友人5
悲しいことに人手不足と出張前の準備が理由でネビーに地区本部勤務命令が出て、彼は八月から出張よりも約二週間早く去ってしまった。
会えるかどうか分からないけど土日なら会いに行けるので、地区本部での勤務状況が分かったら手紙をくれるというので待つしかない。
まだ別れて数時間なのに寂しくて仕方がないし倒れないか心配。
「ムーシクス先生。ムーシクス先生」
「は、はい!」
「ぼんやりして花をつついてどうされたのですか?」
「うつけていてすみません」
「うつけ? うつけているはぼんやりですか?」
「えっ? ええ。うつけとは東地区訛りだったのですね」
私も久しぶりに使った気がする。祖父の話し言葉がうつったのだろう。
隣席の年下先輩エミリ・カランは私の隣に腰掛けて持ってきた書類を机の上に置いた。
「ぽやーってして頬を染めていましたけど、その花は婚約者さんからですか?」
「あ、あの。はい。彼は出張に行ってしまったので黄泉迎え送り休みまで会えないので贈ってくれました」
買ってきたのか摘んできたのか分からないけど、昨日の朝出掛ける前に私にちび向日葵を九本贈ってくれた。
遠出する際に向日葵を恋人に贈るのは君しか見ていません、他の人は見ませんという意味がある。
結んであった文に「三三九度の誓いです」と書いてあって何の誓いなのか、という記載は無かったけど神聖な誓いで君しか見ません、と彼も逸話を知っててこの花を選んでくれたと分かって嬉しいので学校、私の部屋、ネビーの部屋に分けて花カゴに生けた。
「遠出するのに向日葵とは嬉しいですね。私の婚約者さんはこういう気の利いたことはしてくれなそうです。勇気を出して話題にしたのに婚約指輪の話も聞き流されました」
「コホン。私語」
私の反対隣の先輩に注意されたのでお喋り中止。少ししてカラン先生にスッとと書き付けを差し出された。
【お昼を一緒に食べませんか?】
私は【お昼は生徒達と約束があるので放課後茶屋はどうですか?】と返事。
ロカに文通お申し込みがあってそれに関して不機嫌なネビーが送迎にジンをつけようとしたので私はそれなら時間のある祖父に頼む、と提案したので祖父は今日も私達を迎えに来てくれる。
なので私が居なくても生徒達の集団下校の見張り役は消えないからカラン先生を誘える。
【前から誘いたかったです。よろしくお願いします】
【こちらこそようやくお誘いできました。楽しみです】
女学生時代を思い出して楽しいやり取り。この職場の同僚とお出掛けするのは初めてだからワクワクする。
昼休みはいつも通りロカ達の教室で過ごして放課後、同僚と少し茶屋に寄るから祖父と買えるようにロカに話して祖父に伝言も依頼。
ほぼ同じくらいに退勤時間を迎えたハーバー先生も一緒に良いかと尋ねられたので勿論承諾。
ハーバーは今年入職の新人なので一応私と同期だけど挨拶とちょっとした雑談しかした事が無いので話すのが楽しみ。
「彼女の姉と私は幼馴染なんです」
三人で教務室を出て歩き始めるとカラン先生はそう告げた。
「そうなのですか」
「退勤後なので気楽に呼びますがユヅさんはムーシクス先生と話してみたくてウズウズしていました。でもあまり自分は接点がないから私に誘って下さい、誘って下さいって」
「まぁ。それは嬉しいお知らせです。でもカラン先生は私に興味が無いというのは残念なお知らせです」
「そんなことないですよ」
「冗談です」
「タチナ先生がすぐに私語、と言いますしムーシクス先生は昼休みに職員休憩室に来ないじゃないですか」
「すんなり馴染んで教室に誘われて生徒と昼食は憧れます。エミリさんも良く生徒さん達が誘いに来ますよね。エミリさんもムーシクス先生も羨ましいです」
勤務初日の集会での挨拶時にどこかの誰か——多分ロカ——が歌ってと揶揄ってきたので堂々と歌って調子に乗って舞も披露したから全校生徒に名前をガッツリ覚えられてその日から生徒にお昼を一緒にしようと誘われる。
「私は中途採用で初めて働いている訳ではないですから。ハーバー先生はこの間まで女学生でしたのでこれからです」
「そうそう。ムーシクス先生の言う通りです」
「私、ムーシクス先生に聞きたいことが沢山あります。東地区出身なのに南地区へ転職はやはり海が目的ですか? 婚約者さんの仕事関係とか、家族で引っ越したからですか?」
