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屯所で宿泊なんて緊張。しかも5人1部屋。
空き部屋が1部屋しかなかったらしくガイ、ネビー、レイ、ルル、私という並びでおまけに菊屋でのことやユラのことが頭でぐるぐる回るのでちっとも眠れなそう。
ネビーの寝顔が気になると思ったけど室内は暗いので見えない。
うとうとはしたけど眠れないまま朝を迎えていの一番に起床と思ったけどほぼ同時にネビーが起きた。
ほぼ眠っていないので浴衣ははだけていないしもらった羽織も着ているけど再度確認。問題なし。ルルとレイはとんでもない姿になっている。
「んああ、よく寝た。ん? ウィオラさん早起きですね。さっき鐘の音は多分5時です。おはようございます」
「おはようございます。緊張であまり眠れていません」
「5年ぶりに実家に帰るんですもんね。ガイさんが起きて室外に出るまで着替えられないと思うんで休んでいて下さい。俺は一走りしたり軽く稽古などがあるので。かわゆい寝顔を見そびれて残念」
朝からあけすけないのは止めて下さい。でも嬉しい。
私は布団の上で正座した。それからお辞儀をしながら「行ってらっしゃいませネビーさん」とご挨拶。
「……」
薄暗いけどネビーの照れたような笑顔は見える。
「もう1回お願いしてよかですか?」
「えっ? はい。行ってらっしゃいませネビーさん」
ネビーはあぐらから正座になって「行ってまいります」と軽い会釈をしてくれた。何これくすぐったい。
「ネビーさん。もう1回お願いしても良いでしょうか」
「えっ? はい。行ってまいります」
ネビーはクスクス笑いながら立ち上がって布団と掛け布団を畳んで部屋の隅へ寄せて部屋から出て行った。部屋からの出方は上品な仕草。
長屋生活以外と息抜き時間以外はなるべく卿家の男らしくを心掛けていると言っていたから多分このこと。
(1粒で2度おいしいってこういうこと?)
朝のお出掛けをお見送りなんて新婚みたいだと私は横になって少しニヤニヤしながらゴロゴロ。本当に私は浮かれ過ぎだ。
それで「あっ」と思い出して体を起こしてルルとレイの浴衣をそうっと直した。
血が繋がっていても男性は男性と教わってきているので、血縁者ではないガイに2人の肌を見せるのは良くない気がしてしまう。
ネビーは何も気にしていなかったけど私としては気にする。
「うーん」
レイの腕が私に直撃しそうになり避けたらルルの胸にレイの腕がぶつかってしまった。……胸?
かなりの美女は実は男、なんてことはないよね?
「痛っ。ん? 朝? 今何時? ふぁあ……ウィオラさんおはようございます」
「おはようございます」
私はルルが体を起こすのに合わせて正座した。
「私は5時の鐘の音で起きました。ネビーさんもです。彼は鍛錬をするとお出掛けしました」
「握り飯屋が始まる7時くらいから出掛ける予定なのでまだ眠れますね。でも早寝したので眠くないし散歩しようかなぁ。でも護衛の兄ちゃんが居ないのか。浴衣に羽織なら兄ちゃんに見られても恥ずかしくなかったですか?」
「いえ、恥ずかしかったです。何事も練習です練習。いつか恥ずかしくならなくなるでしょう」
「ずっと照れ屋でいいと思いますよ。母が恥じらいを無くしたら女ではなくてババアって。その母は私はババアではないっていうけど説得力なし。それにしてもウィオラさんはええなぁ。そのお胸を分けて欲しいです。5人姉妹で1番美女に生まれたら1番貧乳。これだけ父似です」
その時「失礼します」という声がしてスッと襖が開いた。
「よく考えたら鍛錬している場合ではなかったです。ルルも起きたのか。早寝したし酒が入ってないと早いな」
「うんおはよう。何で?」
「屯所には男しかいねえ。隣に華小屯所があるけどまだ開いてないし俺が見張らなくて何かあったら困る」
「そういえば何で女性兵官って夜勤ないの?」
「さあ? 子育てとか家事とか? ある地域もあるらしいけど。女性兵官って私兵派遣が多くて鍛錬か派遣ばかりだし」
