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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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話し合い

 急に眠気がきて浴槽で寝てしまうと思ったので行水状態で風呂から出て応接室へ戻ったけどウィオラはまだいなかったので横になったらそのまま爆睡。

 海蛇に足を甘噛みされて目が覚めた時、彼女は俺の近くに座って読書をしていた。


「……おはようございます。すみません。寝ていました」

「寝ていたことを謝るなんて変ですよ」


 ウィオラにニコリと笑いかけられた時に鐘の音が鳴り響いたので回数を数えて七回だったので慌てて支度をして出勤。

 雨が降っていたので嫌な予感、と思いながら傘を借りて見送られながら家を出て、雨足がどんどん強くなっていって職場に到着したら通常勤務は無しで災害救助支援という命令を受けた。

 なんとなく休みは無くなるという勘が働いたけどその通りで経歴資料から推測すると慣れているだろうから、と北東農村地区へ応援に行く災害実働官補佐部隊員に追加された。

 事務官にムーシクス家に伝言を依頼しながら今回の東地区滞在もウィオラとどこにも行けないと心の中で少しため息。

 監察官僚へ帰宅したのは金曜の朝で、これなら休みはもう月末に固めて帰宅を早くしようと考えながら担当補佐官との面談に応じた。

 今後の勤務調整の話だと思ったら全く別の話をされて書類を見せられて困惑。


「出張終了ですか?」


 書類は既視感のあるもので要約すると「農林水省の指示で南三区六番隊に帰還」という内容。


「経歴からして各種業務経験を増やして本部幹部へ、と思っていたら君に設定されている目標は番隊長のようですね。これで連れ戻しは二回目になるから実績としては十分というか過剰というか」

「……今の時期に一ヶ月半の出張は長めだと思っていたら上にはこのような思惑があったってことですか」

「さぁ? 出世組にはこういう辞令は良くありますけどこのように農林水省が絡んでくるのは珍しいです」


 南三区からの転居禁止と出張日数制限を制定した、という部分を眺める。

 特殊一等辞令と記載されているのでこれはゴネても無駄で素直に受ければ利益がある。


「この辞令を拒否しなかったらどうなりますか?」

「今回は仮説明なので地区本部の担当補佐官から正式な話を聞いて下さい。自分のところには特殊一等辞令書は届いていません。この辞令内容なら特殊三等辞令で恩賞は一階級昇進ってところでふけど一等だから分かりません」

「恩賞の予想は二等小将官ってことですか……」

「地区本部へ移動して四ヶ月で三等小将官と番隊副隊長補佐官副官に昇進後、四ヶ月で二等小将官に出世はそこそこ珍しいですよ。出足は遅かったけど巻き返し、という感じですね」

「父が総官を望んでいて急がば回れと言うてきましたけどこういうことかもしれません」


 ガイはこの辞令が出ることを考えていたのか、と思ったけどこの話を耳にしたら手紙をくれそうなのでムーシクス家に帰ったら手紙が届いているかもしれない。

 

「即時帰所命令ですがさすがにこの数日間は疲れて腕もこの通りなので明日馬屋を使用して出発でも許されますか?」

「明日は休みで三日以内に南地区本部となっています。非緊急時で労災なので許可されます」

「許可証をお願いします。その休みは振替にして三日以内に南地区本部への帰還を了承します」


 左手を軽く捻ったので薬師に出してもらった診断書を提出済みなのでこの程度でも乗馬不可の許可申請をしてもらえるとはありがたい。

 面談が全て終わって帰宅可能になったので街を歩きながら少々ぼんやり。


(転居不可に出張日数制限って……。その頭は無かった。あったけど特殊一等辞令が出るとは思っていなかった。三等くらいならゴネたらどうにかなるだろうけど……)


 走って、走って、走って、走って、走り続けて誰かと縁結びという意味では二度と惨めな思いをしたくないと思っていたけど走った結果足を引っ張られるとは予想外。

 ムーシクス家に向かって歩きながら交互に出している足のつま先を見つめ続ける。


(ここから俺とウィオラさんの半分こってなんだ……。意見書を出してくれた組合や署名した人達全てに頭を下げて回るか?)


