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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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45/137

36

 私とユラとネビーで3人で夕食をするとは不思議。

 薄情者の裏切り者でこの歳くらいからはさすがに結婚を考えていきたいとか、花街にはもう背を向けたいとか、運良く贔屓(ひいき)されて元々の計画の女学校の講師に採用されたからなどなどで菊屋を出た。

 特定の人に肩入れしないと決めてそうしてきたし、花街を去った今後は気が向いて予算があれば遊楽女(ゆうらくじょ)達にお菓子の差し入れくらいと思っていたのに。

 お店は混んでなかったのですぐに入れて私とネビーは隣同士でユラは私の正面に着席。

 床入り前に遊女と食事をしているような者や休みらしき女性や観光客みたいな客が入り乱れている。

 

「泣いてお別れしたのにすぐ戻ってきて私を買って天ぷらってなによあんた達。ウィオラならまだ分かるけど張り倒して拒否しようと思ったらお兄さんが払ったわよね。太夫も夕霧姉さんも私も見てた。驚いてここまで来たけど(ほどこ)しされたくないから返すわ。いくらと言われた?」

「結納したい相手が名残惜しそうでまだまだお喋りしたそうだったけど俺はもう2度と菊屋に入りたくないです。買った女と何をしても良いと思い出したのと、俺は足抜けさせたら死罪ものなので近くのお店で食事は一見さんでも許されるかなと思って交渉しただけです。安心して喋る為にあなたを買いました。貢ぎたい装飾品の代わり。彼女が喜ぶし彼女が好ましく思っている相手の懐にもお金が入る。一石三鳥だっただけです」


 すみません、とネビーは店員を呼んだ。ユラは目を細めている。泣いてくれたからまだ目が赤い。


「この店はウィオラさん払いなので俺はこの大海老天ぷら丼に追加でたけのこ。飯は大盛りで。あおさ汁と刺身盛り合わせ小もお願いします」


 全然遠慮しないみたい。気遣い屋さんだからわざとかな。このお店はこの並びの中では安い方のお店。私は思わず笑ってユラに目配せした。


「私達に決まっているかも聞かないで勝手に注文とはせっかちで気遣いもできないのね。ウィオラ払いなの?」

「うん。春野菜天丼を小盛りでこの海老出汁のお味噌汁と刺身盛り合わせ小をお願いします」

「もう1人は決めたらまた頼みます」


 ふーん、みたいにユラはネビーを眺めている。彼女はお品書きに視線を落とした。


「貯金を色々分けていて特定の女性との交際費が積み上がっているので今夜はそこから出しました。一石三鳥。お店で言うた通り口説き中です。実家に挨拶と結納お申し込み。家の事情が分かったからとか理由があって実家に残るので南地区には帰らないと言われたくないので好感度をうんと上げとこうと」


 本心だろうな。菊屋で私がやはり自分が払うと口にしたら「約6年分の貯金から使うので。養子になってから本気で格上お嬢さん狙いにしようとやり繰りした分です。あの長屋生活だと金が貯まります」と言われた。

 その後に「結納お申し込み後になるけど渡すつもりだった結納お申し込み品を削ります」とも告げられている。

 お寿司屋の時の「いくらまでなら」とか「今月の妹資金はもうあんみつ分はない」とハッキリ言うので気が楽になり甘えたくなる。

 甘えるのは難しいことだから嬉しくなってついつい。


「どっちが本当? 秋に文通お申し込みをされて男が出来たから店を出た。太夫の後押しがあったとしても地蔵をやめたからそれなら少し納得。それともこの間の夜に出会ってお隣さん? この街の住人らしくウィオラも嘘つきだけど嘘は綻ぶもの。さっき見たことのない表情だったから急にお隣さんが本当?」


 ユラは彼女に話しかけたネビーを無視して私を見据えた。


「急にお隣さんの方です」

「バカなんで気がつくのが遅れたけど多分あの晩既に一目惚れです。聴き惚れの方かも。同じ曲がなんで違う風に聴こえたのか知りたいからお店に手紙を送ってみようかな、みたいに思っていたので」

「ええっ、そうなのですか?」


 お隣さん同士でなかったら菊屋経由で私に手紙が届いていたってこと?

