デート3
ネビーは四月末以来の休みだけど朝から疲れているようで今は私の膝を枕にしてスヤスヤ眠っている。
最初は私に後頭部を見せて横になっていたけど寝息が聞こえてしばらくすると仰向けになったので寝顔が見放題。
触って良いと言われたので時々髪の毛にそっと手を伸ばして愛犬アニを撫でるようにサワサワしてやはり猫っ毛だなと考える。
(ネビーさんは助けられたことよりも助けられなかったことを覚えていたり悩むんだな……。やっぱりうんと優しい……)
ルルもロカも気がつかないで洗濯へ去ったけど、いつもあのように妹達には言わない気がする。
私はなんだか気になったけど、あのまま誰も何も聞かなかったら彼は一人になりたいと口にしたように一人で落ち込むのだろうか。
家に全然帰って来られなくてどう見ても顔色が悪い時でさえ彼はほとんど何も愚痴は言わなくて本心みたいに前向きな発言をして笑っていた。
半見習い時に被害に遭った人達のことでよく泣いていたから泣き虫ちび助らしいけどその話を家族はあまり知らなかったようで驚いていた。
今朝は若くして亡くなりそうな女性に同情して、これまで助けられなかった人達のことを次々と思い出したから泣いたようだけど似たようなことが過去にあっても家族は知らないかもしれない。
(しょうもない、情けない、反省して自己改善……。助けられなかった……。優しくない……。どうしてそうなるのだろう……)
地区兵官という仕事が誇りなら辞めたいという気持ちはないのだろうし、彼はどういう仕事についても同じことで悩みそう。
むしろ別の仕事に就いたら特技を活かさずに何をしているんだ、と我に返ったりするかもしれない。
(自分が役に立つならサングリアルさん達についていきたいって考える人だからな……。本当にジエムさんとは正反対……)
空を見上げて彼は元気かな、と少しぼんやり。また周りに毒を撒き散らしていたらとても嫌。
(言葉は通じるのかな。もう彼の声は出ないのか。あの舞や演技は万国に通じそうだけど……。どうして……)
唯一嫌いではなかったのは芸へのひたむきさとその魔力だ。輝き屋の輝き、と呼ばれ続けていたけど一部分はその通り。
惚れられていた、と振り返ると私は彼に酷いことをあれこれ言っていたし、傷つけるようなことをしたけどお互い様というか先に攻撃してきたのは向こうだ。
(でも私が拒否するから腹を立てて周りに牙……。私のせい……違う! ジエムさんのせいで私のせいって考えは違う)
朝から落ち込んでいたネビーのように私も少し気が滅入ってきた。思い出したくないのに比較対象がいないからつい出てくるのともう周りを傷つけていないか気になるからふと考えてしまう時がある。
起こして欲しいというのは本心だと思うので鐘が鳴ったらネビーを起こすつもり。それで家でもっと寝るかお出掛け続行なのか確認すれば良い。
(あっ、起きる……)
みじろぎしてあまり長くないまつ毛が震えてゆっくりとまぶたが開いていく。
恥ずかしいので視線を逸らそうと思ったけど私を見てフニャッと笑ったので見惚れて凝視。
好きが口からポロッと溢れるくらいになっているのでこの国で一番格好良い、一番素敵な笑顔みたいな気持ちになっているから……好き。
ジエムを連行した時にどっぷりネビーに惚れたと思っていたけど結納してからもっと好きになっているのはなんだか不思議。
大好きの次は何か分からないから言い表しようがないけど、皆も同じだから龍歌でどうにか表現しようとか何かに例えたりするのだろうか。
「ありがとうございます。夕方では無さそうですね。痺れていませんか?」
ずっと見つめているのは恥ずかしくて自然と両手で顔を隠しそうになりどうにか半分にした。
「一刻も経っていないです。痺れていないですよ。帰ってもっと休みますか?」
「……。ウィオラさんは帰りたいですか?」
「ええ。ネビーさんがお疲れでしたら。ネビーさんが休めるとか元気になることをしたいです」
「……」
返事はなくてネビーは横を向いてまた私に後頭部を見せた。
(耳が少し赤くなった気がする。どこもかしこも好きなだけ触って下さい、か……)
照れて落ち着かなくなるけど私もネビーには頭を撫でられたいし、頬をつつかれたいし、手を繋がれたりキスもされたくて、してもらえると嬉しくなるし元気になるから彼も同じ気持ちかもしれない。