 個人的に辞めたくないけどウィオラが「俺は俺という職業のようだ」と言ってくれたから彼女の為なら辞めても惜しくない。

 同じくらい価値のある、同じくらい人を笑顔に出来る道を一緒に探してくれて寄り添って手伝ってくれるだろうから。

 俺には地区兵官が自分の最大限の仕事だと思っていたけど彼女となら別の道も見つかるだろう。

 ウィオラにこの間言われてから業務とロカのおかげで知識が増えているので励めば薬師にはなれそうだという考えも浮かんだ。


(地区兵官は絶対に譲らない、はどこへいったんだか……)


 今の俺は貧乏男ではなくて懐にしっかり貯金があるから弟子入りして学ぶ間の当面の生活はなんとかなる。

 しかし、ムーシクス家全体が俺を受け入れたのは卿家と俺にいざという時にくっついてくれる漁家、農家、財閥などが守護神のような役割を果たすからなので俺はその力を維持するのに地区兵官を辞めるわけにはいかない。

 

(損をするのはウィオラさん……。それが一番嫌なのに……)


 蝉の声が耳の奥で反響して嫌な気分になってくる。最近見た夢の中の「あの蝉は私です」という台詞が蘇って気持ち悪くなってきた。

 家の為なら全部捨てると一人ぼっちになった女性が何もかもを取り戻そうとしているのに俺はその羽を切り落とす。

 足元にその蝉がいたので手を伸ばして拾うと、蝉はまだ生きていたようでジジジジジジと鳴いて手からこぼれ落ちかけた。

 落下させないと蝉を掴んで悩んで少しでも空に近い塀の屋根の上に乗せて再び足を動かす。


(話し合わないと分からないか。ウィオラさんは俺の考えていることとは違う事を言うから……)


 罪悪感から甘味でも買って帰ろうと思って太るからそんなに要らないと言われていると思い出して辞めて、それなら何にするかと考えていたら橋の手すりの上を歩いて遊んでいる学生達がいて危ないと声をかけようとしたら落下。

 川に落ちる前に掴んで持ち上げて橋の上に放り投げて説教する気になれないから彼らを無視してまた歩き出した。

 ひったくり、と聞こえてきたので転ばして縛って「連続勤務でへろへろで退勤後なんで」と他の兵官を呼ぶように伝えてまた歩き出す。

 疲れている時、しかも退勤中に限ってまた事件で押し入り強盗を発見したからぶん殴って以下略。

 そうしてムーシクス家に到着したら振袖姿のウィオラがアニの前でしゃがんで食事をするのを眺めていた。


「まだまだ食欲はありますね。暑いのにこんなに食べられるのは元気な証拠です。アニはお姉様に大事にされていますからね」


 少し悩んで重たい話をする前に少しくらい癒されたくて後ろから抱きつこうとしたけど制服が臭そうだからやめて肩叩き。

 人差し指を伸ばしておいたら引っかかってウィオラの柔らかな頬に指がむにっと触れた。


「ただいま帰りました」

「お帰りなさいませ! その左手の怪我はどうされたのですか?」


 指の悪戯に対する感想はなさそうで残念。ウィオラは立ち上がって俺の左手を見つめた。


「手首を軽く捻っただけなんですぐに治ります。利き手ではないのでそんなに不自由もないです」

「中へどうぞ。茶会が終わって休憩中でした。お風呂と着替えと食事と睡眠とどうされますか?」

「時間的に当主総会に間に合いますか? 起きていられると思います」

「いえ、無理をしないで下さい」

「とりあえず風呂と着替えにします。腹は減っていないからしばらくなくてよかです」

「分かりました」


 疲れて食欲がないとか気分が落ち込んでいるから食べたくないと言うと心配されるからそうは言わない。

 家の中へ招かれたら玄関にウィオラ付きらしき使用人が座って待っていてウィオラの指示で俺の着替えなどを取りに行ったので俺は風呂。ウィオラは俺に休んで下さいと告げてどこかへ去った。

