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これで「私はお見合い結婚します」と誰かに言えることになる。話し合いをして詳細を決めて結納関係の書類を持ってネビーと誰か彼の付き添い、おそらくルーベル家当主のガイと私の実家へ行って2人で結納お申し込み。
本来はどちらかの家からお申し込みだけど私達の場合だと2人で結納お申し込み。
既にかなり交流していれば両家で結納関係を取りまとめて役所へ提出することもあるけど今回の私達の場合だとルーベル家と私で実家と交渉。
私の意思が大切と言ってくれたので何か不満や文句を言われたら「放置されていましたのになぜそのようなことを言えるのでしょうか」みたいに反撃しよう。
テルルに渡された書類でネビーの経歴を確認。竹細工職人の息子という逆風から叩き上げの20代で地区本部兵官になって卿家拝命も間近。
息子と長年兄弟門下生で息子が嫁にしたいと望んだ娘の兄がネビー。彼が地区兵官だったので詳しく調査したら人柄と教育者としての評価が高く信頼に足る人物だと判断。1人息子の柱として特別養子縁組を依頼してネビーは承諾。
その特別養子縁組はかなり条件が厳しいけどネビーは該当。特別養子縁組は本来卿家と卿家が助け合うための救済措置だけど、かなり評価の高い公務員が1代で卿家になれるように特例が設けられていてその特例に該当。
南3区の治安維持の要の1人、いずれは南地区の治安維持の要の1人にしたいと国に望まれているので志願出征はかなり前から禁止。緊急事態以外では治安維持関係以外の配属先への配置変えも禁止。推薦兵官育成者にすることも教育目標なので余計に。
その推薦兵官とは何かということも全て書類に書いてある。学校では全く学んでいない情報で花街でも知らなかったこと。
兵官血筋以外が兵官になるには腕っ節というけどそれだと育てて戦場へ送って手柄を上げて性格を見て配属先を決める。王都配備にはほとんどなれない。
ネビーのように腕とは別の評価も高いと戦場兵官とは別の仕事を望まれて贔屓される。
ネビーの調査は彼が推薦兵官育成者であるデオンの兵官育成稽古を開始してから現在まで継続中。8歳の時から調査されて徐々に支援者が増えて「第三推薦兵官」というものに分類されて今の状況。
出退勤も勤務時間とか遅刻もわりと許されるとか馬を借りられるのもどうやら信頼評価が高いから。
仕込み刀の常時携帯許可証の許可時期とそれは異例の速さみたいなことが詳細に記載されている。
結納反対どころか早く祝言にして我が家に欲しいと言いそう。私の手前言えなくてもネビーの肩書きはかなり強い。
華族からもきっと人気ってこれは人気。ネビーが卿家跡取り認定されると合法的脱税の可能性までくっついている。むしろ彼は奪い合い。
お嫁さんはお嬢さんが夢なのと美人局被害を己の日頃の清廉潔白さで回避したので結納するまで卿家の常識を超えるような女性交際はしない。結納後も同様。
己を律し続けられる意思の強さと律儀さがあって煌護省と中央裁判所に記録があるとまで書いてある。
それで「あんたの子」事件についての書類もあった。テルルがこの書類を私に渡したことでネビーはもう丸裸。まあ既に知っている情報ばかりだけど。
頭を下げてうんと良い条件を積んで家のために婿に欲しい男性だけどルーベル家当主がもう既に囲っていてこんなの絶対に離さない。ネビーも我が家とルーベル家優先だと言っていた。
家族と妹達をとても大事にしているネビーが、それもかなり律儀な彼が妹リルの嫁ぎ先を裏切ったりしない。
大貧乏時代にリルは上げ膳据え膳でルーベル家に迎えたという説明書もある。結納品を払うどころか支払って特別奉公で学や教養を与えた上で嫁に迎えている。
ロイとリルの縁結び理由は「喋ってもいないのにこの女性でないと嫌だと猛反抗して家出すると言うくらい惚けた」ことが始まりらしい。この辺りは謎だ。
ガイが自ら探してネビーに目をつけて息子ロイとリルの縁談ではなくて、兄が兄弟門下生だったのでネビーを軽く調べて「1人息子の弟に欲しい」のでリルとの祝言を許可。その後も調査し続けていたら結納中に第三推薦兵官だと判明したので万々歳。
ロイが猛反抗したなら誰かがリルとの結婚を猛反対したはずだけどそこは書いていない。ガイが煌護省となると反対者はテルル?
