異国旅行4
海から帰ってきて、お世話になった騎士とお別れして、昼食をするところを探すのを兼ねて街観光。石畳の道に石と木を合わせた建造物に煌国では見ない形の看板と何もかもに目移りする。
「ウィオラさん、魚の形の看板です」
「お品書きがありますね」
お店の外に台があってそこにお品書きが載っているので文字は読めないけど、お金についてはニールから軽く学んだので予算確認。彼宛の小切手という、後から請求する紙を渡してこのくらいまでは使って良いと言われているけど、あまりにも額が大きいのでお財布に入れさせてもらった分で済ませるつもり。
「店構えもそうですが、庶民向けのお店のようですね。何人か並んでいますから繁盛していそうです。腹減りが限界なのでここにしたいです」
「ええ。そうしましょうか」
「文字が読めないからおすすめを聞いて……」
ネビーが固まったので何かと思ったら私達の後ろに並んだ同年代に見える男女がキスし始めたので私も停止。頬にし合って唇にまでして男性が女性を後ろから抱きしめて戯れあっているので私達は慌てて二人に背中を向けた。
「密着している男女が多いと思っていたけどまさかあそこまでとは。誰も気にしてなさそうですね。全然文化が違います」
ネビーの耳が赤くなったし私の顔も熱い。
「俺は絶対しませんよ。郷に入っては郷に従えというけどあれはしません」
「私もされたくありません」
ソワソワしてしまって、早くお店の中へ、早く後ろの二人と離れたいと思っていたら店員が来て案内されて安堵。
テラス席で良いですか? と尋ねられたけどテラスが何か分からなくて質問したら外の席だそうだ。店内も空いたので選べると言われたので景色や人の往来を見物したいから外を選択。
「どちらから観光ですか?」と案内してくれた男性従業員に質問された。
「煌国です」
「フィズ様の故郷からですか! てっきりアルタイルからかと。煌国の方は初めての来店です」
「値段は分かるんですが、文字が読めないし読めても料理名だとどんな食べ物なのか分からないのでおすすめの品を教えて欲しいです」
「当店の自慢は魚介類のフリットやビール蒸しです」
「フリットもビールも分からないです」
「ビールはお酒でフライは揚げ物です」
「フリットは揚げ物ですか。それならきっと天ぷらみたいなものってことですね」
「ああ、味は違いますけど天ぷらに似ています。この国にはフィズ様の祖国の料理店があるので少しは知っています。サラダとおすすめのフリットの盛り合わせと貝のビール蒸しでどうでしょうか?」
お品書きのこちらと順番に示されたので合計額が分かって問題無さそう。
「西風料理は味が濃いのでサッパリするものとか、味が薄いものってありますか? なんでもない白いご飯とか」
「西風料理……ああ、煌国から見るとここは西ですね。へぇ。煌国の方からすると我々の料理は味が濃いんですか。それなら薄めで味を足せるように頼んでみます。せっかくの観光で不味かったなんて不名誉なので。ご飯はありますよ。ライスって呼ぶこともあります」
「ありがとうございます。それならご飯もお願いします。煌国も塩漬けなど日持ちするものは味が濃いです」
ネビーは一杯飲みたいし気になるからとビールも追加。注文が終わったので二人でお品書きの文字を眺めて、店員が示してくれた注文した品のところを読んでみる。
「漢字を崩したような、逆にこれを漢字にしたような。話し言葉は割と似ているのに文字は違うって不思議ですね」
「この文字、白魚と読める気がしてきました」
「おお。本当だ」
薄い水色の瓶と白地の湯呑みが運ばれてきて、フォークとナイフも並べられた。瓶に入っているのはお水だった。
「このお水、味があります」
「これ、多分レモンです。ミーティアで食べたレモンケーキの味に似ています」
「レモンって確か黄色い果物ですよね。レイが前に市場で見つけたって、属国から届いたらしいって言うて買ってきたんですよ。かめ屋で試作するって我が家では使われずに見ただけです」
「属国から変わったものがどんどん入ってくるのでまた市場へお出掛けしたいです。この国でももちろん」
「市場はやっぱり朝なのかなぁ。後で店員さんに聞いてみましょうか」
「はい」
周りを見ながらあの料理はなんだろう、と二人で話していたらまたしても人前でキスした男女がいて、しかもわりと年配なのでびっくり。ネビーと無言で目を合わせてから俯く。
