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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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デート1

【約一年前】


 気が乗らないと思っていたけど当日その時を迎えればそうでもない。

 ルーベル家を来訪して軽くお茶をして甥っ子と姪っ子と戯れてからテルルと共に立ち乗り馬車の停留所へ向かった。


草鞋(わらじ)ではないネビーさんは珍しいですね」


 テルルはそう告げると伏せ目。義母と二人で話すことはよくあるけどこうして二人で出掛けることは少ない。俺は手に持つ彼女の日傘を傾けた。まだ六月だけどもう月末で今日は日差しが暑い。


「あはは。気が乗らないと言うたのに乗り気になって格好付けです」

「昨年と同じ下駄に見えます。虎斑竹(とらふだけ)でしたっけ」

「ええ。ヘンリさんからの元服祝いです」


 父親の奉公先の大旦那が奉公人でもない俺にわざわざ贈ってくれたとても大切な品。贈られたのはもう十年物だけど滅多に使わなくて大事にしているのでまだまだ使える。


「レオさんへのお礼も兼ねているでしょうけどネビーさんへの期待の現れですね。虎とはまさに大活躍時の貴方のようです」

「そうですか? まあ、時々別人のようだと言われます。破竹の勢いとも言いますし竹は真っ直ぐ伸びていきます。なのでこの下駄だと背筋が伸びます」

「去年も言うていましたよ。その前の年も。ロイの誕生日祝いにお揃いの下駄を贈って下さった時も」

「おお。そうでしたっけ。むしろロイさんに下駄を贈りましたっけ?」

「貴方はわりと聡いのに本当に忘れっぽいです。今日のお相手の事は頭に入っていますか?」


 蝉の鳴き声がミンミン、ミンミンわりと騒がしい。


「それなりに覚えています。俺はお嬢さんやお嬢様って生き物に弱いですから」

「去年もそう言いましたよ。出掛ける前に浮かれ気味なのも同じです」


 帰りに興味を失っているとそれも昨年と同じ、と指摘されるのだろうか。

 見た目や仕草が好み、は誰もが第一前提にすることでその次の価値観が合うとか気が合うかどうかは別。


「今日のお嬢さんは財務省南地区本庁の高官の三女さん。俺の一つ上のお兄さんがガイさんと同じ煌護省本庁のひよっこ。華族枠でそのうち高官。この話、どこからどう回ってきたんですか? 今さら気になってきました」

「平家なので家同士は苦手。本人の情報だけで構わないので自分の希望以外の条件合わせはそちらでお願いします、と言うていたのに気になりますか?」

「向こうもどう考えても本人の意志ではなくて親に頼まれたのかなぁって思うと気になってきました」


 家の為、という考えは苦手なのでそれだけで後ろ向きな気分になってくる。


『その方は多分良い方です。容姿端麗で優しそうで雅で親が彼は好青年だと。でも誰でも嫌です。私は他の方は誰でも絶対に嫌……』


 顔はぼんやりとしか思い出せないのに震える泣き声をふと思い出してしまって俺は軽く頭を掻いた。


『今の君の俺への頼みは自由な間に俺と友人でいることで他には何も頼まれていません』

『はい。その通りです。私側の問題ばかりなので頼みません』

『それでお互い友人よりも先を望んでいるけど無理なのも判明しました。結納までにしましょう。二人とも現実逃避は終わりです』


 忘れっぽいのに出てくるな!


(馬が一匹、二匹、三匹……自己嫌悪で辛くなるから忘れてろ……。現実逃避は終わりってここからまた俺は現実逃避……。酷いことをした……だから忘れろ!)


『私は雑にしたくないってことですか?』

『半々です。いや三分の一です。面倒だし悩みたくないし胸が痛いから逃げよう。かわゆいお嬢さんが無防備だから遊んでしまえ。なにせこんな好機はないというか初だから』

『…… 三分の一なら一つ足りないです』

『もう一つはこの年でもまだ分からない噂の恋穴に俺を落とす女性はこの人かもしれないから今からしっかり大事にしよう、です』


(だから忘れろよ俺! 恋穴落ちしなかったから逃げて大事にするどころか踏み潰した。向こうにも袖振りされたけど……。いや、なんだかんだ最初から最後まで選ばれてないから最初から振られてたけど……)


 蓋を開けたら悲恋物、みたいなのは二度と御免なので本人の意志ではないとかお礼の手紙や文通お申し込みや本人が突撃してくるのはつい拒否してしまう。

 中にはパッと見好みだから調べよう、くらいの気持ちを抱くこともあるのに。


「——……なので単にネビーさん贔屓(ひいき)です」

「……えっ?」


 なので?