「あの。お耳が赤いです」
少し耳をつついてみたけど反応は薄いので特に嬉しかったり照れたりはしないようだ。
「ん。そうですか? 酒かな」
「そこそこ飲まれましたね」
先程までのように頭を撫でてみたけどこれも特に反応はない。
「あの春来は美味くてついつい。行かないとルルに勝手に飲まれそうなのでまた行きましょう」
「はい」
「……。あんみつを食べるウィオラさんはふにゃふにゃ笑って嬉しそうだから見たいです」
「それは……。ありがとうございます。ネビーさんはお夕飯に何を食べたいですか?」
「ウィオラさんご飯」
「……。私が作ったもの、という意味ですか?」
「ええ。今日もたまご焼きが食べたい気がします」
ネビーは自分の前髪を引っ張り始めたから反応無しではなくて少しは照れたり嬉しく思ってくれているかもしれない。
「お揃いのものも持ち歩いて疲れた時に眺めてニヤニヤするから今日買い物をしたいです。ラルスさんに挨拶作法などの確認をしてもらいたいですし」
帰りたくなくて私と買い物やあんみつを食べに行きたいとは幸せだけどこのように起きないから休んでいたいのも本心なのかもしれない。
彼はこうしてあれこれ伝えてくれるからグルグル悩まなくて楽なので私も見習いたい。
「はい。今日は青鬼灯がお揃いです」
「学校の規定はなんですか? 大きさですか? 値段ですか?」
「盗まれたり失くして困るようなものや身分格差があまりにも分かる目立つ物は禁止という曖昧な規定です」
「小さい青鬼灯なら学校で使いたいですか?」
ネビーの声はどんどん小さくなった。
「小さい青鬼灯……。ええ。どちらで購入されました? いえ、作者の方に直接注文してくださったのですよね。場所を教えて下さい。学校で使える大きさで作れるか尋ねたいです」
「おお。小さいのも欲しいですか?」
「はい。帯か髪、どちらかに毎日使えますから」
「毎日ですか?」
余計なことを言ったと思ったけど彼は仰向けになって嬉しそうな笑顔が返ってきたので私も嬉しくなる。
「ええ。毎日お揃いになります」
自分で頼んで購入したものなら失くしても気持ちの整理がつくけどネビーからの贈り物は絶対に失くしたくないのも結納祝いを中々使えない理由。
使用してみると時々シャラシャラ鳴るのでスッと抜かれたり失くしたら気がつきそうだけど見つかるという保証はない。
「明日、出勤前に依頼しておきます。ウィオラさんにおねだりされた。良かった……」
あくびの後にネビーは眠たそうな声を出した。自分で買う予定が買ってもらうみたいになっている!
「……。あの、良かったとは頼み事は嬉しいですか? 仕事前に依頼に行くのは疲れないですか?」
「ええ、頼まれまくりたいです。昔から体力バカなので平気です。短時間睡眠体質ですがたまに長時間爆睡になります」
「お母様にうかがいました。眠れているか心配だとお話したら寝ないと動けなくなるけど短い睡眠で元気になる息子です、と教わりました」
「ええ。今も疲れているからではなくて気分がよかで痺れていないって言うから鐘が鳴るまでこのままって……」
また眠そうな声を出して声自体も小さくなってあくびをしたから疲れている、という認識が出来ていないだけではないだろうか。
「あの、明日……」
「はい。明日なんですか?」
「今日は早く寝て明日の朝散歩しませんか?」
「俺は明日、ウィオラさんとロカを学校まで送ります。それとは別ですか?」
そうだったの?
「はい。三人も楽しいですが二人も嬉しいです。今日のように両方になるので欲張っても良いですか?」
「ええ。ウィオラさんの欲張りってうんと小さいですよね」
「そうですか? そんなことないです」
「それなら他に何かありますか?」
「あの、朝から素振りは疲れますか?」
「いえ、むしろ明日の朝は海まで走って鍛錬します。たまにするんですけど砂浜で鍛えます。砂とか波打ち際の水の抵抗とか鍛錬に使えるので」
……そうなの⁈
長屋から海まで早歩きで二時間くらいと聞くけどその早歩きはエルに見せてもらったらかなり早めで私の足だと二時間では着かないと思っている。そこを走るとどのぐらいで着くの?