テルルが反対者だとして彼女は不本意ながら嫁を迎えたのにその嫁の兄を「実子扱い」になる特別養子縁組することを認めて今現在私の前でネビーを「息子」と口にしている。違和感というか気になる。
ロイとリルは8月に祝言で特別養子縁組は3月なのでその間に深い親戚付き合いをしたということだ。
レイをかめ屋へどころかルルなんてこの家に居候。しかもテルルはルルを「娘」と呼んだし「どこかの誰かは面倒」みたいに言いながら本人を尊重するような縁談探しをしている模様。
猛反対から始まってこれってテルルは懐がかなり深そう。
結婚とは家と家との結びつきとはまさにこのことだけどその結びつきが打算や野心から始まっていない上に親戚付き合いで強化されているから強い絆だ。婿に来て下さいは絶対拒否と感じさせられる書類である。
私は家出していますので実家は無視して嫁ぎますなので関係ないけど、婿入り希望側はこの書類の数々を読んだらぐうの音も出ない。口で説明するより早い。
「テルルさん。ネビーさんはとんでもない方です。3日前に出会った私が結納相手で良いのでしょうか」
「長男の結婚の際に偏見で大損するところでした。我が家は卿家。足を引っ張られなければ構いません。実家は職人家系。事業拡大のために上流層の情報は役に立ちます。あとは家族親戚本人と気が合うかです。ルルさん、何か言いたげなのでどうぞ」
家出娘の私に対して偏見はあるけど過去の反省を踏まえて反対ではなくて様子見からするという意味。
すまし顔をしていたルルはニヤニヤ笑いを始めた。
「兄ちゃんがすぐ自覚して嬉しいです。バカだから気がつかないまま口説いて常識外れになって嫌われたらどうしようかと。テルルさんなら2人の味方をすると思いました。それかその前に兄ちゃんに説教。私は説教に賭けていたので負けです。兄ちゃん昨日よりデレデレ。良かったね。嬉しいみたいで」
ルカとルルの賭けはネビーが自ら自覚するかテルルに呼び出されて説教されるかってことなのね。いつの間に。
「桜の枝に龍歌を添えて贈ったら嬉しそうだったから俺はわりと自信がある。今の状態は恋人に近い。皇居では3日で祝言とか喋らないまま祝言も知っている。それなら出会って3日で恋人もありかと。お嬢様だと恋人は結納だったかなぁ、と思いながら来ました。問題は結納期間です。テルルさん、どう思いますか?」
私もそれは知りたい。本来相談するべき親に聞けない。手紙で姉には聞けるけど。
そうだった。正式で常識的な恋人同士とは婚約者。
結納ってザックリ言うと取り決めをして結婚を前提とした恋人になります、ということなのだから。だからテルルも「結納一択」と口にしたのだろう。
「どう思いますか? ってお2人はどうしたいんですか」
「どうしたい?」
「私達ですか?」
「2人揃って同じ表情ですが結ばれるのは2人なのですから2人の意思が大事です」
テルルに問われてネビーと顔を見合わせる。
「祝言は中官試験合格後。短くて約1年あるのでそれなりに交流出来ると思います。お隣さんですし。家の希望など一緒に考えられます。順調に祝言を迎えられたら俺の実の両親を連れてエドゥアール旅行でどうでしょうか」
「同じことを考えました。16人分の旅費を実家から娘不幸代だとくすねられるかもしれません。姉が裏切り者で仕送り代を懐に入れていなければそれも渡されそうなので」
「試験のこととかエドゥアールというか新婚旅行の話まで今日もうしたんだ。2人して結納どころか祝言する気満々じゃん」
ルルを見てネビーを見てボッと顔が熱くなって両手で顔を覆った。