 菊屋に住所は教えてある。太客がどうしてもと言った時に頼みたいからと言われて私も日銭稼ぎ分を生活費の足しや遊楽女(ゆうらくじょ)へのお菓子配り代にしたかったから断らなかった。

 まあその住所は大家が雑だったから届かないんだけど。

 新生活が厳しい世界で困って菊屋に出戻りも有り得るからと下心。私は太夫が評価したようなお人好しではない。

 地獄に咲く華とか花咲(はなさかせ)白鳩(しらばと)とは妙な表現。


「起きて部屋から出たらいるし、さらに驚くべきことにロカの先生だったから家族で世話焼きをしたら疑問を聞けるなと。後はご存知の通りです。ああユラさん、ロカは10歳以上離れた妹です」

「ええ、そんなことある? それで数日で結納お申し込み? なんなのそれ」

「立場とか信条にお隣さんなのと結納契約を交わせば彼女の身元が保証されるので自分の両親が安心するのと口説き落とすなら徐々に触りたいという下心とか色々あるので結婚お申し込みはやめて結納お申し込みです。ほぼ半結納の内容だけど口約束ではなくて契約書ありを要求的な。なので仮結納です」

「家出娘なんだし隣なんだから好き勝手に口説けば良いじゃない」

「そんなの誠実ではありません。非常識です。若干今も非常識な気がしますけどそこは嫌がられていないのとそれこそ家出娘さんでお隣さんだから不可抗力というか……まあ言い訳です」


 口説くなら徐々に触りたいという下心。ぼぼぼっと顔が熱くなった。

 少しジエムの話をした時のその分くらい触りますのその分ってどこまでかな。


「彼とご両親と話し合って実家に挨拶をして結納してお隣さんか彼の知人のお屋敷預かりで交流して気が合うというかお互いもっと知って条件とかも問題ないと分かれば来春祝言しようかみたいな……」

「展開が早っ⁈ お兄さんの両親は嘘つき元花街芸妓……騙したの? ああ、でも結納契約。嘘だと受理されないんだっけ。あんたがそういう知識をあたしらに教えたからね」


 平家同士でも結納することはある。知らないからしない者もいる。

 口約束だけして裏切られて子持ちみたいな話を聞いてから私はなんとなく私としての常識的な縁結びをお店の中で話すようになった。

 色恋が分かっていないとかマヌケだとバカにしているのかと嫌がられたり、逆に興味津々で食いつかれたり色々あったな。


「実家は私をどうしたいのかよく分からないのでそれも一緒に聞きに。今のところ猛反対されても南地区に帰ってくるつもりというか、かなり経歴が凄かったので実家は反対出来なそうです」


 漁師が激怒のことはさすがに話すつもりはない。これがなければもっとゆっくり話し合いをしてから実家で、その間にガイやテルルは私について卿家のツテで調べただろう。


「そんな顔を初めて見たから多少信じる。あとお兄さんのその照れ笑いも。すみません、注文お願いします」


 ユラは私と同じ春野菜天丼にあおさ汁と白玉ぜんざいを注文した。この出費は痛いけど旅費が菓子折り代だけなので計算すると2人にご馳走しても安い。安過ぎる。


「経歴はそうよね。夕霧姉さんがお兄さんの浮絵を見つけて、平家でそろそろ27歳の地区本部兵官で既に浮絵になっているなら成り上がり花形兵官だから店を出て捕まえようかなって。半年くらい粘って無理ならお店に戻ってきて太夫みたいに好き勝手に働きながら新しい男探しや身請け先選びをしようかなぁって。ウィオラが借金を無くす手助けをしたから夕霧姉さんも太夫と同じでさらに気ままに生きるみたいよ」

「へえ、そうでしたか。まあそういう地位金目的みたいな女性はよくいます。ユラさんは借金登録ではなくて生活費稼ぎだと聞きましたけどその生活費がカツカツでなんとかなるのならこの街を出たいですか?」