私は同僚と深い話をしてきていないので二人とも興味津々、という様子。
「タチナ先生がムーシクス流は東地区の有名琴門流派の一つだと聞きました。ムーシクス先生ってそれなりの家のお嬢様って事ですよね? 名家一族のお嬢様。所作や私立女学校卒という噂とも一致します」
タチナは専門が音楽の私の指導講師でそれなりの家の琴門に属して茶道門もそれなりの家に所属しているようだからもちちが単なる東地区名物ではなくて隠れ銘菓だとか、東上地区といえばムーシクス流か他のニ家と知っていた。
しかしなぜ東地区で暮らしていて区立女学校講師なのか、という質問はしてこない。人生は色々ですよね、とは言われたけど詮索してこないのでとても楽だ。
「はい。それなりの家に生まれました。半元服時にとりあえず確保した婚約者が婚約破棄後に付きまといになって身が危ないので隠れることになりました」
それなり、と言うと分家の娘と思われるから私はこういう言い方をすることにしている。
「えっ。そうなのですか?」
「実家から遠過ぎず、しかし見つからない他地区ということで一区で住み込み芸妓をしていました。偽名と言いますか芸妓名で働けますし付きまといが居なくなれば堂々とムーシクス流の評判上げも出来ます」
嘘はあまりつきたくないけど家出話をするとややこしいから若干捻じ曲げて省略。
「へぇ。ムーシクス先生は芸妓さんだったのですか」
「主に琴と三味線と歌の講師役です。家業の修行も兼ねていました。自慢ですがそれなりに才能があるのでこう、諦めの悪い付きまといの耳に届いてしまって見つかりそうだから南三区に引っ越して芸妓も辞めることにしました」
「それでコネ入職ですか。まぁ、私もコネでユヅさんもコネですけど。女学校講師はコネ入職しかいません」
薄々そんな気はしていたけど、入職してそれを聞いて私の五年間の自己努力は無駄だったとはっきり判明した。私が消極的だったのもあるけど。
私は太夫の馴染み客の口添えがなかったら今ここには居ない。
「堅苦しい家を出たら最初は自分の箱入りぶりに落ち込みましたけど楽しくなってきて、実家や地元に帰れないならいっそ好きに生きたいと女学校講師を目標にしました。人に教えるのが好きでしたので。特に子どもに教えるのは楽しいです」
「ムーシクス先生の言葉の端々からたまに箱入りお嬢様さを感じていたけどやはりそれなりの家の方なのですか。隣の席なので姿勢とか手の動きとか真似しています」
「それはありがとうございます。礼儀作法の講師でもあったので日々気をつけています」
「実家に帰れないなんて可哀想です。その付きまといはどうにかならないのですか?」
「夏休みに帰省すると言っていたのでコソコソ帰ると言うことですよね?」
「中々嫌がらせの証拠が無かったのですがついに家族と婚約者が追い払ってくれました。なのでもう帰れるのですが南地区の方と縁を結んだのでまずは半々で暮らそうと話しています」
ここまでで何か気になることはないようだ。というよりも私の話は気になるところだらけで突っ込みきれないだろう。
「半々で暮らすってなんですか?」
「雅な上に頼りになる婚約者さんなのですね。私はその話を聞きたくて誘いました」
「エミリさん。ムーシクス先生の婚約者さんは地区兵官のルーベルさんですよ。知らなかったんですか?」
「……えっ。えーっ! そうなんですか⁈」
「エミリさんに話さなかったでしたっけ。この間アード先生達が立ち話をしていたんです。街で二人を見たとか、その前にムーシクス先生を迎えに来ていましたよって話です。ルーベルさんは昨年秋に文通お申し込みをして春に祝言……していないですね。ムーシクス先生は婚約中です」
二人に顔を覗き込まれてしまった。
「いえあの。仕事で少し会ったことがありまして、引っ越してきたらお隣さんでした。それでその、ご家族が新入りに優しくしてくれて彼とも話しました。お申し込みをしたいけど隣同士なのでどうしましょうと言われて……」
家の話は平気だけど、この話になると途端に恥ずかしくなってくる。
「引っ越してきたらお隣さんですか?」
「はい。それで生徒のお兄さんでした」
