デート2
昼休憩を俺達と過ごすことにしたレイは制服の帽子を脱いで割烹着姿で旦那と女将の次男と共にやってきたので皆で挨拶。
「両親は商談で兄夫婦はお得意様に挨拶をしているので自分がご挨拶に来ました。いつもお世話になっています。すみません、両親はともかく兄夫婦が来ないなんて」
「いえ、厨房の柱の一人の方がわざわざ来て下さるなんてありがたいです。ありがとうございます」
「兄夫婦よりも自分の方が接点が多いので任されたとも言います。こちらは我が家からの結納祝いと激務への労いです。この店や旅館内でいつでも飲めるように預かっておきます」
そうだろうな、と思っていたけどギルバートは来春、という札の掛かった大徳利を軽く掲げた。
「ありがとうございます」
「仮結納とうかがっていますので本結納後はお二人への贈り物になるものを贈ります」
「お兄さんをお得意さんにして兵官さん達にここはお嬢さんとのデートに良いですよとか、一閃兵官の贔屓店で会えるかもとか、彼も来たお店で食事はどうですか? とか、そういうことを狙っているんだって」
「あはは。ネタばらししないで下さいレイさん。まあ両親がルーベル家にもレオ家にも正直に言うんでしょうけど」
「気楽なのでネタばらしして下さい。こちらは今日、ありがたく飲んでいきます」
「私もいただきます! それから檸檬焼酎もお願いします。今日のお昼代はある程度までは来月の妹の元服祝いの宴席代のうちってテルルさんに聞いています!」
「ええ。その通りです。ゆっくりして食事も楽しんでいって下さい。副料理長が身内が来るなら、とレイさんに揚げ物や焼き物の練習をさせましたのでそれも堪能して下さい。しっかり指導しましたので」
自分の休憩はもう少し後なので、とギルバートは従業員を呼んで少し何か話してから去った。
「ウィオラさんは桃酒って約束していたんでそれで春来の味見もするだろうから……桃酒とお猪口三つで同いします。レイはどうする?」
ウィオラも飲むのか。引っ越し祝いの時に梅酒を飲んでいて出掛けて何度も芸披露した後で夜だからそんなに飲んでなくても眠そうにしていたけど、そもそも彼女はお酒慣れしていないから気をつけて見てよう。
「私の宴席代に含まれているなら梅甘水にする。梅甘水をお願いします。来春は徳利に移して一本目はそのままで二本目は少し冷やしておいて欲しいです」
「かしこまりました」
「三人分の甘味は無しでお願いします」
「えっ。なんで?」
「この後三人で噂の桃あんみつを食べに行くから」
「えー。ズルい。どこの店?」
「ルーベル家の方に戻って錦屋のところを曲がった通りのところの満天屋ってお店らしいよ。ウィオラさんが職場で教わった」
「次はレイさんとも行きたいです。きっと一回では気になる品物を食べきれないです」
「満天屋って代替わりして急に客足が伸びたお店で行ってみたいけどまだ行けていません。今日の梅膳の甘味は冷白玉ぜんざい小だけど松膳のミーティアケーキにしてくれて今日は桃ケーキなんですよ!」
「今日の私はどうしてもあんみつを食べたくてどちらも捨てがたいので……三人で一人前にしてレイさんに二人分は多いでしょうか」
「そうしましょう! レイは今度の休みに私と一緒に満天屋に行こう。偵察してレイ好みか確認してくる。人気店でもレイ好みかは分からないでしょう?」
「うーん。へえ。うん。確認してきて。あの、甘味は二人前だけにして残りは私が厨房で食べますと伝えて下さい」
「かしこまりました。レイさん、今日は良かったですね。朝から鼻歌混じりでしなくて良い玄関掃除をしていたくらいですから」
「はい!」
年配従業員とレイは顔見知りだったらしいので妹がいつもお世話になっています、と挨拶をした。梅膳なのはルルが予約した時に決定していたそうなのでこれで注文終了。
「なんか今日、ウィオラさんの感じが違いますね。普段よりもかわゆいし色っぽい気がします」
「しょうもないお兄さんは気が付かないけどレイなら分かると思った。リルお姉さんが春霞の局からハイカラ化粧を教えてもらったからウィオラさんにしてみたの。朝、ルカ姉ちゃんにもした」
気が付いていてなんだか俺好みだからルルが去ったらウィオラに何がどう違うのか尋ねて褒めようと思っていたのになんだその言い草!
