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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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感傷

 久々に夢を見た。俺は走って走って走って走り続けて桜を探し続けているのに見つけられていない。

 山の高いところなら気温が低いから咲いているかもと行ったのに無い。これだと夢というよりも過去回想だ。


「そちらの藍色着物の方」


 呼び止められて振り返る。白いうさぎが俺を見上げていた。


「今だけ自由なので散歩して欲しいです……」


 かわゆいうさぎと散歩ならいくらでも。そう思って両手を伸ばしたらうさぎはほんの少し触らせてくれたけど背中を向けて逃げ出した。

 走っていたうさぎは転んでしまって水溜りがあったので泥だらけ。

 近くで死んでいたと思った蝉がまだ生きていてジジジジジジ! とのたうち回った。


「あの蝉は私です。可哀想だけど何も出来ません……」


 ウィオラの声がして振り返る。しかしそこに彼女は居なかった。蝉を拾って両手に乗せて前を向く。

 泥だらけになってしまったうさぎは⁈ 怪我はしていないのか⁈

 確認しようとしたけどうさぎはロイの腕に抱きしめられて安堵というように目を閉じていた。腹が動いているから生きている。

 少し悔しいけれどうさぎが幸せそうなので手を振って見送った。ロイが手拭いでうさぎの泥をどんどん拭いていくので毛がふわふわになっていく。

 俺の出番はまるでないのでロイとうさぎに背を向けて掌の上の蝉を眺めて途方に暮れた。

 きっとこの蝉はもう一度空を飛びたい。何年も土の中にいてようやく美しい世界を眺められたのだ。

 高く高く飛んで命の灯火が儚く消える前にその目にありったけの美麗な景色を焼き付けたいに違いない。するとまた背後からウィオラの声がした。

 

「待って……。お願い……。桜の君、私に気がついて私を見て……」

 

 ハッと目を覚ましたら朝から蝉がうるさかった。まだ七月だというのに暑くて汗だく。


「うさぎ……。あの台詞……。うさぎ美人……」


 政略結婚させられるからその前に一度散歩して欲しい。顔をもう覚えていない彼女は学生だった俺を待ち伏せして俺にそう告げた。

 突撃してきて手紙を知り合いのお店に預けるから受け取って欲しいと頼んで逃亡。

 好意を寄せてくれる照れ屋で奥ゆかしいお嬢さんなら誰でも良かったのか、同情したのか、恋なのか分からなかったのが俺の初恋。

 傷つけて、傷つけて、最後は踏み潰した。自己嫌悪が蘇るから良かったことや嬉しかったことまで忘れていくかなり苦い恋。

 ウィオラと出会ってあれは初恋もどきや同情や色欲その他ではなくて淡い小さな初恋だったと自覚した。二人でしたうんと少ない玩具花火の輝きはちはやぶるだった、と。

 ウィオラと海を見た時にそれが分かった。似た輝きだったから。

 光の強さはウィオラの方が強かったので淡い小さな初恋よりもいきなり大きく惚れたの思った。

 直前までのウィオラとの会話が俺の価値観にどハマりしていたからだろう。

 日に日にのめり込んでいくのも初恋とは異なる。


「昨日、ウィオラさんが逃げたのと重なったのか? この間、桜の君ってウィオラさんの口から聞いたからか?」


 これは朝から涙腺が緩むというか涙が溢れてぽたりと落下。うさぎはともかく桜の君……。


(あの蝉は自分。飛べなくてのたうち回る蝉が自分……。線香を上げにいった時にたまたま聞こえた会話がこの夢か……)


 二度目の恋はした瞬間に失恋。袖振りしたのでも袖振りされたのでもなくて死別。

 淡い小さな初恋相手を踏み躙って背中を向けて、背中を向けられて、二度目の恋の相手を初恋だと認識するくらい心が動いた。

 病気の姿を見られたくないと言うから会えなくて、それなら襖越しはどうかとデオンに提案されて手紙のお礼を伝えたかったのに、俺と彼女に翌朝は来なかった。

 病気が発覚して数日で死去。似た年齢の同じ病の者だと長ければ一年という希望もあったそうなのに彼女に残されていた時間は恐ろしく短かった。

 

(今すぐ行くって言えば良かったってずっと思い続けるな、俺は……)


 春に俺を見つけてくれて、秋の初めに人伝てで手紙を贈ってくれて、数日後に亡くなった。

 今振り返っても人生の中でもかなり辛い時期だったので気持ちを救って将来を提示して背中を押してくれる手紙を贈ってくれた彼女は恋をした人以上に恩人。

 だから拒否されない限りは彼女の家に春と秋にお線香をあげにいっている。

 今年の春は激務でそれどころではなかったのでついこの間、見回り仕事で近くへ行けた時に家に上がらせてもらった。たまに辛い時も行っていた。ウィオラが俺の辛い気持ちを掬い上げてくれるから今後は辛い時は行かないと思う。


 彼女には悪いけど、顔も声も姿も知らない話していない死者を想って一生独身は悲しくて嫌なので生前どのような女性だったのかは一切聞いていない。調べてもいない。

 結婚出来る時期が来るまで女関係は禁止と思った頃だったので俺は桜の君と呼んでくれた彼女を心の恋人もどきにすることにした。

 俺に都合の良い事しか言わない俺の理想しかないこの世には絶対に居ない妄想の女性。月日が経過する程それは肥大化。つまり亡くなった彼女とは別人だ。


(絶対居ないだろうけど似た人は居るかもって思っていたら斜め上が出てきた。ウィオラさんってなんなんだ……)


