になって死者多数みたいな新聞記事を見た気がする。

 新聞は貴重な情報源。浮絵みたいに決まった形の文字を書いた紙を大量に作れるロストテクノロジーを皇帝陛下が持っていて大事件やお知らせを各地へ配布している。

 皇居から各地の役所へ不定期に届いて各地域に配布されて回し読み。下街まで届かなかったり捨てられていて拾ったり色々。

 遊楽女(ゆうらくじょ)達と大狼はどのくらい大きいのかな、見た目はどうだろう、怖い、みたいな話をした記憶がある。


「あ、あの、あの死者多数の事件に参加されたのですか! それは俺達の警兵と呼ばれます!」

「新聞記事に名前が載るのは嫌だと辞退しましたが南西農村地区ではしっかり覚えられています」

「辞退? なぜですか。それこそ出世の後押しになりますし名が広まってツテやコネも増えます」

「このような危険な仕事は家族が心配するので話したくないと。ですので私しか知りません」


 ネビーらしい話。ますます積もり、つのる話。

 誰かが何か言う前にガイは話を続けた。


「息子は私兵派遣先でも気に入られていて最も大きなツテは5年前から縁のあるアウルム銀行副頭取です。ネビーは副頭取の息子の命の恩人です」

「アウルム銀行副頭取⁈ 私兵派遣の結果ですか。命の恩人とはそれはまた……」


 レアンが素っ頓狂な声を上げた。国内3大銀行の副頭取とは私も目が点というかなんで?

 私兵派遣されたからか。それでネビーあるあるで気に入られた。


「娘リルが旅行先で現アウルム銀行副頭取の娘さんと親しくなりまして私兵派遣を頼まれました」

「アウルム銀行副頭取なら地区本部の花形兵官に依頼です。それか地区本部兵官ではなくて龍国兵なのにおかしいと思ったらまたリルさんですか⁈」


 漁家の話に続いてリルとネビーの組み合わせ再び。ロイとリルの結婚にもネビーが絡んでいるのでネビーとリルはそういう共栄関係なのだろうか。


「リルは副頭取の娘さん、関白秘書官第二補佐官の妻とずっと交流があり彼女の長男が逆子かつ若干早産でしたが無事に取り上げて現在も息災です。偶然我が家で陣痛開始です」

「そんな話ありますか⁈」

「そのように次男ネビーの支援者は私の属する煌護省と南地区兵官組織。南地区の海の漁家達。それから南3区を中心とした南地区区民。特に上地区です。下地区は縁が乏しいです。逆に南3地区は地区本部から返せと大事(おとごと)になったくらいなのでかなりの家が味方をします」


 誰も何も言わない。ジエムが机を指で叩くコツコツ、コツコツという音が続いている。


「それから南西農村区区民、いわゆる農家達。アウルム銀行副頭取。剣術道場の兄弟門下生の関係者。華族がいまして財閥関係者も所属しています。それでこの経歴や支援者なのでおそらく地区を問わず卿家一同。本日お世話になった南東農村区の農家少々。あとは細々」


 ……。

 ジエムの「卿家1軒その他少しごときの為に取引中止をする訳がないだろう」に対する答えだこれは。

 私の知らない情報が結構ある。下手したらネビーの家族も知らないのでは?

 ルルやレイが「華族のお嬢様に袖にされたんでしょう」と発言したことからしてそうな気がする。大狼襲撃事件に関与も家族には隠されているから南西農村区の農家達にかなり好まれているとか知らなそう。