「ふーん。肌着を盗まれたとか色被害とか男の兵官に話したくない女性は多そうなのにね」
「そういう時は昼間なら対応してくれるぜ。でも色被害は夜が多いからなぁ。煌護省が決めているからまた意見書とか何かで動いてくれるんじゃね?」
うんうん、とルルが頷く。指摘されてみればその通り。組合や大豪家から意見書を提出ってそういう風に活用するものなのか。
知識があっても制度があっても使わないと意味がないということをまた発見。
「1区の東寄りの端なんて滅多に来られないから散歩したい。建物の形とか色々違うから連れてって。レイも起こす」
「それなら道場で鍛錬させてもらうからその後で頼む。近くで見てろ」
「はーい」
立ち上がったルルはいきなりレイを蹴っ飛ばした。何で⁈
「んん。おはよう。出掛ける時間?」
「5時になったばかり。観光だよ観光。皆でお散歩」
「行きたい! 建物が違うよね! 朝市とか朝からやってる食事系のお店も気になる!」
「その前に兄ちゃんが鍛錬するのを見ててって。男だらけだから目を離したくないから近くにいろって。私もその方が気楽だし兄ちゃんの鍛錬を見たい」
「目を離したくない? ここにいるのは兵官だよ」
「ろくでもない兵官もいるからだよ。6番隊の許されるくらいのろくでなしそうなのは兄ちゃんに教わってるけどここの兵官は分からないでしょ」
いるんだ。私は兵官というだけでかなり信頼してきた。これも運が良かっただけってこと。
「そんな人いるの? ふーん。そういうものなんだ」
「いるって教わってるのに忘れてるんだ。兄ちゃんの親切とかお母さん達のありがたい指導を聞いてなさすぎじゃない? うっとおしいなと思う私ですら多少聞いて守ってるのに。痛い目見るよ!」
レイは「うるさいなあ」みたいな顔をして「はいはーい」と言いながら立ち上がった。ルルが「根性の叩き直し方を知りたい」とか「だから下の子は甘ったれとか言われる」みたいにぶつぶつ文句。
レイは素知らぬ顔でネビーにくっついて何やら楽しげな会話。私達も布団を畳んでネビーと部屋を出た。
早朝の道場には誰も居なかった。夜勤者は5時くらいだと退勤まで見回りや仮眠者に別れるし朝礼はまだまだらしい。
夜勤者は自主鍛錬は禁止で空き時間は休憩や勉強を推奨だそうだ。夜勤は体に負担がかかるし事件が多いからで、ネビー曰く「ここがどうだか知らないけど」だけど。
ルルがあれこれ質問するからそういうことを聞けた。レイは興味ないみたいで私に「珍しい朝食を見つけたいです」みたいに話しかけてくれている。
道場の端にルル達と座ってネビーの鍛錬の見学。彼に暑くなったら上半身は脱ぐと宣言された。ガイの権力を傘に着て鍛錬用の服を借りたそうだ。
道場の端から端までひたすら往復。次は腕立て伏せ。その次は逆立ちして腕立て伏せ。
「あちらはどのような鍛錬か分かりますか?」
「四股って言うていました。足がきれいになるかと思って私もたまに真似するけど数回で疲れます。後はあそこの柱に手をぱあっんとぶつけて色々な素振りをすると思います」
「鍛錬中の兄ちゃんって格好ええよねぇ。別人みたい。バカとアホが消えて。女が集まってうっとおしくなったから走りに行く以外は職場か道場でしか鍛えないって言いだして見られなくなったから見るのいつ以来だろう」
レイに同意。この姿は格好良い。真剣な眼差しで凛々しい表情だから素敵。柔らかな優しげな微笑みとか屈託のない笑顔も……好き。
いつか言えるかな。言っても平気、自分もなんて言われるくらいまで想われたらうんと幸せだろう。逆はかなり辛そう。
暑いのかネビーが上半身裸になったのもあって私は両手で顔を覆った。
ルルとレイは私を少し揶揄った後にルルのお見合い話を始めた。
それを聴きながら時々ネビーの格好良い姿と上半身裸を見る練習。やがて彼は素振りを始めてその種類が多くていつの間にか両手を顔から離して見惚れてしまった。
6時の鐘が鳴った頃に道場へ兵官が数名現れて私達をチラリと見た後にネビーに話しかけた。彼は上着を着てピシッとした会釈を返した。
