異国旅行3
数日の間に迎えが来て帰国させてもらえる予定だけど、何か手伝いがあれば呼ばれる可能性もある。
私とネビーは楽しく元気に過ごしていることが世の中の為になるというので今日は流星国観光だ。
昨夜、夕食後にニールは私達に会いに来ることが出来て色々と話をして観光資料も貰い、ネビーと今日の予定を話し合い済み。
今日はニールが手配してくれた服に着替えて資料や地図を頼りにして昨夜ネビーと決めたところへ行く予定。
着物姿は目立って事件に巻き込まれたら困るので、この国の庶民服が用意されたけど慣れなくて一人で着られないから私はベルスタッフに着付けてもらった。
白地に青い花柄の染物がされたワンピースに深い青色のエプロンを重ねて着て胸の下にはコルセットというこの国の帯を締めた。
肩周りから胸の谷間まで見えてしまう服で私としてはこの格好で歩いているなんて信じられない。ニールは煌国人のこの辺りの価値観をついて分かっているからケープという肩と胸周りが隠れる短い羽織りを用意してくれたので問題は解決。
歩き慣れない履き物だと足を痛めるし、ワンピースの裾が長くて足元はほぼ見えないのもあり、足元は足袋に草履だ。
最近、アリエル姫という他国のお姫様がしていたうんと大きなリボン帽子がハイカラで愛くるしいと人気だそうで頭はそれ。黒地のリボンに赤、青、黄色の三色の花が刺繍されている。
ネビーも同じく別室で男性ベルスタッフに助けてもらった。
彼の服は防犯対策も兼ねてこの国の騎士服。黒いシャツに肩周りと胸元まである重ね着、ズボンに革製の腕当てと脛当て、それから刀を下げられる小物入れ付きのベルト。
本当はここにマントと兜が標準装備だけとそれはなし。彼は年末のお祭りで見つけて買った靴を気に入っていて、旅行はそれで行くと言っていて旅館から連れ出される時にそれを履いたから今の靴は自前。
必要なものを持って忘れ物はないか確認したのでいざ出発、の前にお互いに着替えた姿に対する感想会。そうしようと言ったわけではなくて、ネビーが褒めてくれたからそうなった。
「服ってやはり雰囲気が変わりますね。これはよかです」
「あの。嬉しいのですがもう分かりました。何周するのですか?」
ネビーは私の周りをもう三度回っている。私は今の凛々しく見える彼の格好に好感を抱いたけどこれをする気は起きていない。
「出掛けませんか?」
「男が変な目で見るところはないか、ひらひらしているから引っ張られそうだとか、防犯対策の思案中です」
「それはありがとうございます」
「こう見ると袴みたいに着物よりも尻や足の線が分からないから安心だけど、ひらひらしているから何か触りたくなります」
それは全ての男性どうこうではなくて彼が揺れるものをちょこちょこ触る癖があるからだと思う。でも、似たような人はいそう。
「私は男性のそういう心理はよく分かりません」
「斜めがけの鞄は前に持ってきて両手で抱えて下さい」
「はい」
「迷子になったら到着時に決めた場所。一時間経ったらこの宿の待合部屋に集合です。ここへ戻る際は一人ではなくて騎士を頼るように」
「はい」
「俺の手拭いを掴んで歩くように」
ネビーは私が掴む用だとベルトに手拭いを結んである。手繋ぎだと咄嗟の時に動きが遅くならからだそうだ。
「はい」
「忘れ物も無かったし行きましょうか。あっ、セルアグはいますか? 俺の方は小物入れに入り込みました」
「はい。今日は腕輪になるようです」
私は右腕をあげて手首を見せた。
「よし、それでは行きましょう」
「はい」
部屋を出て、鍵を閉めて一階に降りて受付に鍵を預けてお出掛け。
最初の目的地は煌国にはない本物の海で、一番近い海岸まで馬で連れて行ってもらえる事になっているから目指すのは地図に印をつけてもらった騎士団本部という屯所のようなところ。
「来た時に思ったけど街中は全部石畳ですね」
「ええ。なんか歩いている感触が変な感じ。南地区と東地区でも違うけどこうしてみると同じ国の意匠なんですね。異国は意匠が全然違います」
「目に焼き付けて新居の意匠案にこっそり加えたいですね」
「寝室は板間にして御帳台と屏風とかウィオラさんはこだわり派ですからね」
「予算内なら何をしても良いと言ってくれたのはネビーさんです」
「確かに」
「カニだけに」
「カニがいる」
彼にちょきの形になった手で頬をつつかれた。カニはいないのにこのくたらないやり取りは私とネビーの癖みたいになっている。
建物と建物へと紐がかかっていてそこに三角の色々な旗や花輪が飾られているのはお祭りだからなのだろうか。
「……」
通り過ぎた若い女性三人組をネビーが目で追ったので私は手拭いを離して彼の背中を軽くつねった。どう見ても彼の目線は彼女達の胸の谷間だった。
「痛くないけど痛いです」
「何を見ていたのですか?」
「とんでもない破廉恥な格好だと思って。ウィオラさんのそのケープの下もそうなっていますか?」
破廉恥と言った時の声色も表情も迷惑そうではなくて嬉しそうだからイラッとする。
「嬉しそうなお顔ですね」
「男の本能です。妬きもちち」
何回か頬をつつくとネビーは前を見据えて、またしても通り過ぎる若い女性達を目で追った。
「あからさまに見ないで下さい。彼女達に失礼です」
「いや、こう、つい。気をつけます」
「ふんっ」
ウィオラさーん、ウィオラさん、もちちとちょろちょろされるけど無視!