 聞きそびれた。


「浮かれて多少聞いて無かったです。なのでってなんですか?」

「瓦版になった銀行強盗事件の時にお母上とお嬢さんがあの場にいたんです」

「へぇ。あの時ですか」

「それで貴方を探してツテを辿って来たんです。役人系華族と卿家はそこまで格が変わらないけどお互いのツテコネが違うので欲しいです。この家は特に事業はしていません。土地と役人維持で手堅くずっと下流華族維持」

「そうですか」


 俺は首の後ろを手で押さえて緩みそうになる唇に力を入れた。役所関係なので親の為の政略結婚が前提で気が合うなら、みたいな相手だと思っていた。

 確か長女は国立女学校講師、次女は区立小等校教師の嫁。

 役人系で固めているなら卿家ルーベル家は欲しい。しかし高納税高寄付金の下流華族は稼げる事業に絡んで華族から転落防止をしたいから三女は手堅くいかないで父親が職人の俺。

 俺という看板や俺が有している人脈自体も商売の役に立つ。そういう考察をしていたけど違ったようだ。


「家の思惑は役人系で固めたい。それだけです」

「レオ家関係に望むのはこちらに協力して得られる見返りや節約です」

「新たに下流華族のツテコネが出来るひくらしやかめ屋は得をします」

「ええ。それでいて向こうの長男はお父さんや貴方で良い影響かもしれません。部署は違いますが彼の業務は兵官系です。その辺りは初回の今日はそこまで話さなくて良いです。気が合わないと嫌だと言うてるのは貴方です」

「はい。俺が渋っているのもあるけどお見合いしまくりにならないから条件合わせって難しいですね。ありがとうございます」

「家の為みたいな結婚は苦手。嫌々そうな相手と見合いは嫌だと言うのでそういうのは断っていますけど今回は違います。よろしくお願いします。時期もそろそろ良いでしょう。二、三年結納なら家も建ちますよ」


 十九歳で二、三年結納なら破談になってもこちらのせいとか性格の不一致なら知人を紹介するなどの条件を付与すれば問題ない、のだろうか。トントン拍子ならテルルに全部丸投げしよう。


「まあ気が乗ればというか気が合えばです」

「そのまあの意味を教えて下さい」

「レイはかめ屋関係で結婚する気がするから気にしていないしロカはずっと先なんでルルですルル。俺の結婚があいつの足を引っ張ったら嫌だから後でいいかなって」

「その次はロカさんって言いそうです」

「言うかもしれません。嫌なんですよ。例えばルルが旅行中に誰かに惚れて遠い家の奴の嫁になるって言うたら俺は独身なら動けます。親父達は仕事があるから行かなくても俺は行けます」

「自分は行けますって番隊長という目標はどうするのですか」

「他にも目標があるのでそっちで励みます。ガイさんはきっとその道でも満足します。でも裏切る気持ちが出たら裏切って先に俺が祝言です」

「それは裏切りではないです。貴方の好みがイマイチ分からないんですよね。去年も出掛ける前はそのように嬉しそうな顔だったのに帰りは嫌そうというか。後半は愛想笑いで解散後は酷い顔」

「俺も分かりません。伝えている以上のことは違和感が無い相手というかバカだから言葉に出来ません」

「聞き取り済みの好みには合っていると思っても違いますからね」


 立ち乗り馬車が到着したのでテルルの様子を確認しながら乗車。

 今日は足の調子は悪くない、と言っていたけど「悪くない」という言い方の日は良くもないということはもう知っている。彼女は辛い時は辛いと言うけど良い日もそう言う正直者だ。

 

(帰りは馬でもええかなぁ。許可を得てきて良かった)


 揺られ続けて一区に到着して、テルルはすまし顔だけど彼女の足が気になるので緊張するから休みたいと伝えて安い茶屋で休憩。


「そんなに気を遣わなくても今日の手足は大丈夫です。日傘も自分で持てるのに」

「そうですか? 息子になら足が痛いって言えるけど義息には言いにくくないですか?」

「逆に言いやすいです。我が家にお世話になりまくりなのでおぶってとか。ロイ相手よりも恥ずかしさは減ります」

「帰りは馬も可能です。許可証と鉢金を持ってきました」

「それはありがとうございます」

「大丈夫でも乗りませんか? 俺は乗馬好きですしレイスやユリアも大興奮。町内会の子ども達も喜びそうです。でも乗らなければ立ち乗り馬車の後ろを乗馬の予定です。そのまま夜勤で今夜は見回り班って手配済みなので」