 ネビーは私に「俺にはこんなに権力やツテがあります」って話を一切したことがない。普段からそうかもしれない。


 リルがルーベル家と漁家達の一部を結びつけて彼等に卿家はやはり信じられるという価値観を付加。それだけなら小さなコネや権力だ。

 報奨金や給与改訂を起こせるくらいなのでこの時点でわりと大きな範囲な気がするけどネビーがその範囲をさらに大きく増やして現在進行形。

 取引停止をいきなり敢行したのはどう考えてもネビーの為でそれは過剰行為ではないと判断した。ネビーが積み上げてきた信頼、実績、人柄がそうさせた。

 漁家が取引中止をいきなり敢行した問題で漁師側が有利か正義と判断したルーベル家やネビーを知る卿家はここに乗っかってくる。

 卿家の繋がりは延々と続くからガイは卿家一同と口にした。

 祭りだ。点数稼ぎ祭りとして乗っかってきてさらに漁家達に「やはり卿家は俺達の味方」という印象を植え付けられるから参加する。

 卿家はあらゆる方面にツテがあるし結束力も強く、嫌われ卿家なんて名誉挽回だと大張り切りだろう。

 家族が私を隠していたなら家族は私の味方。その家族に何かされていたのならこの権力というか卿家の点数稼ぎ祭りで不正賄賂犯罪関係を吹き飛ばせる可能性大。

 そこにガイはさらに漁家と元々くっつきやすい農家もネビーの味方をするだろうという話を加えて更にはアウルム銀行副頭取と財閥華族の権力も提示。

 

 こんなことある?

 引っ越した長屋のお隣さんにとんでもない後ろ盾。


『下手したら東地区から他地区へ飛び火しますよ。花カニの件で夫と少し調べたことがあります』


 私はテルルの言葉の真の意味を理解していなかった。飛び火するというかこの様子だとガイは飛び火させる気でそれはきっとネビーの意思だ。2人が話し合いをしない訳がない。


「そのような息子、(それがし)ガイ・ルーベルの次男ネビーが先日初めて私に縁談相談をしました。望んだお相手は海で歌って踊って演奏をして海の大副神の遣いを呼んで大漁をもたらした豊漁姫ウィオラ・ムーシクスお嬢様です。まずは漁師達が2人の味方につきました」


 大漁?

 そうなの?

 足を引っ張られないように嘘はつかないはず。ネビーのことも嘘は言っていない。養子とか中官認定されていないことを黙っているだけで嘘はついていない。

 瞬間、レアンの頬が引きつった。私はうんと安心中。ジエムなのか輝き屋もなのか分からないけど勝てる。


「毛むじゃらカニ6匹が始まりで嫌な予感というかこれは(こじ)れるととんでもないことになると思いましたけど……。う、う、海の大副神の遣いも絡んでいるんですか⁈ 大漁って! このような理由で問題解決担当にされてしまいましたみたいな顔をしておいて問題を起こした当事者ではないですか!」


 両手で机を叩くとレアンは勢い良く立ち上がった。ジエムが表情を変えた。嬉しそうなので呆れる。


「息子は漁師達を止めました。自分達で調査をするからと。漁師は事情を話さないと南地区に何も売らないと脅迫してきて根掘り葉掘り聞いてきて俺達が一肌脱いでやると暴走です。息子が慌ててこの家に説明をしてある程度問題解決をして農林水省東地区本庁へ働きかける予定が偶然関係者が集まったというのが現在の状況です」

「え、縁談話の為に取引中止なんて大事(おおごと)……いえ家出問題です。家出問題? 貴方達は漁家達と農家達の卿家兵官と豊漁姫になにをしたのですか! この2人というか彼に関することなら予告無しで取引中止にもなります!」


 レアンの怒り顔はジエムへ向けられた。どう考えても悪党感があるので当然。そのジエムは凄みのある睨みをレアンに返してまた片足立て座り。


「おい」


 ジエムの声にガイが言葉を被せた。かなり大きめの声で早口め。


「現地で息子が聞いた言葉はこうです。お前は騙されている。いや、海の大副神の遣いに好かれたお嬢様だから騙されていないな」

「人の言葉を遮るんじゃねえ!」

「そこの頭の悪そうな礼儀知らずは黙って座ってて下さい!」


 私はレアンに拍手を贈りたい。


「あぁ⁈ ド下手な三流役者……「海の大副神の遣いに好かれたお嬢様が家出したなんて絶対に家と相手が悪いから彼女の味方をする。問い詰められてお嬢様から聞いた話をそのまま伝えました。すると今度はお嬢様の幸せを後押ししない家は潰れても仕方がない。反省させないといけないと」


 ガイはジエムを無視してまた言葉を被せて話を継続。そのジエムはカラザに両腕を掴まれた。


「おい! 気安く俺に触るんじゃねえ!」


 怒声に思わず体が竦む。ジエムは暴れないらしい。暴れてくれたら連行でさようならなのにまた微妙に大人しいという。

 理解出来てなさそうなのに何に怒っているの?


