27
長屋へ帰宅するとネビーは家族を集めて私達のことを報告。話はかなり端折られた。
ネビーが私を口説きたいと思ったから私に良いか聞いて良いと言われたのでガイとテルルに相談。話し合った結果結納することにしたので東地区の私の実家へお申し込みに行きます。
長屋でお隣さんは非常識と言われたら私をデオンのお屋敷へ預けるという提案をする。そういう話をして私の素性や漁師のことなどは省かれた。
それで誰も「どういう家のお嬢さんなの」とか「身分証明書」みたいな話をしない。
こういう人達は騙されそうだからネビーにコソッと尋ねたら「卿家ルーベル家への信頼です。なので気にしなくて良いのと本物お嬢様だとド肝を抜かして話にならなくなるので日を改めて」と告げれた。
このコソコソ話の時に「結納前に触ろうとするな」とレオに怒られたのはネビーという理不尽さ。
「ガイさんとテルルさんと共に話し合って決めてガイさんがわざわざ東地区まで同行して下さるなら何も心配ない。心配はウィオラさんがネビーに愛想をつかさないかだけだ。結納中も祝言後もずっと心配。ウィオラさん、息子を嫌になった時は自分達にすぐ話して下さい」
自慢の息子ではなくてずっと心配って……。このような経歴や人柄の男性は滅多に出会えないと思うのに……。自分の息子だから立派さが分からないのだろう。
ネビーの父レオに頭を下げられた。
「デオン先生がお預かりして下さるなんて安心です。ネビーは果報者だ。先生を裏切ったり名誉に傷をつけたら切腹させるからね。直せるところは家族総出で直させるので見捨てないで下さい」
次はエルにも頭を下げられた。なんだかおかしい流れ。
「常にウィオラさんの味方です。あなたが浮気してもまず息子に問題がないかを疑います。本気の浮気はもう仕方ないので離縁ですけど憂さ晴らしとか寂しいからとかでよそ見の場合は息子のせいです」
立派な経歴で国に人柄を評価されているネビーの両親なのになぜポッと出の私の味方なの?
「兄が色恋遊びをしたら夫と義兄のロイさんがボコボコにします」
「6番隊の隊長さん達にもお仕置きしてもらいます」
ルカとレイまで私に頭を下げた。
「俺やロイさんでネビーをボコボコになんて出来るかな? 無理だからデオン先生とリヒテン先生にお願いに行って代行してもらいます」
ジンも頭を下げたのでこれで全員。私は「いえあの」とか「そのような心配はしていません」と頭を上げて下さいと頼み続けている。
なぜネビーより私が信用されているのか理解不能。おかしい。
「そう育てられたので浮気はしないはずですけどバカやぼんやりとか忘れっぽいとかは家族がこのように叩き直したり注意してくれるので安心して下さい」
この発言でネビーへの悪口合戦が始まってしまった。「まあまあ」みたいなジン以外がネビーの欠点をあげてこうしろああしろとお説教大会。
「浮気をしないはずではなくてしないと言え」とか「欠点を家族に直される前に自ら改善しますと言え」とか揚げ足取り。厳しすぎる。ネビーは当たり前みたいな顔で「確かに」と大笑い。
彼の主な欠点は既に知っているような話でこんなに怒ることではないと思うのになと私は少々オロオロ。
「出発までのウィオラさんはどうしようか」
「あんたそりゃあ私と同居だ。あんたはネビーの見張り。結納前に馬で連れ回すなんて不道徳だから隣で仕事をして勉強させといて」
ついて行ったのは私だけどな。
「私が自らついていきました」と発言したけど声が小さかったみたいで無視というかレオの声にかき消された。
「職場に連れて行って勉強させとくか」
「今日も手を出していないし祝言までそう。そこそこモテるのにやかましい教育と過剰な常識を律儀に守って女知らずでここまできている息子と祝言前に手を出して俺を作った親父を一緒にするな。新婚旅行前に子どもが出来てどこにも行けないのは嫌とか我慢する理由はある」