 ユラは私を見てからネビーを見つめてニコッと笑うと肩を竦めた。


「借金はどこかの誰かが数ヶ月前に消し去ったからね。どこかの誰かは帳簿まで無理矢理確認してたわよ。平等にって配るから自堕落をしない下のやつほど早く消滅」

「へえ……」


 ペラペラ喋りそうなのにネビーはそれしか口にしなかった。


「偽善者です。自分が嫌になるから可能な範囲でしていただけで志がないし己可愛さで逃げました。商売の仕組みを破壊する邪魔者なのを自覚しましたし、その理由で追い出されだったみたいですけど」

「ふんっ。次は殴られるよあんた。外の方が余程この世の地獄。幼い頃から父親不在だと男に甘えたくなるみたいで男にだらしなくて見る目もあまり。最初はうんと我慢だけど外よりマシだったしのし上がるほど客を選り好み出来るから男を抱けてお金も手に入るし身請けで成り上がり狙いでこの街の住人になった。この通り見た目良しだから人生大逆転を狙ってる」


 ユラは私を見つめてニンマリと微笑んだ。聞いたことのある話とかなり違う。


「ウィオラは生娘だから男を抱くって感覚は分からないでしょうね」

「知識はあります。太夫さんがそうだと」

「私が生まれたくらいから病気はわりと新しい薬でそこまで怖くないし私の性格だと外でも同じ。まあマシになったかな。子どもはここに来る前に殴られて流れてもう無理みたい。もし子が生まれたら安いお店で楽として勉強させながら私の稼ぎでその子の借金を減らして水揚げ前に逃亡も頭にあるけど今のところ特に」


 花街で生まれたから悲惨な人生、だけではないのはこの街へ来なかったら知らなかった知識で花街が滅びないようにあれこれ上手く仕組まれている。

 父に「花街を破壊したら?」と口にした私は本当に世間知らずだったし世界の裏面や箱入りお嬢様では中々知ることがなかった人間の生来4欲(しよく)には心が抉られた。


「お父様が片足になったというのは嘘だったってことですか?」

「いたのは母親。父親は母を孕ませて逃げた。飲んだくれの母親だから捨てた。この世に1人だから家族がいたら良いなと思って。嘘つきはそうやって増えるのよ」


 これさえも本当なのか分からないのがこの街。前に家族の話をした時よりもなんとなく真実味がある。

 ユラからは自暴自棄さや寂しさを感じてきたし、手紙を読みながら家族のためにみたいな光景も目にしたことはなかったから。


「男を信じて一緒に住んで最初は良かったけど、仕事で遠出することが多いなと思っていたら実は既婚者。お坊ちゃんの遊びってとこ。子どもが出来たから愛人になれるかもって思ったら雇われに殴られて。(すが)ろうと帰ったら捨てた母親はもう死んでた」


 ユラは笑っているけど私はどういう顔をして良いのか分からない。私とネビーの天ぷらその他が運ばれてきた。


「どっちが本当だと思うお嬢様。このお兄さんは大丈夫なの? と言いたいけど育ちが違って知恵があるから見る目が違うのよねきっと。夕霧姉さんも賢い。若くない新人兵官は落ちこぼれ浪人生だと思って終わりだったけど落ちこぼれお坊ちゃん兵官はこのくらいの年には地区兵官自体から追い出しなんだってね。叩き上げって頭がなかったわ。夕霧花魁以外は他の新人兵官の品定めと人気者食い狙いだった」

「どちらでも。稼げないけど違う仕事がしたくなったら紹介出来るかもしれないと伝えておこうと思いました。ここ最近で1番お世話になって花魁でもないから心配で今までしなかった特別扱いをしたいからです。高みから施し気分。私は成り上がり兵官さんだからではなくて単にまあ、うん、その、ご本人が……」


 好き。そのような言葉は言えない!

