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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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30

 夢と現実の境が分からなくて机の前でぼんやり桜の枝を眺めていたら「ウィオラさん、おはようございます!」と元気いっぱいなエルの声がした。

 格好を確認して問題ないので玄関扉を開いた。……鍵がかかっていない!

 昨日の就寝経緯を考えると当たり前だけどこれは良くない。扉を開くとエルが仁王立ちしていた。


「夜に大騒ぎしても通勤はしないといけないからね。練習するって言っていたから起こしに来ました。朝食作りも練習させます。はい割烹着。娘のリルから貴女へです」


 折り畳まれた割烹着を受け取る。私も持っているけど促されるまま料理を手伝っていてまだ使っていなかった。


「ありがとうございます」

「ぐっすり眠っていて鍵をかけられないから一晩中見張りなのか狙っているのか分からない番犬がいましたよ」


 エルが振り返ったので彼女の体の影から向こうを覗くと合間椅子にネビーの後ろ姿を発見。他にも何人か男性がいる。

 他は昨日の朝と似たようなこの長屋で生活の営みに見える。


「王手!」

「うおっ! 待て!」

「結構飲んでたし片足オジジなのに徹夜でアレとは元気な息子だよ。私似だ」


 後ろ姿なので表情は分からないけど声は確かに元気いっぱい。


「割烹着をありがとうございます。支度してすぐ参ります。あの、化粧を落としてくださったりあちらの花カゴはどなたでしょうか?」

「レイです。今日は仕事なので帰ると夫がレイをかめ屋に送る前に。ルルがひっついて寝たようですみません。学校帰りに風呂屋へ寄ると良いと思います。昨日行く前に大騒ぎになってしまったから。それにしてもまさか屋根の上で踊って歌って三味線とは。楽しかったですよ」


 花カゴはレオの作品で家にあったからそのままあげますと言われた。嬉しい。

 私が会釈をしたらエルは扉を閉めた。鍵を閉めてお風呂屋へ行くとしてもな、と軽く体を拭いてからお着替え。

 割烹着には刺繍がされていた。


(青い花……。青星花みたい。昔から刺繍してあったもの?)


 ルルのメソメソ泣きと私が寝る前までに繰り返される「兄ちゃん良かった」という台詞が蘇る。


(ご家族は皆ネビーさんが選んだ女性なら誰でも受け入れようと思っていたのかしら……。どこの誰かも分からない嘘つきかもしれなくても……)


 悪女かどうかくらいは気にされたけど違うという評価をされたのはなんとなく理解している。

 お風呂屋に行くとしてもネビーと会うので薄化粧をして髪も簡単に整えて布団を畳んで「後で干そう」と部屋から出た。

 水瓶の蓋を確認してしっかりと鍵をかける。もうある意味守られていた住み込みではないので大事なことは指差し確認!


「お、おはようございます」


 ネビーに近寄ってお辞儀をしたら照れ笑いをされた。


「ここはルーベル家でしょうか。みたいなお姿で。おはようございます」

「1人前にはまだ遠くてお母様に起こしていただきました」

「まあ、聞こえていました。寝起きの顔を見ないようにしていたけど背中がムズムズしましたよ。あはは」

「……おいネビー、彼女はこの感じでここで暮らすのか?」


 ネビーの向かい側に座っているのは大工のガントだった。あとは昨夜挨拶をした男性が2名。名前は覚えてないか自己紹介されていない。


「ん? 彼女の実家で許可を得られたら。却下されたらデオン先生のお屋敷。本格的に家を建てる準備をしていく。呆れられて逃げられないで祝言を迎えられたら新居。祝言は家が建ったらだな。逃げられないつもりで建設準備。家族と彼女と一緒に話し合う」

「お前の先生のお屋敷預かりなら安心というか……見に来そうだよな。なにこのお嬢さん。いやお嬢様だ。出会ったことない。俺も毎日見に来てえ」


 女学生時代は誰も私を気にかけなかったけど言動や仕草や格好、お嬢さんぶりだけで憧れられるというか照れ照れされるのは昨夜からわりと衝撃的である。


「嫁に捨てられるぞ」

「俺はまだ未婚だからっ痛い。先輩痛いですって」


 ネビーにガントと彼の後輩兼ネビーの友人達だった。ガントに肩を軽く殴られたのはジェイフとノブル。

 ガントは「俺はお前といつ知り合ったんだっけ?」らしいけどネビーの幼馴染でネビーと彼の父親がそもそも幼馴染。2人は1歳違いでネビーの方が年下。

 なので彼等の働く大工屋に家を建ててもらおうと思って以前から雑談混じりに相談しているそうだ。


「ウィオラさん聞きました? 朝食後にウィオラさんは試しに自分の洗濯や布団干しなどをしてみて俺と2人でロカを学校へ送って通勤練習。それでお風呂屋。午前中なら激混みではないから浴衣ではなくて着物です。それで菓子折りを買ってデオン先生のお屋敷へご挨拶に行きます」

「朝食作りの練習と通勤練習しか聞いていませんでした」

「だと思いました。母はその場にならないと言わない性格で。多分言いそびれか言い忘れです。俺は親父のど忘れと母ちゃんのその感じを両方受け継いだ気がします」


 ちょいちょいと手招きされたので一歩近寄る。ネビーがコソコソ話しかけるみたいな手の形を口元に作ったので屈んで耳を少し近づけた。


「その格好はかなりよかです。かわゆい。ああ、愛くるしいでしたっけ?」

「……⁈」


 はずかし!