俺もなんだか今日のウィオラは普段よりもかわゆさが増していて見惚れると思っていたのにこんな話をされた後に褒めても効果が無いから何も言えない。
「へえ。あっ。眉墨を目尻に入れてるんだ。まつげってどうやって上にあげるの? あとまぶたのキラキラは何?」
そう言われてウィオラの顔を眺めてみたらレイの言う通りかも。
「下まぶたに薄紅もぼかした。まつげは熱くしたスプーン。今日は暑いから屋根の上に置いておいた」
ス、スプーン?
「スプーンで上がるんだ」
「こうやって当ててあがるのを待つの」
「やってみよう。ルルはしないの? しないか。これ以上美人になると面倒だもんね」
「うん。私はあんまりお洒落しない。キラキラは真珠や色鮮やかな鉱石の粉を化粧品にしたものが売っているらしいけどそんなの庶民は見ることも出来ないからテルルさんとリルお姉さんと考えた。安売りしていた夕食のタチウオの皮から作ったの」
魚の皮⁈
「タチウオは皮がキラキラしてるっていうか剥がれてきて困るけど作ったって何?」
「私とリルお姉さんの貧乏根性に凝り性で工夫屋のテルルさんだから三人で実験した。こそいだ皮をやっつけ酒で洗って紙で濾して干して粉にして練り香に混ぜた。ルーベル家は数日間タチウオ生活」
ウィオラのまぶたが艶々していて目を惹くのはルル達の涙ぐましい努力の結果ってこと。
「なんか売れそうな気がするけどそれ」
「うん。最新ハイカラ化粧本! みたいなのと一緒に彩屋で売るかもしれない。数量限定で。これはレイの分ね。欲しい人がいたら人数を数えていくらまでなら出すか聞いて」
「はーい。私はまた調査隊だね」
「私も職員室で調査隊をします。レイさんに爪磨きをお持ちしました。お貸し出来ていなかったのはあとはレイさんだけですので」
「うわあ。ありがとうございます」
「失くさないようにねレイ。ウィオラさんの友人達からの結納祝いの化粧道具の一つでここらでは見かけない貴重品なんだから。前の職場に行商が来たから買えたんだって」
聞きそびれていたウィオラの爪がなぜ艶々なのかは爪磨きというものを使ったからでそれは友人達からの結納祝いってこと。
(前の職場に行商で友人達……ユラさんや夕霧花魁ってことか? へえ。ああ。そうだった。ユラさんが菊屋の人達からの結納祝いを持ってきてくれたって言うてたな)
ウィオラはその後にユラとロカの誕生会で踊ったみたいな話を始めたから何を貰ったのか尋ねるのを忘れていた。
「私は失くさないよ。どこかのド忘れおバカじゃないから」
レイは俺を見て歯を見せて笑った。
ウィオラがロカ以外の妹とも親しくなっているようで嬉しいけどこうやって俺の悪いところが彼女に吹き込まれていくという。
お酒と料理が運ばれてきたので皆で挨拶をして食事とお酒を堪能してレイは今日厨房で何をしたのかとか揚げ物や焼き物の練習はどうだったかなどの話に花を咲かせる。
ウィオラにお酌をされたいのに向かい側に座るルルがサラッと注いでくるから願望が叶っていない。そのルルはウィオラのお猪口が空になるとそこにもスッとお酌した。
「ルルさん、ありがとうございます。私は甘くないお酒は苦手のようで遠慮させていただきます」
「慣れないこともありますが慣れです慣れ。あれだ。飲み比べをしてみましょう。すみません! 飲み比べ五種をお願いします」
「ルル、昼間だから酔いどれオババになる気なの? せめて三種にしたら?」
「一人でルーベル家に帰るからそんなに飲まないよ。お兄さんが飲むから平気平気。ようやく飲める、飲みたいって言うてたから」
俺はルルが注文した時に水を頼んでウィオラにコソッと確認をしてお酒ではなくて桃の絞り汁を追加。
お喋りの俺はお喋り妹達がいると聞き手側に回ることが多くて、今日もルルとレイがぽんぽん喋り続けるからわりと聞く方。
主に皇居で流行っているという化粧の話や髪型の話をしているからウィオラも混じって実に楽しげなので日々の疲れが癒やされるな、と酒を飲みながら傍観。
(ウィオラさんの今日の髪型は西の国のマーガレット姫の髪型だからマーガレット。ふーん。かわゆいけどこの間のぐるぐる髪型がよかだな。うなじも見えないし)
しかしあのぐるぐる髪型だと贈った青鬼灯の簪は使えなそうだと思い出してこれもこれでアリだから交互に見たいと考えて、横流しはとても気に入っているから三日ごとに、と思ったけどサラサラ髪が揺れる一つ結び以下略。
(ちび簪と紐に今日使ってるリボン……。きちんと観察したら何を贈ればよかなのか分かるな。これまでは興味が無いから見てなかった)
妹達への贈り物は分からないから自分で選べ、予算はいくら、で過ごしてきたし貧乏時代は喜ぶから花を飾っておけ、である。
「っていうかなんでルルは満天屋までついて行ってお出掛けの邪魔をするの」
「邪魔じゃなくてウィオラさんが三種類の甘味を食べられるように行くんだよ。そう言うてくれたもん。私は邪魔者ではありませーん。お兄さんもみたらし団子を食べようとかウィオラさんとお出掛けするけど私もって言うてくれましたー」
ルルのこの感じは酔い始めている気がする。
「ルルさんは化粧や髪型だけではなくて着物も選んで帯も結んで下さいました」
「せっかくだから訪問着かなあって。帯結びはお兄さんが贈ったちび簪と同じ撫子にしました。サラッと龍歌をもじって褒めたり純愛だなんて雅なことが出来るんですねぇ、お兄さん」
純愛?