 風呂から出てたら着替えはこの家の紋付袴に羽織りだったので俺も最初の予定通り当主総会に出席、と決まったのかもしれない。

 自室にさせてもらっている応接室へ行ったらラルスとウィオラが座っていた。


「お疲れ様ですネビーさん。お疲れのところ悪いのですが挨拶くらいは出席していただきたくてこのように頼みにきました。息子は懇親会中なので代理です」

「ラルスさん、ウィオラさん、大切な話があるのですがお時間はありますか?」

「ええ、まだ平気です。あぐらなど楽な格好で構いません」


 そうは言ってもラルスがいつものようにあぐらではなくて正座なのが気になるので俺も正座にする。


「ははっ。律儀な方だ。私が楽にするのが先でしたね」

「いえ。でもお気遣いありがとうございます」

「大切な話とはなんでしょうか」

「本日、仮辞令を受けました。特殊一等辞令なのですが、不在中にルーベル家の父から手紙が届いていませんか?」

「ネビーさんへの手紙は全てそちらの机の箱の中にしまってあります」


 自分で取りに行こうとしたけど掌で静止されたのでありがたく箱を取ってもらって受け取って蓋を開けたらかなりの束だった。


「どこからこんなに沢山……」


 兵官さんへ、という宛名ばかりなので誰かが何かで俺にお礼の手紙のようなのでそれは後回しにして確認すると宛名が俺の役所郵便を発見。

 封筒は厚めでガイだと思って中身を確認したら家族からの手紙がいくつか入っていてその中にガイからのものもあった。


「少々失礼します」

「ええ」


 手紙を開いて内容を確認。


(奉納演奏で何度か成果を出しているウィオラさんに皇居斎宮(いつきのみや)の局への入内(にゅうだい)話が出ている……。候補者の一人……)


 二人とも家族や友人知人と離れて皇居、中央区暮らしという選択肢は無いと思うので少し先手を打ったら予想外のことに俺に特殊一等辞令。

 内容的に特殊一等辞令ではおかしいので何かありそうだけどそれが何か掴めていない。

 特殊一等辞令なので毎月東地区へ出張などの交渉が出来るので半々で暮らすのは無理でもなるべく実家へ帰る、ということは可能なのでそれでも良いか話し合いなさい。

 今回は地元や漁家達よりも番隊や本部が騒いだので頭を下げたから東地区で暮らせる、という感じではない。

 あまり役に立てなかったどころか藪蛇だったかもしれない。帰宅したら改めて話すがすまない、などと書いてある。

 

「あの。特殊一等辞令の内容ですが南三区から転居不可と出張日数制限です。恩賞は一階級昇進疑惑で辞退時の処罰は不明。出張先なので仮辞令だからです。三日以内に南地区本部へ帰還せよという命令がきました」

「……転居不可と出張日数制限ですか。ああ、地区本部へ転属になって番隊に戻った時のような理由ですか?」

「あの時は特殊三等辞令でしたので重みが違います。父は詳細を調べきれていないようです。自分が知っていることばかり書いてあります」


 ウィオラの件を除けば、である。


「それなら私達の住居は南地区で決定ですね。決めなければならないときは決めようという約束でした。ネビーさんには選択肢がなくてあとは私が選ぶだけです。私は自由ですので寂しくなったら好きなだけ実家に帰ります。ありがとうございます」

「……えっ。ありがとうございます?」


 ウィオラにニコリと笑いかけられて困惑。


「逆に良かったかもな。家全体の守護神確保の為に南地区へ行くけど手が空くので南地区でムーシクス流を広めていくと言える。琴門としては頭打ちだから陽舞妓(よぶき)一座に手を伸ばしていたんですけど南三区はまだ余裕がありそうです」

「おじい様はあれこれ調べていまして事業計画書も本日いくつか提出します」

「家族としてはこの家にいて欲しいですが家全体としては二人が南地区を選ぶ方が得です。南地区へ殴り込みはすぐにはしません。その辺りは当主総会で決めていくと思います。最初はせいぜい他流派と交流稽古、いわゆる留学です。海が近いので私やウィオラのような現体験を必要とする者には良い留学先です」


 話し合いにすらならずにあっけなく終わって拍子抜け。


「おじい様に上手く語っていただいて代わりに我が家の建築費補助予算を確保しましょう」

「ネビーさんは多忙なので一先ずルカさんとジンさんとあれこれ話し合っている。小さくて構わないので寄宿舎などが欲しくて。土地を広めに買っておいて後から考えたい」

「つまり、我が家から土地代を横領出来ますよ」

「横領って言い方はよしなさい」


 楽しげなラルスとウィオラに気が抜ける。帰宅するまでの俺の杞憂はなんだったのだろうか。

 いや、と俺は二人にガイからの手紙を差し出した。ラルス、ウィオラの順に目を通すと「どうだ、ウィオラ」とラルスが彼女に問いかけた。


斎宮(いつきのみや)の局……。それがどうしてネビーさんの特殊一等辞令と関係してくるのでしょうか」

「俺達の豊漁姫の縁談を邪魔したら許さない、と大騒ぎになったからじゃないか? ネビー君は南三区から引っ越せない。皇居には行けない。ウィオラを無理矢理皇居へ、という話が出たらまた同じ騒ぎになる。そんなの農林水省としては疲れるから候補者から外すだろう」