「ネビーさんは走ると海までどのくらいですか?」
「のんびり走るから一刻しないくらいです。早歩きとそこまで変化なくて少し早くなるくらいです」
「……それでのんびりですか?」
早歩きで二時間も私には無理そうなのにネビーの場合は一時間くらいってこと⁈
「ええ。家を出て三刻くらいで帰ってきます。朝食には余裕で間に合うから中官試験の勉強です」
鐘が鳴ったからかネビーはゆっくりと体を起こした。
「また素振りを見たかったので海で鍛錬とは残念です」
「それを先に言うて下さい。それならトト川で鍛錬にしていくらでも見せます。話の流れからして朝から素振りを見たいってことなのにバカだから気がつくのが遅くなりました」
バカではなくて疲れているか私の尋ね方が悪かったのだと思う。
「疲労と私の言い方が悪かったです。ありがとうございます」
切れ目縁からネビーが降りたので私も、と思ったら高くないのに軽く持ち上げて降ろしてくれて日傘もさしてくれた。
(そう言えばお気に入りだった日傘を壊されたことがあったな……)
近寄って欲しくないから距離を空けてジエムの方に日傘を傾けてこれで顔を見られないからブサイクと言われなくて済む、と思っていたのに「頭に当たってうっとおしいから貸せ」と言われて奪われて、頭に当たるとうるさそうだから気をつけているのにと思った。
日焼けしたくないのか代わりに使われた挙句にそのまま返してもらえず壊れたと言われて……。
?
私の物を持っていたかったってこと?
後日、ジエムの母親から壊したお詫びだと日傘を贈られた。あれはもしや本人から?
「ウィオラさん?」
「いえ、なんでもないです」
「なんでもある顔をしています。ここに皺。俺、何かしました?」
ネビーは自分の眉間を指で示した。
「……ジエムさんの悪行が蘇っただけです。正反対なのでたまにふっと比較で出てきてしまいます」
「こういう場所で怖いとか嫌な目に遭ったんですか?」
「いえ、日傘です」
ネビーから日傘をそっと奪って実演して軽く説明して先程頭に浮かんだ考察も口にした。
「そうだと思います。ウィオラさん。そもそもです」
「そもそもなんですか?」
「頭に当たってうっとおしいから、は君の顔を見たいってことでしょう」
「えっ」
「やっぱり。答えが分かっても分からないんですね」
「考察不足でした」
「代わりに使われたって近寄ってきて一緒に入って欲しい、だと思います。狭い道に広がるなとかなんか言われませんでした?」
「えっ。あー……。私の傘なのにとか、またブサイクだなんだのうるさいとイライラしていた記憶しか無いです。いつも演目や文学系以外の話は聞き流して雑な返事をしていたので」
「演目や文学系は普通に話していたんですか?」
ネビーは再び私の日傘を持って傾けてくれて歩き出したのでついて行く。
「稽古に関する話は普通にしていました。イライラする事を言わないで真面目に話すので私もそうなります」
「へえ。どういう言動ならウィオラさんから嫌悪を向けられないか分かりそうなのに、単純なことなのに分からないとはバカめ。おかげで俺は得しまくりだ」
ネビーは不機嫌顔でチッと舌打ちした。急にここまで機嫌が悪くなるって話題を失敗した。
「舌打ちなんてすみません。あのバカを思い出すとイライラしてしまってつい。気をつけます」
「私も思い出したくないです。人に迷惑をかけていないかは気になります」
「今朝、吐き出したら気が楽になったので俺も言うからなんでもない、は無しにしましょう。頑張ってが頑張れる言葉だと思っていたけど一緒に頑張りましょう、の方が気分がよかでした。新発見」
顔を覗き込まれて笑いかけられて胸がキュッとなったので足を止めた。
「あの」
「ん? なんでしょうか」
「頼まれまくりたい、と言って下さいました」
「ええ。何か思いつきました?」
「嬉しいことばかりなので頼まれまくりたい、という頼み事をしたいです……」
左右を確認してネビーが持つ日傘の柄を少し引っ張って降ろして少し迷って、でも我慢出来ないと思って懐に手を伸ばした。紫陽花の刺繍入りの手拭いを出そう。
外でなんて破廉恥で慎みがない! という常識は結構前に消えた。
皆、コソコソ隠れて見られないように気をつけてキスくらいするのはこういう気持ちだからと共感して掌返しである。
「嫌です」
「えっ?」
「頼みまくってもどうせ無理だから頼みまくりはしません。大丈夫そうなことだけ頼みます」
「どうせとはなんですか」
私は懐に伸ばしていた手を下ろして俯いた。
「誰だって断られると嫌な気分になります。なので確実そうな事だけ頼む方がよかです。俺は何をされても頼まれても困らないけど逆は違います」
