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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
本編

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16

 旅館かめ屋の料亭で昼食。昨日はお寿司で今日は料亭。家を建てる為に貯金しているのに良いのだろうかと思っていたら「貯金中なので1番安い梅膳を頼んでいます」と宣言された。

 2大銅貨なので安いといえば安い。彼の給与や毎月これだけは使うと決めている額が不明なので高いかもしれない。


「夜勤中、気がついたら予約していたんですけど理解しました。貢ぎたかったってことです。なのに最安のお膳。妹が世話になっているからお店にお金を落とすなんて言うているのにケチ。俺は貧乏性です」

「お金は大切です。お金があれば、という方を大勢見てきました。このような雰囲気の中で食事とは楽しくて喜ばしいです」


 旅装束ではなくてお洒落してきたかったな。初めてネビーに贈られた特別な髪飾りをしていて良かった。

 彼からしたら特別なものではないけど私には特別な品。

 梅膳のはずが竹膳みたいな内容のお膳が登場。梅膳でも十分豪華だと思っていたので驚いた。

 さらには食後に甘味でチョコレートアイスクリーム。花街にはなくて出掛け先でも見かけたことのなかった懐かしい贅沢甘味。その甘味を運んできたのはまさかの女将で彼女はネビーに挨拶をした。


「すみません。かえって気を遣わせたようで」

「家を建てたいと聞いています。なのでお食事のお代も要りません。リルさんとレイさんに引き続き稼いでもらいますので。たまにはどうぞと話しているのにちっともいらっしゃらないから。女性と馬で来店とは驚きです」


 品の良い年配女性だけど「商売人」みたいな雰囲気でジエムの母親を思い出した。私は彼女は好きだった。なのでジエムはきっと父親似。

 父親とはほとんど話したことがないけど母親似ではないからそうだ。

 彼女がそこそこ幸せそうなので大大大嫌いなジエムと結婚してもこっそり恋人を作ってジエムとは仮面夫婦とか? みたいな期待はしていた。絶望の中の光である。

 光の中の光が良いので現状ってうんと幸せだな。辛いことがあっても失恋しても思い出が支えてくれる?


「まあ、その、そういう方です。貧乏性で格好良く松膳をどうぞ! とか言えず。飾ったり無理しても無駄なんでそういう男でよかなのか考えてもらいます。馬は桜並木を散策と海の幸を買いに行こうかと」

「その通りで背伸びをしても虚勢を張ってもメッキは剥がれます。ネビーさんは裏表がないし嘘もつけない正直者。あけすけないとかお喋りとか考えなしで嫌がられるかも。話せば分かりますね。海の幸……またこの店を通れるなら珍しい魚がないか聞いて買ってきていただけませんか?」


 一瞬、女将に意味深な眼差しを投げられた。意味は「私が思う彼の長所と短所ですよ」という意味かな。

 女将はネビーに交渉を開始。交渉するまでもなくネビーは2つ返事。おつかいをするならごちそうになりますと爽やか笑顔。

 妹が料理人見習いっていうだけで女将とこんなに親しげって謎。質問したら教えてくれた。


「女将さんはテルルさんの幼馴染ですか」

「ええ。女学校からってテルルさんはおいくつなんだ? 母よりかなり年上に見えるから……母と同い年としても約30年の付き合いです。リルはここで花嫁修行をして長屋娘から付け焼き刃お嬢さんになって嫁入りです。女将は次男の嫁に欲しいくらいリルの料理の才能が欲しかったので、妹なら似た才能があるかもと女将に発掘されたのがレイです」


 大商家か商家の娘と卿家に嫁ぐような娘の気が合って深い中になりその後もずっと仲良しとは珍しい気がする。これも私は世間知らずってことだ。


「リルさんやレイさんが稼いでいるとはそういう意味なのですか。リルさんも何かされているんですね」

「祖父母は料理人だったらしくて2人は舌が良いから流行り料理を食べて盗んできたり、父親似でちまちま細かいことや飾りや見栄えを整えるのが得意みたいで盛り付けを考えたりって聞いています。特にリルです。レイは盛り付けや発想はそこまでらしく。リルは1番ブサイク気味なのに才能豊かな強運持ち。1番心配だったのに1番問題無さそうで妹ながらよく分かりません。たまに不運も強めです」


