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クララが帰宅後、17時の鐘が鳴ってしばらくしてルーベル家当主ガイがテルルとネビーと共に帰宅。ガイは仕事を早退してくれたそうだ。
私は再びネビーと下座に座って私の反対隣にはリルが正座。上座はガイとテルル。ご挨拶をしたらすぐに本題。
「妻とネビー君が職場に来るなど何事かと思いました。話は妻と息子から聞きました。サラッと南地区内で何かあるかと調べましたけどムーシクス総宗家当主から私兵派遣の依頼がありました。花官3名への個別依頼です。詳細までは調べられていません」
ガイは煌護省南地区本庁勤務だから調べられたのだろう。私はクララから聞いた話と自分の推測を彼等に説明した。
花官の1名はこの人かもという女性は遣り手のハオラが怪しい。
私が菊屋へ殴り込んで3日後に働き始めて話しかけてくれた女性。姉みたいだななんて思っていたけど見張りの可能性。
たまにソヌス屋の遣り手のハオラの妹2人も「応援」と来ていて私に最初から気さくで優しかったから休日交代かもしれない。
テルルに実家にはそれなりのコネもお金もあると指摘されたけど私はそのことにすら気がついていなかった。
「ご実家は貴女が芸者として活躍することを望まれているかもしれませんがどうされますか?」
私の隣でネビーは険しい表情というか無表情気味で眉間にしわ。彼は今何を考えているのだろう。
分かりやすい人と思ったのに分からない。私が私を信じられなくなってきている。
「気がつきましたが私は亡き祖母の思想に影響を受けています。亡き祖母は我が子や孫の教育中心。それから門下生に琴を教えつつたまに舞台でした。今日私がネビーさんに話した希望とそっくりです。女学校で教えつつ舞台にも立ちたくて家事も半分くらいしたいと。私は欲張り者です」
チラッとネビーを見たら眉間にシワが消えて目を丸くした。私が実家で芸者の道を選ぶと思ったのかな。やはり分かりやすい。喋ってくれれば本心を知ることが出来る。
「地元地域、下街の方々に広く聴いてもらって音楽の知識がない人達にも感動を与えたい。それこそが本物の演奏。思い出しましたがそれが亡き祖母の信念です。既にそのような道を歩いています」
「妻から漁師達やかめ屋で演奏を披露したと聞きました」
「花街から飛び出してすぐ長屋で演奏、浜辺で演奏、かめ屋で演奏です。結納後にこちらの町内会の講堂で自己紹介を兼ねた小公演も希望しました。セヴァス家のクララさんに望まれまして即承諾です」
また私はチラリとネビーの反応を確認。照れ顔なので「実家へ帰るよりこの地で生きてくれるとは嬉しい」という気持ちかな。
分かりやすいと思うけど後で本人にきちんと聞こう。話を聞くこと、尋ねること。私に足りていなかったことだ。
「口説き落とす時間もなく袖にされるのかと思いましたけど俺は喜んでいいんですよね?」
少し顔を覗き込まれて照れた。あまりにも嬉しそうな表情だから胸がキュッと苦しくなって甘ったるい気分。砂糖を口に大量に入れたみたい。
「私は生活に支障のない範囲で舞台に立ち続けたいです。自ら名を売るつもりはありません。ただ多くの方々へ音楽を届けたい気持ちが大きくなった時にどこかへ招かれたらそこへ行くかもしれません。海は海でも西地区へとか」
これだとネビーからの問いかけに対する返事になっていない。
「今後のことは分かりませんよね。俺も研修視察みたいな話で仕事で旅行とか属国視察部隊で異国に少し滞在と思うことがあるって話を彼女にしました。他の地域で舞台に立つことがあるなら護衛兵官としてひっついていくとか何かありそうです」
俺はこの地で出世して地区本部隊長に登りつめるから家から離れないでくれ、ではないんだ。
「ウィオラさん何ですか? 俺はバカで勘違いをするかもしれないので言いたいことは言うて欲しいです。なるべく直接的に」
「私の気が変わって我儘を言い出した時にご両親や地区本部隊長のことは良いのかと思いました」
