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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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 灯りが照らす場所でネビーに「近々結納する恋人になってくれたウィオラさんです」と紹介されて私も軽くご挨拶。私はもう恋人なのか。そうなのか。知らなかった。嬉しい。

 ではなくて私は半年前にネビーに文通お申し込みをされて半結納した相手という設定だった。色々あり過ぎて忘れてた。なのに忘れっぽいネビーは覚えているみたい。近くの人達に秋から文通していたとか説明している。


「結納前なのにこのようなお祝いの場を設けていただいたお礼に特技で皆様へお礼と楽しみを提供したいと思います」


 近い人には聞こえているだろうけれど無視してワイワイしている人達もいる。つまりこれは道芸だな。

 まずは1曲ネビーとの出会いの曲の積恋歌(つもるこいうた)を披露。少し編曲。込める気持ちは勿論喜び。最初は曲だけで次は歌付き。

 騒ぎが静かになっていったので三味線に持ち替えて立ち上がって軽く舞を披露。

 かなり注目されてきたところでこの人を想い人と設定して名残惜しいというような仕草や表情で長屋の裏手側へ移動。

 そこそこの拍手をいただきましたが今のは肩慣らし。前座はこれで終わりでここからが本番。今夜は三味線と歌と舞で勝負。勝負って私は何と闘っているんだか。


「本当に屋根に登るんですか? 練習もしていないのに不安です。まあしっかり守る自信はあります」

「これだけ傾斜がなくてネビーさんという安全装置があるから安心です。舞台で似たようなことをしたことがありますから練習済みです」


 合間机が埋まっているなら選択肢は1つだけ。屋根の上だ。ネビーに先に梯子で登ってもらって次は私。足場を確認。話を聞いたし予想通り問題なし。

 帯に縄を結んでもらったので常に一緒に動いてもらって後は信頼。

 ネビーが断らなかったということはいざという時に私を助ける自信があるということで本人も「自信がある」なので問題無し!

 彼は安全装置兼任提灯係。提案したら屋根の上で遊びまわってきたから出来ると言われた。身をかがめて鈴を鳴らす。


 シャラン。


 少しずつ音を鳴らす速さを変えておそらくもう注目されたなという頃に屋根の上に立った。

 いきなりは始めない。何? 何が始まるの? という気持ちを集めて期待させてから三味線を奏でて歌を始める。

 初華蝶行列再演どころか1人陽舞伎(よぶき)。またの名を1人歌劇。合間に踊りを入れるから陽舞伎(よぶき)らしいけど芸は山のようにあるから境界線は曖昧。私は私で独自研究、披露してきたし。

 昨日いた方々、昨日とは全く違うでしょう?

 愛想笑いでゆったり歩いて流し目。1人だけには憂い顔を向ける。

 表情で伝わらなくても仕草で伝えようと努力するのが役者。私は役者ではないけど菊屋でもはや役者と言われてきた。

 演出用の相手を引き剥がすように見ないようにして、恋焦がれているというようにその1人を見つめてまた顔を背けてその他大勢に愛想笑い。


「連れ去って」


 こちらも少々編曲なので相手役の心情は無視。


「連れ去って」


 よしよし。気がついた人がいて本人も動揺している。実に愉快。


「何でもない」


 今ならこの場面の主役女性にうんと共感出来る。ネビーと理不尽に引き離されると想像したら……簡単に涙が溢れてきた。痛い。胸が痛い。痛過ぎる。


「何でもない」


 この曲に相応しい震え声が出たのでよしよし。

 引き離されるだけではなくて好きでもない遊び慣れた年寄りに抱かれる。

 花魁を目指せる遊女の最初の客はそういう遊楼(ゆうろう)が信用している手慣れた金持ち男。

 そのような知識は花街に乗り込まなければ知らなかった。歳がかなり上の男性……いた。

 彼に抱かれると想像したら軽い目眩。助けて、という気持ちを込めて勝手にきめた相手役を見てまた愛想を振りまく。

 待って、みたいに彼が前の方に出てくる。釣れた!