 本人にだけコソコソ言うもの。誰もいない2人っきりの密室とか周りに誰もいないとかそういう時に伝える事。喉がカラカラになるのでいつ言えるのやら。

 気になるから口説こうと言われている段階なのでそこまでの気持ちではないです、と言われたら泣きそうなので言えない。


「腹が減っているのでお先に失礼します。ユラさん、急に天ぷらを食べたくなったので嬉しいです。美女2人なのも眼福。ありがとうございます。いただきます!」


 わりと大きめの声で元気にそう告げるとネビーは真っ先に大海老天ぷらを口にした。


「ユラが行かないでと泣いてくれたからネビーさんが気を遣ってくれて天ぷらを食べられることになりました。ありがとうございます。いただきます」


 私もユラを無視して食事を開始することにした。


「なんなのあんた達。特にウィオラ。本日も有り難くお恵みをいただきますでしょあんたは。うざったいご挨拶。楽達にも教えて。ちっとも私らに馴染む気のない強情者だったわよね。お兄さんは好みのものは最初と最後のどちらに食べますか?」


 片足を立てて無言で食べ始めたり、いたーきますとかは私には真似出来なかった。いただきますだけにする時もあったけど無意識だと元々の台詞。

 16年間心にも体にも染み付いた教えや価値観は中々変えられない。

 でもこの新しいご挨拶は好みだから使う。お恵みに感謝も良いけど周りの人にありがとうと感謝するのは素敵なことで胸が温まるからだ。

 ユラからネビーへの質問の意図はなんだろう。


「最初に少し食べて最後にも堪能です。貧乏で妹が多くて兄ちゃん食べたいみたいな顔をされると弱くて譲っても良いくらいの量を後回しにするようになって。まあ今は貧乏ではないのでそれはないですけどもう癖です。出来立ての美味しいうちに食べたいけど、最後に1番好みの味で終わりたいのもあります」

「食事と色の食べ方は同じっていうからがっついた後に焦らして遊んで緩急つけてってとこね」

「けほっ……」


 菊屋でわざとこういう話をして揶揄(からか)われてきたけど今夜のユラも同じみたい。

 ニヤニヤ笑っている。私は動揺したけど、チラリとネビーを見たら彼は少し照れてはみえるけど涼しげな表情。


「食に興味がない女は色にも淡白とか言いますからね。とにかく結納しておいて他の男を合法的に追い払ってついでに本人がよかだと言えば触れる状態にしておこうだから当たっているかと。とりあえず布なしで髪くらい触りたいから早く1週間くらい経たないかなぁ」


 ……。照れ笑いしながらでも本音を喋るのか。喋るよね。彼はそういう人なのはもう知っている。

 今のところだけど嘘でしたと言われたり、貴女の勘違いですとは言わないはず。思わせはしない冷え冷えネビーも実際に見た。どんどんはずかし!


「先程、羽織の上から慰めてくれたのはそういうことでしょうか」

「ついでにウィオラさんの香りが羽織に移らないかと思って。他の女性の香りはちょっと」

「ふーん、ウィオラはこの調子で口説かれたってこと。地区本部兵官の羽織なんて着ちゃって。相当遊び慣れてるよこの人。遊び終わってそろそろ落ち着くか。それなら手垢のついてない女ってことよね。痛い目見るよ」

「それは心外です。お嫁さんはお嬢さんを夢見てどう口説くか調べてきて、難癖金むしりや地位財産目当てを避けるために女自体を避けてきたから遊んでいません。そこそこモテるのでお金も使わずに遊べそうだからそうしたい時もあったけど色関係は男がほぼ負けるので」


 私はコクコクと首を縦に振りながら食事を続けた。ユラみたいな話をネビーも友人とかとしたことがあって、今その話題が出たから私は彼に食事方法も見られてなにか想像されるってこと⁈

 私はどう食べていたっけ。食事なんて無自覚だ。ネビーは私のそんなところを確認したりしているの⁈

 食事することすら恥ずかしくなるってどういうこと……。


「勘違いした夕霧姉さんが報告して同じく勘違いした太夫の罠仕掛けも早かったけどお兄さんの逃げ足も早かったね。即座にあの逃げ方は驚いた。何かの教訓?」


 太夫を呼んだのは夕霧花魁。自分の遊楽女(ゆうらくじょ)にヒソヒソ話をしたのはそれだったのか。


「赤子を抱いた知らない女が大泣きしながらあんたの子だから結婚しろとか、しないなら金を寄越せと難癖つけてきたことがあって。裁判をして勝ちました」

「たまにあるやつね。身分が良ければ勝てたりするけど平家同士だと男は弱めよね。よく勝ったというか裁判ってそんなことでも使えるの。それなら私もすれば良かった。地元暮らしの時に成り上がり兵官が近所にいたら確かに狙う。男に捨てられた後なら夜這いしてでもとか思うかも」


 たまにあることなの⁈

 稀ではないのか。知識格差は人生の損とはやはりその通りだな。ユラは知らなかったから裁判や詳細調査は出来なかったのか。

 つまり今夜聞いた話は本当の可能性が高い。私が自分のことを少し話したからかな?