「ふふっ、相変わらず気配り上手ですこと。わりと先回りする貴方よりも先回りする女性が良いということなのでしょうか。今日の方はそこまでは分からないです」

「俺よりも、ですか。そうなのかなぁ」


 しばらく二人でレイスとユリアの話で盛り上がって再出発。待ち合わせ場所はこちらが指定した甘味処の前。妹達がたまに行く好きなお店にしたのでお土産を買って帰るつもり。

 並んでいるけど職場が近いガイが予約済みなので問題無い。席について待っていたら今日の簡易お見合い相手と付き添い人の母親が席に案内されたので席を立って挨拶をして四人で着席。

 財務省で週三回雑務仕事をして他は花嫁修行中の華族のお嬢様。


(魚美人。かわゆいしルカ達の誰とも似てなくてよかだ。紫陽花柄……。なぜ紫陽花……。すこぶる美人なのに気が滅入ってきた……)


 苦手な草木や花はほとんどないけど紫陽花は好きで嫌い。初夏だから夏を先取りして朝顔柄とかが良かった。

 家族の思い出があるしレイがとても好きだから好きだけど、苦い小さな初恋もどきとデオンの大説教を思い出すから嫌い。


(いや、これで紫陽花嫌いが治るかもしれない)


 軽く自己紹介して注文。あんみつのお店だけど俺はそこまで甘いもの好きではないのでみたらし団子。

 みたらし好きのルルが前にここであんみつのお店なのに美味しい、美味しいと笑顔だったことを思い出したので。


「以前から気になっていたお店を予約して下さって嬉しいです。ありがとうございます」

「それは自分の妹達と気が合いますね。沢山は来ませんが妹達のお気に入りの店なんです。自分は付き添いで何度か」

「あんみつや甘いものは苦手ですか?」

「いえ。でも今日はみたらし団子の気分です。ここのみたらし団子はみたらし団子が売りのお店よりも美味いと言う人もいます。まあ、味ってその人その人の好みですけど」

「それなら私もみたらし団子にすれば良かったです」

「取り皿を貰うので一つどうですか? 代わりにあんこと白玉を下さい」

「そうしたいです。ありがとうございます。甘いものとしょっぱいもので止まらなくなりそうですね」


 癒し!

 照れ顔ではにかみ笑いを浮かべる上品な所作のお嬢様。俺はこういうのに弱い。

 俺はペラペラ喋りすぎるのでこういう時はなるべく質問して相手の話を聞くもの。興味もあるから無理しなくてもそうなる。食べ終わってのんびり話してお土産あんみつを購入。

 甥っ子と姪っ子のレイスとユリアにはお菓子食べ過ぎ禁止令が出ているのでルーベル家には二人で一つとルルとリルも二人で一つ。

 レイは会う予定が無いからルカとロカに一つずつ。我が家の甥っ子ジオもお菓子食べ過ぎ禁止令が出ているのでルカやロカから分けてもらえば良い。

 これが今日の俺の独断と偏見によるお土産の数。相手の家もお土産あんみつを買っていくようだけど今日は初回で世間話しかしていないから買わなくていいやと傍観。お店を出てからが二人の時間。

 歩き出したら付き添い人二人は少し待って距離を保った。一番最初の簡易お見合い時に説明されて数度経験済みなので何の戸惑いもない。


楽語(らくご)の観劇券があるのと遠くないところに美術館があります。観劇券は今月いっぱい使えるので今日行かなくても問題ないです。買い物がしたければお店だらけです。何か希望はありますか?」

「あの。その、今日は少々暑いですがずっと気温が低めで咲くのが遅くなった紫陽花が見頃なので観に行きませんか? 国立庭園は遠くないです」

「そうしましょうか。散歩の方が話せますね」

「はい」


 照れ照れかわゆい。俺の顔をあまり見られないというような恥ずかしそうな様子もほんのり桃色の頬もそう。それでふとまた彼女の着物の紫陽花柄がまた目についた。


(昔はそこそこの商家のお嬢さんと正々堂々と街中を散歩することすら出来なかったのに今は華族のお嬢様がツテを辿って紫陽花を観たいです、か。かなりよかな気分)