 ネビーにもブサイクって感覚があるんだ。妹に向かってブサイクとは酷い。


「会うから分かるけど俺とリルは1番顔立ちが似ています。平々凡々のっぺり顔。俺もたまに言われるんですけどリルはかなりリスっぽいです。義兄がリルに葡萄栗鼠紋(ぶどうりすもん)の着物を着せて愉快そうにしているんですけどたぬき柄なんてないですね。たぬき美人がたぬき柄って確かに楽しそうでかわゆい気がするのに。あはは」


 お茶を飲んでいたのでむせてしまった。美人とかわゆいという褒め言葉がこんなにサラッと訪れるとは衝撃的。

 しかもサラッと「自分はブサイク気味」だと自分を下げた。ジエムと比較したらかなりの男性の容姿は劣るけど私はもはやあの容姿自体も嫌いなのでネビーがブサイク気味だなんて思わない。


「大丈夫ですか? お顔が真っ赤。むせると苦しいですよね」

「い、いえ。いえあの。照れただけです……」


 両手で顔覆いをまたしてしまった。口元が緩む。ニヤニヤしてしまうってこういうことだ。

 食事が終わると「先に海と桜を見に行きますか。ルーベル家からサラッとは帰れなそうなんで」と告げられたまた馬で散策。

 似たような台詞が2回目と思ったけどこれが忘れ?

 それなら大した問題ではない。

 人通りが減ってくるとネビーは馬の速度を少し上げた。私は少し喋り辛くなったけど彼はペラペラ喋っている。

 幼少時から今までの話。聞いていて楽しい。


「正直な話、別に他の話でも嘘をついてないですけど何度か縁談を勧められて条件付きで返事をしています。向こうから辞退です。何回だっけかな。5回か。出掛けたのは5人です。1回出世してから毎年生誕日頃に1件。1年間ご自分で探していないようなのでご検討下さいと」

「ルーベル家の方でしょうか」

「ええ。両親が相談してでしょうし師匠も。両親が心配なんでと口にしていますけど両親や長女夫婦と離れたくないのは俺の方です。大黒柱補佐だからとか家を建ててやるからとか言うているのもなんだかんだ自分の為です」

「条件は……家を建てるまで家はあの長屋ですか?」

「30歳までには大小問わず家を建てられるように家族で計画しているので祝言は遅いと自分が30歳の時」


 他の条件は婿入り却下。独立もなし。両親と姉夫婦と同居。卿家拝命時に積極的に存続を目指すつもりはない。

 子どもは本人の素質をみて好きな道を選ばせる。自分はあくまでルーベル家4代目の代替え。優先は実父の技術継承者。実家とルーベル家と折り合いをつけていくので従ってくれる方。嫁の実家は1番優先度が下。

 嫁側に不利なことばかりなので避けられているけどそれでもと食い下がってきた結婚お申し込み相手とお見合い。おそらくルーベル家が断れなかった相手か家。

 地元だと友人知人に会いそうなので出掛け先は中央区。


「悪条件でも良いのは金地位名誉その他目当て? とか親に言われて嫌々? と特に楽しくなかったのと相手も俺がつい仕事をするから嫌そう。あと俺がバカで喋り過ぎとかも。1回で合わないのは明白なので性格が合わないか分かるのでお互い半年間ずつお互いの家に同居と返事。俺の方は同居ではなくて個室ですけどね。お申し込みしてきたそちらからお願いしますと」


 つまり半年間長屋住まいをして下さいだ。当然のように相手は拒否。食い下がられた1件は「価値観が合わないのですみません」とお断り。

 そもそもネビーの経歴や肩書きや今後への期待だと娘に良い条件で家の為に婿に欲しいのが相手の本音。殉職や大怪我の可能性があるから尚更。


「話を聞いたらウィオラさんは惚れた腫れたの前に俺が求める条件に合っている気がします。昨日から長屋暮らしなので半年様子見可能。俺が試しに同居してみる家は遠いから不可能。ウィオラさんの立場だと実家を優先する気はない。家を建てたら祝言は基本的にお嫁さんの為でしたけど現在本格的に購入検討中。両親は長屋がよかだから元気なうちは放置で同居はしないかと。まあそこは家族とウィオラさんと俺で相談出来ます」


 こんな偶然ってある?