私のこの不機嫌は海へ到着するまで続いたけど、森を抜けて本物の海を見た瞬間機嫌は直った。
「ネビーさん、向こう側に何もありません。うわぁ。海の色が違います。砂浜が真っ白です」
早く降りたいというように彼の体を少し揺らしたら彼は馬から降りて私のことも降ろしてくれて、近くの木の幹に馬の手綱を結んだ。
「砂が白いですね」
「色があるのは貝でしょうか」
「走ると転びますよ」
子どもみたいに走り出したら指摘通り転び掛けて体を支えられた。
「ほら」
「……ありがとうございます」
ゆっくり立たせてもらって、手を引かれて「ゆっくり眺めましょう」と告げられて、二人で歩き出した。
「海の色はわりと似ていますね。でも向こう側に山とか何も見えません。何にもない」
「ええ。空と雲しかないですね」
「本物の海はどこまでも続いているってこういうことなんですね。あっ。カニを発見」
そう口にするとネビーは屈んでカニをつまんで私へ差し出した。
「まぁ。こちらのちびカニさんは貝殻を背負っています」
「これはいつもの海にもいますけどあんまり見かけないです。貝殻カニは初めてですか?」
「はい」
「ではどうぞ」
はい、と片手を取られて掌の上に貝殻カニを置かれたので私は慌てたりしないぞと決意。カニが逃げようとしても動じないで反対側の手を使って……。
「おち、落ちます。くすぐったいです」
ちょこちょこ動いてすぐに落ちるから手を何度もお皿にしないとならない。それで結局貝殻カニは砂浜に落下。彼が私の為に捕まえてくれたのに逃げていく。
「おちびカニさん、お待ちに……コホン。お待ちなさいカニ! 逃しません!」
「あはは。言い直しても結局上品。あはは。動きがかわゆい」
「笑わないで下さい!」
「待てこら貝殻カニ! あっ、砂に入っていく」
貝殻カニは海の方へ移動して砂に潜って見えなくなってしまった。波が来たのでその跡が分からなくなったしまう。
「持ち帰って飼いたかったです」
「おっ、ウィオラさん。綺麗な巻貝」
「うわあ、美しい青色です。それに不思議な模様」
彼が拾ってくれた貝殻は縦にしましまに近い模様で藍色から今の空色まで階調が変化している。
「これなら逃げないから持ち帰れます。異国から来たような屋台で見つけたと言えばよかです」
「はい。ありがとうございます」
「それにしてもこの白い棒みたいなものはなんでしょう。大きさはバラバラ」
「穴もあいていますね」
二人でしゃがんで白い砂浜の上に沢山ある白い棒を手にして観察してみる。
「ひゃぁ! けもじな虫がわらわらいました」
少し大きめな石をどかしたらげじけじ毛虫みたいな毛だらけの黒くて小さな虫がワッと現れて霧散していった。驚いてよろめいてネビーをつい掴んだら抱き寄せられた。
「相変わらず虫は苦手、と」
「慣れた虫も沢山います」
頬を撫でられて彼が目を閉じたしさらに引き寄せられたからこの意味は分かる。瞬間、ピーッという笛の音が鳴り響いた。
「かなり大きめの波が来ることがあるので離れて下さい!」
ここまで騎士と一緒だったことを忘れていたので慌てて離れて波打ち際からも距離を保った。
「ご忠告ありがとうございます」
「ここの海にはたまにシャチが出ますから気をつけて下さい。離れた、離れた」
馬から降りている騎士がこちらへ向かって走ってくる。もっと波打ち際から離れなさいということなら更に離れよう。
「大体、新人なのになぜ自分だけ擦り寄っている」
「えっ? いや、あの」
「っていうか既婚者じゃないか! 俺にその立ち位置を譲れ! 俺は本部所属でどう見てもお前よりも先輩だぞ!」
「あの、この服は借りただけで俺は異国の兵士で隣は妻です」
「……。えっ?」
「話が伝わってないですか?」
「……。異国の来賓が来て指示されたらいつものように護衛や観光案内と……。そういえば夫婦の案件もありました」
すみませんでした! と騎士に謝られるとネビーは笑いながら「独身ですか?」と質問。