「こいいうかわゆい反応だから自信がある。結納の常識の範囲で強気かつゆっくり口説いて気が合うか合わないかお互い考えられるのはお互い……俺が得だ」
「祝言までは早くて1年間か。知れば知るほど気が合いませんでしたって逃げられないといいね。色々欠点は伝えたから許される範囲なことを祈る」
「呆れられたら頭を下げて欠点をどうにかするからと粘る。祝言前にここは気になると言われたら問題解決まで祝言日を延期と食い下がる。交際交流期間中に今年中官試験に落ちても祝言で良いと言われたら先に家を建てる方向にする」
私と縁がない可能性をネビーは考えていないということなのだろうか。私も同じだけど。
浮かれている私の心配は「気が合わない」みたいにネビーの方から結納破棄されないかだけだ。
「家屋建設費は私も出せます。お金はあればあるほど困りません。結構な額の退職金をいただきました。からかいやイビリもありましたけどお世話になったので半額は従業員達へ配りましたけど結構な額です」
「そこは遠慮しません。ウィオラさんにとって使い勝手の良い家にするためにはお金はあればあるだけ良いです。常識の範囲の額で祝言後に受け取ります。半額は従業員達へ配りましたって配ったんですか?」
「お礼代わりに皆の借金を少しでも減らしたくて。あとそもそも花街で荒稼ぎしたので貯金はかなりあります」
「悲惨な現実を見たということですね。荒稼ぎってかめ屋の旦那さんと女将さんも結構な額の日当金を提示していましたもんね。そのうち芸妓になってそう」
ネビーの優しげな微笑みの意味はなんだろう。芸妓姿も良いですよ、とか?
自意識過剰だけどそう思っておこう。単に嬉しい。
「女学校講師かどこかの一門で下積み後に正攻法で手習講師。それと舞台に上がるのが半々だと嬉しいです。どちらかというと家事は誰か雇って少し任せたいです。家事も半々くらい。仕事一筋にはなりたくないです」
「家事は元気なうちは母に任せます。本人が不満だったり人手が足りなかったら話し合いですね。結納中に練習しましょう。来月から女学校講師で仕事の都合がつけばかめ屋で芸妓になりますし、新生活はどう考えてもウィオラさん1人では無理です。母も周りも助ける気満々でウィオラさんも励む気満々だからまずは挑戦です」
「私もまずは挑戦って好ましいです。まず家出。まず仕事が欲しいと乗り込み。失敗した時にやり直せる準備を考えておく。そういう生き方をしているつもりです」
コホン、とテルルに咳払いされた。
「建設的な話し合いが出来るようで何よりです」
スッとネビーが頭を下げた。真剣な眼差し。
「大変身勝手なお話ですが結納お申し込みは早急に行いたいです」
「どうしました急に。あとかめ屋。かめ屋で何をしてきたんですか」
「かめ屋の話は後程。それがその、例の船着場の漁師バレルさんに色々聞かれて釣書と結婚お申し込み書を送ると思うと話したら一筆書くと言われました」
そうなの? 漁師の一筆って何?
「ネビーさんはあちらこちらで大変好まれていますからね」
「ええ。まあ。日頃の行いは大事です」
「一筆とは何でしょうか」
「テルルさん。漁師達って怖いんですね。ウィオラさんの身分証明書をやたら確認するので何かと聞いたらまずは俺の為に素性調査をしようと思ったと。どうも悪い女性には見えないから近くの置き屋で意見聴取。3回目になると海の大副神の遣いに好かれたお嬢様が家出したなんて絶対に家と相手が悪いから彼女の味方をするから身分証明書の内容を写したと」
漁師が私の味方をする?