 それはネビーも同じかもしれない。ルルが長屋に住むお嬢さんはいないと言っていたのはこういうこと。

 

「妹さん達にお見合いを断って良いの? とか言われませんでした? 大きな家で暮らしたいってお気持ちの無いご両親なんですね」

「うるさいから出掛けたことは両親4人にしか言ってません。両親は40年以上あそこで暮らしているので堅苦しいのも静かなのも嫌だと。貧乏性が身に染みていて贅沢が苦手。俺も使えると分かっていてもお金を使うのは気が引けます。義兄に聞いて俺の給与なら何用の貯金はいくらとかお小遣いはこの程度とか決めてやりくりしていてもお小遣いが余るんですよね」


 余っているから必要があれば昨日のお寿司や私の髪飾りに今日の昼食代を使いましたよ、という意味だろうか。

 ルルの長屋に住むお嬢さんはいない発言は「兄ちゃんは私達から離れないから」と分かっているからなのかな。


「使用人がいてくれて住み込み門下生もいて12歳から小等校生を教えるお教室を開いていたので賑やかなのが好みです」

「使用人がいたんですか⁈ いるか。大豪家ならいますね。デオン先生のところに少しいますけど住み込み門下生って俺の想像外の大豪家です」

「良い女学校を出してもらって身分証明書もそのままなので女学校の臨時講師が契約続行でなくても華族の家庭教師、芸妓、手習教室など仕事は探せばあります。5年でツテが出来ました」


 ネビーはふむふむ、と聞いている。なので続けることにする。


「旅をしながら道芸で食べていくことも可能です。今なら貯金があるので琴門に入って手習を初めて年数という下積み後に競演会(きょうえんかい)に乗り込んで演劇系の客演奏者を目指すことも出来ます」

「……それは俺が怪我して引退しても大丈夫とかそういう意味ですか?」

「娘不幸をしたからお金を寄越せも言えます。暮らしていけるだけのお金があって家族が仲良く楽しく暮らせるのなら地位も名誉も諦める。己の努力で人生を切り拓くのが優先で、家族を無理矢理使って高望みしない。私はそういう方を探しています。家族を飢え死にはさせません」


 しばらく無言。お互いあなたが良いですと言っているようなものなのでとてつもなく恥ずかしい。代わりに嬉しいけど。


「いるもんですね。俺の条件でも良いというお嬢さんって。お嬢さんどころかお嬢様ですけど。強気で良さそうらしいし本気で口説こう」


 それは何をされるのだろう。


「お嬢さんが良いのは見栄えですか?」

「親父の反面教師です。大事なところは尻に敷かれて良いけど家に帰ってきたら基本は癒されたいです。おかえりあんた! じゃなくてお帰りなさいませ旦那様。長屋男なのに両親にガミガミうるさく貞操観念を植え付けられたのではしたない女性がなんか嫌で」


 気がつけば馬は桜並木の道を歩いていた。もう葉桜だけど満開の桜の木もある。


「そんなに言われたのですか?」

「花街に5年もいた方なんで慎みを無視して言いますけど、親父は我慢出来なくて母に手を出して痛いし早いとぶっ飛ばされて次は祝言後って言うていたのにその1回で俺が誕生。母が16歳になったばかりの日。子育てが落ち着くまで待てっていうて許したらまたすぐルカ誕生。似てそうだからとにかく責任を持てる相手以外に手を出すなと」

「……ルカさん以降もですか?」

「ええ。誰か死ぬと覚悟していたのに死なない。さすがに6人以上は無理。月のものが終わるまで禁止。まあ絶対に子が出来ないこと、手前はしてるでしょうけど。仲良しなんで」


 て、手前……。ケホッと咳が出た。恥ずかしがる私をからかったり、ある意味虐めるために遊女達にあれこれ教えられているから想像してしまいそうになった。


「そこらでこさえたらお嬢さんと結婚できなくなる。花街で知らない間にこさえたらその遊女は腹を殴られるし、冬なら極寒の川に入れられたり死ぬかもしれない薬を使わされる。それでも生まれてしまったら邪魔なのでその子は元気でも殺される。特に男児。使えそうなら遊女候補。他にも色々。女性に興味が湧いてきた頃からずっと耳にタコ」