こういう話は今後も何度も聞きそうだから慣れよう。というか慣れるしかない。
それで「何で手を出してくれないの?」と思った時もこの話を思い出せば良い。
「そこそこどころじゃないけどね。泣いて諦めた女性の多さを知らない鈍感。博愛主義だけど色恋だとちっとも釣れない冷徹男。これで少しは楽になる。探りにきたり私にすり寄ってきたり大変大変」
「ネビーが釣れなく振った女は口説き時らしいからええんだけど私達巻き込まれで面倒だったよね。それにしてもしばらく自覚しないに賭けてたのに負けた」
ルカとレイがお金のやり取りを開始。と思ったら全員参加。ルカの1人勝ちみたい。
「新婚旅行の話までしたとはトントン拍子だね。いいなぁ。リルから聞いた限り華やぎ屋の本館の部屋は皇女様の部屋みたいらしいからそこで結ばれるとか夢がある。新婚旅行ってネビーのことだからエドゥアールでしょう?」
ルカの発言に「ジオの半元服で別館に泊まれるように励む」とジンが微笑みかけて2人は甘ったるい雰囲気。
2人の間で正座をしていたジオがもう飽きたみたいな顔であぐらになってジンに「もう少し頑張れ」と頭を撫でられた。
結ばれるって……けほけほと咳き込みそうになって耐えたらむせてしまった。
「大丈夫ですか? 突然どうしました?」
「だい、大丈夫です」
ネビーが私の背中をさすってくれようとしてエルが「あんたは触るな」と代わりにさすってくれた。
そのくらい触られても良いんだけどな。いや背中なんて着物越しでも恥ずかしい。エルが正解。
「話はもうないみたいだから宴会準備をしてくる」
「私も行く」
「私も行きます」
こうして話し合いというか報告会は終了。料理の中心になってくれるレイと共に他の住人達に混じって料理。
他の部屋の人達も食べ物やお酒を持ち寄ってくれるそうだ。
気がついたら人が増えていて合間机に料理を並べていたらネビーが井戸の近くで彼くらいの年齢に見える男達に囲まれていた。
「お前ら呼んでねえのに来るなよ。それか酒くらい持ってこい」
「うるせえ。そりゃあ持ってきた。あの中の誰だ噂のお嬢さんは! ネビーのくせにお嬢さんと半結納って嘘だろう!」
「馬に乗せて見せびらかしたのはどの娘だ! 女を口説いていたなんて話は知らねえぞ」
男性が沢山。1人だけ大工のガントだと分かった。
「こんばんは。ネビーが半結納浮かれ会をするって聞いたんできました。差し入れと酒です」
「ちらし寿司を作ってきました」
エルがネビーくらいの年齢の男性達に話しかけられている。それでそこにさらに人が増えた。どんどん増えてない?
若めの女性も増えている気がする。ルカに「ネビーの女って誰?」と聞いた女性もそうだ。ここの住人だった気はしないので噂を聞いてきた人だろう。
「とっくの昔に諦めて結婚したんだから誰だっていいじゃん。まあ居れば分かるよ。宴会だから参加するなら何か持ってきな。無料食いして私の姉候補をイビるのは許さないよ。姉だけど年下なんだよねぇ。性格もなんか妹」
「若い女にいったんだ!」
ルカの周りに若い女性達が集まっていく。若いけど年齢幅はありそう。どこから何を聞いてきたのだろう。
「今年22歳だから5つ違い。私も4つ差だから同じような感じだし若過ぎる! とかじゃない。元服したばかりみたいなのじゃなくて安心した。ネビーは本当に宣言通りお嬢さんにいったんだよ。もはやお嬢様。蛙も触れないで大泣きしちゃうの」
黙っているけど心の中で呟く。大泣きしていません。
「そんなのここで暮らせないじゃん」
「泣きながら掴んで放り投げたって」
黙っているけど心の中で呟く。掴んでいません。これだと輝き屋や実家と私の噂もねじ曲がっているな。
ガイがサラッと調べた限りではたまになのか毎日なのか分からないけど見張り話は真実味があるけど武者修行説は尾鰭かもな。
「ふーん。根性はあるんだ」