「その時どう思うか知らないですけど今の段階で考えると心配だし寂しいし近寄りそうな男がいたら追い払って隣で口説き落としたいので出世は別に。両親には他の家族も地元住民もいるので瀕死の病気でなければとあと試験当日でなければ」
「……このようにその時その時に話し合ってお互い譲り合いたいと思っている方ですので私は結納話を進めていただきたいです」
「おお。口説き落とす時間が出来そうで良かったです」
「……その。気になっているのですが口説き落とすとはどういうことなのでしょうか」
「えっ? そのままです」
「ゆ、ゆ、結納したいですというお返事は落ちたとは異なるのでしょうか……。しゅ、祝言日の目標も設定しましたし……」
あけすけないのがうつってきてるかもしれない。恥ずかしいから2人きりの時に聞けば良かった。
「確かに。ああ。気が変わらないようにし続けるの方ですね。口説き落とすではなくて口説き続けるだ」
気恥ずかしそうではあるけどネビーはニコニコ笑っている。ガイとテルルは私達から目を背けて気まずそう。2人ともお顔に照れが滲んでいて唇が震えている。
「か、か、家族にこの気持ちを伝えて尊重してくれなければ例の漁師の話で脅します」
私とネビーの物語が生まれるのならオチは幸福が良い。新たな悲恋話誕生なんてゴメン。
「ふふっ」
私はつい笑ってしまった。羞恥心が膨らみ過ぎて弾け飛んだのかもしれない。
「ウィオラさん?」
「結納に反対されたら漁師が激怒なんて事実でない、嘘くさいと言われそうです。漁師が激怒しなくても脅したって場面が作られそう」
「場面? 何の話ですか?」
「えっ? いえ。あの。新作品の題材にされそうだなぁと。お約束ばかりなので。あの、作品作りのために泳がされているかもみたいな考察を先程お話ししたと思うのですがその話です」
「サラッとだったのでどういう意味なのかよく分かっていなかったです。後で聞こうかと思っていました」
それなら、と私はネビーに邪推を語ってお約束話も説明した。
「浮絵になっている本部兵官が現れて色恋場面って……ええっ。オチは悲劇と喜劇と選べますか? 先に喜劇にしてもらえたらなぞるだけです」
「それなら私が作って自分で喜劇にします」
「とりあえず今日気合いを入れて口説いて良かったです。下手なことをしたら変な場面を作られます」
「い、言いふらしませんし実体験は入れません」
「へっぴり腰で蛙や蛇と格闘は入れるべきですね。笑いを取る場面はきっと必要です。カニと戯れたり他にも色々」
ネビーはクスクス笑い出してお腹を抱えてしまった。何を思い出してこんなに笑っているのだろう。
「そ、そのように笑わないで下さい」
「笑います。楽しいですから。あはは」
カニと戯れってこんなに笑うほど楽しかったことなの?
私は楽しかったけどこんなに愉快そうには笑わない。楽しいではなくてネビーは何かを思い出して面白がっている。
「オホン。花官への依頼だと現在は誰も護衛や見張りはいないかもしれません。漁師の件で急ぐので調査しません。ムーシクス家へのご挨拶と結納話は自分とネビー君とウィオラさんで行いましょう」
「ガイさんよろしくお願いします。ありがとうございます」
ネビーは急にピシッとしてガイに頭を下げたのにチラッと私を見て肩を揺らしてニヤニヤ笑い。
嘲笑うような笑みではなくて悪戯を思いついた、みたいなお顔。……なんだか幼い子みたいで愛くるしい。こんな感想を抱く私の頭はおかしい。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「自分の休みの関係で水曜日の仕事後に出発します。ネビー君の休暇に関してはこちらでもう手配中です。休暇というより東地区視察です」
ネビーは毎日歩いているだけで地区兵官として働いているような性格だから視察という名前の旅行は簡単だったと口にした。
旅行の服装が制服になるだけらしい。煌護省勤めの職権濫用?