「凄い偶然というか、一区で暮らしていたのに仕事で会ったって……。それが秋なんですね。噂はこうどんどん変化しますから。ルーベルさんは今年から地区本部所属だから会う可能性はありそうです」
「あはは。ルーベルさん贔屓のユヅさん大興奮。ムーシクス先生。ユヅさんは兵官さん好きなんですよ。結婚相手は役者系の色白な男性が良いらしいですけど。特定の、その人だけだけど」
「ちょっ、エミリさん」
「特定とは気になる話です」
女学生の時はジエム話なんてほぼしなくて友人の話を聞く側。菊屋でもたまに恋話をされたけど、私は話す内容が無かったのでお互い言い合える恋話会は昔から憧れだったからこれは楽しい気配。
ここのわらび餅はおすすめです、とカラン先生に言われたお店に入って三人ともわらび餅を注文。
「ハーバー先生。特定の方とは幼馴染さんですか?」
「私のことよりもムーシクス先生です。ルーベルさんとお隣さんになってどうなって婚約したのですか?」
「私もまずそこを知りたいです」
「……。引っ越し祝いに昼食や街案内を妹さんと誘ってくださってお話しした結果、気になるから口説きたいけど口説いて良いかと尋ねられました」
「まぁ。とても直球ですね」
「妹さん達がこのようなことは無かったから長所はこうで、短所はこうでと色々教えて下さって、仕事でとても誠実な面を見ていたので……良いですと……」
「口説いて良いですか? 良いです。そんな話は始めてです。ルーベルさんって女嫌いの噂があったのにその感じだと手慣れている花形兵官の仲間ですね」
それは誤解!
「慣れているから雅なら、雅は羨ましいけどなんだか不安になりそうです」
「誠実な方です。お互い少し気になるなら恋人として交際になるから結納お申し込みをしますと東地区まで行って両親に挨拶とお申し込みをして下さいました」
恋人、と自分で口にしてとても恥ずかしい。
「つまりお隣さんになってすぐに結納したのですか?」
「はい。あの、一週間です……」
「秋からお互い少し気になっていたから、偶然お隣さんになって一気に距離が近づいたんですね!」
「いえ、秋に知り合っていません。お隣さんになる前の日です」
「……前の日に会って引っ越したら隣にルーベルさんがいたんですか⁈」
「あまりの偶然にお互い驚きました。引っ越しの下見の時は会わなかったので知らなかったです」
「ムーシクス先生が惚気た婚約指輪の色は異国の赤い糸伝説にかけてくれましたって、まさに赤い糸の話です」
私は本当は毎日惚気たいから小さく頷いた。
「祝言したという噂に捻じ曲がっていますが結納です。両家で話し合って文通、お出掛け、日々の生活などの交流を結納の名の下にしています」
「婚約者が付きまといを追い払ってくれた……。婚約者はルーベルさん……。お隣さんになった地区兵官が付きまといを追い払って結納。きゃあ、文学みたいですとてときですね」
追い払い方が格好良かったのであれを見たら沢山の女性が惚れてしまう。
彼の気持ちが心に響いたのもあるけど、単に格好良かったのもあるのできっと殴り込み後の彼を見て惚れる女性がいる、と私はそう思っている。
だから女性が集団で「ネビーさん」とか「ルーベルさん」って黄色い声で呼びかけるのだろう。
「半々で暮らすとはなんですか?」
「せっかく地元に堂々と帰れるようになったので南地区に嫁入りは寂しいだろうけど自分にも家族がいるから半分こしようと言ってくれました。東地区でも地区兵官として働けるから行ったり来たりする私達は両家の架け橋だから家族になれるます。きっと今よりも楽しいです」
「行ったり来たりする予定なんですか」
「家は南地区にも東地区にもありますし私もどちらでも働けます。校長先生とも相談して十月いっぱいで離職して四月に空きがあればまた働きます。雑務講師は不人気でいつも空いているから雑務講師の可能性です」
「秋に退職なんですか! 年内って聞いていたのに。でも春には戻ってくる……。ムーシクス先生が雑務講師は勿体無いですよ」
「雑務講師に契約を増やすんじゃないかな。ムーシクス先生、そうですか?」
「ええ。手隙の授業補佐と毎日の趣味会の講師と土曜の趣味会の講師が候補と言われました。契約は年明けに役所とやり取りします」
「南地区と東地区の両方で暮らしますなんて規模の大きな話ですね」
