デート7
稽古をしていなければ道場ではなくて自宅を訪れてデオンに挨拶、という気持ちで剣術道場へ顔を出したら稽古中だった。
即俺に気がついたデオンが息子に声を掛けてから近寄ってきたのでウィオラと二人で挨拶。
「まだやつれているな。暗めだから顔色が分からない」
「かなりマシになって今日は休みなのですこぶる元気です。自粛稽古は寝る前に体作りだけにします。思い出の河原で少し花火をしようと思って図々しくもロウソクと火打ち石を借りにきました」
「私の弟子の中でそんな図々しいことを言うのは君くらいだ。と、言いたいが意外にそうでもない。家内に私が許可したと頼みなさい」
「はい。ありがとうございます」
「休日に二人で買い物をしたのか」
「あっ。手土産もなくすみません」
「私も何も考えずに言われるままでした。すみません」
「んー、軽く何かしますか? 特別出稽古ですよね」
「少し顔を出すのに手土産なんて困るから次もなくて構わない。滅多に来ない道場から来てくれているから君を知っている者は喜ぶだろうけど疲労は大丈夫なのか?」
「元気なので先生と軽く手合わせしたいです。こういう時でないとそれは無理ですから。ちなみに多分口説きになるから手土産代わりと言ったのに私欲でもあります」
「相変わらず正直だな。非番の日に着物で何かに対処の軽い鍛錬ってところだな。だからタスキもなしだ」
「はい!」
素振りを見たいと言ってくれたウィオラに格好良いところを見せられるような、デオンにけちょんけちょんにされて幻滅されるような。
どちらになるか分からないけど見て欲しいので彼女を道場の端へ案内して荷物を預けてからデオンと共に道場内を移動。
「たまたま弟弟子達を見にきてくれたネビー・ルーベルさんです。そちらの希望があれば軽く私と手合わせをしてくれると言ってくれたのですがどうでしょうか」
出稽古元の師範か代理に紹介されたので挨拶をしたら「デオン先生の自慢の弟子の一人ですよね。ルーベルさん。お目にかかれて光栄です」とお世辞を言われて気分良し。
未成年のみの手習剣術道場で寺子屋も一緒に営んでいるそうだ。歓迎されたので子ども達は道場の端で俺とデオンは中央で試合形式の挨拶をして若旦那の合図で試合開始。
ネビー兄さんという応援が聞こえてきたけど「後でデオンと若旦那にどやされるから正座かあぐらで背筋を伸ばして黙って見学しなさい」と心の中で微笑む。ここにいるのはかつての俺や仲間と同じだ。
「試合と言っても地区兵官、地区本部所属のネビー・ルーベルさんは今日は非番でこの通り着物です。軽くかかり稽古をして君達が見てみたい彼の特技を見せます」
そうなのか、と思いながら仕込み刀を鞘ごと腰から抜いてかかり稽古。
(軽くってデオン先生そこそこ本気じゃねえか。疲労はないかって容赦ねえ。いや俺の体力ならこのくらいって気遣いをしてこれだな)
かかり稽古だったのに仕込み刀を狙った突きでぶっ飛ばされそうになり避けたら足払いがきてそれも避けたら「安易に跳ぶと隙だらけになると昔から注意しているだろう!」と怒鳴られて横払いされて床に転がる。
(なんつう速さだこの化物ジジイめ。畜生。本気の怒鳴り声といい手を抜けない鬼め!)
「はい! 改善します!」
立ち上がって軽く会釈。
「他の者なら問題ないという驕りがあるからだ。このように受け身を取れない者は真似しないように! 受け身の練習をしっかりすると今のような格好良い稽古にも挑戦出来るからな」
デオンに何か言え、という目配せをされたので「君達くらいの時は教わった通りの受け身練習やでんぐり返しや飛び込みでんぐり返しをしていました。地味なことも格好よかなことに通じます」という台詞にしてみた。
チラリと確認したらデオンは若干不満げだったので「飛び込みでんぐり返し」は余計だったなと反省。
(ん? なんで指導者指導までされているんだ⁈)
「このネビー・ルーベルさんを一閃兵官さんと呼ぶ者もいるので特技を見せます」
拍手喝采はありがたいけどデオンの目が怖いので特技ということになっている突き技披露が終わったらボロボロに注意されそう。
「ではネビー!」
「はい!」
抜刀して適度に離れたデオンの首を狙って寸止めと思ったら避けた上に反撃してきたから一旦後退。そこに「乱突き!」と言われたので素直に披露。
「速い……」
「見たかよあの速さ」
「うちの道場には他にもあのくらい速い兄さんがいるんだぜ」
「いや、速さだけならネビー兄さんが一番って皆言うてるよな。デオン先生は別として」
だけってなんだ!