「夜這いも怖いです。俺の住む長屋は住人達の防犯対策がわりとしっかりしているけど女の出入りに関しては緩めなのでヤリ部屋代わりに友人に貸して女の出入りがあっても変ではないようにしたり、部屋にいるときなら物音で起きるので追い払い。疲れます」


 その部屋名を私の前で使わないで欲しい。ただ単に友人達のために空いてる時はどうぞ、ではないのか。

 チラリとネビーに見られて腕で軽く腕に触れられた。後で説明する、の後では今にしましたという意味かな。


「元貧乏って言っていたしそこそこ苦労してるんだね。鍵を壊されて入り浸りでもされたの?」


 私には思いつかない発想。


「そうなんです。遠出泊まり仕事から帰ってきたら部屋に荷物が増えていてお帰りなさいと恐ろしかったです。母が騙されてついに恋人を作ったのかと言われて白目。周りも泊まり仕事前から部屋に彼女だけが出入りしてたのを何度か見たって」

「思わせをしたの?」

「したつもりはないけどそうだと言うから気の毒だけど徹底的に言い返して男の群れに放り投げました。あっさり乗り換え。縛られたい奴がもらってくれました。あれも引き下がらなければ裁判してました。女は押し倒したりこっちが主導権を握りたいのに逆の女ばかり集まってきて。いやそう見えてくるんですよ」


 裁判事にはならなかったから書類が無かったけどそんなこともあったの。


「……けほっ。けほけほっ。けほっ!」


 お味噌汁を飲んでいたのでむせた。押し倒したりって、押し倒したりって! 


「ウィオラさん大丈夫ですか?」

「お兄さん今のはわざと?」


 ユラはすっかり楽しげな表情。


「少し。むせるほどとは思わずすみません。食事の話からなんだかぎくしゃくした動きになったりちょこちょこかわゆいなぁと。まあ彼女になら襲われてもかわゆいで終わりです。襲われかけたんですよ」

「お、おそ、襲ってなんていません!」

「お兄さんウィオラになにされたの?」

「まあ色々」

「何もしていません!」


 初めてネビーに意地悪をされた気がする。彼は肩を揺らして楽しげ。

 ……見る練習をするからと着物をはだけさせようとしたのは襲ったのと同じかも。色々ってそれだけ!


「ウィオラ、まるで茹でタコよ。男が怖いみたいと聞いていたけど私が出会った頃はそうでもないし、箱入りお嬢様は色恋も分からない別の生き物かと思っていたけどあんたも同じ女だったのね。遊び男ではないと主張してるけど遊ばれてるわね」

「そりゃあこの感じは遊びたくなりますよ。彼女にだけ。そうそう、規則破りで触られて青ざめてえずく程だったとは知りませんでした」

「それは私もです。上手く男に近寄らないのは見てきていましたけど。信頼してそうでも一定距離を保っていて」


 最初の方だけだったし原因が大したことではないから特に自分では話さないことだ。もう克服している。そこまでにはならない。


「元婚約者が無理矢理なにやらをしようとして手首にあざとかあったそうで俺は嫉妬心が強いから合法的に殴って帰ってきたいくらいです。バカなので思いつかないから諦め」

「へえ、大嫌いな男と無理矢理結婚が嫌で家出って暴力男と家の為に結婚しろか。しかも子持ちで愛人ありを許せだっけ?」

「それが無事に婚約破棄になって安心していたら婚約破棄の理由を彼女のせいにしないと業務提携をしないみたいに言われて地元で隠居と言われたからそれなら家出だと。地元で家族関係のところで隠居より家から追放した方が見栄えが良いからだと。実際そうだから連れ戻さないのかなぁと。まあ明日か明後日には何か分かると思っています」