撫子の花言葉か?
(純愛……。純粋な……邪な気持ちがないって下心はありまくりだけど……。愛……。好きの上は愛? 言えるか!)
ヴィトニルが酔っ払って愛しの妻とか昼は太陽で夜は一等星やらなにやらと言っていたと思い出して酒を呷る。
好きです、だけでも大変なのに愛しいですなんて無理。ここは煌国でそんな文化はない……のだろうか。軒並み既婚者の友人達とそういう話をしたことがない。
「自分では見えないので分かりませんでしたが撫子結びにして下さったのですか。その花言葉も知りませんでした」
「せっかくお兄さんから贈られたのに調べなかったんですか?」
「こちらはロカさんからの贈り物です。ネビーさんから贈られた方が嬉しいと考えてくれたり、お兄さんの支援だそうですのでとても優しい大切な品です。そのように想われたりロカさんに便乗しないで教えて下さったネビーさんをよりす……」
ボッと真っ赤になるとウィオラは俺から離れて顔を背けた。
す……。
すの続きはき?
「良かったねお兄さん。より好きだと思ったって。多分そうだよ。ウィオラさんはこの間も好きって言うたから。ゴキリから助けてくれて好きでしたって」
「……。ルル。袖振りされなそう? 大丈夫そう? 何も出来なそうだけど、とりあえずロイさんに陽舞伎の観劇券を頼んだけど何もしなくても大丈夫だったってこと? あっ。気を遣っているのはロイさんだよロイさん」
意外なことにルルじゃなくてレイ!
なぜロイの気遣いにするのか謎だな。
「そうそう。招待券はロイさんだから。レイに言うてなかったね。平気そう。照れ屋と小心者の組み合わせだから表にあんまり出さないみたいだけど昨日の夜なんてウィオラさんただいま〜って後ろから抱きついたり、きゃあ嬉しいって感じだった」
「へえ。心配してたけど仲良しじゃん」
ウィオラは慌てた様子になって徳利を掴んだ。
「ウィオラさん。それは水ではなくて酒です」
「へっ? ひっ、ひゃあ! さわ、触らないで下さいませ! はず、恥ずかしいので!」
酒を一気飲みは危険だと手首を軽く掴んだら、驚いて照れたウィオラが徳利から手を離したので落下しないように反対側の手で徳利をつかまえた。
「す、すみませ……」
近いです! というように俺に両手を向けたウィオラはのけぞって壁に頭をぶつけそうになった。
「ちょっとウィオラさん。落ち着いて下さい」
「す、すみません! 近いです!」
痛くないようにと間にサッと手を入れたらそれに対しても身を縮められてしまったという。
「この間もこんな感じだった。これはこれで楽しそう」
「うん。仲良しだ。二人が一緒のところを見るって大事だね。東地区に行く時も仲良しだったけど、帰ってきてからのお兄さんは死んだ顔をしているし二人はあんまり話してないから心配だったけどきゅうい、じゃなくてなんだっけ」
「杞憂、ね。マーガレット姫はほどけたリボンを拾ってくれた王子様の側近と結婚したらしいからマーガレットは縁起良しの髪型なの」
「私だって今日、飾り切りをイノハの白兎にさせてもらったり黄色い花もそこからだよ」
口が悪いようで素直に育った兄想いの妹二人とはやはり癒し。
「そ、そうな気がしたので真心が沢山で嬉しいです。ありがとうございます」
ウィオラはまたしても水の入った湯飲みではなくて徳利に手を伸ばした。
「だからそれは徳利ですウィオラさん」
「す、すみません」
「ぶつけたら痛いし徳利を落とすとせっかくのかわゆい着物が濡れて酒臭くなりますから落ち着いて下さい。照れ照れするのはかわゆいけど怪我とか零すとかは困ります」
かわゆいだって、とルルとレイがにやにやしたけどこの口滑りに対するニヤけに反応すると変なことを言われそうなので無視!
