デート5
今度は呉服屋で浴衣用の反物選びでお店は彩屋の商品の卸先かつネビーの妹達おすすめのところ。
これから彩屋が開拓したい前のお店とは違い、このうらら屋は入店したら「いらっしゃいませルーベル様」である。
小物屋だけど反物や半幅帯も売っているようで商品や内装からして明らかに若めの女性客を主要客に狙っているお店だ。
挨拶をしてくれた店員は他のお客に呼ばれて去っていった。
「ここだと緊張しなくて済みます」
「よく来られるのですか?」
「妹の中の誰かとたまにです。種類が多くて安くて質がよかだって言うて。特に近所で暮らすリルとルルはお得意様です」
「皆さんにおすすめされましたがルーベル様とは驚きました」
「ルーベル様はロイさんとリルのことで俺達はおまけなので痒いです。反物は……奥ですね」
「はい」
小物屋というだけでワクワクするけどパッと見な商品の値段や品物の種類でさらに気分が上がる。
「女物の柄や色ばっかりですから……。この中だとこちらはどうですか? 七宝柄は円満を願う柄ですし似合いそうです」
薄灰色の七宝柄、というとても単純な模様だけど似合うだろうなと反物を手にして少し広げてネビーの体に合わせる。
「俺はよかだけど……浴衣はお揃いじゃなくてウィオラさんのだけ買いませんか?」
「なぜですか?」
「実際に見たら自分のは欲しくないです。浴衣がお揃いは今日歩いた感じだと照れてキツイです。そのうち街に出る同僚が減るとしても。近所もまあ」
「家の中だけで着ると思っていました。あと同じ日にせーの、では着ないとも」
「えっ。ああ。そうすればよかなのか。そうですよね。でもウィオラさんの浴衣だけ買いましょう」
「それでしたら私の新しい浴衣も仕立て無くて構わないです。足りていますから」
「……」
ネビーが腕を組んでしかめっ面になったので何に対して不機嫌になったのか困惑。
「それなら俺はこの選んでくれた反物にします」
「いえ、お顔が嫌そうなので変えます」
扇子の時とは反応が大違い!
「これが嫌なのではなくてウィオラさんにはもっとこうかわゆいのがよかだなぁって」
コソッと耳打ちされた。
「……」
「寝るだけだから夏なら涼しければって思ったけど羽織りを着ても風呂屋まで歩くから透けそうなのは嫌だし、薄くて線が見えそうなのも嫌だし、柄も似合いそうなものがよかです。これは絶対に違います」
「この生地は薄いですがその辺りは仕立て方で工夫するから大丈夫です。柄は……ありがとうございます」
「増やした分は売ろう。全部売ろうかな。俺は毎日この柄でよかな気がしてきました」
急に機嫌が良くなった!
(不機嫌になったのではなくて考え事をしていただけってことなのかな?)
買わない、という選択肢ではなくて別々のものということを考えていたみたい。
「それでしたら他のお店で男性物の反物を見ますか?」
「これがよかです。円満って言ってくれたからこれにします。だから別に他は見なくても」
「他にも似合う反物があると思います。こちらはどうですか? 少々愛くるしい魚の意匠ですが荒磯模様も縁起が良いです」
「魚模様は見ていると腹が減るから無しです」
鼻歌混じりで私にあれこれ反物を合わせ始めた!