「ええ。まさか。まさか働きぶりが良いから誰か紹介しようと思ったけど今ので無しですか⁈ お屋敷の使用人はどうですかとかあるって聞くけど俺にそんな奇跡が起こったことはありません!」
「あの街で人気の職はなんですか? 自分達の国の下街だと火消しと兵士と役者と大工です。結婚相手としてではないですけど」
「ヒケシってなんですか?」
「災害実働官です」
「もっと分かりません」
「火事や災害時に活躍したり病人を運んだりする人です」
「俺達騎士の仕事の範囲です」
「ほうほう。それなら人気者になりそうなのに独身なんですか?」
三人で砂浜散策になって不満はないけど私としてはシャチが何か気になる。
「同じ騎士ならあっちって流れていくからですよ。この顔で、チビめだし……。忙しくて出会いもないです」
「俺の同僚みたいです」
「その同僚は独身ですか⁈ そういう男は一生独身ですか⁈」
「いや、周りの先輩や同期がお見合い相手を紹介します。見た目はイマイチでも中身がよかだって言うて。この顔でチビめがよかっていう女もいますし」
「たまにあるけどフラれまくりです」
「口説き方が悪いんじゃないですか? どうやって口説いて……妻で練習しますか?」
「えっ?」
「練習って、私はこの国の女性ではないから役に立たないと思います」
「まあ、まあ。人助けだと思って。はい、ここで波打ち際ではしゃいでいる女性を発見。仕事中だけど少し気になったからかなり優しくした格好良く接する。開始!」
私は先程のようにしゃがむように言われてネビーと騎士は遠かった。小芝居しなくて良いだろうから好きにしようと割れていない貝殻探し。
「かなり大きめの波が来ることがあるので離れて下さい!」
さっきもだけど言い方も表情も怖い。
「違う! お嬢さんとか、君とかつけて、かなり大きめの波が来たら危ないので離れて下さい。もっと優しく。怒鳴らない! どう見てもそんなに危険そうではありません。緊急事態以外は怒鳴らないで笑顔! やり直し!」
ネビーが即座にダメ出ししたけどこれは一体何なのだろう。やり直した騎士はぎこちない笑顔で「お嬢さん、かなり大きめの波が来たら危ないので離れて下さい」と怒鳴り声ではないゆったりめの大きな声を出した。
「はい。ご指摘ありがとうございます。そんなに大きな波が来るのですか?」
「そうです。それにいきなりシャチが出る事が稀にあるので早くこっちへ来て下さい」
「若い女にいきなり触るな!」
騎士はネビーにベシンッと手を叩かれた。手首を掴まれると思った私は手を引っ込めて走り出そうとしていたところだった。
「っ痛! 見た目によらず力が強いですね!」
「この黒ばっかりの制服はどう見ても怖いんですから必要もないのに触っていけません!」
「いや、早く波から離さないとと」
「そんなに緊急ですか? 今すぐそうしないといけませんか? シャチっていうのはそんなにいきなりワッて現れるんですか? その時に一気に助けるのでは間に合いませんか?」
「講義で教わったことしかなくて、見たことがないので分かりません。年に一回、二回、冬頃に見かけると言いますが気をつけなさいと言われています」
「この海岸で誰も観光させないか柵を作ってここからは立ち入り禁止としないのは何故ですか?」
「ここは滅多に人が来ません。王家関係者以外ですと、王家関係の来賓に対して許可制ですので。旅人などは来るかもしれませんけど」
またやり直し、となってネビーが声掛け後の見本を見せることになった。ゆっくり近寄ってきて、手を伸ばしても触らない距離で止まると騎士に告げて、笑顔で会釈をして「滅多にありませんが何かあったら遅いのでもう少し波打ち際から離れましょう」と掌で林の方を示した。
「ウィオラさん、少しごねて下さい」
「えっ。はい。滅多にないならその時に助けて下さい。私は初めて海を見たので海に入りたいです」
「では、これに対してどうぞ」
「は、はい。我儘を言わないで下さい。王家や家族からくれぐれも、と言われています。危険なことは一切させられません」