「最近その……でして」
「ん? なんですか?」
「いえ。いえ! なんでもないです!」
「あっ、鐘だ。私は失礼します。三人でゆっくりして下さい」
「なんか良い感じだから私も帰ろう。ウィオラさん。満天屋はレイと行きます。そもそもウィオラさんとレイの休みが合わないので。レイは私以上に除け者は嫌いだもんね」
「別にもうそんな子どもじゃないし。私は来月ついに成人だよ? でも今度一緒に行ってあげる。余計なお節介ルルがデートの邪魔をして袖振らされて部屋の隅でナメクジ化は嫌だし馬に蹴られて死ぬから帰った方がええよ」
「邪魔をするのはロカだよロカ! 今日は友達と遊びなさいってルカ姉ちゃんが追い払った」
「代わりにルルがまとわりついてるじゃん」
わちゃわちゃ言いながらルルとレイは軽い挨拶をして去った。
ここは個室なので扉が閉まって二人きりなら誰も何も見ることは出来ないし大声を出さなければ誰かに何かを聞かれることもない。
「……。ウィオラさん。最近なんですか?」
待っていたら向こうから何かしてくれるとか、しばらく待とうと思ったばかりなのにそこそこ飲んだから荒療治は効くかもしれないので少し迫ってみよう、と気が大きくなっている。
「あ、あの。……あの。近寄らないで欲しいです」
「俺が嫌とか嫌いなら離れます。照れだけですよね?」
「は、はい……でもその。その、あの……」
俺の方を向いた後にジリジリ後ろに後退するウィオラをじわじわ追い詰めてみる。料亭の個室でキスとかはしないけど褒めて頬を撫でるくらいは良いだろう。
後ろに壁があるので勢い良く立ち上がって遠ざからない限り逃げ場はない。彼女はそこまでして逃げそうだけど。
「このような場所で何もしませんよ。最近なんですか?」
「そうですよね。自意識過剰で恥ずかしいです。あのその、最近以前よりも眩しくて……」
「……」
「なのでその、落ち着かなくて……」
「……。ウィオラさん、眠くないですか? 前は飲んで眠そうでした。そんなに強くないようで顔がかなり赤いです。大丈夫ですか?」
「は、はい。気をつけてルルさんに勧められるまま飲まないようにしていました。ありがとうございます」
酔うまで飲ませたいけど今日ではない、と俺も監視していたのでそうだろう。
「……。俺は飲み過ぎて眠いので少し休みたいです。ようやく飲めると浮かれて日々の疲れをあまり考えなかったせいで飲む量を間違えました。すみません」
嘘だけどこう言おう。酒で緩んでいるのもあるって理性がわりとぶち壊れた。密室だし従業員も来なそうだから良いだろう、という思考に変化しているから危険信号。
「まあ、大丈夫ですか?」
「半刻とか一刻休めば大丈夫だと思います。なので行きましょう」
ウィオラははてなを顔に浮かべているけど無視して促して会計へ向かって、支払いは無かったのでお礼を告げて料亭を出た。
「あの、休むとはどちら……。ルーベル家ですね。ルーベル家まで行けそうですか?」
「無理そうです」
お店を出て確かこっち、と歩きながらウィオラの手を取って見回り兵官が多いから手繋ぎはやめた。
「あちこちを見回りしてきているので分かるんですが人が居ないはずのところがあります」
「ルーベル家よりも近いということですね」
「ええ」
見回りをし続けている街なので記憶は正確で目的の地域の小神社へ到着したのでウィオラの手を引いて社の裏に回った。案の定誰も居ない。
「兎が居るところは縁結びの副神様を祀る神社ですよね?」
切れ目縁に腰を下ろしてウィオラも誘うと彼女は少々戸惑いつつ俺と少し離れて腰を下ろした。
「ええ。こちらの神社は鎮守に加えて縁結びの副神様を祀っているようですね」
「思い出したのとこういうところは午前中に掃除をしたら後は表に参拝人が来るだけで後ろには滅多に人は来ないんですよ」
午後掃除に来ることもあるけど裏には回ってこないか来ても見られて困ることはしない予定なので問題無し。
「言われてみればわざわざ裏には回らないです」
「密会に適しているのにその密会は大きめの神社とか定番のところでする人が多いです。なので家の近所の小神社を素振りや勉強などで使ってきました。ここは初ですけど同じでしょう」
「そうなのですか」
「照れ照れ落ち着かないウィオラさんも外なら何もされないと分かって少しは安心しそうです。違いますか?」
「……いえ、何も、何もされたくないとは思っていません」
「……」
えっ。選択を間違えた!