(ネビーさんって分かりやすいようで難しいかもしれない。でも分かりやすいか。荒磯模様はお腹が減るの。そうなの)
質問すれば答えるけど自分からは発言しないで意見を省略する傾向があることはこれまでも感じたことなので何か気になったらどんどん聞こうと。
問いかけたことに嘘をつくのは騙し打ちだけど聞かれないから言わない、と隠し事はするようだし。
「ウィオラさんの好みが分からないです。似合うと思うのはこのように色々ありますけど」
「お互いに選ぶのでしたら私の反物はここで選んでいただいてネビーさんへのものは男性物が多いお店で選びましょう」
「……」
彼は再び喋らなくなって険しい顔になり少ししたら口を開いた。
「いや、これがよかです」
先程の沈黙の間に彼は何を考えたのだろう。
「他のお店に行きたくない、ということですか?」
「いえ。いや、そうかもしれません。俺は時々面倒くさがりです。不満どころか嬉しいからわざわざ他のお店に行かなくてもって思いました」
「私もこう、ネビーさんに選びたいです」
「えっ? それなら他のお店にも行きたくなってきました」
へにゃっとした笑顔を向けられて落差にドキッとしたけど首を傾げたくなる。
「面倒な気持ちと選んで欲しいとどちらの気持ちが強いですか?」
「うーん。んー。半々です。似合うと言ってくれたし気に入ったからこれがよかだなぁって思うけど選びたいとは嬉しいからそれもしたいです。あっ。次回にしましょう。今日はこれ。俺は浴衣を一新して古いものは全部売ります」
面倒、には日々の仕事の疲労も含まれているかもしれない。
「ではそうしましょう。ネビーさんは私にはどれが似合うと思いました?」
いくつか見立ててくれたけどどれも好みだった。
「いくつかあるけど紫陽花柄もありかなぁ、と思いました。これとか。どういう時に着るかなって」
季節が過ぎたからか値下げ札がついている白地に薄藍色の紫陽花柄の反物を体に当てられた。
「……」
顔を覗き込まれてニッと歯を見せた悪戯っぽい笑顔の後に頬をつんつんされたので今の台詞は揶揄いだと分かる。
「そういう意味だと浴衣は足りないというか、持っていないですよね」
「……」
「あはは。赤くなって何を考えたんですかー。散歩しようかとかお話ししようか。そういうことです」
「……。あ、紫陽花柄にします」
「別の意味で使ってもよかですよ。照れ照れ照れ屋はよかな事を教えてくれました」
「ええ、その、はい。その為に教えたと言いますか……はい。散歩など誘います」
「など、ですか」
「お喋りなどです」
「あはは」
店員を呼んだネビーは反物二種類をそれぞれの浴衣分と頼んでさらに七宝柄の反物は手拭いにもすると口にして少し長めにと依頼。
「他の物とまとめて購入します」
「かしこまりました。裁断しておきます。ごゆっくりご覧下さい」
他の物とまとめて? と思ったらネビーは場所を移動して私に「今日の髪型をまたして欲しいのでリボンを探しましょう」と告げた。
貢がれそうなことは悩んだけどユラに「妻に貢いで破産は自分達夫婦の首が絞まるだけだから予算内って言うなら貢がれれば?」と手紙で言われたのと今日のあんみつ代の時に「貯金してきた交際費が無くなったら言います」とネビーに言われたから素直に買ってもらおう。
ユラに「まだ夫婦ではないです」という返事を書いたけど彼女はなんて返してくるだろう。
「このくらいの高さで結ぶ一つ結びもまた見たいです」
「最近、髪を引っ張る悪戯魔が出ると聞いて控えています。下ろしたりまとめていると遠くから掴みにくいです。一緒の時なら安心ですね」
「えっ。そうなんですか。最近地元の情報を把握するどころじゃないから知らなかったです。これをこう、引っ張るバカもいるのか? あれ、解けないんですねこれ」
感覚的に彼は恐らくリボンを引っ張ったのだろう。
「ええ、芯が入っていて形も作られている飾りリボンです」
「だから揺れないんですね。へぇ。リボンって結ぶものじゃなくてこういう飾り櫛風もあるんですね。ふわふわしているかピシってしているかって単に素材の違いって思っていました。俺はこっちがよかです」
こっち、は結ぶ方みたいで彼は連続階調淡い桃色と薄い黄色の二種類を選択。
「こちらは帯揚げ代わりにも使えそうで良いです。この色、ロカさんも好みそう」
黄色はロカが好みの色なので欲しくなるしこの桃色は長めに使っている桃色の単色リボンを売って入れ替えたい。
「妹達と共用してくれるなら多くあってもよかですよね。一つ結びはこの二種類として次はこの間のあのやたらかわゆいぐるぐる髪型です。あっ、その前に今日のマーガレット。この辺りのリボンを使いますよね?」
ん?