 照れて話しかけられないなら俺から何か話題、と思った時に怯え顔でキョロキョロしている男の子を発見。平家の子に見える。

 手が少し土で汚れているので勉強の為に親の商売か荷運びなどについてきてはぐれたのだろうか。


「どうした。お父さんやお母さんとはぐれたのか?」


 声を掛けて話しかけると男の子は後退りした。


「君の名前は? 今日は休みでこの格好だけど兵官さんだ。俺は声が大きいからお父さんやお母さんの名前を呼んでやるよ」


 懐に入れてきた鉢金を見せてみたけど効果あるのか不明。


「うわあああ。すげぇ。これ本物?」

「これが偽物で話しかけて売り飛ばす悪い奴もいるから安心して近寄るな。そこにいて俺に君の名前を教えてくれ。呼んでやるから。君の親は迷子になったんだろう? 迷子になる困った親を探してるんだろう?」


 おどおどしていてそうに見えたけどそれなりに度胸のある生意気そうな男の子だと思ったのでこう言っておこう。


「うん。田舎者だからのぼせてきょろきょろしてどっか行った。困った母さんなんだ。父ちゃんは仕事中。向こうの市場で大根売ってる。うんと上手いからそろそろ完売かも」

「そうかそうか。君の家は大根農家なのか? 大根は好きだ。春夏秋冬大活躍だからな。無いと困る」

「俺は大根は嫌い。もう食べ飽きてる。鴨が好きだから米屋の婿になりたい。なるって約束してる」


 約束してるってませてる。十歳前後に見えるけど照れ笑いしやがった。


「へえ。かわゆい恋人がいるんだな」


 俺は二十六年間恋人が居ないのにこんな子どもにはいるのかよ!


「かわゆくは無いけど……まあ、うん」

「なら帰らないと。迷子の母ちゃんは困ったもんだ。それで君の名前は? 俺はネビー。地区兵官のネビー」

「俺はドルガ」

「おお。猛虎大将軍と同じ名前とは勇猛果敢になりそうだ。会うのは無理でも見てみたい。王都には滅多に帰られないから残念」

「もうこだいしょうぐん? って何?」

「大将軍は兵官達の親玉ってこと。ドルガ様は国外で兵官達を率いている猛々しい虎のようなお方でうんと強くて賢い皇子様だ」


 実際のところは知らないけど彼が出征した戦は負け知らず。皇子なのに先陣に立つそうで敵国の将軍の返り血で虎模様になったとか、ならないとか。


「へえ。もうこだいしょうぐんの皇子様と同じ名前って言い方は格好よすだ! ゆうもうかかんって何」

「あはは。なんでも聞くな。寺子屋で聞いて勉強しろ」


 立ち上がって「大根農家のドルガ君のお母さん!」と叫んだ。ふと簡易お見合い中のお嬢様と目が合う。彼女は胸の前で両手を合わせて困り笑いを浮かべていた。


「あの。何かお手伝い出来ますか?」

「はぐれないようにお母上とそちらの茶屋で休んでいて下さい」

「はい」


 目が合って、なんだか違和感を抱いて、それが何か分からないけど、どうしてだかそれだけで今日はもう帰りたいと思った。


【一年後】


 ルルとウィオラとかめ屋へ行って休憩時間を俺達と過ごすレイと四人で昼食の予定。

 ルルがウィオラの着物を選んで髪型や化粧もリルから教わった皇居の流行り風にしたらしくてすこぶるかわゆいので癒される。休み万歳!