「向かい合わせではなくて近くに座ってベタベタしていたり、そもそも長椅子席で横に並んでいちゃいちゃしていたり、破廉恥気味な国ですね。キス以外は節度があるように見えるけど、人前でなぜなんだろう」
「それも店員さんに聞いてみますか?」
「ええ」
サラダとビールを運んでくれたのは最初に対応してくれた男性ではなくて若い女性だったけど、煌国からようこそと言ってくれたので私達の事は伝わっているみたい。彼女は私が投げかけた疑問に対して不思議そうに首を捻った。
「なぜって挨拶や気持ちの確認ですが煌国ではしないのですか?」
「夫婦で手を繋いで歩くのは常識になりつつありますけどあのように人前で寄り添うことはないです」と私が返答すると彼女は目を丸くした。
「そうなんですか。せっかく遠い国から旅行に来たのに喧嘩しているご夫婦なのかと思いました。恋人になる前のデートなら分かりますけど結婚指輪をしているのにわざわざ離れて座るんだなぁと」
「まあ。私達は皆さんの目にそのように映っていたのですね」
「煌国からの観光客と会うなんて初めてなので忙しくなかったら色々聞きたいのに。失礼します。どうぞごゆっくり」
私と同い年くらいに見えるけど、子どもを相手にするように手を振られたのでこれも文化の違いかもと手を振り返す。ネビーが「喧嘩中なんて誤解は嫌なんで」と隣の椅子にお引越ししてきた。
「ウィオラさん、今日もかわゆいです。ありがとうございます。いただきます」
「……えっ?」
作ってくれてありがとうございますとほぼ毎日聞いているけど、こんないただきますは初めて耳にする。ジエムにボコボコにされた自尊心は彼が過剰気味に褒めてくれるのと、下街だとお嬢様、お嬢様とチヤホヤされる事が多いので改善していると思う。でも、今のは恥ずかしい。
「サラダはなんか大きなキノコが乗っていますね。まずはビール」
「あの。お恵みに感謝していただきます」
「おお。なんか口の中がパチパチします。苦いけど美味くて、草っぽいような味ですよ。泡の飲み物かと思ったら下に泡ではない飲み物があります。ウィオラさんは苦手そうですけど、一口試しにどうぞ」
「ありがとうございます」
口に含んで、苦いから無理とビールの入った器をネビーに返却。
「あはは。眉間に深い皺。ウィオラさんは甘いお酒しか飲めないですもんね」
「ええ、果実酒以外は苦手です」
サラダは火の通った葉物二種類にかぼちゃとカブと人参と大きなキノコを切ったもので少し酸っぱいタレが掛かっていた。
「このキノコはやたら美味いです。煌国にも入ってきているのかなぁ」
私もわりと好ましい、弾力があるけど味はそんなにしない不思議なキノコだ。
「椎茸だと合わなそうですけど、しめじだと美味しい気がします。でもこのタレの味が分からないです。ミーティアのサラダの味のどれとも違います」
「リルやレイなら解読するかもしれないんですけど居ませんからね。俺にはサッパリ。好みが好みじゃないかって事くらいしか分かりません。サラダは生野菜のことかと思っていたけど前菜ってことなのかなぁ。俺は生野菜はあんまりです」
「これで我が家でもサラダを楽しめますね」
ネビーは嫌いなものでもなんでもモリモリ食べるけど、嫌いだったり苦手なものだと黙々と食べて、好みのものだと沢山褒めてくれるので私はなるべく彼が好むものを作りたい。
「パンは食べたことはありますか?」と最初の店員さんが来てくれた。
「はい。でもその形や色のパンは初めてです」
「真っ白ですね」
「こちらは料理長からのサービスです」
「ありがとうございます」
「代わりに煌国の話をいくつか聞かせて欲しいです。つまりこのパンは押し売りです!」
「あはは。その押し売りは買います」
「お客様がお食事を終える頃に空いてくると思うので料理長や自分が質問しに来ます。よろしくお願いします」
「こちらこそありがとうございます」
従業員が去ると二人でパンを味見したらふわふわしていて少し甘い味だった。
「美味いけどパンってなんか軽くて腹持ちしないし、これみたいに少し甘いとまるでお菓子みたいです。これが主食って力が出なそう」
「ネビーさん、ネビーさん。お肉の塊を食べています」
「あっ。本当だ。そうか。主食は肉なのかもしれません。あれは腹にたまります。たまにとか少量しか食べたく無いですけど」
兵官用の仕出し弁当にはお肉が少し入っているらしいので、ネビーは肉が食べたくなるとお弁当はおにぎりだけでと言う。家のものが好みだから、支度してくれる人達が無理、と言わない限りお弁当無しとは言わないという。そこにフリットと酒蒸しとご飯が運ばれてきたので実食。