「毛むじゃらカニ6匹の件に彼と漁師達との関係があった上で海の大副神の遣いを呼んで大漁にしたらそうもなりますよ!」

「海の大副神に好かれたお嬢様に好かれた男はやはり俺達の卿家兵官だ。願いはお見合いのお申し込み程度なのだから絶対に邪魔させないと。その程度なのだからと止めたのですが困ったことに息子はお人好し過ぎるから俺達が居ないとダメだ。先に助けてやると聞く耳を持ちませんでした」


 はぁぁぁぁ、とため息を吐くとレアンは再び着席。正座したけどその背中は丸まっている。

 イマイチぴんとこないけど農林水省的には毛むじゃらカニ関係に海の大副神の遣いが乗っかるのは相当なことみたい。


「ウィオラ。筋書きの最後はこれか? あのなぁ。突然の取引中止に信憑性を持たせたかったんだろうけどこれはやり過ぎだ。誰も信じねえよ」


 少し怒り顔を減らしたジエムにこれは確かにその通りと思ってしまった。真実だけど話というかネビーの支援者の大きさはとても信じ難い。


「なので資料をお持ち致しました」


 ガイが手持ち鞄から書類の束を出して「農林水省南地区本庁勤務の友人から預かってきた我が家の毛むじゃらカニの件や漁師達と息子にまつわる書類。息子の権力関係。なぜ豊漁姫なのかと息子との現在の関係性。早期解決方法の提案など必要そうな書類です」と告げてレアンに差し出した。


「おおおおお……。おおおおおおお! こちらは私が問い合わせをしたり作成したり考えないといけないものです!!! 問い合わせだけでも時間が掛かるのにもう終わりなんて!」

「仕事の手助けは当然です。卿家は卿家の味方です。農林水省同士は繋がっていますから私の友人とレアンさんは知り合いかもしれません。煌護省東地区本庁勤務者には出張で知り合った友人がいます。そちらでももしかしたら繋がっているかもしれません」

「その通りです!!!」


 パアアアアアとレアンは顔を明るくして書類を大事そうに受け取った。

 このタイミングでこれらの書類を満面の笑顔で渡すとはガイは策士。書類はかなりの束。レアンをあっという間にこちらの陣営に引きずり込んだし「嘘ではないです」と提示も出来た。

 なのにジエムは呆れ顔をしている。もう嫌だこの人。


「ウィオラお嬢様。貴女が主張する家出理由はなんでしょうか」


 話そうとしたらネビーの左腕が私の前へ伸びた。彼はにっこりとレアンに笑いかけた。

 無邪気な屈託のない笑顔とは違って笑顔なのに寒々しいというか怖い。

 この恐ろしさは私に対してではなくて逆に私の為だろうから怖い代わりにとても頼もしい。


「玄関前での様子からしてお嬢様の知る事実は事実ではなさそうです。そちらのジエム・トルディオさんがウィオラお嬢様やご実家関係に何かしていそうですのでその問題が解決されない限り俺は火に油を注ぎます。父が告げた己の権力全てに対して頭を下げて助けを求めます。敵になるか味方になるかよくお考え下さい」

 

 そう告げるとネビーは真剣な眼差しで祖父、父、カラザと見据えてこちらを睨みつけるジエムを睨みつけた。いや、睨みつけてくれた。

開戦!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く楽しいです。 [一言] 明けましておめでとうございます。 新年からこんな愉快な話をどんどん公開してくれてありがとうございます。 さすが『俺達の作家』です!
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