 大体合ってる。世間知らずの私を凹ませた不運だと地獄の花街の話。

 遊女って医者に子どもが産めないようにされている、という話もあるとかないとか。国なのか街なのか人は都合の良いように事実を捻じ曲げる。


「ご両親はお詳しいですね」


 客になる者はわんさかだから見ないふり。知らないふり。どうせ一度では子は出来ない。自分の子ではない。知らぬが仏。

 借金春売り登録者の現実を知っている男性の気持ちは多分そうだと思っている。だからこそ芸者だけとか最後までしない客もいるとかそういう話も知っている。

 致すのが好きだから遊女になったというかなり衝撃的な人にも会った。借金はないのに在籍してお金があるから子育てまでしている。

 娘が教養を身に付けたら出て行こうかなと言っていた。区立の女学校より質が良くて安いと。人生も考え方も人の数だけある。


「母は知り合いが多いから元遊女に聞いたんじゃないですかね。成り上がり兵官だとそこそこモテるんで理性なんてもういいかなと思った頃に特別養子の件。本気でお嬢さんを狙えるから我慢するかと。まさかのお嬢様が登場。蓋を開けたら単に俺の女性の許容範囲が狭かったみたいです。広いというけど俺は好みは狭くて生活圏やツテで出会えるような人ではなかったとさっき発覚というか自覚です」


 私に「あれは無理これは無理」みたいに話したのに自覚なしだったのか。やはりある意味彼はおバカさん。楽しい人と思ってしまう私もおバカさん。

 彼が貧乏性ではなくて「たまには芸妓と遊ぶか」という性格だったら花街内外を問わず置き屋の芸妓に惚れていたとかありそう。あとはお嬢さん系の役者。

 卿家からの紹介ではお嬢さんだけど溌溂、ど根性、下街文化に親しみがあって少々スレてるけど根っこはやはりお嬢さんみたいな相手は現れないだろう。


「私は家出をするし花街に乗り込んだので耳年増。合間机の上で歌って踊るお嬢様ですからね」

「嫌でなければ今夜も見たいです」

「楽しかったのでそのつもりです。人に教えたいけど舞台にもまた立ちたいと思いました」


 ネビーはよっと腕を伸ばして桜の枝を私に近づけてくれた。


「梅だとかなり香るけど桜はあまりかな」

「ええ。でも綺麗です」


 ひらひら、ひらひらと桜が雪のように舞っている。春風は気持ちが良いし日差しも温かい。私は羽織を被るのをやめて袖を通した。

 この景色をしっかり目に焼きつけるためなら日焼けをしてヒリヒリするくらい我慢する。経験は何でも芸の肥やし。

 女学校の臨時講師を選んだのに芸の肥やしって考え方は育まれた価値観故だ。ネビーが口うるさく言われてきて今の彼の性格や状況になったことと同じ。


「枝を折るのは嫌いですか? 可哀想とか思いますか?」

「庭の桜を折って飾っていたのでそうは思いません。ネビーさんは可哀想だと思いますか?」


 子ども達への対応を見ても思ったけどうんと優しい人だからだろう。


「いや、全然」

「そうなのですか?」

「また生えてくるから飾られて楽しまれる方が嬉しそうって決めつけます」


 そうなんだ。私の価値観を知りたかったのかな?

 そう思った時にネビーはパキリと枝を折って渡してくれた。しっかり咲いている花もあるけど蕾がまだ多い枝。

 枝を折って贈って良いのか考えるために私に問いかけたのか。あけすけないし直動的なのに気遣い屋な部分もある不思議な人。


「なんだっけな。えーっと。そうだ。花見にと群れつつ人の来るのみぞあたら桜のとがにはありける。今夜は見たいけど見られるのはなぁ。男は遠くにして若い奴はさらに部屋に押し込めようかな」


 古典龍歌。今の台詞だと人を大勢惹きつけてしまうのが惜しくも桜の罪ですけどあなたもですって意味。

 本気で口説くってこういうこと。


「い、息、息ができません」


 胸がいっぱいで苦しい。なのに辛くはない。ドキドキ、ドキドキと自分の体の中からの音ばかり聞こえる。


「喋れるから息をしていますよ。かわゆい照れ顔なので隠しておいて下さい。バシバシ口説いて良い反応か確認していくつもりだけどこれは効果ありですね」


 羽織を脱がされて被らされた。これさ、ネビー狙いだった女性達にかなり睨まれるんじゃないかな。きっと私だけ扱いが違うというかルル達に聞かされている話と真逆。

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