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馬も牛もたまに速度をあげるから歩くよりずっと速く東2区へ到着しそう。
見たことのない牛で逞しくて速くて驚きだったので休憩後に馬に乗りたかったレイと牛車に乗りたい私は場所を交代。
「私も好きです」とネビーに何度も言おうとしたけど恥ずかし過ぎて「す」しか言えず「俺も練習しようかな」と言われて「好きです」と「かわゆい照れ顔です」を何度か言われて限界だったのもある。
俺も練習なので私の気持ちは伝わったかもしれないけど伝わっていないかもしれない。
こういう事は中々言わないものなのは下街男もみたいでネビーもかなり照れていた。
『口にするのは軟弱とか遠回しが良いとか雅さがと言うけど言わないのもなんだかとか色々思いまして……。他に誰も聞こえないのと嬉しそうだからもう1回言います』
牛車の後ろにある椅子に腰掛けてガタガタ揺られながらボーッと思いだし中。
『好きです』
ひゃあ!
「ウィオラさん兄ちゃんと何があったんですか? ずっとにやけ顔です」
「にゃやけ⁈ な、なにもありません!」
「ルルさん、やめてあげなさい。他人の色恋、特に兄の話に首を突っ込むべきではない」
「ガイさん、雅だったり龍歌は広めるものですよ。それで自分にもしてもらうんです。そういうものです」
ルルにツンツン頬をつつかれた。
「さ、さく、桜の花を取っていただいただけです」
落雁を入れてある缶に大事にしまってある。落雁は懐紙入れに追い出した。
「嘘ですね。菜の花の時と全然違います。また龍歌を贈られたんですよね? この様子だから自作とか。兄ちゃんには作れなそうだからロイさんにあらかじめ頼んだとかかな?」
「ロイさんは龍歌を作られるのですか?」
「話を逸らさないで下さい! 言わないとあの菜の花を食べますよ! 菜の花は本来食べるものです!」
そうなの?
菜の花って食べ物なの?
「菜の花は食べられるのですね」
「えっ? 知らな……誤魔化されません!」
「贈り花はなるべく押し花にして筆記帳に残そうと思っているので食べないで下さい」
「桜の枝、白藤、菜の花、桜の花って短期間で色々と。あの兄ちゃんが」
「花は好みみたいな話をしたからかなと。嬉しいです。あと東地区より大きな瑠璃唐草です」
「いつの間に⁈」
ひくらしに挨拶をした帰りに見かけて東地区より大きくて色も少し違うけど良く似ていると話したら摘んで贈ってまた髪に飾ってくれた。
私は髪型を褒められて調子に乗ってまた違う髪型にしたからそれも褒められて花も贈られたという素敵祭りだと思ったら今日もお祭りは継続中。
ルルの追及をのらくら交わして東2区へ到着。
行交道を少し歩いて私の実家へ行きやすい関所を通りあとはひたすら実家を目指すだけ。
人に聞いてその関所に1番近い屯所に馬を預けて5人全員歩きになった。
今日は観光はしないので疲れたら茶屋で休憩してひたすら歩くだけ。余所見は後日。
やがてかつて見張り付きで歩いたことのある所に出て何となく道が分かったので私が先導。
建物の形や彩色などが違うと全員ずっと楽しそう。現在、ルルとレイとガイは「わたあめ」を食べ歩き中。
私は友人知人その他に遭遇するかもしれないので垂れ衣笠を外さず。食べ歩きも我慢。
理由は食べたことがあるしネビーが「制服じゃ食べ歩き出来ねえ」と言ったので食べられない仲間になってみた。
わたあめは南地区には無いなと思っていたけどルル達も知らなかった。
レイが店員に聞いたら「先祖代々伝わる機械でなんとか直せるけど真似出来ないから南地区にはないと思う」と告げられた。東2区内には何店舗かあるそうだ。
わたあめは飴屋で買えるものと思っていたけどロストテクノロジーとは知らず。
核になっている秘密の石が使えなくなると動かなくなるらしい。秘密だから秘密の石。
珍しいから大儲けしようとしたりこの地域から離れて売り回ったら何度も天罰が下ったらしくそこそこの値段で販売にして東2区からは出ないという。