「兄ちゃんとウィオラさんってこれが結納後初デートですか?」

「いえ。海辺街で海岸を散歩して夕食や朝食を一緒に摂りまし……ネビーさん?」

「ん? ああ。迷子かもしれないと思って」


 めそめそ泣いてる女の子が少し離れたところにいる。見回り兵官が見つけたようなのでどうしょうかと思ったら女の子は強面兵官を怖がったようで走り出した。


「迷子? どちらですか?」

「すみません。少し離れます。俺を見失ったらそこの店前で待っていて下さって」


 俺はわりと強面ではないから平気かもしれないと思って軽く駆けて女の子の前にしゃがんで笑いかけてみた。わりとすぐに追いついた。


「迷子かな? 後ろの怖い人は止まったから大丈夫。ほら、見てみて。大丈夫だから。俺も近寄らない。兵官さんってまだ分からないかな?」


 非番時に何かあった際にすぐに区民に職が伝わるのは鉢金だと思っていて武器にも防具にもなるからいつも懐に入れてある。

 鉢金を懐から出して右手で掲げて女の子の後ろにいる兵官に見えるようにした。女の子は泣き顔で後ろを見て俺を見て「うえええええん」と泣き出した。


「お母さんかお父さんとはぐれたのかな? もう大丈夫。探してあげるから名前を教えて欲しい。何ちゃんかな?」

「うえええええん。アーヤ。ねえがいなくなったの」


 俺のことは怖くないのか女の子は近寄ってきて俺の腕を掴んだ。


「うえええええん。人さらいがおいかけてくる」


 俺が怖くない、というよりも声を掛けた兵官が怖かったのか。


「よしよし。アーヤちゃんか。任せと……」


 シャンシャン、という鈴の音がして顔を上げたらウィオラが手に舞の時に使う鈴棒を持っていた。

 俺を見ないで女の子に近寄ってしゃがんで「こんにちはアーヤちゃん」と声を掛けた。とても優しい目と優しい笑みを浮かべている。


(……なんかあったなこういうこと。いつだっけ。その時は誰といてどう思ったんだっけ)


「アーヤちゃんはお姉さんを探しているのですか?」

「ねぇがいないの。まいだから。アーヤのねぇがいなくなったああああ。うえええええ」

「それでは私が探します。よかったらこちらをどうぞ」


 ウィオラは懐から小物入れを出してその中から缶を出した。缶の中身は落雁(らくがん)でうさぎの形をしている。


「うわあ。うさぎさんだだうさぎさん」

「ぴょんぴょん。ぴょん」


 女の子の手を取るとウィオラはその小さな手にうさぎの形の落雁(らくがん)を乗せて軽く動かした。

 ルルがもう「アーヤちゃんのお母さんは居ますか!」と叫んでいる。

 ウィオラは鈴を鳴らしながらゆっくり踊り始めて「昔々、あるところにイナハというところに白兎がいました」と歌うように告げた。

 俺も少し見惚れた動きと声だったけど次々人が足を止めて注目の的。

 

「すみません。迷子です。アーヤちゃんという女の子のご家族の方はいらっしゃいますか? 周りの方に尋ねていただきたいです」


 ウィオラはそこまで大声は出さなかったけど声がよく通る。俺も立ち上がって「アーヤちゃんのご家族の方はいらっしゃいますか?」と大声を出した。


「アーヤちゃんのお姉さんが気がつくかもしれないから鳴らしてみましょうか。楽しいですよ」

「ちがうよ。ねぇちゃはいないもん。あのねにいにがどこかいない」

「では皆で探しますね。ぴょんぴょんうさぎが跳んでいく。サメの背中をぴょんぴょんぴょん」


 しゃがんだウィオラは軽く踊りながら鈴棒を揺らして「鳴らすと楽しいですよ」とアーヤに鈴棒を差し出した。


「うわあ。アーヤもおどる。ぴょんぴょんぴょん!」

「お上手ですね」


 サメ?

 うさぎがサメの背中を跳ぶってなんだ。

 ウィオラと目が合って会釈された。子守りは自分がするので後はお願いします、という意味な気がしたので俺も会釈を返す。

 姉とはぐれたのか兄とはぐれたのか分からないけど親と出掛けたのではないのかもしれない。俺はもう一度大声を出した。アーヤを見つけた地区兵官もルルも同じく声を出す。


「すみません! 多分俺の妹です!」


 半元服と元服の間、くらいの男の子が俺達の前へ登場してアーヤを抱き上げた。


「サナ! 勝手に家から出るな! うんと探したんだぞ!」

「なんで? あのねにいに! あのね、ねぇがいないの。それでうさぎがこうぴょんぴょんするんだよ。みたでしょう?」


 なんでってそれこそなんで? だ。かつてのルル達で知っているけどこのくらいの子はよく分からない。


「猫はまた明日勝手に来る。アーヤってなんでアーヤ姉さんの名前を言うたんだ」

「なんで?」

「なんでって何がだ! 帰るぞ。アーヤ姉さんもうんと心配してる。居なくなったって職場にアーヤ姉さんが来て肝が冷えた」


 ねぇは猫でアーヤは姉の名前なのか。もう俺達は不要だと思って地区兵官に目配せしてウィオラに声を掛けて撤収。


「サナちゃん。ばいばい」

「非番なので失礼します。迷子指導をお願いします。ばいばいサナちゃん」


 抱っこされているアーヤ改めサナは俺は見ないでウィオラとルルに手を振った。三人で歩き出す。


(あっ。似たことって去年の簡易見合い)