ネビーは髪型ごとに髪飾りを選んでくれるってこと?
それは多いと思うから断ろう。それにしても彼の中で羊巻きはやたらかわゆい髪型なんだ。
ハイカラ髪型や似たような髪型を工夫することを順番に試していたけどそれを知っていたらまたしたのに。
「見ていたのはこれなのでこれと……俺としてはこういうので」
学校に今日の髪型をしていくなら小さめの飾りリボンが欲しいなと思って見ていた品物と他にニ種類を並べられた。
(見ていたって気がついてくれるんだ)
彼が選んだ飾りリボンの一つには白い美しい石や紐が組み合わせてある。
もう一つは水色生地で長めの垂れは矢絣模様というもの。
選んでくれたからこの二つからが良いという気持ちと棚を眺めた時から気になっていた結び目に梅の花が飾られているリボンととても悩む。
「こちらは自分で買いますのでこの中からはこちらにします。ああっ、でも空色……」
「全部俺が買います。それならこれは三種類ですね。多いと使う頻度が減るから飽きが遅くなりそうですし飽きたら売ればよかです。流行りがあるでしょうから」
「えっ。ネビーさんからの贈り物を売りたく無いです」
「それはありがとうございます」
とても優しい眼差しで微笑まれた後に彼は首の後ろに手を当ててそっぽを向いた。
(あれっ、照れた……何に照れたの?)
何か言われたりしていないし言ってもいないし、何もしていないし、周りを見渡したけど特に注目されていなそうだからやはり私達には何もない。
「あっ、あの白藤みたいな飾り物があります。これは好みですか?」
「まあ。確かに一緒に見た白藤に似ています。愛くるしいですし思い出を想起させる品です」
「これこそ買おう。大きさが違うから……全部あるとウィオラさんならなんか上手く使い分けそうです。あっ。結婚指輪が売っています。多分親父作ですよこれ」
しれっと貢がれる物が増えたけど今の白藤のような髪飾りは欲しい。
(でも三種類全部って……)
止めないとどんどん増えそう、どうしようと悩んでいたらネビーに手招きされたので一緒に結婚指輪、恋人指輪と表記されてある商品を確認。
意匠、色の相談含む特注指輪の制作予約も承りますという説明書きが添えられている。
「少しだけ結び目が違います」
結び目部分が簡素になっている。
「ええ。それで色とりどりですね」
「ルーベル様。そちらは彩屋さんから納品していただいています。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ家族がお世話になっています」
「気になっていましたのでお二人の婚約指輪を見せていただきたいです」
「ええ、どうぞ」
ネビーが指輪を外して従業員に差し出すのを眺めつつ安い木製のリスの簪を見つけてネビーを思い出すから欲しいな、と眺める。
「あっ。ウィオラさん。三三九度婚です」
「えっ? ええ。皇族の中でも偉い方は三三九度婚をしますよね」
格の高い皇族の結婚は男性が三日三晩女性のところに通ってお餅を食べたら婚姻となる。
それから龍神王大神宮で挙式をして三日間かけて三箇所で披露宴をして次は旧都の旧龍神王大神宮で挙式後に旧皇居で三日間披露宴という盛大な結婚式が行われる。
「えーっと。世界は天と地と龍神王様で出来ていて三は特別な数字で九は苦難の意。国と国、家と家、人と人が結びつくことは難しく苦しいことなので三度神聖な数字に誓いを立てる。確かこんな感じです。合っていますか?」
「ええ。その通りです」
「ふわふわゆらゆらリボンが二種類、きっちりリボンが三種類、思い出の白藤が三種類なので一つ足りません」
ネビーは手を伸ばして私が見ていたリスの形の簪を手に取った。
「これは少し俺みたいですね。これで九つ。三三九度の贈り物です。どうですか?」
「あの」