なんだか毛むじゃらカニみたいな話だと思った。
身分証明書で値段を分けて良い贔屓商売なのは知っていたけどルルが最初に「平家で家事担当だから無いです。兄ちゃんはこの通り兵官です」と言ったら私が買ったことのある値段よりかなり安くて改めて現実を知って驚いた。
南地区へ家出してからたまにあった衝撃がまさか地元でも起こるとは。
私達がわたあめを買う時は1大銅貨だったのにルルだと1銅貨……。10個買えてしまう。
こうして16時の鐘が鳴って少し過ぎた頃に実家に到着。
「想像よりも敷地が広そうで立派な門構えです」
ネビーの発言にルルとレイも頷いた。ガイは特に何も反応なし。凛々しい表情でピシッと立っている。
ガイはこの地域へ入るまではルルとレイのお喋りにニコニコしていたけど今はその面影なし。
「内弟子の生活の場や舞台がありますので少々広いです。こちらは裏門で主に家族と総宗家付き使用人しか使いません」
「こちらで裏門ですか⁈」
「はい」
「私はウィオラさんで遊び過ぎてた。お嬢様っていうかもはや皇女様?」
「私もルルとふざけていたけど皇女様だよこれは」
「ルルさん、レイさん、私の通っていた女学校だと私は格下です。上流の中では下という身分です」
「そういう意味ではなくて雲の上の人という意味です!」
これでルルやレイの態度が変わったら悲しい。けれども私はこの家や育ちからは逃れられない。
縁を切ってもこの頭や骨肉はもうウィオラ・ムーシクスお嬢様を形成しているともう自覚した。
「兄ちゃんの無意識の理想がお嬢さんじゃなくてお嬢様だったとは高望みだけど成したのが凄いね。ガイさんやテルルさんが門前払いはされない経歴だって」
「よく分からずについてきたけどこの大きなお屋敷のお嬢様と結婚を前提とした交流をさせて下さいって頼むのは許されるし了承してもらえるってことなんだね。兄ちゃんだと。兄ちゃんをバカにしてたというか……バカにはしてないけど兄ちゃんって結構凄い?」
「経歴肩書きは中々凄い。レイは勉強不足過ぎ。頼むのは誰にでも許されるよ。申し込みは自由。私は女だけどウィオラお嬢様をこよなく愛おしく思っていてこのような経歴ですからお願いしますって頼んだってええんだよ」
「えっ? そうなの? そんなふざけたことをして怒られない? 女が女って悪戯じゃん」
そんなこともないと私は花街で知ってしまった。レイはいつか知る日が来るのかな。来なくても良い気がするけど別に悪いことでもないから知っても良い気もする。今はルルの言いたい事の腰が折れるから黙っておこう。
「レイ、別に色恋は男女だけじゃないぞ。男が男も女が女も色々いる。皆違う存在だからそういうこともある」
ネビーは教えるんだ。
「ええっ⁈ えっ? ああ男色家がいるから女色家もいるのか。盲点だった。そうか。言われてみれば」
そういえばレイの同僚が男色家か聞いたみたいな話をしていたな。
「そうそう。だから私がお願いしますも言えるの。悪戯ではないことがあるから。お申し込みは貧乏でもお金持ちでも男女も関係なく常識的なお申し込み方法をすれば誰でもしていいの。こんな相手、と思われたら玄関で書類だけ受け取りますって言われて返事は一言すみませんだろうけど」
「へえ。そうなんだ。結婚とか子どもは憧れるからもう少し勉強する」
ルルの言う通り常識的な行動で縁談お申し込みをするのは自由。
通行許可とかなにか仕事で皇居へ行ったら私は皇居官吏に龍歌枝文を贈っても良い。それは罪ではない。基本的に無視されるだけ。
しかし人は理性を超えて色恋穴に落ちる。だからこの国には身分差婚が存在する。
「ルルさんの言う通りです。それからレイさん。家出娘で正体不明の嘘つき騙し貢がせ女性かもしれない私だとネビーさんと釣り合いが取れません。私が下です。ネビーさんは人柄や性格を抜いても肩書き経歴だけでそれなりの華族の次女以下からお申し込みされます」
「ええええええ! 家出人だから下は分かるけど華族のお嬢様⁈」