褒めてくれてありがとう弟弟子や門外生。しかしデオンの目は見学作法がなっていないと怒っているぞ。
これで終わりで全員に軽く挨拶をしてデオンに「諸注意は勤務がもう少しマシになったら伝える」と言われたので「お願いします」という返事。
「良かったな。多分口説きになるってあれは見惚れているぞ」
目線で示されたのでウィオラを確認したら両手を胸の前で握りしめて固まっている。
「ありがとうございました。失礼します」
「休みが増えたら食事会をしよう。結納を祝わせてくれ」
「先生。来月は一ヶ月間東地区へ出張です。彼女が職場の休みに合わせて実家に帰るので同行しようと職権濫用をしようとしたら人手不足で予想外の長さになってしまいました」
「そうなのか」
「月末の休みを調整中なので分かり次第連絡します。先生と都合が合わないかもしれませんけど自分も先生と彼女と三人で話したいです」
「三人なのか。そこは妻も参加させてくれ」
「おお。四人でした。幸せ数字ってよか……死に避け……。桜の君の話を彼女だけにはしたいんですが、激務のせいか涙腺が緩いんで祝言後になるかもしれません」
俺は今朝の夢や感傷をまだ引きずっていたようだ。
「……そうか。今、まさにそう見える。きっと二人に明日はあるから安心しなさい」
「はい」
人の死には慣れないけどこの仕事で慣れたというのに彼女のことだとやたら感傷的になる。
今、少し泣きそうになったのは彼女の死を思い出したとか手紙の事ではなくて単にウィオラが突然あのように転がるように体を悪くして死別したらどうしようという恐怖を感じたからだ。
手に入れて持ったからこそ喪失するというのは世の常で、持たなければ失うことはない。
「ウィオラさん」
しかし人は求める生物だ。
「は、は、はい! あの。か、格好良かったです……」
照れて俺の顔を見られない、という様子でもじもじしていてすこぶる良し。
荷物を持ってウィオラと共に道場を出てデオンのお屋敷へ行って、対応してくれた若奥さんに挨拶をしてロウソクと火打ち石を借りて春に白藤を見た河原まで手を繋いで散歩。
河原に到着したら特に何もない景色だったのでそそくさと風に邪魔されないところを探して花火をする準備。
「八月に花火大会があって毎年働いていたから今年は休んでウィオラさんと打ち上げ花火、と思っていたけど出張です。東地区の花火大会は黄泉迎え送り期間にありますか?」
「いえ、毎年月末です」
「花火大会は来年。新しい目標です」
「今との違いは夫婦だというところです。予定では南地区にいますね。家はまだ建っていない気がします。部屋はどうしましょうか」
ウィオラはロウソクの火を見つめながら小さな声を出した。
「二人部屋のままにして今の使い方をしますか? ウィオラさんは琴だけではなくて舞の稽古もするので。寝たり食事だけ一緒の部屋。端の方かな」
「ええ。稽古部屋が欲しいです。おじい様が半年ごとに来ると言うならもう一部屋欲しいところです」
「ラルスさんはそう言っていますか?」
「今のところは今年は私であとは東地区で、と言っています」
「そうなんですか」
時間があるということはこういう祝言後の相談も出来るということだ。
「結婚するのですね私達。今と変わるのかなと思いましたが変わりますね」
「ええ。そうですね。家は途中まで進めていて、俺の要望は少ないので家族とウィオラさんで進めましょうか」
「家は遅くても良いです。じっくり検討しましょう。私は今の部屋や場所を気に入っています」
「親父が地道に返すからとか、跡取り認定で借金をバンって返せるから先に家、長屋で暮らすお嬢さんなんていない、って言われてきたけど不確実なのは嫌でここまできたらまさか居るとは。長屋暮らしを気にいるお嬢様」
「お嬢さんの方が居ないのかもしれないですね。私くらい箱入りだと面白いのかなぁって。なんでも使用人は疲れるとか、使用人がまとわりついてうんざりって方はいると思いますよ」
今の言い方だとウィオラはそのうんざり側だったのだろうか。
「うんざりしていたんですか?」
「ええ、たまに。一人でぷらぷらするのは憧れでした。でも家出後は世間知らずさがよく分かって怖くて中々出来ず、自分で女性兵官を護衛につけていました。今、ようやくです」
「あっ。海蛇は子どもが軽く髪を引っ張っただけで怒ったんで気をつけないといけないですね。街を歩いていてぶつかったとか、そういうの」