「試合かな? 掛かり稽古かな? 試合がええな。騒いだら見学させてくれたことがあったけど2回だけだよね。今日はいいのかな」
掛かり稽古は相手がいる素振りみたいなものと教えてもらった。
「道場での見学は他の門下生の邪魔だからたまにだけで大会は格上と戦わされるから負けて嫌だって言うからね」
「剣術大会見学は女学生の憧れで付き添いという名の見張りからどう逃げるか計画しましたけど失敗していました。家出して夢を叶えようとしましたけど男性ばかりで怖くてやめました」
「それなら今からその夢が少し叶いますね」
私は小さく頷いて彼等の様子をうかがった。
「竹刀で試合だ」
それはワクワクする。でも心配。結納後に見学してもらいますだったけど思いがけず鍛錬や試合見学。今のところときめきしかない。
「ネビーさんは防具は使わないのですか? 確か使いますよね? お相手の方は着ました」
「以前見た試合では兄ちゃんが防具有りでお相手は無しでした。格下相手ってことですかね? ロイさんが防具無しはかなり強くないと許可されないと言うていました」
挨拶をして竹刀を構えたネビーと相手兵官を眺める。舞台前の高揚感みたいな感情が湧き上がってきた。
打ち合いが早くて息を呑む。
「足で足払いなんて卑怯です! あっ」
ネビーはサラリと避けた。思わず中腰になってしまったけど慌てて座る。
彼は避けるだけではなくて相手に向かっていって竹刀を握るところを掴んで逆さになり相手の背中側へ移動。凄い。
「そこだ!」
「何もしないのは背中には防具がないからかな」
「あっ、終わった」
相手が振り返った瞬間ネビーは突きを繰り出して相手の喉元に竹刀の先が向かっていったけどピタッと停止。突きの速さはかなり衝撃的。
ほぼ同時に「終了!」と別の兵官が片手を挙げた。2人が挨拶をしてまた兵官3人とネビーが話をして、しばらくして彼が私達の所へ来た。
「兄ちゃん格好良かったよ! 最後背中に何もしなかったのって防具がないから?」
「おお、ありがとう。防具がないし試合だからだな」
「私も格好良いと思った! また見たい! 負けても良いから見たい! 大会行きたい! 足払いって卑怯技?」
「負け試合は俺が嫌なんだよ。まあ最近南3区どころかもう少し広い範囲で格上が減ってきたけどな。足払いは型破り試合だからあり。途中片手で竹刀を使ったり相手を掴んだりしていただろう? こういう型破り試合だと普通の試合より自由。より実践形式。お互い防具ありなら殴り合いとか投げ飛ばすとかまあ色々ある。同僚でも禁止者はいてロイさんも許可されてねぇ」
ネビーはルルとレイの頭を軽く撫でて私を見て歯を見せて笑った。
「今日のは怖くなかったみたいなお顔で安心。防具なしのかなりの格下相手に指導箇所探し試合なので勝ったって自慢にはなりません」
「指導箇所探し? 兄ちゃん本気じゃなかったの?」
「最後の突きが少し本気くらい」
「あれが1番格好良かった!」
「か……」
「か? そのお顔なら少しは見惚れてくれましたね。井戸のところで体を拭いてガイさんが起きていたら着替えかな」
「格好良いと思いました……」
恥ずかしいけれど沢山褒められているから私も褒めたい。きっと喜んでくれると思ったけど顔を両手で覆ってしまったので反応は確認出来ず。
「兄ちゃん凄い嬉しそう」
「私達が褒めても自慢顔なのに」
「良かったね兄ちゃん。でもその顔はあまり格好良くない」
「逃がせ逃がせ。気持ち悪いとか言われる」
「台無しだ台無し。帳消しになる。ウィオラさんそのまま顔を隠しておいて下さい」
「お前らうるせえよ。アホ面も俺だから隠したって無駄だ無駄。行くぞ。おりゃあ!」
「ちょっと成人を昔みたいに持たないで!」
「私はまだ楽しいかも!」
「鍛錬だ鍛錬。太ったなお前ら! あはは!」
歩き出した気配がしたので両手を顔から離して俯きがちからそろそろ視線を上げて私も足を動かした。
ルルとレイが浴衣の帯を掴まれて手提げみたいに持たれて揺らされたり持ち上げられたりしている。
「人攫いに攫われる!」