 すぐに動いたルルやウィオラは俺と似たもの同士な気がする。戸惑いがちにお手伝いしますか? だと仕事みたいに指示をするのか、と疲れる。

 あとこれだ。そもそも何かお手伝い出来ますか? ということ自体に引っかかったってこと。


(迷子がいたら助けたいとか助けるのは当たり前、みたいな考えは無いのかって心の底で感じたってこと。俺が鉢金を出して兵官として動いたから本人にそういう気は無かったんだろうけど。でも俺の家族親戚はすぐに動くからな)


 今日のルルやウィオラのように自分で考えて動く女性なら惹かれた気がする。それか「そちらで待っています」という一言だけでもそうだったかも。


(俺は箱入りお嬢様が好みなのにそうじゃないところも求める面倒で好みが狭い男だったからなぁ)


 あの後、紫陽花を眺めに行ってなんの話をしたのかサッパリ覚えていないけど帰りたいのに鑑賞したからか紫陽花はますます苦手になった。それが今年、ウィオラで掌返しである。


(約一年経って何が引っかかったのか分かるとは。ウィオラさんっていう比較対象がいるからだな)


 ますます……好きだなぁと心の中で惚気てみる。それにしても好きよりも好きってなんて言うのだろう。

 最初の頃とは気持ちが違うのに語彙力(ごいりょく)が無いから何も出てこないしそういう龍歌も出てこない。

 龍嶺だといつの間にか、になるからそれだと違う。俺は今日のように淵が深くなる理由をその時その時認識しているので龍歌や言葉巧みな文を作れるロイの賢さが改めて羨ましくなった。


「ウィオラさん、先程のぴょんぴょんぴょんってイノハの白兎ですか? サメの背中って歌っていましたよね」

「ええ。そうです」

「ああ。イノハの白兎。ロカに題名を聞いたけど中身を知らないか忘れているから知りたいです」

「ええー! 兄ちゃん、イノハの白兎も知らないの⁈ 縁結びの話なのに! 縁結びの副神様の話なのに!」

「白兎が縁結びの副神様なのか? 化けていたとか」

「違うよ。白兎は縁結びの副神様の遣いになるんだよ。副神様と乙女を縁結びするの。ふっふっふっ。後で渡そうと思ったけど私を蔑ろにしないで私は私、ウィオラさんはウィオラさんって言うた兄ちゃんにご褒美でなんと招待券があります」


 かめ屋から遠くない陽舞妓(よぶき)一座の観劇招待券で気の利くロイが用意してくれた、とルルに渡された。演目はなんとそのイノハの白兎。

 この感じだと気の利くロイ、ではなくてルルがロイに頼んでくれたのだろう。


「観に行けなそうなら劇場で日付変更出来るらしいよ」

「まあ。ルルさん。ありがとうございます」

「代わりに二人で桃あんみつをご馳走して下さーい!」

「もちろんです。三人なので三種類頼んで味が異なるところを三等分したいです」

「賛成です!」


 ……待て待て待て!

 いつの間に午後もついてくることになってるんだ!


「兄ちゃん何?」

「……。みたらし団子も食おうぜ」


 畜生!

 ようやく休みを手に入れたから袖にされないようにウィオラを甘やかしてさらに口説き落とすと思っていたのにウィオラと妹で癒しが足し算ではなくて掛け算って知っている俺は断れない!

 二人して桃あんみつって歌い出したから余計にそうだ!

 

「かめ屋でレイ以外は甘味なしで食後に桃あんみつのお店に行きましょう! み、み、みたらし、みたらし団子は甘じょっぱい」

「ルルさん。そうでした。つけみたらしという甘味を出す茶屋を教わりました。みたらし好きのルルさんに情報収集しました。私はもちち、あんみつの次はみたらしが好みです」


 そこから二人はみたらしの良さについて語り始めていつ行く、という会話を開始。ウィオラがみたらし好きとは知らなかった。

 俺はお見合い条件に五人の妹と出掛けて好かれることとか、むしろ俺より先に出掛けて仲良くなることというのが必要だったと今さら理解。

 たまに自己分析するのに自己理解が遅いのは俺の欠点だ。

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