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リルが連れてきてくれたクララはルルと並んでも霞まない美人で琴も確かに上手い。
ルルがユリアとレイスを離れに連れて行って遊ぶことになったので現在ルーベル家の居間には私達3人だけ。
私は世間知らずでムーシクス琴門は南地区にも名が知られていた。それで割と事情を知られている。思いがけないところで両親というか父親の胸の内を知ってしまった。
「皇居からも声が掛かる才覚があるので武者修行になるから見張りながら放置。天上人は何を考えているのかと思っていましたけどそのお嬢様が目の前にいて演奏を披露して下さるとは衝撃的です」
私の方こそこの事実に衝撃を受けている。輝き屋が泥を被せようにも私には常に誰かの目が周りにあって男がいたなんて話は友人知人門下生の誰も信じない。
そこにジエムの結婚と男児誕生の話。長男誕生時期を誤魔化しても人の口に戸は立てられない。特に花柳界ではそうだ。輝き屋は芸の肥やしになったと笑い飛ばしているらしい。
「母親の実家でしばらく惨めな思いをさせても風向きは必ず変わる。その間耐えてもらう期間は芸への糧。そう思っていたのに南地区へ家出して花街芸妓。腕だけで春は売らないと大立ち回りは何度も。なのにそんな勇ましい方には見えません。噂はやはり誇張されるものですね」
「つまり家がこの身を守ってくれていたということですね。自分の腕や努力でなんとか暮らしていると思っていました」
「支援が無かったら詐欺とか無理矢理とか何かあったと思います。この町内会の嫁とは違って商売、ましてや花街世間は怖くて厳しいと言います」
励んでいるはずなのにずっと世間知らず。
姉は私が慕っている姉の姿がやはり真実で、もしかしたらと邪推した裏切り者ではない。やはり姉から両親へ私の話は筒抜け。
「皇居から声が掛かったという話はありません。あそこは皇族や上流華族の世界です」
「あの噂は本当ですか? 中央区のオロクア劇場でムーシクス琴門などの東上地区の音楽界が行った中央区公演。ウィオラさんが半元服の頃で初参加。雲1つない晴れの日だったのに演奏時から雷雨になったと」
「ええ。年末生まれでその公演は春だったので天気がコロコロ変わります。それだけのことです」
大嫌いなジエムのお嫁さんという未来を提示されてかなり腹を立てていた時期で雷雨なんて私の気持ちみたいだと思ったから記憶は鮮明。
「おお。その日拝聴した皇帝関白様が春霞の局へ求めたけれど蹴飛ばしたのも本当ですか?」
「嘘です。そのような話はありま……」
その頃父に聞かれた気がする。8歳になったということは大人になれる可能性が高いということ。
どのような芸者になりたいか尋ねられた。私は祖父母っ子。私はその時祖母のようになりたいと口にした。
今は亡き祖母は我が子や孫の教育中心で門下生に琴を教えつつたまに舞台という生活だった。
地元地域、下街の方々に広く聴いてもらって音楽の知識がない人達にも感動を与えたい。それこそが本物の演奏だとよく口にしていた。
それが私の根っこ。今まで忘れていたけど私はその道をなぞって生きている。
「祖父母か両親が断ったのかもしれません。半元服時に将来像を聞かれました。次は元服時に尋ねると。その前に家出です……。女学校卒業同時に祝言という話があったというか元婚約者はよくそう口にしていたけど実際の契約では祝言は20歳です。4年あります……」
この4年は何のための期間だったの?
今さらそのことに気がつく。輝き屋の言いなりならジエムがよく口にしていた女学校卒業同時に祝言へ傾いていてもおかしくない。
この事実を両親へ質問すれば答えが分かる。隠されるかもしれないけれど何かを知ることが出来る。
輝き屋なんて落ちぶれろ。縁切り出来たから知らないと調べもしなかったけど輝き屋と両親の上下関係は私の思い込み?
頭に血が上って父以外の誰ともろくに話をしないで家出。
祖父、母、姉、姉婿、弟は何かを知っていたり他の意見があったかもしれないのに聞きもせずに怒って拗ねて家出。
「子どもです。16歳元服なんてまだまだ子ども。女学校と家と輝き屋が主な生活の場でかなりの時間を稽古や話や楽曲理解に注いでいた私は世間知らずそのものなのに……」
「ロイさんとリルさんの縁結びは私達卿家の世界では珍しいけどネビーさんとウィオラさんなんてもっともっともっととんでもないですね。浮絵になっている本部兵官と鬼才の芸者がどうなるかうんと近くで知れるなんて楽しみ。私もこの物語の脇役です。誰か小説を書いてクララって出してくれないかな」
クララは無邪気な笑顔を浮かべた。
「クララさん、兄ちゃんは浮絵になったんですか?」
「ご存知ないんですか? お義母さんが記名してもらうって張り切って買ってきましたけど。自分の名前も書いて貰うって」
「兄ちゃんが浮絵とは世も末です」
えっ?