「レイさん、ネビー君はヨハネ君の家経由でその華族のお嬢様からお申し込みをされてお見合いをしたことがある。事業の格としてはこの家より下だろうけど華族だから皇族の血を微かに引く家だ」
「えっ、ガイさん今その話をするんですか? まあよかですけど。ウィオラさんには話しましたし」
「レイさん。ネビー君の条件を飲んだお嬢様はいなかったし彼は首を縦に振らなかった。まあ今回の件で単に好みではなかったみたいだと判明したけどな」
ネビーが会ったお嬢様はルルが自分とはあまり気が合わないと言っていた「きゃあ蛙です。助けて下さい」みたいなお嬢様だろう。
私はそこで「きゃあ蛙です。格闘します!」だからネビーと噛み合った。この数日間の結果を踏まえると多分。
華族のお嬢様と最初のお出掛けは付き添い付きで街中の小洒落た甘味処とかだろう。カニでお上品にはしゃぐ姿などは見られない。多分。
「ええええええ! 兄ちゃんお見合いしたことあったの⁈ 華族はお嬢様だけど皇女様もどきなんだよ! なんで断った……兄ちゃん袖にされた?」
「私も知らなかった! なんで隠し……袖にされて格好悪いからだ!」
ルルとレイの決めつけは酷い。
「ルルさん、レイさん、断ったのはネビー君だ。何度かある。彼の条件はこう。婿入り却下。独立なし。両親と姉夫婦と同居の可能性大。子どもの将来の優先はレオさんの技術継承者。素質がなければ次はルーベル家の跡取り予備。それも無理ならようやくお嫁さん関係。嫁の実家は1番優先度が下で我が家とルーベル家優先に従って下さい。ルルさんどう思う?」
かなり一方的な条件だよな、と改めて感じた。
「どう思うって兄ちゃんを欲しい家は合法的脱税をしたいから婿希望です。殉職や大怪我の可能性もあるから娘に良い条件で……噛み合いません。性格どうこうを抜いたらそうです。卿家同士もお互い予備同士ならええけどルーベル家優先は私でもそう思うので譲りません。えー……兄ちゃん容赦ないっていうか相手の家のことは?」
ルルはお見合い中なだけあって考察が早い。
「お嫁さんを大事にする。お嫁さんの実家はなるべくそちらでどうぞだけどお嫁さん自体には貢ぐ。その家が困ったら俺の可能な範囲で助ける。特に甥っ子姪っ子の将来や教育関係。家は背負わないけど両親の病気や老後の世話などは必要なら背負う。家をこれから建てるから予算内ならかなり好きな家にして良い。家事育児はなるべくお嫁さんの意見優先。卿家兵官のツテなどでそれなりの得がある」
テルルに任せていたみたいなので格下女性はテルルが全部お断りしていたかもしれない。
ネビーに釣り合いが取れない家柄は拒否だけどロイの友人関係の華族からだと釣り合いが取れるし断り辛い。
5回と言っていたから5人。全員華族の娘かもしれない。合間にテルルとエレナが非公式簡易お見合いもさせている。それでもネビーは動かなかった。私と彼は出会って数日。不思議。
「……欲しい家は欲しいよ! 卿家跡取り認定までは俺にお嬢さんからの縁談はないな。あははって大嘘じゃん! よく考えたらそうだよ! 気が付かなかった!」
「何度かあるの⁈ 兄ちゃんって何度かお見合いをしてたの⁈」
「まあ、テルルさんに1年間ご自分で探していないようなのでご検討下さいって言われて俺の提示している条件でもよかって相手と何人か。中官合格が先って思っていて気乗りしないけどテルルさんに言われたらな」
「何人⁈ それもお嬢様⁈ 兄ちゃんはお嬢様を選り好みしてたってこと⁈」
「今なら分かる。その通りだ」
えー……と口にした後にルルとレイは私を同時に見た。放心顔なので私にどのような感想を抱いているか不明。
「30歳までに卿家跡取り認定と大小問わず家を建てるのが目標。バカな俺が上官試験突破は無謀だから勝負は20代のうちに中官試験突破が目標。長屋暮らしが嫌なら祝言は遅いと俺が30歳の時。それも条件にしてた」