「……。こう、気が立っているのかわざとぶつかる方っていますよね? 少し痛かったなと思って振り返って謝罪はないからわざとかなぁっと見ていたら……転びました。その方」
「偶然ですか? 海蛇ですか?」
「その後、腕を押さえて痛がって腕が腫れました。見回り火消しさんが病院へ連れて行きましたけど、虫に刺されたような痕が、とその時言っていて怖くて慌てて家に帰りました」
何も知らなければ偶然と言うけど偶然ではなさそう。
「……いつですか?」
「五月です。なのでこう、気をつけています。今日は子どもがリボンや髪型を気にしただけだと思ってあれを攻撃と受け取られるという考えはなかったので更に気をつけます」
「俺に言わなかったのは……五月か。それどころじゃなかったし気をつければよかだから言わなくてもってことですか?」
「はい。私としては優先度がうんと低くて、自分が気をつければと思っていました。でも今日は助かりました」
「俺と一緒の時は俺の判断で猶予っぽいので、一人の時こそ気をつけてやり返して下さい。今日のやり返しは不足のようだったけど和やかな雰囲気になったからか目が青く戻りました」
「少し聞こえたんです。盗んだ、と」
リボンをいじって落としたことを盗んだ、と海蛇はそう判断したってことか?
「頭の中でお話しするのが海蛇さんとの会話なのでしょうか。不思議な感覚でした」
「あー。予言者。予言者ってもしかしてそういう人種なんですかね」
「始祖皇帝様はまさにその予言者でしたからもしかしたら」
つまり俺やウィオラは海蛇達と会話出来るようになると事前に悪いことが分かって世の為、人の為になるってことか?
「……んー、下手に動くと死ぬか。始祖皇帝様も化物呼ばわりされて迫害された話があります」
「隠れる、無事でいるって思っていたよりも難しそうです。私は女流剣術道場には通えません。稽古でこうパシッとされたら……怖そうです」
「ええ。しない方がよかです」
言えば伝わるかもしれないので足首に巻きつく海蛇を掴んで持ち上げて「子どもが軽く髪を掴んだくらいで怒るな」と言ってみた。
青い瞳で尾をゆらゆら動かしているだけで声は聞こえないし反応もない。
「助けようと考えて下さりありがとうございました」
ウィオラが両手の掌を海蛇の尾の下に差し出したので俺は手を離した。
「あっ、増えた」
ウィオラの衣紋からも海蛇が現れて袖の上をシュルシュル移動して二匹並んで掌の上で伸びた。
「着物の中や足首などで暑くないですか? お話し出来たら楽しいのでしょうけど難しいようで残念です」
「今のところ文字は覚えないんですよね。起こしてくれたり寝かしてくれたりはするんですけど。あと動きで挨拶をされたなぁとか」
「あっ。川へ行かれるようです」
二匹の海蛇は跳んで地面に降りてそのままトト川へ向かった。前にトト川に仲間がいたから合流して何かするのだろうか。
この世界は謎に満ちていて楽しいけど怖い、と思った時にイノハの白兎の乙女のことを思い出した。
「逃げない、か。ウィオラさんも逃げなそうです。嵐が来るって聞いて一人だけ逃げるんじゃなくてイノハの白兎の乙女みたいなことをしそう」
「それはネビーさんだと思います。今までそういうことは無かったですか? 危険を発見したら逃げないで周りに教えたり避難誘導したり。職業的にもそうだと思います」
「えっ。ああ。そうですね。言われみれば俺は仕事柄そうです」
「逃げないのはネビーさんだと思います。海蛇さん達はうんと悲しむかもしれませんね。ネビーさんが怪我をすると」
ウィオラは俺の右腕の袖を少し掴んで「私もです」と続けた。
「俺には謎の薬がありますし気をつけます」
小さなロウソクの火で照らされる憂顔にそっと触れて「うんと気をつけると約束です」と告げた。
「ええ……。花火。花火をしましょうか。三本なので直ぐに終わります。あっ。牡丹花火は二人で持ちませんか? 半分こです」
笑いかけられて俺も自然と笑った。
「そうか。分けなくても半分って出来るんですね」
「先に花咲花火で勝負をしましょう。賭けたいものはありますか?」
「負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く。ただし小さいこと。どうですか?」
「では先にその内容を言い合いましょう。言い出したネビーさんからどうぞ」
「んー。何がよかかな。あっ。また膝枕。それでお願いします」
「それはお耳掃除の話もあるので頼まれなくてもしますけど良いのですか?」
「えっ。なら無し。撤回します」
勝負しないと頼めない小さなことってなんだ?