そこは嬉しいではないの?
リルはすまし顔をしている。
「リルさんってたまに辛辣ですよね」
私とネビーは上手くいっても破局しても噂におひれがついて誇張されて何かの作品になりそう。
クララがお喋りなら彼女が属する琴門へ広がってムーシクス琴門でも私の帰宅で知られて話題性があるから面白おかしく噂が立って弄られる。新作とはそのように生まれる。
下手したら私の人生が面白おかしくなるように泳がせていたのかもしれない。
クララの知っているムーシクス琴門の天上人のお嬢様は見張りつきらしい。つまり私は見張られていた。衝撃しかない。
「青薔薇姫と伯爵……」
「ウィオラさん?」
クララに顔を覗き込まれた。
「花街で流行り始めていた西の小国の歌劇の原作小説です。皇居から伝わってきたのでしょう。数年以内に新作歌劇などになると思います。定期的に来煌して奉納演奏されるお姫様の実話を誇張したお話で……。下手すると私とネビーさんの事も面白おかしく変な舞台にされるのでは……」
義兄や従兄弟がしそう。演奏も好きだけど作曲に勤しんでいる。既に何か作っているかもしれない。
無理矢理結婚させられるのが嫌で家出は憧れ話。そこに思春期なら気になる色関係の街の花街が登場。ど定番の色恋関係を追加して喜劇か悲劇のオチをつける。
お約束しかない。子々孫々残らなくてもこれだけで多少の話題と収入を得られそう。
えっ? 私って新作発表のために放置されているの?
音家の話はどこへ消えたの?
現在の私の人生には本当に色恋関係が発生中。浮絵になっている兵官が登場して恋話。嘘くさいと嫌がられるけど事実だと奇抜でも受け入れられやすいし実際の話は共感を呼ぶ。
真実の恋でしたでも何か理由をでっち上げて悲恋でもオチがつく。
恋をするまで放置とか考えていたの?
どういうこと?
「数年前の年末年始に席取りをして青薔薇のお姫様を見ました。どのようなお話なのですか?」
「私も知りたいです。クリスタさんなら原作小説を手に入れられますかね? 皆で読み回して劇が始まる噂を早く入手して人気が出る前に招待券を狙わないと」
「読んでいないので読んだ方からのザックリした話なら教えられます。あと暇つぶしで作った曲と歌があります……」
私は放心気味でクララに問いかけたら「音家という話は知りません」と言われてしまった挙句に音家とは何かと質問されてしまった。
南地区と東地区だから噂が途切れたり変わったりしているのだろう。なので輝き屋と我が家の実際の関係性は不明。
東地区のムーシクス琴門の鬼才のお嬢様は婚約者が子持ちになったことに腹を立てて家出。
何をするかと思ったら花街で腕だけで婚約者よりも勝る地位名声を手に入れると芸妓。
春は売らないと大立ち回りをする勇ましいお嬢様で一目見たい少しでも聴きたいと南地区区民を魅了中。
実家は武者修行になるからと見張って放置。それが私。私の名前はクララに知られていなかったけどどう考えても私の事。おおよそ合っている。
初参加の公演の天気や婚約破棄の理由に家出理由などなど合っているところは合っているので「武者修行になるから見張って放置」も若干信じられるし私はそこに「新作作り」という理由を推測してしまった。近々帰るから真実がわかるのか。
ルルが縁は不思議で色々と繋がっているという話をしたけどまさにその通り。
何も知らずに花街で5年間荒稼ぎして昨日は長屋で今日は漁師達と旅館で演奏。
祖母が私に植え付けた考え方で人生という道が出来ている。家も家族も私の人生から決して切ることが出来ない。
「——ウィオラさん?」
「いえ、はい。考え事をしていました。落ち着かないので何か披露します。芸で落ち着く性格でして。聴かせますと言って雑談ばかりでしたし」
「すこぶる有名な方とは驚きました。勿体無いから他の嫁友達も呼びたいです」
リルの提案に「もうなるようになれ」と思って私は頷いた。
「リルさん、講堂を使いましょう。夕方ですけど人は集まるでしょう。総宗家の演奏が無料なんて子ども達は絶対に聴くべきです」
「それなら後日改めて行います。琴と三味線に衣装に化粧。衣装は大したことのない普段着です。結納しましたというご挨拶の小公演。こちらの家の方々に色々と決めていただきます。その際の曲のご要望はございますか?」