「人聞きの悪いことを言うな! 助けたのは俺だぞ!」
「親切な人もいるんだなっておむすびを食べていたら大乱闘でびっくりだった」
「なにそれ!」
「えっ、レイは知らないの? 私が売られそうになった話。兄ちゃん結構怪我した」
「知らない。もしかして昔派手に転んだって時?」
「さあな」
ネビーがルルとレイを下ろして2人の頭を後ろからポンポン撫でた。
「毎日もずっとも無理だけど兄ちゃんがなるべく守ってやるからな。まあ、可能な範囲だけどな。だからレイは気をつけろ。世間は時々怖い。色々知ってると過保護にもなる」
「平和な人は平和だから何もないとか知らないって幸せだよね。大貧乏があったからわりと色々平気なのもそうだけど」
「逆になることもあるから難しいな。劣等感とか野心が強くなり過ぎるとか。井戸に最後についた奴が朝食を奢れ! 俺は3秒待ってやる」
「えっ?」
「いーち!」
「ウィオラさん走って! 本当に容赦なく奢らされる!」
「にー!」
「私もですか?」
走るのは苦手。ルルとレイが走り出したので私も追いかける。振り返ったらネビーは頭の後ろで手を組んでゆっくり歩きながらニコニコ笑っているだけ。
『私達のせいで世話焼きや仕事ばっかりで苦労してた兄ちゃんがついに自分の幸せを考えだした』
ルルはいつか気がつくかな。そうではないということに。彼はきっとなにかあって辛くてもずっと幸せだった。無いものよりもあるもの、幸せに目をとめている人だからだ。
井戸のところにネビーは少し遅れてきて「言うんじゃなかった。大事な金をむしり取られる! 安物を食えよ大食い! レイは量より質だからよかだ!」とまた2人の頭を撫でた。わりと雑に。
大貧乏から成り上がり……。美人局裁判に部屋に不法侵入や嘘囲いだけではなくてお金目当ての老若男女もいたかもしれないし、貧乏時代に貧乏そのもので人からなにか嫌に目に合わされただろう。
業務上この世の生来4欲を私よりも知っている気がする。
毒を撒くのにより煌めくか。少し分かったかもしれない。
ユラの口にした「あの時」が分からないけどきっとお金や物ではないだろう。なぜ私がネビーに惹かれて他の人達も惹かれたり集まるのか根本はこれかもしれない。
私は少なくともこの短期間で自分を前よりもかなり好きになれている。
ユラが私と過ごしてそう思ってくれたことがあるのならそれは幸せなことだ。太夫の「花咲女」はそういうこと?
真の見返りは命に還るとネビーは口にした。独善や自分のための行為をしていただけだから感謝も文も望んだことはないけど確かに還っている気がする。
希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。求すれば壊し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る。花街で色々考えたけどまた新たに考えさせられる龍神王様の説法はなんとも難しい。
「ガイさんが来ないからガイさんがビリで奢りだな」
「卑怯者だ! そう言おう!」
「ガイさんって娘じゃないのに私達を娘って言うて甘いからたかられるよね! よし、たかろう!」
「職場で1度も私を親戚の子って言わないんだよ! 俺の娘は気が利くし別嬪だろう。あはは! 見せびらかし料だ!」
ネビーに背を向けて彼が体を拭くのを待ってそれから部屋へと戻った。
ガイはまだ寝ていてルルとレイに起こされて少しデレっとした顔、ロイがユリアに向けていた表情をして「早起き競争に負けたからガイさんは朝食代をむしり取られますよ」というレイの発言も大笑いで受け入れた。
父親が娘に向ける表情をするからネビーはガイを信用しているのかもしれない。きっと信用信頼なしから積み上げていったということ。
その信用信頼破壊は一瞬だけどルルにもレイにも過保護なくらい世話を焼いてきたから手も離すのかな。また彼に聞きたいことが生まれた。
ネビーとガイが廊下にいる間に私達はお着替えと軽く身支度。よく考えたら化粧もせずにネビーと過ごしていた! はずかし!