「少々お待ち下さい。難しいかもしれません。普段頼めばしてくれることだと勿体無くて、ギリギリしてくれそうな勝負に勝った時じゃないとしてくれなそうな小さなこと……」
ウィオラは俺の顔を覗き込んで肩を揺らして悪戯っぽい笑顔で歯を見せた。こういう表情もするんだな。
「ウィオラさんはなんですか?」
「急ぎませんので私に一回お弁当を作って下さい。お母様と一緒にで構いません。どのくらい料理が悲惨なのか知りたいです」
「……おお。それは頼まれてもしそうでしない気がします」
「ええ。おにぎりも下手とお母様から聞いて見てみたいと話したら、息子は格好つけだからのらくらしなそう。逃げそう。そう言われました」
「……さすが母ちゃん。息子の性格をよく把握しています。悲惨なのを見たいんですか?」
「いえ。私もきっと元気が出ます。この、この変な形のおにぎりは、お米と一生懸命格闘したネビーさんの作品だと、昼食中に……」
ウィオラは口元を両手で隠してくすくす笑い出した。
「バカにしていますよね」
「きっと愛くるしいので作っているところを覗き見したいです」
期待の眼差しみたいに見えるので頷く以外の選択肢はどこかへ飛んでいった。
「あっ。きとす。すとき。すとてときじゃなくてとを抜いて言う。それにします」
「それで良いのですか?」
「や、に、など他の言葉を入れるのも禁止です」
「あっ。余計なことを言わなければ良かったです」
「結構嫌なんですね」
「ええ。かなり恥ずかしいです」
先に勝負、という話になってそれぞれ花咲花火を手にした。
「こちらは打ち上げ花火です。ひゅうー」
「あはは。では俺も。ヒュー」
火をつけて花が咲くまでウィオラは「ひゅうー」と言っているので俺は口笛を続ける。
「ドーン」
「ドーン。あはは。花火が打ち上がった」
ん?
あの時もこんなことをしたような気がする。
(まさかあの日の方が色鮮やかな花咲花火、なんてことはないよな……)
火樹銀花、という言葉を覚えたけど花火はなんでもそうではなくて俺としてはちはやぶるみたいな花火をそうだと思うようになった。
家族と皆で楽しくする玩具花火をする時とは少し輝きが異なっていたから。
「あっ。風はないし手もブレていないのに落ちた」
「知っていますか? こうするとお裾分けになります」
「えっ?」
ウィオラは花が消えた俺の花咲花火の玉があったところに自分の花咲花火を近づけた。
「ほら、くっつきました。お母様が教えてくれたんです。上手くいかないと移せないのですが……あっ。成功です」
「へぇ。知らなかったです。考えたら単純というかそのままですね」
ウィオラの花火の花は小さくなったけど俺の花は復活。
「ええ。勝負と言うと忘れがちですが一緒に楽しむ為にお裾分けです」
「知っていたらすぐ落として大泣きしたロカにこうして……出来ないか。俺は眺めたり囃し立てるのが楽しくて自分はしていなかったです」
火樹銀花、と思わなかったらどうしようかと思ったけれど花咲花火の花は息を飲むほど美しくて、それよりも火に照らされるウィオラの微笑みがキラキラ光って見える。
(花火を眺めていたからこうして顔をしっかり見た記憶はないな。照れていたのもあるけど……)
「あっ、終わってします。ネビーさんから奪います」
「えっ? ちょっ。なんですかそれ」
「勝負ですから。私は勝ちます。負けたくありません」
「それならほら、これをあげますから勝ってください」
「不正勝ちなんて嫌です」
「えー。なら俺のお願いはウィオラさんに頼まれたい、にします」
「それも不正勝ちなので嫌です」
「ちょっ、本当に奪った! これも不正ですよ不正」
お裾分けしてくれた方法でまさかの窃盗行為。普段はおっとりしているのに中身は勝ち気な性格だからこういう発言になるのか⁈
「いえ、これは正攻法です」
面白くて笑いが込み上げて俺はケラケラ笑い出した。
「かち、勝ち誇った顔をしています。満足げな自慢顔です」
「そうですか?」
「ええ。初めてですよ。花咲花火泥棒で勝った人。反則負けとします」
「いえ、そのような規則は作っていませんでしたので私の勝ちです」
「お裾分けって言うてくれたのに結局窃盗ってなんですか」
「規則内で勝ちにこだわることは良いことです」
「あくまでも自分を正当化するんですね。それならもう一回勝負しましょう」
「良いですよ。私は負けません」
ウィオラの目が燃えている。彼女は手提げから自分で買った花咲花火を出して俺と自分に配った。
いざ勝負!