「決める時がきたら心境や環境の変化などに合わせて話し合います。今日から出張しているように地区本部近く住まいになる可能性もありますし」
私はネビーがどこへ行くことになってもついて行く。
「付きまといを逮捕してくれて、君はもう家に帰れるから東地区で暮らそう。うわぁ、格好良いです! お慕いしている貴女の為ならどこへでも行きますってすとてときです」
私は君の為なら半分、と言ってくれたところが好きなんだけど東地区で暮らす、に変換されている。
「それなりの家なのに対処できない付きまといだったんですか?」
「ええ。それなりの家の息子だったので。父親同士は親しくて業務提携したいから、お家騒動に絡めて追い払おうとしてくれていたところにルーベルさんがトドメを刺しました。跡継ぎ争いをしていたので元婚約者にはそれなりにツテコネ人脈があって」
「うわっ。ドロドロな気配です。私達庶民とはこう違う世界なのに一緒に茶屋にいるという。同じ教務室で隣にいるのが不思議なのに話しやすいからこうしてもっと話したかったです」
「平凡な家に生まれて平凡な人生の私にはなんだか想像出来ません。ムーシクス先生ってたまにこう、儚げな目で遠くを見ていますよね」
「えっ。仕事に集中していなくてすみません。そのうち怒られそうなので気をつけます。再就職出来なくなってしまいます」
「そういう意味ではないです。今度ルーベルさんに会わせて下さい。昔から贔屓なんです。妹さんが入学してきたけど近寄れないから、ムーシクス先生の婚約者はルーベルさんと聞いた時からワクワクしていました」
お嬢さん好きのネビーは二つ返事で了承してデレデレするのだろうか。
「私も有名人と話してみたいです」
「今月は地区本部で来月いっぱい出張で東地区ですのでその後で良ければ。多分良いと言ってくれます」
お嬢さんにデレデレするネビーに私は妬いて、妬きもちちと遊ばれそうだけど悪い気はしない。
「火消しさんも来ないですか? 元々はハ組の火消し贔屓でルーベルさんも知りました」
「ムーシクス先生、ユヅさんは腐っています。男色妄想が趣味なんです」
「……。たまにいらっしゃいますよね」
「お嬢様もそういう趣向を知っているんですね」
「まあ、はい。読んだことはないですがそのような文学もあるらしいですから」
「エミリさん。ムーシクス先生に変なことを吹き込まないで下さい。私は目の保養が集まっているのが好きなんです。絡みとかそういうのではなくて。火消し集団好きは沢山います」
「ルーベルさんとムーシクス先生に火消しさんと私達って簡易お見合いみたいですよ」
「火消しさんは火消しさんの娘と縁結びです。でもこう、褒めてくれたりするだろうから気分が良さそうです。歩いていてもかわゆい女学校の先生達、火の用心って手を振ってくれますし」
前は分からなかったけど今はあの人達はそういう事を言いそう、と思ってしまう。
「カラン先生の婚約者さんも予定が合えば六人になりますね。しかしハーバー先生は特定の方は良いのですか?」
「私の婚約者も火消しの浮絵を買っていたから喜びそうだから聞いてみます。ユヅさんがこの通りなのでルーベルさんの事も知っています」
「婚約者さんはカラン先生達と同じ町内会か共通のお知り合いなのですか?」
「話していないんですね。エミリさんの婚約者は私のお兄さんです!」
「幼馴染なので腐れ縁です……」
照れ顔になったカラン先生はとても愛くるしい。
「お兄さんにエミリさんは勿体無いからありがたい話です」
「ムーシクス先生は毎日髪型が違うので真似したいです。教えて下さい。ただ、私は不器用なので簡単な髪型でお願いします」
「慣れですので色々練習しましょう。私も練習中です。どれが沢山褒められるかな、と」
今のところ一つ結びだと髪をツンツン引っ張りつつ何回も褒めてくれるのと、やたらかわゆいと言われた羊巻と横流しの編み込みが彼のお気に入りっぽい。なにせ他の髪型では「やたら」と言われていない。
「沢山褒められるって、褒められるのは当たり前って事ですか?」
「えっ? ええ。正直でハッキリ言う方なので……。した事がないですが以前流行っていた頭の上でお団子は嫌だと言っていました」
「火消しさんと親しそうだから火消しさん達みたいな性格って事ですね」