「これ、味がついた色の濃い天ぷらですね。タルタルソースとどうぞっていうていましたけど、タルタルってなんだ? これは何で出来ているんでしょうか」
「マヨネズと玉ねぎとお酢とたまごと塩胡椒ですよ」
「えっ、なんで知っているんですか?」
「リルさんから教わりました。前に白身魚のタルタルサンドイッチを作りましたよね?」
「あっ。タルタルサンドイッチ。あれはパンでも好きですけどそうか。食べたことがあったのか」
彼は嫌いでもなんでも食べるけど、初めてだと恐る恐るだし、予告するとそれよりもあれと別の食べ慣れたものを頼む。顔は良く似ているのに知的好奇心旺盛で新しい物好きの父親のレオとは正反対。母親のエルと似ていて、彼女は娘達が仕入れてこないと新しい料理は作らない。
フリットはイカ、エビ、魚、白い野菜、葉物でどれも食べ応えがある。魚介類のビール蒸しははまぐりみたいな味のもの、ムルル貝に似た殻の色が異なるもの、カキみたいだけど身が赤っぽいものの三種類でどれも好み。
「アクアパッツァと似ているけど味が違うのはビールを使っているからでしょうね」
「薄くしてくれたのかご飯が進みます。これはよかです。俺、アクアパッツァはわりと好みです。にんにくが少ないのがよりよかです。美味い」
フリットよりもビール蒸しが好みのようで、半分ずつにしたけど彼の分のビール蒸しの減りが早い。お酒も進むとネビーはビールを再度頼もうとして店員を呼んで、女性が来たから注文して欲しいと私に目配せ。
この国の女性の服装は目のやり場に困るし、私にどこを見ていると怒られたから、もう見ないしあまり喋りたくないと言っている。
「観光ならビールの飲み比べはどうですか? このお店はワインはあまり仕入れていなくて味もイマイチなんですけど、ビールには力を入れているんですよ」
「ビールにも種類があるのですね。お値段を知りたいです」
三種類、五種類、八種類とあるそうでネビーは縁起数字だからと三種類を選択。
「少し空いてきたんで聞きたいんですけど、煌国からは交易の飛行船に乗ってきたんですか?」
「はい、そうです。私達は庶民ですが抽選で当たりました」
庶民層も飛行船で国外に旅行や留学を、という話は元々あって、申し込みして抽選が当たると何かしらで国外へ行く飛行船に乗れる。料理では滅多に当たらないというけど、ムーシクス一門から音楽留学をしたものはいる。平家でも当たるのか分からないし、ネビーの周りには誰もいないという。国外を知っている者は同僚で戦場兵官上がりが少しいるくらいだそうだ。
「いや、どこからどう見ても庶民には見えません。旦那さんの服が騎士団のものなので、男性は煌国の兵士で護衛、貴女は貴族のお嬢様なのかなとか、でもお揃いの指輪なので夫婦だなとか疑問でした」
「庶民にも多少幅があります。他の国の治安系統を学んで来なさい、という理由で抽選に当たったようです。夫は少し仕事を与えられましたので。私は貴族ではないです」
貴族は、王族の血を引くわけではないようなので煌国における華族とは少し違うようだけど似たような特権階級なのはニールから学んでいる。
「国外旅行なんていいなぁ。お金持ちを捕まえたら出来るのかな。せめて近くの国にくらい行ってみたいです」
「人生、何があるか分からないので何かあるかもしれません」
「まあ、そうですね。私が生まれた頃のこの国は国じゃなかったし、わりと貧しくて。でも今ではここは国だし観光客だらけです。旅行しなくても旅行が向こうから来てくれるんです。煌国ってどんな国ですか? うんと大きいんですよね?」
「大陸中央部では最大の国と呼ばれています。どんな国……この国とは文化がまるで違います。服装からして異なります」
「浴衣ですよね! 屋台で見つけて気に入っていています。あっ、呼ばれちゃったのでまた後で」
またしても手を振られたので手を振り返す。
「客に対してまるで前からの友人ですよね、みたいな態度ですね。そこらの茶屋や大衆酒処の看板娘や看板息子でも常連にならないとああはなりませんよ」
「人との距離が近い国なんですね」
「ええ。煌国はどんな国と言われるとなんて言えば良いのか分かりませんね」
食事が終わる頃になったら、こちらもサービスですとクッキーと紅茶が出てきて、お店の人達が集まって私達は質問責めに合った。その流れで、ランチは終わりだから市場や広場を案内しますよと彼らはそのままついてくるという。楽しので賛同したけど、この国はやはり他人との距離が近いみたい。