「ウィオラさん。泥棒は禁止ですからね」
「次はそういう規則ですね。先程は泥棒ではなくて必勝法で今回は泥棒扱いになります」
「あはは。やはり自分を正当化するんですね」
「では二発目の打ち上げ花火が始まります。ひゅー」
「ヒュー」
ウィオラは進行役が好きなのか?
いつも自分が何かを先導することが多いけどいつもと趣が違うのも楽しい。
「あっ。なんでだ!」
「花が咲く前とはこれでは勝負になりません。急いで代理を立てて下さい」
「はい」
次の花火を渡されたので点火。
「これだと俺が有利です」
「不慮の事故でしたので仕方ないです。私はきっと負けません。ネビー選手は転んでしまったのでルーベル選手が代行しました。さあ、両者の花が咲き揃いました。ようやく勝負開始で先に花を咲かせたウィオラ選手は不利のようです」
「あはは。なんですかそれ」
「舞台で勝負関係だとこのような煽りがあったりしますので真似です」
「ウィオラ選手は先に咲いたのでこれはルーベル……また落ちた!」
「下手ですね、ネビーさん」
上から目線のようなニンマリ顔にイラッとではなくてドキッとしてしまった。扇子落としで口説かれた時といい、俺はこういうのにも弱いのか。
「三回です。なんでも三回勝負です。じゃんけんでも良くそうなりますし剣術の試合も三本争いをします」
それなら三回戦目を行いましょうとウィオラはまた花咲花火をそれぞれに配布。
「声掛けで火をつけましょうか。三、二、一」
「ちょっ。ウィオラさん。火をつけてない」
「ネビーさんがせっかちさんです。私はゼロを言っていません」
顔にわざとだと書いてあるぞこのやろう。
「姑息な不正者め。副神様に味方されないから俺が勝ち……なんで咲く前に落ちるんだよ!」
「これはまたお裾分けしないといけませんね」
「もうよかです。俺の三回負けです。あっ、皆でって言うたのに減らしてしまいましたね」
「まあ。そうでした」
「あはは。まあ、内緒にしましょう」
「お願い事を三つも手に入れてしまったので一つ譲ります。その。いつもですが迷子にサッと優しくしてす……てき……でした。す……きです。なのでその……キ……スします……」
不意打ち発言にへらっと笑って顔が近づいてくるから目を閉じたらキスは頬にだった。
結構、心臓がバクバクして満足だけど若干不満なのでまぶたをあげないことにする。
「ウィオラさん。場所が違うと思います」
「……」
「ウィオラさーん」
「……」
「まあウィオラさんですからね。十分よかな気分。癒されたから今夜は爆睡出来そうです」
「……」
無駄だろうなと思って目を開けようとしたら突撃されたので逆に大きく目を見開く。触れたか分からないくらいの超短時間でウィオラは両手を顔で隠して俯いた。
(かわゆい……)
同じ人物なのに色々な一面があってどの角度から見ても好きだと感じるのは恋は盲目というやつだろう。
(あっ。万華鏡。変化しても綺麗とか気にいるってかなり前にロカがロイさんに買ってもらったあの万華鏡みたいだな……)
君をし思へば銀鏡乱華で下の句みたいになる気がするからロイに相談してみよう。
海や花火、龍歌で表す紅葉が浮かぶ川みたいに特定の景色が輝いて浮かび上がる、ではなくて視界全体がキラキラ光っている感覚がする。
「次は二人で牡丹花火ですね」
「ええ。落下しないし泥棒されないからとても安心です。二つ目のお願い事はなんですか?」
「裁縫をする姿を見たい……くすくす、見たいです。ぷぷっ」
ウィオラも人をバカにするんだな。
「ちょっ、誰に何を聞いたんですか!」
「内緒です」
この後、二人で一つの牡丹花火を手に持って星空に掲げて二人で眺めたらこの火は永遠に消えないのでは、という気持ちがして消えて欲しくないから火花を目に焼きつけて消える前にウィオラの唇に唇を重ねた。
バカにされた仕返しをしてやろうと思ったのと単にがっつきたいから拒否されない程度に強行。
一緒に持っていた牡丹花火がいつ消えたか分からなかった——……。