 私はコクコク頷いて逃亡。チラッと盗みましたらネビーの耳は赤くて「仕事前にいちゃつくんじゃねえ! この野郎! 良かったな!」とネビーはガントに叩かれていた。

 エル達の部屋へ行って声を掛けて部屋に入る。それでエルと料理。

 ご飯、香物、川海老と青菜の炒め物、ワカメとお豆腐のお味噌汁。川海老も青菜もワカメも拾い物だと言われた。朝から豪華と思ったらそういうこと。


「お母様、私のちび海老さんが行方不明です!」


 私の部屋にはない洗い場で洗って切った青菜とこちらもよく洗ったちび海老を胡麻油で炒めるという時に思い出した。

 おちびは笑われるみたいなので呼び方を変えている。ちび饅頭があるならちび海老で合っているだろう。


「お母様?」

「ああ、すみません。他の呼称がよろしいでしょうか。ネビーさんのお母様なので先日もそう呼んでいましたが特になにも言われませんでしたのでつい」

「良し悪しではなくて痒くて。ルルみたいにわざとではないと分かっているので好きに呼んで下さい。ウィオラさんの海老ってなんだい?」


 私は昨夜ちび海老を贈られた話をした。理由は伏せて。


「どこから広がったか知らないけどカニで品よくはしゃげるお嬢様って聞いたから揶揄(からか)われたんですね。ネビーの部屋にいた川海老なら今そこにいるよ。ロカが拾ったから」


 そこ、とは深鍋の中。


「まあ! 贈り物なので飼おうと思っていました! 飼い方は分かりませんけれど」


 それなら仕方ないと菜箸でちび海老もとい川海老と青菜を炒める。お酒とお塩と胡椒を少しと言われたのでその通りにする。


「同じ川の海老なのにソマリ海老と違います。ソマリ海老はもう少し大きくて白に近いです」

「それなら東白海老だね」

「……はい」


 ここではこうやって名前が変わっていくのだろう。ロカは朝起きたら軽く勉強の予習をして現在洗濯中らしい。朝から働き者。

 レオは夜型で午前中はぷらぷら作品を考えたり街中で使えそうな意匠を探してお昼頃からお仕事で夜遅めに帰宅らしい。なのでまだ寝ているそうだ。

 大貧乏時代も深夜過ぎまで働いて午前中遅めから仕事で朝はとにかく苦手らしい。エルは朝型でルルだけ夫に少し似たと笑った。

 長屋で暮らすなら家事は一緒にで洗濯とお布団干しはなるべく自分——恥ずかしいから——で急な雨の時は在宅ならエルがしてくれるという話になっている。

 代わりに私はエルに指定された生活費を入れる予定。今月は日払い。拾い物で生活費が浮いても浮かなくてもこの値段と指定されていて私にはそれが高いのか安いのか不明。

 私は払っていなかったけど他の従業員が菊屋に払っていた住み込み基本代を日割りにしたより安いから安い気がする。


「私は家計も覚えたいです。実家の家計は知りませんし食事と部屋代は無しというか手習講師代に含まれていましたので」

「置き屋では講師もしていたんですか」

「ええ」


 菊屋と言いそうになって慌てる。慌てなくて良いのか。むしろ話した方が良さそうというか嘘つきのままは嫌だな。今日にでもネビーと相談しよう。


「家計を考えるにはまず物の値段を覚えないと。お嬢さんには色々珍しいみたいだからデオン先生への挨拶後にゆっくりお店を見て回ると良いですよ。昨日はいつもの調子で買い物してしまったんで。米以外は大体割増って話は忘れないように」