「はしたないことを申しました! 先程から私はおかしいです」
「……。酔いでしょう。一人にだけそう言うのははしたなく無いので誘いまくって下さい。紫陽花の手拭いもありますし」
紫陽花の時に外だけどキスさせてくれたから試してみよう。ウィオラの日傘をそっと奪って開いて近寄ってみたけど逃げなさそう。しかし紫陽花の刺繍がされた手拭いが出てくる気配はない。
「神社はあの、バチが当たりそうです……。照れてつい逃げてしまいますが捕まえて欲しいです……。今夜とか……。勇気が足りなくて……つい甘えています……。ネビーさんは気を遣ってくださる上にそちらも緊張するのについつい……」
俺はこれまで甘えられていたのか⁈
残っていた理性もぶち壊れて砂みたいになって飛んでいったかも。
「…… 。天の原踏みとどろかし鳴る神もと前に言いました。赤い糸は血らしいので誰にも切れません……」
顔を背けたウィオラの顎を手で上げて顔を寄せたけど拒否されたので不満。
「嬉しいですが……よ、夜にお願いします。あの! 膝枕! 膝枕と口にされたことがありましたのでよければどうぞ。眠い時は寝たほうが良いです」
「それは……。ありがとうございます」
……不満から一転して朗報。別に眠くないけど棚からぼたもち!
それなら遠慮なくと思ったけどわりと照れて横になるまでにしばらく時間が掛かった。
(休み万歳! 至福! ウィオラさんの方を向いていっそ抱きつきたい。ここではあれだけど家でとか)
金を払ってでも女が欲しいというのは経験が無くても想像に容易かったけどウィオラとの接触で次々と実感中。
(遊楼でしないで手前までって選択肢もあったけどお見合い相手の親に指摘されたら嫌だったからな……。地味顔なのになんか知られているから目撃されそうで嫌だったし金も勿体無いっていう貧乏性もあり……)
嫁を触りまくると決意して十年くらい経過してようやく触りまくれそうな女性と出会えてあれこれして今日は膝枕とは今年は良い年だ。
「あの、俺、自分で耳掃除をするかと怪我して痛めるから親父がしてくれてて、ありがたいけどわりと嫌なんですよ。膝枕はしないですし母親や妹達よりもマシですけど。この体勢で今度してくれたらなぁ、と」
「そうなのですか。それならお父様に教えていただきながらおじい様で練習した後に挑戦します」
「あっ。でも耳が汚いと思われるのは嫌なので今のは無しで。さすがに耳掃除と膝枕はイオとか俺の友人で練習しないように」
「そのような練習は恥ずかしくてしません。ネビーさん。汚れるからお掃除するのですよ?」
「そうですけど……。ルル達が言うように小心者というか俺もわりと照れ屋というか……。いーや。してもらいます。してくれるならしてもらいます」
「他には何が嬉しいですか? 毎日お疲れですから少しでも元気になって欲しいです」
「……」
また自分が頼む側になっている!
「俺は今一つ頼んだので次はウィオラさんです」
「……あの、髪を触っても良いですか?」
「……。髪でも耳でもどこもかしこも好きなだけ触って下さい」
俺への頼み事をしたのにこれだと俺に褒美だ。
「ふふっ。猫っ毛でアニの毛みたいです。ネビーさんも触ったようにアニは犬なのに猫っ毛です」
至福!
笑顔な気がするから見上げたいけどそうしたらこの照れ屋はまた慌てふためいて笑みを消しそう。
眠くないはずだったけど太ももの感触が気持ち良過ぎて、髪をさわさわ撫でられて少し眠くなってきた。というか本当に眠くてなってきてまぶたが閉じていく。
「足が痺れたとか……鐘が鳴ったら……起こして下さい。あんみつも買い物も行きたいし陽舞妓も……」
睡魔に飲まれてこのように家族以外の女性の前で眠ることはなかったなと思った。