ネビーの日頃の行いらしい。東地区本部で少し働くみたい。
「男2名と女性1人とは非常識ですのでネビー君のご家族から2名帯同させたいと思います。妻の提案した通り結納品は無し。代わりに今回の旅費をお願いします。常識の範囲の宿に泊まります」
「お金は全て私がお支払い致します」
「それはまた後で。ガイさん、我が家から2名ですか? 両親ですか? ガイさんの話の腰を折りそうです」
「ルルさんとレイさんだ。ルルさんは時間に融通が利く。ルルさんに縁談話の見学や勉強をさせたい。リルさんがぼんやりで心配なのでルルさんには我が家に濃く付き合って欲しいと以前からお話しています。レイさんは東地区料理盗みでかめ屋が喜ぶからです。それでいて2人とも兄の話を出来る」
かめ屋に明日泊まってみようという話はこのままで良いのだろうか。
実家で想像もつかないようなゴタゴタに巻き込まれてネビーと引き離されるかもしれないからその前に素敵な部屋で手を繋がれるくらいの思い出が欲しいけどな。
「ウィオラさん。長屋で隣人同士をご両親に拒否された場合は女学校へ通い辛くないネビー君の師匠のお屋敷でお預かりしていただくことになりました。女学校の臨時講師で支払える生活費の範囲で引き受けてくれました。我が家の離れだと常識的ではありません」
「明日ウィオラさんを改めて紹介しに行きます」
これは不満。お隣さんで毎日お見合いから変更だなんて。両親を説得するか長屋生活をすると押し通そう。
「稽古にしょっ中行きますしデオン先生が中官試験の勉強をお屋敷でどうぞと言うてくれましたので沢山会えます。長屋周りで蛙や蛇と格闘や若い女性にやっかまれたり男が見にきたり上半身裸どころか褌姿に遭遇もしません」
「ネビー君が家を建てる候補地域ですから生活してみて下さいという意味もあります。ネビー君はデオン先生に推薦兵官育成者の後継として望まれていますので息災のまま歳を重ねれば先生の息子さんと道場共同運営をする可能性があります」
「書類を全て読みました。理解が誤っていると困りますので推薦兵官について教えていただきたいです」
推薦兵官とは指定推薦者から推薦されて手習代や高等校代免除や兵官試験免除など何かしら理由があって特定の贔屓をされて兵官になった者。
そこである程度の分類分けがされて王都配属か戦場兵士か分かれる。
戦場兵士なら特別訓練後に特技を活かせるような場へ出征。公務員試験や高等校などは関係なくなる。手柄を上げ続ければ国に役立つ場所に配置。その他大勢と調査内容はそんなに変わらない。
一方王都配属なら詳細調査を続行して治安維持の柱の1人、国と国民の接着剤になるように教育していく。
王都配属の推薦兵官本人は「実力と努力で制度に乗っ取って安く兵官になれた」と認識しているけれどそこで終わりではなくてずっと調査や監査は続いていて裏で色々扱いが異なる。
期待に応えているから出世も早いし給与も少々付加されて勤務扱いで稽古に行けとかあるらしい。
人気も実力も伴っていれば職場であいつは贔屓されているけど当然だよな、と思われる。
なので推薦兵官本人はうんと特別扱いされていたり逆に厳しい目が入っていることは通常知らない。
ネビーは煌護省の親戚が出来たから推薦兵官の詳細も自身の教育目標や評価をおおよそ知っている。ガイから彼への許される範囲での情報漏洩。
彼は励んで腕っぷしが強かったから地区兵官になれたと思っていて周りにもそう言われていたけどガイと親戚になったことで違うと判明した。
書類を読んで理解した話と同じようなので実家で門前払いが起こっても「読むだけ読んでください」で伝わりそう。
読めばネビーの肩書きや職歴経歴は凄いと分かる。分からなければおバカさん過ぎるので話にならない。話し合いの相手になる祖父や父はそうではないはず。
「俺ってそこそこ凄いみたいで支援者も結構いるので門前払いはされないかなぁと思っていたら漁師も味方してくれるってなぜですかね」
なぜですかって出掛ける前にテルルが説明した。忘れたのは人助けと認識していないことを褒められても印象に残らないとか理解出来ないからかな。
「ネビーさんは人助けが趣味というか呼吸だからです」
「隊長とかにも似たようなことを言われますけど分かりません。特になにもしていないんです。普通に平凡に生きています。仕事は真面目に励んでいます」
ガイとテルルが顔を見合わせてから軽く肩を揺らした。その気持ちは分かる。ガイは苦笑いでテルルは呆れ顔をしている。
「彼はいつその気になるのかとか条件は変わらないのかとあちこち喧しかったのでこれで落ち着いてルルさんの事を考えられます」
「すみませんテルルさん。両親がテルルさんに縁談関係を丸投げしたせいで。ルルがまだまだ世話になります」
「気が変わったらご両親へお返しします」
テルルはすまし顔だけどネビーからの返事の「ありがとうございます」に対して少し嬉しそう。
「……。ネビーさん勤務時間外にスリを逮捕するのはお仕事ですか?」
気になるのできちんと質問することにする。
「何を言うているんですか。勤務時間外だから仕事ではないです。休みの日や時間帯に注意して観察なんて疲弊します。偶然目に付いたから捕まえただけで勤務者に丸投げしたじゃないですか」
当たり前なのにどうした、みたいな驚き顔をされてしまった。スリの件は職業上の責任感からではない?