「30歳だとロカはもう元服してる。ロカが嫁に行く頃ってそういう意味……。長屋暮らしをするお嬢様なんて居ない……。待てばええからそこは無視する相手もいるね。いたからお見合いしてるのか。兄ちゃんはお見合いしてたのか」
ルルとレイは放心顔のままネビーを見上げた。
「お前ら2人も結婚してるかもしれない。俺は大家族が好みだから一緒に住みたいなら住めばと言える。ずっと豪邸が夢って言うてただろう? 結婚後の方がお前らの相手の意見を聞ける。俺は俺のためにそういう条件にしてきただけ。やかましいだろうから両親4人にしか言うてなかった。友人にもな」
ルルとレイは同時に私を見た。
「ウィオラさんはこの条件を全部飲んだってことですか⁈」
「レイ、俺はウィオラさん相手なら話し合って条件を変える。つまり結局女を選り好みしていただけだ。興味ないから容赦ない条件をつけてさらに増やしたこともある」
「そうなんだ。ウィオラさん相手には条件を変えるんだ」
「お嫁さんはお嬢さんって言うていたけど新人歓迎会の宴席で演奏していたウィオラさんと少し話をしてまだ話足りなかったから手紙を送ろうかなと思ったからお嬢様もお嬢さんも無関係だった」
つまり私が平家芸妓でも文通お申し込みしていたってことになる。昨夜聞いたけどこう言われると照れるし嬉しい。
「……兄ちゃん文通お申し込みをしようと思っていたの⁈」
「手紙を送ろうかなって思った。送ってたら確かに文通お申し込みだったな。その頭はなかったけど礼儀とか返事があるように枝文とかそういう考えはあった」
「無自覚に文通お申し込みをしようとしてたってこと?」
「今なら分かるけどそうだ。眠くて明日にしようと思ったけど飲み会後の夜勤明けのヘロヘロ状態なのに少し書いてた」
そうなの? その話は今知った。その書きかけが残っているのなら欲しいな。
「それで部屋を出たらそのウィオラさんが居たんだ。それで浮かれたんだ! そんなの浮かれるよ! 家族で世話焼きってことにしてお寿司屋に行くよ!」
「しかもロカの先生。聞きたかったことを聞けるなと思った」
「さらに正体不明だけどどう見てもお嬢様でさらに浮かれたんだ!」
「というかやはり好みはお嬢様系だったの方だ。お見合い相手とのお出掛けはお互い気が合わなそうだし俺的には時期が早いから1回で終わり。そうではなくてお見合い相手と何回か違う場所で会っていたら誰かいたかもな。海とか川とか山とか下街の賑やかなところとか」
私と同じ考察をしている。
「あの、ちなみに私がお店に教えた住所は間違えというかルルさんがご存知の通り情報が不足していたので手紙を送られても手元に来なかったと思います。お店が破棄しないでくれたら期間が空いて受け取りはあったかもしれませんけど」
「そうなると兄ちゃんは返事が無いって凹むことになっていたってことですね」
そういう意味で話したのではなくてその場合縁が無かったと言いたかった。そう言おうと思ったら先にネビーが口を開いた。
「俺の性格や家族友人関係だとゴロゴロうじうじして誰かに何かを言われて自覚して店に突撃だろう」
「私が言いそう。なに落ち込んでるの? って聞いて別にとか不貞腐れてるのを問い詰めて文通お申し込みしたの? みたいな」
「兄ちゃん私も同じことをする気がする」
「だろう? そうなると権力とツテを武器にお店で仕入れた情報から引っ越し先を入手して居場所を見つけて文通お申し込み。下手したら俺は優良物件だぞと結婚お申し込みで殴り込みだったかも。それだと1回は手紙の返事をもらえそうで上手くいけば会える」
慣れない新しい世界でいきなりネビーの経歴の男性から結婚お申し込み……何かの罠? と疑いそう。
でもネビーの縁談関係の書類を読んだら安心して会うな。あの夜の方だからというのもあり文通からお願いしますと言うだろう。
付き添い付きで会って欲しいと頼まれたら会うに違いない。つまり——……。
「つまり……どの道私達はここに居たってことだね」
ルルが私が思ったことを言ってくれた。ルルとレイが2人同時に我が家の裏門を見上げる。ネビー、ガイも同じように裏門を見た。