「ウィオラあんた家から逃げたんじゃなくて家のために逃げたの。それだとあんたらしくて嘘とは思えないわ。見張りがいたってつまり勝手に帰ってくるなってこと? 明日? 西地区に明日着く訳がない」


 ユラには西地区って言ったんだっけ。家に辿りつかないような嘘はけっこう言ってきたから把握出来ていない。


「勝手に帰宅しないようにだけど身の安全も確認しつつ? 話を聞いた限りだと下手な下街より安全になっていたようですから。明日の朝早めから農村地区を突っ切るので問題なければ着きますよ。この通り地区本部兵官で父は煌護省。馬を借りましたし視察名目の書類もあるので困ったら警兵を利用します。南西農村区の内側地域の警兵への不満も特になさそうです」


 ユラは食事の手を止めて私を見てネビーを見て私を見た。彼は西地区を訂正はしないみたい。事情を知っているからだ。


「なんの計算もなくお隣さんになって口説かれたの? あの夜あんたが珍しく一見さんと喋ったのを見たけど話の内容は知らない。地区本部兵官にお金を払って住所を聞き出したとか?」

「偶然です。大家さんが隣の方はかなり安心だと言っていたので安心していました。よく考えたらなぜ安心なのかとか男性なのか女性なのか家族なのか聞くべきだったのに、こんなに安心なことはないからと言われてそうなのかと。箱入りお嬢様から箱入り芸妓で世間知らずのおバカさんだと痛感中です」

「梅園屋っていう置き屋に通勤可能範囲で南3区の長屋ならここって紹介されたそうです。世話焼きが結構いるし俺もいるので長屋に空きが出たら住みたいって人はそこそこいるらしいので俺が思っているより噂になっているんじゃないかと」

「本当に偶然なら腹が立つくらい男運が良いってこと。ムカつくから袖にされるが良い。ウィオラの欠点……裏返すと長所だしな。顔はイマイチだけどこのくらいで良いって男はいるし、体は結構良いし、育ちが良いからか根腐れしないのがまた。愛されて大事に育てられました感が目に痛いのよね。毒よ毒」


 ユラは頬耐えをついて呆れ顔を浮かべた。宴席では上品な口振りや仕草をするけど仕事を離れるといつもこんな感じ。

 疲れないの? と言われるけど私は常に品良くが体に染み付いている。愛されて大事に育てられました感が目に痛いどころか毒か。

 ネビーのことを嫌いな人は嫌いだろうなという感想を抱いたことときっと同じ意味。

 だから遊女達に嫌われているとだんだん自覚していったし逆に好かれることも知った。

 なんだか落ち着くとかあんたには話すけど、みたいに心を開いてくれたと思う人達がいた。


「俺の知っている限りだと自己肯定感が低そうなのと菊屋で聞いたお人好しさというか献身的過ぎるんじゃないかとか、あとは雑な大家に騙され気味だったぼんやり具合ですね。妹達に既にわりと遊ばれていますし。体は結構良いとはよかなはな……」


 失敗した! みたいな表情を浮かべるとネビーはおもむろに食事の続きを開始。私から思いっきり目を逸らしている。


「口が滑る性格なのね。気になるなら教えてあげようかお兄さん。触り心地まで知ってるわよ」

「……。……いや。……うん。いいややめて下さい! 嫌われる!」

「ずっと思ってるけどお兄さんはバカな素直ね。嫌いな人は嫌いになるし恨まれそう。夕霧花魁に辛辣だったし」

「バカだと自覚しているのでこれでも気をつけています。上手くいけば来春見られ……るのか? 無理そう。浴衣で出歩くのも恥ずかしいって奥ゆかさでかわゆいんですよ。カニとか海老で品良くはしゃいだり」