「つまりたまに人助けの方ですか?」
「人助けになんて入りませんよ。盗んでいたら盗品を取り返して注意する。当たり前の誰でもすることです」
しないけど。出来ないですよ。ガイの苦笑いとテルルの呆れ顔は継続中。きっと似たような質問をしたことがあるのだろう。
「しません。出来ません。気が付かないし気が付いても捕まえられません」
「そりゃあウィオラさんは危ないからしなくて良いです。俺だってたまたま目にしたからってだけで気付かないことは悪くありません。女性ですし自分が安全に歩くことが優先。スリ被害に合わないように財布は紐で衣服に繋ぐとか手提げを抱えるとか」
頭の中が少々混乱。当たり前の誰でもすることなのにしなくて良いとはどういう思考回路なのか不明。ネビーのこういうところは分かりやすくないかも。
「私に力があってスリを見つけて逮捕できることが出来るならするべきということですね」
「するべきだなんてしなくてよかです。兵官を探して告げ口とか叫ぶとか色々あります。危ないことをしてはいけません」
「ネビーさんは逮捕しました」
「俺はどう考えても強いし仕事上慣れてるので目についたらひょいひょいします。分からない時はなにも。危ないことをしてはいけませんからね。身の丈というものは大事です」
少し理解出来たかもしれない。自分の能力の範囲で誰かを助けたり防犯に参加することは誰もがしている当たり前のこと。
私が手提げを抱えて歩くことは防犯で、彼がスリを逮捕したのも同じ防犯。
単なる防犯だから特別なことではなくて人助けにも入らない。逮捕だと全然違うと思うけど彼の頭の中ではそういうことになっている。多分ネビーの根っこ。両親がそう教えたのかな。どうやって教えるの? 心の中に質問集を作ってそこに加えておこう。レオとエルに要確認。
「困っている方を見ないふりをしないようにします」
「退職金を半分従業員へって置いてきた方はしてそうな気がするけど突然何の宣言ですか?」
貴方の隣に釣り合う女性になりたいからですと言いたいけど恥ずかしい。
「その退職金、ウィオラさんが配りましたか? 配らないで店主の懐に入れられたかもしれませんよ」
「世間知らずのお嬢様。そうお説教をされました。そういう方は懐には入れません。5年間給与を少しそうしてきたけどきちんと借金は減っていました」
「へえ。そんなことをしていたんですか」
「私のような傲慢娘の施しなんて要らないと激怒されたり色々です」
コホン、とまたガイが咳払いをした。
「仲睦まじいのはよくよく分かりました。急ぎますから書類を用意しましょう」
こうして私はガイとテルルとネビーと4人で書類作成。明後日水曜日の午後、ガイの退勤後に東地区へ向かうことになった。
長屋へ帰宅する際にコソッと宿泊の件を聞いたら当然のように却下だった。見張りがいるかもしれないから手を出さなくても非常識行為だと報告されてしまうので無理。
見張りが部屋の中まで来てくれるなら良いと言われた。まだ見張りはいるのかな。本日の私達はは常識的なので問題無し!