断られると嫌な気分になるって自分が今まさにそれをしたという自覚は無いのだろうか。それに「どうせ」って何。
「何をされても頼まれても困らないなんてことは無いと思います。無理なことは沢山あるはずです」
「どうぞ。それでは俺が困りそうな頼み事を言うてみて下さい」
「……。菊屋で宴席を開くので宴席部屋に一緒に入って隣にいて下さい」
「おお。わりと際どいところ。目的は皆と食事やお喋りですよね? 店内である必要はないので他の店でお願いします。あんみつのお店とか、ええ感じの料亭の広間を貸りますので」
「嫌です。店内が良いです」
「なぜですか?」
「別に。なんとなくです」
困らせることが目的なのでこう言おう。
「あはは。試されてる。そこまで言うならよかですよ」
「……。あの、特に今の願望はないです」
「でしょうね。でもよかですよ。俺が嫌な事が消えるように自分で根回しします」
「それなら、それなら支払いもして下さい」
「俺の祝いだから来いって友人知人に声を掛けて会費を集めて自己負担を減らすんでよかですよ。刀で曲芸みたいなことをしたら稼げないかな。大型金貨並みはやめて下さい。しないですね。二人の家や生活資金が無くなります」
「それなら、八月に行ったら東地区から帰らないで下さい。私は仕事を辞めますので」
「そこは結納時に覚悟済みですので構いません。南地区に出張したり工夫します」
「……。あの、特に今の願望はないです」
「帰って数日暮らしてみたら分からないですよ」
ネビーはニコニコ笑っていて困った様子は無い。
「あの。それなら毎日学校に迎えに来て下さい」
「送りか迎えですよね。毎日は難しいけど少しでも日にちが増えるように仕事を調整します。今は特に外回りが多いから可能です」
「えっ? いえ、無理です。泊まり込みの時に無理だったから無理です」
「その通りで難しいけど励みます。困らないです。勝手にあがいていたけど言われたかったです。会いに来てって。待ち伏せではなくて。待ち伏せ分すれ違ったかもしれません。この時間ならもしかしてこの辺りにいるかも、って道を少し変えたりしていたので」
でも今のネビーは困り笑いを浮かべている。
「困らないですって困り笑いを浮かべています」
「ええ。言われなくても会いたいという気持ちに気がついて尋ねたら良かったと思って。疲れて後ろ向きになって逆を考えていたので。新しい生活で忙しくて疲れてるから俺の世話は嫌だろうとか、わざわざ会いに来るのは嫌かもとか」
「あの……」
「なので言うてくれると助かります。俺も言います。また泣かせるのはうんと嫌です」
「……。すみません。私が悪いです」
「そうですか? お互い様だと思います。それでお互い途中で気がつきました。筆記帳に書いたりこうして話す方がよかだって。ウィオラさんとしては違いますか?」
私は首を横に振って「その通りでお互い様だったと思います。意思疎通は大切です」と口にした。
しかし「どうせ」と言われたことにまだ腹の虫がおさまらなくてネビーが拒否したり困りそうな頼み事を思案してみたけど思い浮かばない。
「逆もどうぞ。どうせとはなんですか。私はネビーさんに頼まれ事をされるのは嬉しいです。試しにどうぞ。それでは私には無理そうな頼み事をどうぞ頼んでみて下さい。困りませんので」
「不機嫌もちちさんになったのはどうせ、って言い方をしたからですか。嫌な言い方をしてすみませんでした」
この、という時に頬をつんつんされた。
「はい」
「困りませんのでって困ると思うし何も出来ないと思います」
「決めつけないで下さい」
「なら膝枕前の続き。もちろんウィオラさんから。さあどうぞ」
……。
ネビーの言う通りでこれは私は困る。私のおバカ。
「……。すみません……。その、励むというか逆だってそうして欲しいと思うので……頑張りたいのですが……」
「ほら困った。それで出来ない」
「し、します。出来ます! 困っているのではなくて照れです。照れて恥ずかしいだけで困っていません!」
これだと売り言葉に買い言葉。ネビーは愉快そうに笑っている。
「それなら手前まで全部します。させて下さい」
「へっ?」
「ほら困った。これは絶対に出来ない」
「手前まで全部? してもらう?」
「ええ。頭でっかちそうなので分かりそうです」
困りまくりのもちちさーん、と頬をつつかれてしまった。
「いや、してもらうにしよう。もっと困りそう。手前まで全部して下さい。頭でっかち知識を全部披露して下さい」
「……」
「かめ屋を予約して貸切風呂を獲得するから一緒に風呂にも入ってもらおう」