「何でもないと言い聞かせては」


 彼に誰のも見せたことのない素肌を見せると想像したらさらに涙声になってしまってついにポロリと涙が流れた。

 行列は終わりで折り返して変曲。艶かしくは私には難しいけれど陽舞伎(よぶき)役者の女役や春画などの映像を総動員。

 そういえば悲劇ものもあるのになぜ陽気の陽という字を使うのだろう。


「つのる、積もり」


 今のときめきって毎日増えていくのかな。まだ見ぬ世界。

 悲しい現実は終わりでせくらべと違って今度は明るい未来を手に入れたというように動き、歌い、演奏する。


「瞳の星空はあなたの空」


 好意で瞳が曇って相手の何もかもが光っているように感じるのは今日理解した。

 海蛇王子は人の時も海蛇の時も頭上に広がる星空と同じ空のような輝く瞳をしていてそれで歌姫は「彼だ」と分かる。

 私はネビーが蛇になったら見つけられるかな。見つけたいな。きっと怖がらないで触れる気がする。演出用に想い人と設定した彼しか見えないというように歩く。もちろん目を惹く動きを加えながらだ。


「つのる、積もり、行きたいわ」


 悲恋なんてゴメンなので曲を混ぜている。


「つのる、積もり、行きたいの。つのり、積もる……」


 恋する男性はあの人は変更。足を止めて振り返って腰を落とした。お客様にお尻を見せるものではないけれど道芸ならお尻側にも人はいる。

 私の音楽に新しい彩りを与えてくれた人へ感謝。ではなくて単に見たいだけ。

 惚れ惚れして夢中になってくれますように。


「あなたと……生きたいわ」


 私が手を伸ばしたい相手は貴方だけですという気持ちを込めて腕を伸ばす。溢れそうな気持ちで十分な気がするけど今日浜辺で歌姫の気持ちにのめり込み過ぎた時の心境も追加。

 私を光苔沢山の提灯で照らすネビーは固まって見える。触る練習。触りたいだけ。

 立ち上がってつんつん、と彼のほっぺたをつついて急いで彼に背を向けてお客に向かってお辞儀。

 拍手が始まりそうな気配をベベベンッと音で遮る。今度は軽やかに動く。


「本日は私にとって新年も同然です。お正月などのお祝いの日の舞台、初獅子踊りで締めくくります」


 さあ皆歌って踊って楽しんで。屋根の上で獅子踊りは出来るかな? って思ったけど出来た。掛け声はもう自分勝手。


「飲んで飲んで食べて食べて笑って踊って今日は新年さあおめでとう!」


 しばらく色々しておめでとうと言いたくなるように煽る。


「そちらの方も」


 はいどうぞ、と手を差し出せば「おめでとう!」と乗ってくれた。楽しげに踊り出している子どもは狙い目。素直で愛くるしいから乗せ放題。


「あちらの方へ」


 おめでとう!


「そちらの方も」


 おめでとう!


「今日からこちらの長屋は縁起良し!」


 下街の人達だから乗りが良いみたい。眼前がわちゃわちゃしていて楽しい。とても楽しい。


「皆様本日から(わたくし)ウィオラをよろしくお願い致します。結納相談結果次第ではすぐに去ってお屋敷預かりですがその際は遊びにきます。蛙や蛇や虫から助けて下さい。男性の方はどうか衣服を脱がずにお願いします。恥ずかしくて倒れます」


 暑いからか脱ぎそうな人がいたので付け加えた。ベベベンッと終わりの合図。

 いつの間にかひらり、ひらひらと桜の花びらが舞い落ちている。この近くに桜の木はあったっけ?

 あるのだろう。桜舞い散る月夜に眺めたいのは……振り返ってネビーに「終わりなので降ります」と声を掛けた。

 大歓声と大拍手に「もっとやれ」と要望が出ているけど手だけ振って無視。

 今日は1日複数回公演でさらに屋根の上舞台は緊張感たっぷりだったのでもう疲れた。

 恥ずかしいからあとは部屋に逃亡しよう。


「ネビーさん?」

「お」


 お?


「俺も生きたいです」

「…… 春霞たなびく山の桜花見れどもあかぬ君にもあるかな。お返事です」


 春霞がたなびいている山の桜はいくら見ても飽きないのと同じでいくら逢っても貴方には飽きません。

 はずかし!

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