自分で提案したけど大事になった。でも大舞台に比べたら愛くるしいちんまりした公演。
花街を離れても演奏三昧の私はきっと芸妓人生から離れられない。
「山程あります! それなら今は独占ですね。お祝い事には向きませんので伝説の雷雨演奏をお願いしたいです」
「分かりました。弾かせてくださってありがとうございます」
演奏場所に移動して深呼吸。そもそも演奏用の爪などを常に持ち歩いているということが私と音楽が決して切れないという証。
伝説はしょっ中生まれる。あのジエムだって元服祝いの公演で伝説の始まりと言われていた。
時代を超えても残り続けるのは一部のみ。それも誇張改竄や追加とやりたい放題されながら形を変えていく。
幸せで胸がいっぱいなのであの日のようなは難しいのでは? と思ったけどジエム嫌いの感情はしっかり残っていて蘇らせられたしそこに花街で見聞きした憎悪も追加。
「戦え」
8歳の娘になぜこの曲?
龍神王創世記より群衆鼓舞。ジエム嫌いがこの曲に合うと思った?
今頃このような疑問を持って考察する私はうっかりぼんやり娘。
上手く弾けるか不安で稽古に夢中。次から次へと新しい曲がやってくる生活。話や曲とは向き合うけど家族が決めた選曲の理由はなにかということには無頓着だった。
「戦え」
人生は戦いだとは誰が口にしたんだっけ。
「自由を掴むために戦え」
私は決められた綱から自由という綱を掴んだつもりが元の綱から移動していない。
「龍が現れ岩を砕きひらけた大地へ雨がそそがれ命を育む。自由を今こそこの手に掴め」
このような国など滅びてしまえ。希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。求すれば壊し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る。
龍神王様の創世記に私はかつてジエムなど破滅して私の新しい世界よ始まれとそういう気持ちを重ねた。
「龍が現れ宝に満ちた穂を揺らし命を繋ぐ。ついに我らに龍の王が現れた」
雨は降らないし雷なんてもっと。頭に重さを感じたら目の前に鉛色の紐。演奏する手は停止して緊張感も集中力も消滅。何?
それはペインッと弦の上に落下。蛇だ。蛇?
毛羽だったような鱗にワシみたいな顔をしたお箸より少し短い指2本分くらいの太さの青い目の蛇。
跳ねてシュルシュルと素早く庭の方へ逃げて廊下から落下して見えなくなった。
庭へ飛び出た時に一瞬虹色に煌めいて見えたので海で見た生物の仲間かもしれない。
「久しぶりに見かけました。変な蛇で悪さをしないから蛇の副神様かと思って祀りたいのにいつも捕まえられません。また他の家へ行ったのでしょうか」
やはりリルは信心深いみたい。だから異国の教えも覚えていて私に話したのだろう。
私は逆であの生物となにかの偶然が重なったことがあってそれを信仰へ利用したのではないかと思う性格。
陸にも海にもいる蛇とは不思議な生物。同じ生物ではないかもしれないけど似ているなと感じて気になる。
「リルさんが言うていた蛇って今の蛇ですか。我が家では1度も見かけたことがありません」
「数ヶ月に1回くらい上から落ちてきてレイスやユリアをこしょこしょして逃げます。約60日、約90日など間が開くから他の家にも行っているはずです」
「なのに居ません。そのうち我が子にもこしょこしょしに来たりするんですかね?」
「見てないうちにもうしているかもしれません。悪さをちっともしないですから。何か良いことがある前触れかもしれないから見かけた日を暦に書いていますけどいつも良いことがあります。今日は兄ちゃんがお嫁さん候補を連れてきました」
リルは蛇を探し始めて私とクララは小公演の選曲をすることになった。リルは長所ばかり目につくのなら良いことばかり探すかもしれない。
逆に嫌なことばかり目にする性格だと先程の蛇は「凶報の知らせ」と言われる。
贈り花しおりと似たようなものだ。人は見たいように現実を見て祈り、嘆き、生きていく。
本当とか本物や真実は人の数だけあるからある意味存在しないというけれど実家は何かしらの答えを持っているだろう。