門構えだけだと5年前と何も変わっていないように見える。私は4人を玄関から見えない位置に待たせて玄関へ向かった。
番犬プラエトリアニが私を発見して威嚇しようとして停止。忘れないでくれたみたい。
「アニ。ただいま帰りました。覚えてくれていてありがとう」
プラエトリアニはそろそろ老犬。黒い毛並みは艶が減っているけどふさふさなのは5年経っても変化なし。
我が家の家紋は3頭黒巴犬。それで分家は巴紋。家紋の由来は不明で家系図も途中までしか辿れない。旅芸者からこの地に根付いて輝き屋誕生頃に豪家を拝命したそうだ。
自然と門下生が増えていき祖父が若い頃に大豪家と言われるような事業規模になった。
プラエトリアニに近寄って体を抱きしめて撫でる。頬を舐められた。
「アニ、くすぐったいですよ」
名残惜しいけど人を待たせているので玄関へ向かった。プラエトリアニが嬉しいというような吠え声を出し始める。
呼び紐でお屋敷内の鈴を鳴らしてしばらく待機。玄関扉を開いて現れたのは総使用人のアダだった。母の乳母で彼女の娘は弟の乳母。
姉からの手紙でアダに何かあったという話題は無かったけどその通りみたい。ただ白髪がかなり増えた気がする。
「ウィ、ウィオラお嬢様! ウィオラお嬢様! 行方知れずでずっと心配しておりました! 息災のようで……」
駆け寄ってきてくれたアダは私の前でへなへなと座り込んで泣き出してしまった。慌ててかがんで彼女に手拭き用の手拭いを差し出す。
行方知れずって南地区へ私の噂が届いているのに総宗家使用人頭のアダは何も知らないの?
「お姉様にずっと手紙を送っていましたがアダさんは何もご存知ないのですね」
「ハルモニア奥様は何も申しません。御隠居様と大旦那様が探していて任せるしかないと……。泣き崩れるなど申し訳ございません。旅装束とはお疲れでしょう」
アダはスッと立ち上がり私の背中に手を回して玄関の方へ促してくれた。でも私は進まず。
「お嬢様?」
「我が身可愛さで家を捨てた身です。おじい様かお父様の許可を得ずに敷居を跨ぐことは致しません」
まさか、とアダは私を見据えた。私は敷石の上、その場に正座をして深々と頭を下げた。
「ウィオラが客を連れて一時的に帰宅したとお伝え下さい。家を捨てた意思に変化はありませんと付け加えて下さい」
「何をおっしゃっているのですか⁈ お嬢様がなぜ家を出られたのか知らない者はこのお屋敷には1人もいません」
それはどこまで、どういう意味で知っているのだろう。家の為に大人しく隠居します。でも腹が立つから嫌がらせその他の為に家出します。
後者まで知っていたらアダの台詞は出てこなそうなので話は前者で止まっている?
「頑固者ですからこのままに致します。すぐに御隠居様と大旦那様にご報告致します」
慌てた様子で屋敷内へ入ろうとしたアダの前で玄関扉が開いた。
……何でいるの?
輝き屋5代目カラザ・トルディオはまだ分かる。トルディオ家宗主が我が家を音家にするかどうかの話……その場合は父が相手の家にいかない?
なぜかジエムがいる。一座の事で話があって同席なら長男だと思うけど次男のジエム。
堅実で経営などを担える長男が6代目で才能のある次男——学業はおバカ——は看板役者の方針だったので長男も次男も居るなら分かるけどジエムしか居ない。
一座のことなら父を呼び出しだと思うけど輝き屋と我が家の上下関係は格差がそんなに無い疑惑があるのでその通りということ?
「ウィオラ⁈」
「ウィオラお嬢様!」
ジエムは母親似だけど今この親子の驚き顔はよく似ている。父親似のネビーと母親似のルルがそっくりな表情をするのと同じ。
ジエムに何度も頼んだけど呼び捨てにしないで欲しい。今は婚約者ですらないから余計に。相変わらず非常識。
「おいウィオラ! 一体どこに雲隠れしていたんだ!」
怒り顔で怒鳴らないで欲しい。いきなり腕を掴まれたのも嫌だし痛い。何だか私はジエムとまだ無関係では無さそう。悲しみというか嫌な予感。