 赤い耳ではにかみ笑いされたのでこれは私も恥ずかしい。ずっと恥ずかしいけどますますだ。


「私は結局あんた達の惚気話やウィオラの男自慢を聞かされるために買われたの? なんなのよ」


 そう言いながらユラは笑ってくれている。


「仕事の斡旋なら多少は出来ますよとか、売れ行きの分からない浮絵代の版権料くらいは店に落とすか検討します、みたいな話をするはずでしたけど仕事はまだ変えたくないみたいだったのと単に話の流れです。借金があろうがなかろうが懐具合というか使いたい道が他にもあるから1夜限りの施しなので次は仕事がない時間にこういう風に。そちらの気が向けばです。あとは楽ちゃん達も。護衛としてはきますけど俺は奢りません。邪魔なら屯所(とんしょ)で鍛錬とか何かしています」

「私も予算がなければ出しません。仕事があるから中々来られないです。楽ちゃん達のお菓子代くらいは日銭稼ぎとかでどうにかします。そうしたいからってだけです」


 ふわぁ、とあくびをするとユラは頬杖をついていない手を私に向かって差し出した。お箸を持っていて目の前でカチカチと鳴らされた。


「太夫と夕霧姉さんとあと多分夏風花魁が心配していたから今の話は全部伝えとく。あんたが自己保身をしないと怒る女は少なくないよ。余計な喧嘩とか厄介ごとが起きる。今後もどうせ似たようなことがあるからしっかり覚えておきな」

「私としてはそんなつもりはなくてしっかり自分を大事にしていると思うのでイマイチ分からないけど覚えて考えます」

「太夫が説教とは驚いたけどあんたに近寄ると離したくなくなるから距離を保っていたんだろうね。楽達にもたまーに会いに来るみたいって言うから実家に居座らないように。あと私に個人的に住所を寄越しな。今より困ったら利用するわ。つかず離れず割り切って付き合う気ならこっちも遠慮しない」

「花街では出会いにくい性格の男性もいると知ったので気が変わったらこの街から出てみて下さい」

「ああ、俺です。俺みたいな男はちょこちょこいます。色より金や他の物欲や理性。あと手垢が嫌とか。子沢山で捨て奉公人にされたから子持ちになりたくないから子がかなり長い期間出来なくて離縁された人を嫁にしたとか、たまに他の男に抱かせてそれを見……いや、あはは。ははは……。最後のはお気になさらず」

「……ネビーさんは見たいのですか?」

「俺は絶対嫌ですよ! 断固拒否!」


 食い気味で言われて少し体を反った。もしかしたら見たいという気持ちがあるから口にしたのかと思って嫌だと思ったけど断固拒否ならホッとした。ネビーから逃げる理由が初めて出てきたのかと思った。


「それならなにに動揺されたのでしょうか」

「抱くとか言うたからまた慎みと言われるかと」

「そのくらいの単語は平気です。なにやら部屋より一般的で文学に出てきます」

「おお、文学に出てくる範囲ならよかと」

「春画は何度見せても照れ照れの紅葉(もみじ)ちゃん。(つや)小説をわざと朗読されたら愛らしく逃亡。芸妓以外でそういう稼がれ方をしていた初心(うぶ)ちゃんだから楽しいかもね。楼主(ろうしゅ)が皇居入内(にゅうだい)に惜しくも漏れて使えないと家に捨てられた箱入りお嬢様とか宣伝していたよ。信憑性があるギリギリまで盛っとけって」

「……。うんと盛られています。大嘘です。宴席でも遊女達が私で遊んであれやらこれやらは仕事ついでの嫌がらせではなくて、それ自体が仕事だったのですか⁉︎」

「両方よ。春どころか色も売りたくないと言えて突き通せるだけの能力がある。講師だけでもと思っていたけど自ら芸妓もしてくれたからせめて花芸妓にしたい。本人の様子もそうだけど見張りがいるから少しずつ花芸妓に誘導は無理そう。だから逆にその純情ぶりでさらに荒稼ぎ。おバカちゃんで気がついていないからその分はあんたに見返りなし。カニや海老で品良くはしゃいでお兄さんを拐かしたように犬とか猫とかハムスターとかもよ」


 ……。私は私を良く分かっていなかったし、言われてみれば事業失敗で没落した華族や大豪家のお嬢様って若くなくても高く売れたりそれだけでしばらく人気があったりするらしい。