「そういうところが良いみたい。お嬢様だけど長屋風に挑戦してくれるところ」
「長屋にお嬢さんなんて明らかに嘘だからネビーの地位や金目当てってことでしょう? それを言いにきた。お嬢さん演技や見た目に釣られたんだか知らないけど絶対悪女だって」
「ポンッて琴を買うし身なりもどう見ても小金持ち。あんたは浴衣で街を歩くなんてはしたないから恥ずかしいって真っ赤になれる? 憧れの長屋生活みたいでそこの河原を観光地だって。豆腐屋も知らなかったんだよ」
「えっ? 観光地? っていうか浴衣で歩くのははしたないって何?」
「そういうこと。悪知恵働かせて演技しようにも私達には本物お嬢さんの知識がないしあの仕草や言動は真似出来ない。はしたないけど慣れるために浴衣でお風呂屋に行きます! って言いながらコソコソかくれんぼ。見かねたネビーが大事な隊服羽織をあげた」
嘘! と悲鳴みたいな声があがる。それから「本当のお嬢さんかも」とか「あの羽織をあげるって余程だ」みたいな話が始まった。
「半結納って連れてきたけどもう結納予定で問題なければ来春祝言だからご愁傷様。イビったらルルが根こそぎ男を拐して捨てまくるからね!」
「自分の権力で脅しなって! ネビーに言うぞ、ルルに言うから、お母さんに言うからってルカは昔からさぁ」
「本当ルカは昔から1人じゃ何も出来ないよね。男なんて取ったもん勝ちだから誰にも文句を言わせないよ。ネビーが振り向いたら旦那を捨てる女も多いしね。私だけど。子どもごと可愛がってくれそう」
若い未婚女に譲れ、みたいな話題で大盛り上がりしている。それで若そうな女性の何人かは泣き出してしまった。え? あんたそうだったの? とか言われていて忍びない。まあ譲らないけど。
「私は妹だから男としてどう良いのか分からないし夢見るのは良いことだけどけど縁のあった旦那様を大事にしな。納得出来ない人達も見たら諦めつくよ。こういう人が好みなのかって」
ルカのこの発言で「すこぶる美人なんだ!」と誤解が始まってしまった。
モテてる。ネビーは男性にも女性にもモテている。しかも年下や同年代だけではなくて年配男性も年配女性も増えている。
私はレイにくっついて料理の手伝いや配膳をしながらコソコソ隠れ中。
「ウィオラさん? ウィオラさん! ちんまりじゃないのにどこだ?」
ネビーの大声で他の人達も私の名前を呼び始めてレイが「私のところ! レイのところ! かまど!」と返事をして「かまどのところだって」という会話が飛び交いネビーと再会。
「なぜか人が増えまくりです」
視線が凄くて声が出ない。誰がどう見ても原因はあなたですよ、と心の中で呟く。恥ずかし過ぎて声が出てこない。長屋の住人達の一部を予想していたのにこのような大人数とは予想外。
「まあよくあるんで。長屋あるある。無料飯目当てで来たのに逆にむしり取られる的な。長屋の母ちゃん達とか親父達とかが土手の階段周りで宴会して余所者に絡んで強奪。驚きなんですけどロイさんがご友人と来てくれたので紹介します」
隣同士で歩くからすごい視線に冷やかし。お顔が見えないから照らせとか言われている。
「お嬢さんらしいぞ。確かに歩き方からして違う」
「手を前で合わせて歩いてる」
「あの感じで泣いて蛙を蹴飛ばすって本当か?」
ヒソヒソ話が聞こえてくる。
「蛙を蹴飛ばしたって誰が言ったんだアホ。へっぴり腰で棒を使って運んで少し投げただ」
通り過ぎるのかと思ったらネビーは足を止めた。
「あっ、ネビーが反論してきた」
「似合ってなくね? お嬢さんにネビーって……お前今夜こそお洒落ネビーになれよ」
「あの大事な着物で揉みくちゃにされたら困る」
ネビーは揉みくちゃにされるんだ、と思ったらもうされた。肩に腕を回されて髪の毛をぐしゃぐしゃにされている。
「お、おやめになって下さい。これから大事な方と会います」
「お」
お?