「あの……」
これはわざとだろうけどそういう方面で攻められたら私は困りまくる。本当に私はおバカ。
「なんでも頼んでもよかで困らないんですよね?」
「……私が悪かったです。すみません」
「どうせ、なんて嫌な言い方をした俺が悪いです。すみません。その困り顔は苦手で嫌です。あっ。俺も嫌ですって言うた。そもそもありがとうって言って軽い頼み事をしたら良かったのにバカですバカ。すみません」
こういうのも喧嘩になるのだろうか。お互いすみません、と言い合って私は直したいから直すしネビーもきっと改善してくれるから喧嘩と言うよりも話し合いなのかな。
「あの。もっと……ということですか? その、触るのとか……」
「男なんて煩悩まみれです。結納前半なのに手を出し過ぎで進みも早いと自覚しているからむしろ自重します。そもそも伴侶だとしても押し付けは暴力と同じです。なのでなんでもしますとか頼まれまくりたいなんて言ってはいけません」
「そうですけどそこは信用しています。どうせ、でした。私はどうせです。でも色々頼まれたいです……」
「日々沢山してもらっていますし、さらに揉み療治をしますとか膝枕をどうぞとかうんと嬉しいです。ありがとうございます。俺は我儘男だからして欲しいことは許されそうな範囲とか常識的な範囲で言います」
ごめんね、という優しい困り笑いに胸が痛むのと同時に甘ったるい気分にもなる。
(我儘男ってどこがだろう。私が困ることは避けて頼んでくれてあれこれ確認もしてくれるのに我儘男って……)
真の我儘男とはジエムとか菊屋で暴れた客とかああいう人種のことだ。
不安はないけど変わり者だな、という気持ちがまた増して優しいから好きとも思った。
好き。また好き。それでその好きを返されるからより好き。
素敵祭りみたいに好き祭りみたいになっていって紫陽花を刺繍した手拭いを懐から出したいと思った時と同じ感覚になってきたからそうした。
「えっ」
「人は本当に来ませんね……。かくれんぼする日傘もあります……。先程頼まれたことの中でこれは出来そうです」
ここが良いと思って白い花を咲かせている山法師の幹に背を向けて立ってみた。
「こういうことはなんて破廉恥で非常識だと思っていましたけど……。このような気持ちを知らないだけでした……」
「……。待っても待ちぼうけしそうなので触れてよかならこっちから触れます」
肩に日傘を乗せたネビーは懐から手拭いを出して広げて近寄ってきて私の頭に乗せた。手拭いの端と端を持ってさらにかくれぼの軽いキス。
恥ずかしくて逃げたいけど嬉しいから両手を重ねて握って突き飛ばさないように我慢。
「酔っててダメかもしれません」
どういう意味? と思ったらキスされまくりになって照れと熱さで限界、と顔を背けたけど終わらなくて首に継続。
「あの、ネビーさん……」
「ウィオラさん……。あ……。あい……。あし、明日は早起きしましょう」
耳元で低い声を出されたので更にひゃあっ! となったらネビーは私から離れた。
引き剥がす、というような勢いでネビーが離れたので日傘が地面に落下してコロロッと揺れる。
「だから夜は早く寝ましょう」
彼は首の後ろに手を当て俯いて赤らんだ顔で右手足で土をスリスリしてから日傘を拾った。
(会いたかった? 今日みたいに沢山会いたかった、なら嬉しい)
「はい」
「ウィオラさん」
「はい。なんでしょうか」
「あ……。いや、その。あ……。ああっ! 少し寝たのでお腹に隙間が出来たから先にあんみつでどうですか?」
「はい。あの、しのぶもぢずりでみだれって言いますが今日の格好や髪型は珍しいのでその気持ちがよく分かります」
この褒め方は伝わるかな。
「つまり今日の俺は悪くないってことです。どちらかというとかわゆいとか綺麗なものに対して人の心は乱れます。うん。普段もかわゆいけどそのハイカラは似合っていて更にかわゆいので日傘で他の男から隠さないと」
ますます照れ臭そうにしていて愛くるしいのとこんなに沢山褒められて嬉しい。
「そのようにありがとうございます」
「行きましょうか」
「はい」
胸がいっぱいで食べられない、と思いつつ図太すてあんみつ好きの私なら食べられるだろうからネビーと歩き出した。ここまで照れるネビーは珍しいので愛くるしいしなんだか愉快。
やたらキョロキョロしているし、そっぽを向いて私を見ないし、かなり耳が赤くてずっと首の後ろに手を当てている。
彼はなぜこんなに照れてるのだろう。外だったからか乱れたとか酔っていると言っても今日のキスは控えめだったし似たように褒めてくれた後もここまでになったことはないのに不思議。