 知識はあったのに理由が分かっていなかったし自分とも結びついていなかった。

 そんな風に食事が終わってユラに私の住所を長屋の方だけ教えた。菊屋から私には届かないけどそれは教えないことにする。

 純情売りで稼いでいたとは騙されていたというか見返りがない分信用信頼が減った。見張りがいたから守られていたという事実もそう。見張りがいなかったらどうなっていたか分からない。私は運が良かったのとなんだかんだ実家に守られていたみたい。

 実家はどうなっているか分からないので事情が分かってユラの話も出来て実家に留まることにしたら手紙を送ると約束。

 私はお人好しだけどお人好しではない。ユラ1人が実家にまとわりついてもそんなに困らないだろうけど念の為。私の一人暮らしの部屋にまとわりつきは構わない。

 そのくらいは私はユラを信じている。いや信じたいだな。見る目がなかったとしてもお金やコネでどうにか出来そうだからという理由がある。

 3人で菊屋の前まで歩きながら夜空を見上げる。今夜も光苔の明かりで星が霞んでいる。なのに「綺麗」と感じた。この街から見上げる星空をこう感じたことは5年間で初。


「妬ましくて人を雇って襲わせたりするかもよ? 長屋に放火とか。私かもしれないし私から住所を盗んだ女とか」

「汝、先に与えよ。信用信頼は積み重ねで先に誰かが始めないと積めません。信じることは難しいです。最近そういう話を聞きました。防犯はお隣さんに工夫してもらいます。住所はお金以上に隠してくれると思っておきます。誰でもは信じないですから」


 ユラは目を丸くした後に頬を引きつらせた。何?


「家族には俺への逆恨みが常にくっついて回るので防犯は気にかけています。過去の方への恩返しは終わったか縁が切れていて今は貴女以外を特別扱いする気がないみたいなので妬ましくなったら俺達を利用しに来た方が得ですよ。まあ嫉み僻み恨みは本能なので理性的になるのは無理ですけど。理不尽な犯罪は運もあります」

「なんなのあんた達は。お人好しとお人好しでいつか破滅するよ。でもなんだかんだウィオラは割り切ってるし見張りつきとしても5年も遊楼(ゆうろう)で乙女だからね。怒り狂いそうになるくらい良い男運っぽいし。実は大遊び男とか実家の金目当てとか反動があるかもね」

「明日のことは分かりません。忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな。そう思っても一昨日より昨日、昨日より今日と積もると今日を限りをいつにすれば良いのやら。それではユラ、また数日後。お互い嘘つきだからすぐには信じないからすぐ仕事を紹介とかは無理ですからね。皆さんによろしくお伝え下さい」


 時間を告げる鐘の音が街に鳴り響いている。


「こんな買われ方をする遊女は他にいるのかしら。さようなら」


 瞬間、ユラはネビーの着物を掴もうとした。しかしネビーは後ろに跳ねるように飛んで回避。


「頬にキスでもしてウィオラに嫌がらせしてやろうと思ったのに逃げ足早いわね。この店の間も無くお座敷の私にその嫌そうな顔はムカつく。あはは。勇気を出して街を出るか考え始めるわ」


 次の瞬間、今度のユラはネビーに向かって平手を繰り出した。なぜかネビーは避けずにその手を頬に受けた。


「避けられるのに変な人」

「うんと大事にします」

「ここは血の池、血を吸って生き、刺されて血を流し、突き刺して返り血を浴びる紅蓮煉獄」


 突然の歌と舞。教えてと言われて教えたことがあるけど披露するのを初めてみた。ユラに注目が集まる。


「菊屋には一輪だけ真っ白な華が咲いていたの。妬ましくて毒を撒くのにより煌めく。闇夜に浮かぶ光苔(ひかりこけ)。あの時、人が生きる道を歩くのは怖くないかもと生まれて初めて思えたわ」


 あの時?

 告げられた言葉の意味を咀嚼出来ない。

 笑顔で手を振られたので振り返す。出会って約1年、私が知る限りで彼女は1番屈託なく笑ってくれたように見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リルの旅行編と同じで、目的地になかなか到着しないなと思ったけど、読んでみるととても良い話で、価値のある寄り道ですね。この先がますます楽しみです。 [気になる点] 「私はお人好しだけどお人好…
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