「ええ。ハーバー先生はハ組のどなたの贔屓なのですか? ハ組で大人気なのはアバンさんでしたっけ。生徒達にはケイジュさんという見習いさんも人気らしいですね」
「アバンさんは女性を何人も連れ歩く勢いなので私が目を付けているのは有名ではない方です。見た目がとても好みでうんと目の保養なんです。ハ組ト班のヤァドさん。いつも誰かと無邪気な姿ですとてときです」
ケホケホッと咳が出そうになった。
「私は猿顔で苦手。一緒にいるイオさんの方が何倍も色男でそこそこ人気なのにユヅさんは変わっていますね。しかも早く肩を組めとか、じゃれあえとか変態です」
イオの名前が出てさらにそういう話題なのでまた咳き込みそうになった。
さすがハ組のお膝元の地域なので知り合いの名前が出てくるってこと。
女学校の先生達はあの制服で三割り増しと言っていたイオ達がこういう話を聞いたらどういう反応をするのかとても気になる。
「猿顔は格好良いですよ!」
「でもユヅさんの想い人は猫顔です。火消しは呼ばなくて良いのでユヅさんの作戦会議をするかユヅさんの簡易お見合い場にしましょう。ルーベルさんが出張から戻ってくる秋までにユヅさんの想い人を誘えるようにします」
「ちょっ。エミリさん。教えないで下さい」
「ハーバー先生がお慕いしている方は幼馴染さんですか?」
「それが誰か教えてくれないんです。よだれを垂らす勢いで火消しさんや兵官さんを観察して挨拶や握手に記名を求めるのにまた手紙を渡せなかったとか、話しかけられないとモジモジしています」
「火消しさんや花形兵官さんは人気者の自覚があるから気さくに挨拶を返してくれて話しかける練習台になってくれますけど、普通の男性はそんな気さくではありません。気さくだったら遊び人です遊び人」
あの「せーの。ネビーさん!」と声を掛けたり手を振るのは練習なんだ。そうなの?
「どなたなのですか? お父上もマトさんも心配しています。誰か教えてくれればお見合いに繋げられるかもしれないのに恥ずかしいの一点張りです」
「私は文通から始めたいんです。親同士とか家同士ではなくて。家同士はこう、もしかしたら良いと言われますけど、純粋にこう……」
「文通お申し込みをしたい相手を親に教えずに……元服しているから自己判断で良いということですか?」
「このお店の二つ向こうの通りにある写本屋の写師さん、ということは教えてくれたのでそれなら文通くらい良いという判断です」
「写師さんですか。手紙を渡すのは恥ずかしいですよね」
「はい。たまたま頼んだ写本の担当で字が綺麗でどなたが担当だったか聞いたら挨拶をしてくれて……」
「一目惚れだそうです」
「ハーバー先生も文学のようですね」
「エミリさんの字もムーシクス先生の字も美しいです。私も恥ずかしくない字になりたいです。才能ですか?」
「いえ。書道家として認められる、という目的ではない日常の字でしたら練習あるのみです」
これは本当に恋話でとても楽しい。
「ハーバー先生のお兄さんでしたらカラン先生は今日、婚約者さんにチラッと会いますか?」
「エミリさんはほぼ毎日我が家に来ます。そうしないとお兄さんはすこぶる不機嫌です。エミリさんのお父さんが出世しないと半人前、と祝言を認めません。区役者勤めの新人になってようやく結納が許されたので必死です必死」
「ユヅさんは嘘つきなので聞き流して下さい。マトさんが不機嫌になる訳がありません」
「お祖父さんが味にうるさいので我が家の味を勉強してもらっています。母が元気なうちはエミリさんには好きに仕事をしてもらいますけど。面倒な家に嫁いでくれるとはありがたい。嫌な姉なんて欲しくないから嬉しいです」
今日も会うなら髪型を変えましょう、と提案したらカラン先生は照れながら「友人や生徒に褒められたいので」と乗ってきた。
「エミリさんは一つ結びか簪でまとめるばかりですからムーシクス先生に変えてもらいましょう」
「ええ。難しい髪型は婚約者さんのお姉さんや妹さんが結ってくれるのでハーバー先生と結い合いをすると良いと思います」
「私もわりと不器用なので昼休みに教えて下さい」
こうして私はカラン先生の髪型を変えてわらび餅も食べ終わったし約一時間経過した鐘も鳴ったので解散。
学校外ではウィオラさん、と呼んでも良いか尋ねてくれたので二つ返事で了承して逆も尋ねた。友人が出来た気分で嬉しい。