「おやめになります。はい。へへっ。っ痛!」
「はい。おやめになります」
「今のもう1度……っ痛!」
ベシンッとネビーが友人らしき男性の頭を叩いた。もう1度って何?
「お前達は嫁に告げ口するぞ」
「うるせえ!」
「アホしか居ないので行きましょう」
「俺達を彼女に紹介しろ!」
「ロイさんとヨハネさんに紹介するから後でな」
「それは大事な方だ。悪かった」
「おう、また後でな」
私は色々とお嬢さん。ガサツになったと思うけど違うみたい。自分のことは自分では分からない。
ネビーの部屋の前にそこそこ身なりの良い着物姿の男性が2人ピシッとした姿勢で立っていて私を見ると綺麗な会釈をしてくれた。
優しげな狐みたいなお顔の男性がロイで猫っぽいお顔の男性はヨハネ。
ヨハネはロイの高等校からの友人で今はご近所さんだと紹介されて2人からお祝いの言葉をもらった。
結納前で上手く結納出来るか分からないのに「結納おめでとうございます」である。ロイは事情を知っているのになぜ?
「自分以外の家族全員がお会いしたようなのでご挨拶に参りました。兄を見捨てずに歩み寄っていただけると嬉しいです」
「ロイさんが年も書類上も兄なのにまたそれ。だから俺に長男は務まりません」
「気楽な次男の座から退くつもりはありません」
「はいはい。無駄ですって。どうせ酒を飲みに来たんでしょう? 今回も酒屋が来たから美味い酒があると思います。明日も仕事なのに大丈夫ですか?」
「ほどほどにしてリルさんに叩き起こしてもらってヨハネさんにも引きずっていってもらいます」
「ネビーさんその通りです。ロイさんはまた珍しい酒があるのではないかとウキウキしています。自分は日頃のお礼にロイさんを明日の朝無理矢理出勤させます。軽く飲みますけどほどほどにします」
「自分もほどほどにしますよ」
無表情気味のロイと気さくそうなヨハネは同僚だそうだ。ロイはお酒好きと覚えておこう。
ロイとヨハネは同僚なのでどちらかが遅刻しかけてもどちらかが引きずっていくらしい。
「妻がクララさんに聞いて自分も聞きました。自分は幼少時から琴を習っているので少し噂を聞いたことがあります。演奏を聴いたら帰ります」
「ルルさん達の部屋にリルさんとユリアとレイスにクリスタさんとクララさんも居ます。アルトさんは子守りで留守番です」
クリスタはヨハネの奥様で部屋の中で紹介された。5人とももう食べたり飲んでいる。
ロイとヨハネはネビーの部屋を使うそうだ。
「明日お仕事のあるロイさんとヨハネさんのために先に演奏しますか?」
「それがよかだけど問題は場所ですね。昨日みたいなのは無理そう。机の上には向こうまで色々乗っています」
合間机でもゴザの上でも宴会が始まっている。単にネビーの噂と宴会話にかこつけて騒ぎに来た人もいるらしいから大人数だそうだ。多分ネビーの認識違いだと思う。
初めての光景でワクワクしているしもう楽しい。夜で暗いのと紹介するためだからかネビーとの距離が近いのもドキドキして嬉しい。
「ネビーさん黒子を出来ますか?」
「くろこ?」
ネビーに思いつきを説明。
「照れ屋や恥ずかしがり屋は一体どちらへ消えるのかすこぶる不思議で愉快です」
「舞台は慣れています。他の照れは慣れていないせいです」
井戸と合間机の間にゴザを敷いてもらってネビーに琴を運んでもらい灯りなどを頼んだ。
自分の部屋で着物を変えて髪型も変更。化粧も濃くして目元には派手な赤。
薄顔隠しと恥ずかしいから素顔隠しと単に演奏をより華やかにという意味で。帯も前で結んで派手にした。
部屋から出て鍵を閉めて三味線を持って深呼吸。この高揚感が好きな私はやはり芸者だ。