「花カニに好かれた卿家ルーベル家のお嫁さんと似たようなことですか。しかも海の大副神の遣いに好かれたなんてそれよりさらに凄そうです。何をしてきたのかは後から聞きます。それでどうなりましたか?」
「俺に知っていることを嘘をつかずに全て喋ろと。でないと南3区内に何も売らないと。特にかめ屋。本気なのは分かるので俺が今日聞いた話はこうだと話しました。話すしかありません」
「……それで漁師はこう言いませんでしたか? お嬢様の幸せを後押ししない家は潰れても仕方がない。反省させないといけない」
漁師の激怒が時にとんでもない話に飛び火するってこういうこと⁈
「どうみても相愛だと。とんでもないことなんですがお見合いのお申し込み程度を拒否して邪魔した場合、俺に恩のある漁師や賛同者は東地区と取引停止です。止めたんですけど話が噛み合わなくて最終的にロイさんとリルがお世話になった春風亭のみ取引可能です」
「東地区と取引停止ですか⁈」
話さないと南3区と取引しないという脅し文句を考えると当然の流れ?
いやいやおかしい!
「そこらを歩く時みたいに海へ行くたびにひょいひょい人助けをしていたらそうなりそうです」
「海の大副神に好かれたお嬢様に好かれた男はやはり俺達の地区兵官だと言うてくれました」
海は遠かったけどあそこもネビーの見回り範囲……ではなさそう。
『そこらを歩く時みたいに海へ行くたびにひょいひょい人助けをしていたらそうなりそうです』
まさにこれなのだろう。漁師達にここまで支援されて「俺達の地区兵官」と呼ばれるとはすごいことだろう。
「止めたんですけど農林水省に意見書を出すのは俺達の勝手だと。そこからウィオラさんのご実家へ確実に話がいきます。のんびりしているとウィオラさんのご家族が途方に暮れてしまいます。向こうはまるで事情が分かりませんから」
「……ええ。その話が行く前に直接ご挨拶が必要です。最初は海の大副神に好かれるようなお嬢様を5年も放置とは理由を説明しろ。さもないと取引停止にするとかでしょう。ネビーさんとの縁談話は追撃かしら。下手したら東地区から他地区へ飛び火しますよ。花カニの件で夫と少し調べたことがあります」
つまりネビーより私が好かれたの?
農林水省のお役人さんがいきなりきて「この家のせいで南地区の漁師達が東地区と取引停止にすると言っている。なぜですか」と言われても実家の家族は誰も答えられない。嘘みたいな本当の話とはこのこと。
「いきなり大事ですけど都合の良い念願のお嬢さんどころかお嬢様ととんとん拍子疑惑とはさすが推薦兵官。漁師からの後押しも本部兵官になって数ヶ月で地元区民に請われて連れ戻されたのと似たようなものです。天運でしょう」
「兄ちゃんってとんでもない後ろ盾がいたんだね。むしろウィオラさん?」
「リルさんの強運はネビーさんのおこぼれなのかしら。実家からお金を巻き上げて私達を旅行へ連れて行くなんて発想、リルさんと気が合うわよその方」
よいしょ、とテルルは立ち辛そうに立った。表情の変化はないので痛くはなさそう。
「ルルさん、琴を用意して。セイラが即惚れするウィオラさんの演奏をレイスとユリアに聴かせてもらいます。代わりに今からネビーさんと夫の職場へ行きます。かめ屋や海での話を聞きながら向かいます。意見書なんて仰天。長男が破天荒結婚で養子に迎えた次男は破天荒結納とはね。ネビーさん、行きましょう」
「はい。ありがとうございます。馬がいますけど乗れますか? 椅子をつけてあるので座れます。立ち乗り馬車より楽かと」
「お願いします。座ってみてから考えます」
出会って3日目に結納お申し込み話決定。まだ帰る予定が無かった実家へ帰省もほぼ決定。しかも理由は漁師が激怒するかもしれないから。人生って何があるか分からな過ぎる。