なんだかこの言い方は腹が立つ。実家はそこそこの家で禁止事項は色々あったけどこんなに有無を言わせない感じはない。
皇女様や皇居華族のお嬢様達ならまた別かもしれないけど、彼女達だってこんな言い方をされたらきっと嫌だろう。しかも顔がまた怖いし声色も怖いからとっても嫌。私はジリジリ後退した。ネビーがいなかったらとっくに走り出している。
「全然ダメ。人気者に取られているんじゃなくて貴方自体に人気が無いだけです。騎士とか出会いがないとかきっと関係ないです。怖いし頭ごなしです」
「な、なんなんですか貴方は!」
「ニールさんに気になったら指導して下さいと言われました。異文化の兵士同士で勉強になりますって。こちらがその証書です」
そう告げるとネビーは上着の内側から紙を出して騎士へ見せた。
「連絡事項の伝達不足。護衛相手のお嬢様らしき人物の前で態度が悪い。注意の仕方が悪い。表情が怖い。報告して改善案を彼に出しますので」
「……。これ……。す、すみ、すみません、すみませんでした」
「クビになる話ではないから大丈夫です。彼は改善しましたと報告しますから。あとは教育の問題なので貴方のせいではありません」
「は、はい。はい……」
ネビーはしばらく騎士に説教をして、その後にこうしたら良いと教えて、改善したら老若男女に好まれるから自然と女性にもモテて結婚と伝えて彼の背中を叩いて鼓舞。それから彼を上手く林の方へ追い払った。
「ニールさんに頼まれているんですか?」
「ええ。働きたいですと言った結果の一つです。これでよかなのかは知りませんけど。二人の世界を邪魔されたんですこぶる不愉快だったから八つ当たりも兼ねています」
この国は街中で男女が堂々と腕組み、腰に手を回すという事は当たり前のようなのでと手を繋いで海岸を再度散策開始。
「この国の王様は煌国皇族なのに治安維持系統はかなり違そうです」
「ええ。地区兵官さん達は強面で怖い方が多くても挨拶など気さくですし火消しさん達が明るい太陽のようなのでわりと安心して生活しています」
「確か、出来て二十年くらいなんですよこの国。元々街はあったようですけど。ニールさんが下っ端兵官の俺に質問したいってことは色々これからなんでしょうね」
歩き続けていたら砂浜はどんどん岩場になって白と黒で楕円形みたいな不思議な二足歩行の生物を発見。茶色くてふわふわして見える毛に覆われた似た形の生物もいる。
「騎士さん! この生物は肉食……なんでついてきていないんだ⁈ 過剰な護衛は必要なくても簡単な護衛と観光案内係のはずなのに⁈」
「あ、あつ、集まってきます。見た目は愛くるしいです」
「前半にしかいないので確認するから下がっていて下さい」
「はい」
ネビーがそろそろ前へ進むと謎生物達は集まってきた。鳥なのか翼みたいなものがあるし嘴は鋭い。
「攻撃してこないみたいです。なんか集まってきます」
その通りでネビーはどんどん囲まれていく。
「触ったら怒るのか?」
ネビーは謎生物を一匹抱き上げた。
「おお。変な感触。うわっ、なんだ。騒ぎ出した」
謎生物達は翼らしきところをぶんぶん振り回しながら「ヴォー」とか「ミミャァー」みたいな変な鳴き声を出し始めた。
「お、下ろすから。押すな。おお、すり寄られているのは何でだ? ちょっと、引っ張るな」
肉食獣——鳥?——ではなさそうだからと呼ばれて二人で謎生物を撫でて、集まっていた謎生物達は私達に飽きたのかどんどん離れて腹這いになったり海に入ったりよちよち歩いたり自由。
「俺は貝殻カニよりこいつらを飼いたいです。世界は広いですね」
「愛くるしいで……」
海から出てきた謎生物はぴちぴち跳ねる魚を丸飲みしたし、同時に喧嘩が起きてつつき合いが怖い。
「こいつら、魚を食うのか。騒ぐと獰猛そうです」
「愛くるしさが半減しました」
私達は二人で誰か旅をしてこの謎生物の絵を描いた人は煌国にはいないのか、その絵が展示されている美術館はないのかという話で盛り上がった。