「はい。売れ行き、仕入れ、機嫌、天気? 客足は売れ行きですね」

「客層です。だからそういう格好だと値切れなそうだけどそういう時は前の客はこうでしたって主張」

「はい。お金がないと悲惨な目に合うのは良く知っているつもりなので励みます」


 無駄遣いは禁止で身の丈に合った生活をして必ず貯金。それは家出した時からの自分への約束事。

 家計もだけど献立やお弁当の中身を考えないといけないとエルとの会話で発覚。


「住み込みだけど台所にちょこちょこ出入りしていたから手つきは悪くないんですね」

「買い物をして値段を把握するとか献立などは頭に無かったです。箱入りはダメですね」

「前の職場にここの長屋を紹介されたなら私みたいなお節介オババがいるって知られているか調べてくれたんでしょう。そういう働き方をしていたんでしょうね」

「いえ。でもそうだと思っておきます」


 部屋の前に置いた七輪で一昨日レイが釣ってきて川で冷やして置いたアジを塩焼き。2匹を半身にしてレオ、ロカ、ジン、ルカのお弁当分。

 ふと見たらネビー達は居なくなっていてエルに聞いたら「ネビーは鍛錬でしょう」と言われた。

 お弁当はご飯、梅干し、アジ、ゆで卵半分に青菜のおひたし。炒め物とおひたし用に分けたのはこのため。ゆで卵は斜めに包丁を入れると花の形になるそうで挑戦。

 昔はたまごなんて中々食べられなかったけど今はもう貧乏とは違うから昔食べられなかったものはケチケチしないで食べるそうだ。

 私は東地区のたまごと違って殻が青白いことが気になっていてそれを話したら「南青白たまごってことだね!」と言われた。影響されてしまいそう。

 ゆで卵は昨日まとめて作ってこちらも川の水の中に沈めたカゴの中で保存していたもの。氷蔵がないから川の水が冷たい時期はそうしているという。

 お味噌汁の出汁にした昆布は佃煮にするから捨ててはいけない。

 

「昨日よりも沢山料理に参加しましたし人生初のお弁当が出来ました!」

「初めてですか」

「はい。家出してからは外食目的で出掛けない限りは住み込み代に入っていてもったいないので食事をしてから出掛けたり間に合うように帰宅していました。あとおにぎりは割といつもありましたし作れましたのでおにぎりを持ってお出掛けでした」

「家では自分で作ったことはなかったのですね」

「台所は使用人の領域でしたし空き時間はなるべく稽古でしたので」

「……使用人がいる家だったのですね」

「……はい。少しです」


 ご飯を冷ましておくためにお弁当の蓋はまだ開けておく。それで皆で朝食。天気にもよるけど料理と洗濯はエル、ルカ、ロカで交代しつつエルがなるべく家事担当。

 私はまず料理関係。仕事を始めた時からの洗濯は無理ならエルに任せる予定。デオンのお屋敷預かりになった時もまず料理関係からという話をした方が良いと言われた。

 洗濯の仕方を見て裁縫や掃除の話を私から聞いてそう考えてくれたらしい。確かに菊屋で足りていなかった生活練習は料理買い物系だ。他は自分で出来ていた……はず。最初は大変だったなと少し遠い目。

 普段の食事はルカとジンとジオは自分達の部屋でなので今日はエル、ロカ、ネビー、私の4人で食事。ネビーは一昨日着ていた着物姿。

 レオは今日はロカのお見送りがないから寝かせておいてあげるということで襖の向こうでまだお休み中。


「娘はルーベル家や女学生で学んでいますけどさらに品が良いからロカの手本になるのでここ住まいを認められると嬉しいです」


 食事中にエルにそう言われた。そのエルもわりと品が良いと思うのでおそらくルーベル家と親戚付き合いをするためにどこかで学んだか直接学ばせてもらったのだろう。

 彼女もルルと同じく豪快と繊細の同居で、ルルより溌剌元気な長屋風だと私は感じている。


「お母さん、先生がお兄さんと結納したらそれは学校で自慢しても良いと思う?」

「それはダメだ。お隣さんだから仲良くしてもらってるって言いな」

「やっぱり。でも昨日もう新しい先生がお隣さんになったって話ちゃった。えへへ」

「先生イビリが起こったら私に告げ口するんだよ。前の気の弱い先生みたいにならないように」

「はい」


 ……。先生イビリがあったの⁈


「そうだネビー。ルカとジンの昼食代を寄越しな。あんた稼いでるし1大銅貨」

「ん? 別によかだけどなんで? そこの棚に弁当並んでない?」


 私もエルの発言に首を傾げた。


「ウィオラさんが弁当を作ったのが初めてと言ったからあんたとウィオラさんの分にしようと思って。せっかくだからどこかで食べな」


 気遣い!

 

「おお、気が利くな。払う払う」

「よく考えたらあんたが特定の相手にふしだらになっても嫁にきてもらうだけだから海でも山でも川でも花畑でも連れ込み茶屋でも好きなところに行ってきな。他の女との扱いの違いはもうよく分かった。昨夜は何人泣いたことやら」

「げ、げほげほっ。おい。やめろ。やめてくれ。俺に都合の良い話をするな」


 エルは肩を揺らしてすまし顔。私はもう食べ終わっていたので慌てて後片付け。

 9時の鐘が鳴ったら出掛けるので後片付けの大半はエルに任せてルカと洗濯練習や布団干し。身支度とお弁当とお風呂屋へ行く準備。

 水瓶の蓋、部屋の鍵よし!


 女学校まで約2時間徒歩という子もいるそうだけど私達はここから約30分少しの予定。ネビーとロカの3人でエルに「行ってまいります」とご挨拶をして出発!

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