「そうですね。他にも候補者がいるのでしょうから面倒な私よりも面倒ではない方へいきますね」

「ああ。ガイさんの先手ってそういうことですか。候補が他にいるなら面倒な相手は避けます」

「両家の家族とも友人達とも離れ離れになる皇居になんて行きたくないのでガイさんにお礼をします」

「煌護省ではなくて農林水省から特殊一等辞令とはなんだろうな」


 俺は自分の辞令を見直して煌護省ではなくて農林水省から特殊一等辞令だ、と再確認。辞令話の時にも言われたのにしっかり把握していなかった。


「ネビーさん? どうされました?」

「怪我もしているし疲れているのだろう。時間になったら呼ぶからゆっくりしていなさい」

「はい」


 安心したからすっかり脱力している。


「横になりますか?」

「いえ、あの……。すみません。俺……。半々なんて言うたのに……」

「半々ではなくて倍になる話をしませんでした? 忘れっぽいので忘れてしまいました?」


 心から、というような笑顔を向けれて胸が温まる。ウィオラの屯所通いはこちらが一方的に負担をかけていると悩んだけど結果は鳥が沢山です、という返事だったのと同じだ。


「……そうでした。そうでしたね。あの、でもこれでも倍になりますか?」

「海を見てみたい者は多いけど遠いので躊躇(ちゅうちょ)します。でも私達が安全な経路を教えられますし家が建てば泊められますし、その前ならかめ屋を紹介出来ます」

「家族は当然として友人達ですか?」

「門下生や使用人です。特に使用人。福利厚生で選べるようにしたら喜びそうです。それにネビーさん。私達が交互に行き来すると私の家族は南地区へ行かないですが定住だと来ます。孫に会いに来るとか……」


 笑顔もだけどこの照れ顔には癒される。


「そうすると家族同士が親しくなって大家族に近づきます。私に遠慮気味のネビーさんのお父様は私のお父様と話せるのでしょうか」

「ガイさんと打ち解けられないと思ったら気がついたら飲み友達なのでそのうちきっと」

「ここと南三区は遠いけどうんと遠くはないので良かったです。同じ地区内でも行きづらくてもっと時間が掛かるところはありますから。ネビーさん?」

「いや、結構悩んだというか頭の中が真っ白になったので。ウィオラさんにだけ負担をかけて寂しい想いをさせるのかと……」

「私達はもう離れ離れで暮らす、という雰囲気だったのに別の道を提案してくださったのはネビーさんです。形が変わっても与えてくれたものは得られるから同じです」


 ありがとうございます、と告げてくれた笑顔に少し見惚れたら彼女の笑みは困り笑いに変化した。


「私にだけ負担って、このように悩んで悲しんでくださるではないですか。だから荷物は二人で背負っていますよ」

「……」

「ネビーさんって前向きなようで悲観的ですよね。いえ、前向きだけど悲観的? 悲観的というよりも心配症です。顔色が悪いので疲れているのもあるのでしょう。疲れているということは本日の挨拶文も忘れてそうですね」

「あっ。確かに怪しいです。呼ばれるまでその練習をします。付き合って下さい」

「挨拶文などの問答についての書類がそちらの机の上にどう見ても一度も目を通していない様子で置いてありますが読みました?」

「……ああっ! 言われました! 腹が減ってて右から左に流れてそのままド忘れです。うわぁ。あー。俺は何を言われて何と返事をしたらよかですか? いや、読みます。あと良いですかだ。良いですか、良いですか、良いですか……直ってない……」


 挨拶文の確認と書類に目を通す、と決まったけどそこに使用人が来てこう告げた。


「農林水省東地区本庁と煌護衛省東地区本庁よりお役人の方々が来訪してお嬢様とルーベル様をお呼びです。御隠居様と全当主総も同席するそうです」


 俺達は午前中は茶会、午後は当主総会を行う三巴犬(みつともえいぬ)の間へ移動した。

 内容的に特殊一等辞令ではおかしいので何かあるけどそれが何か掴めていない、といガイからの手紙に書いてあった話と関係あるのは明らかだ。

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