「いつ言おうかと思っていたんですが、今の激務だと都合良く出張は難しくて八月いっぱい東地区本部へ出張疑惑です」
「……えっ。一ヶ月間ずっとですか?」
「二週間、三週間とごねたけどほぼ確定です。視察業務はほぼ停止中でこの無茶な勤務で監察官が不足しているそうです」
「そうなのですか……」
明日からネビーは準夜勤が続くので準夜勤期間が終わるまで会えない日々になる。連絡帳があっても二日目から既に寂しくなるのに一ヶ月も出張。
黄泉迎え送りの週は休みなのでそこは会える可能性が高いとして残りの日数は多い。
「三日の如しというけれど千秋のようでもあるので苦難を越えるのに少しは足しになりますか? 職人の息子なんでこのくらい作れたらよかなんでけどね。ジンなら作れそう」
「いえあの。嬉しいです。何も買わなくても今のその提案で胸がいっぱいです」
「買います。予算があまりまくりですけど次のお出掛けの時用に取っておきます。まだ帯の飾りとか草履や他の小物の良さはイマイチ分からないけど髪型の変化はグッとくるぞと思ったから贈るのは髪飾りです」
店員に生温かい視線を向けられていると気がついたのでネビーの袖を引いて従業員から顔を背けた。
「あっ。あー、あはは。家ではなかったです。コホン。その、お会計をお願いします。あー。指輪はもうよかですか?」
「ありがとうございました。仲睦まじいのですね。毎度ご贔屓にしていただき沢山ご購入ありがとうございます」
「いえ、あー、まあ。いつもは一つにしなさいとか買わないとか、自分で買えとか言うていますけど……あはは。まあ、また来ます」
ネビーと同じく私もソワソワしてしまう。会計中、隣に立てば良いのか見ていない方が良いのか悩んだけど貢がれ過ぎないように把握しておこうと彼の隣に並んだ。
(あれっ。飾りリボンが一つだけ高い!)
組紐や綺麗な白い石を組み合わせてあるネビーが選んでくれたリボンだけ値段が飛び抜けている。
「へえ。これはなぜ高いんですか?」
「こちらは真珠で組紐に銀が使われています」
「ほうほう。そういえばここは真珠を使っていても安めに買えると以前聞いた気がします」
綺麗な白い石だな、偽真珠みたいと思っていたら本物の真珠だった!
「真珠ですか? 真珠にしては安いです」
五銀貨なので庶民の普段使いの髪飾りとしては高いけど真珠と考えると安い。
「淡水真珠で粒も小さいのと見えないように装飾していますが傷、もしくはくすみがあります」
「つまりこれは学校用ではなくてお出掛け用ですね、ウィオラさん」
「いえ、他の物と交換しませんか?」
「気に入っているようだったので買います。そんなに俺の懐が気になりますか?」
「ええ。もちろんです」
「使う機会がほとんどなかったので、例の交際費は一年分以上あります。なので今年の五月からの分は他の貯金に回しました。なので無くなったらもう無いって言います」
「はい。ありがとうございます」
「ウィオラさんは遊び代が浮くのでその分を祝言費用とか何か二人の貯金に回して下さい」
「ああ、そうですね。そうします。その分をネビーさん貯金にします」
「俺貯金……そのうち何か出てくるってことで……。あー、あはは。ははは。帰ってから話します」
またしても従業員に微笑ましそうな表情を向けられてしまってので二人して照れた。
そんな風に買い物は終了して購入品は全てネビーが持ってきた風呂敷に包んでもらって扇子と同じく彼が持ってくれた。
「玩具屋で買いたい物があるんですけどよかですか?」
「はい。ジオさん達に何かですか?」
「八月いっぱい東地区のようなので念のため今日玩具花火をするのはどうかなと思いました。来月も出来るかもしれないけど早めに目標達成的な」
それは買いに行きたいし楽しみたいので大賛成。まだまだ一緒にいられるって今日はうんと幸せな日だ。