 彼女は歩けなくなる直前に勇気を振り絞って会いに来てくれたらしいのに俺は気がつかず。

 その帰り道に寄り添った男性とこの間彼女の家でかち合って少し会話が聞こえた。

 彼は初恋の君をずっと忘れられなかったけどついに結婚する、と彼女の両親に教わった。


(調べない方がよかだって勘は多分そういうこと。恋人でもなかった好青年が約十年忘れられなかった優しい女性……)


 本当の優しさは未だに分からないけど、本当に優しい女性が良いと思っていた。

 突然動けなくなりあっという間に死神に連れて行かれそうな絶望している時に、他人に優しく出来るのはうんと優しい人。それは本物の優しさなのではないかと思った。

 そういう人は自分の気持ちを押し殺すからそれを俺はすくいあげたい。守りたい。寄り添いたい。彼女が亡くなった後に死に際の優しい話を聞いて俺はそんな風に思った。


(調べたり絵を見たら俺の妄想は本物の理想になっただろうな。ああ。先輩の娘さんがサリアちゃんだったからそれもこの夢か……。こんなこと滅多にない……)


 俺の勝手な恋人偽物サリアはウィオラと同化しつつある。だから夢の中で俺を桜の君と呼んだのウィオラの声だったのだろう。

 サリアに恋した好青年は本人の優しさも姿も声も色々と知っているから本物が心に居座って苦しかったかもしれない。代わりに嬉しいことや幸せなこともあったかも。

 サリアは何も残せなかった、と嘆いたというけど俺に残しくれた手紙は俺を励まし続けている。

 

【地区兵官になったら沢山笑顔を作ると思います。安心します。皆が幸せになります。貴方も幸せになると思います】

 

 小さなことから少し大きなことまで誰かを助けていて俺も相手も笑って花が咲くから桜の君。そのように(つづ)ってくれた。

 強さで助かった、みたいに言われたり期待されていたからかなりの衝撃で金の為なら別に他の仕事でも構わないという価値観がひっくり返った。

 その後も俺に似たことを言う女性は特にいなかった。つい最近までは。

 

(そこもウィオラさんは的確っていう。でも桜の君はウィオラさんでもちょっとというか、話した後ならよかだけど今は聞くと泣く……。メソメソ泣く気がするから今の関係だとまだ言いたくない。あの蝉は自分……)


 サリアの声掛けに気がついた俺は彼女と何を話していただろう。

 飛べなくなって死を待つだけの動けない蝉と自分は同じ、なんて台詞を聞いたのが俺だったら空に飛ばした。歩けないなら抱き上げて運ぶし背負った。さらに近い山へでも、蝉は近寄らなそうな海に立って連れて行った。

 でも、俺は何もしてあげられなかった。

 なんとか集めた腕いっぱいの秋桜(こすもす)とお礼の手紙を届けただけ。

 

『ご結婚されたのですね。おめでとうございます』

『いえ、婚約です。婚約指輪です。既婚者と勘違いされたいのであまり言わないんですけど』

『それならこれからご結婚なのですね。どちらにせよおめでとうございます』

『ありがとうございます。来年は出来れば夫婦でお礼を言いに来たいです。悲しくて家族にも話せていないけど話したくて。もっと何か出来たかもとか明日の朝襖越しに会おうと思わず直ぐにすれば良かったとか後悔ばかりです。すみません。悲しいのはご家族の方なのに』

『いえ。毎年毎年このようにありがとうございます。一方的に見つめていて手紙を一通書いただけですのに娘は果報者です』

『すみません。今回も少し二人にさせていただきたいです』

『こちらこそお願いします』


 娘は果報者、そうだろうか?

 勇気を振り絞って絶望の中で自分の為に何かして欲しいではなくて、俺の背中を押して、他人の幸福を願ってくれた結果、俺は走り続けて数多の幸せの中にいる。果報者は俺の方だ。


——幸せだったけど何も為していないし何も残していない……。


 言いたかった。俺に残したからずっと続く。俺が死んでも続くようにする。

 桜の君はそれで終わらないで人を育ててずっと続ける。君はそこにずっといる。そう伝えたかった。死者に約束ではなくて本人に約束したかった。


「うわあああ。朝からこれはダメだ……」


 布団の上で頭を抱えて少しゴロゴロ。人が死ぬのは仕事で見てきているし、友人の祖父母や親の死も知っているしこの長屋の住人の死も知っている。

 業務での死者に対しても後悔はあるけど彼女は大恩人だから時々このように無性に悲しくなり強く後悔する。

 桜を見せてあげたくて桜を探し回った結果汚くなって、そもそも貧乏だった頃だから身なりが悪くて使用人に不審者扱いされたけど無視して家に上がって直接秋桜(コスモス)と手紙を渡せば良かった。

 惨めさを押し殺さなかった未熟者だから俺は大恩人に悲しい言葉を言わせてしまった。

 病気の顔を見られたくないという乙女心は大切だけど、言いようがあったはずなのに素直に受け入れてしまった。

 明日があると考えたり自分の気持ちが誰に大きく動いたのか認識出来ないバカだから後悔する羽目になる。

 そのバカさのせいでうさぎ美人の方も期待させるようなことを言った挙句に容赦無く踏み潰し。

 こうなると自己嫌悪と悲しさでのたうち回ることになる。


「うわあああ。こうなるとうさぎ美人関係のデオン先生の大説教が出てくる。全部直したつもりだけど直ってないかも。俺は最悪だ……」


 自己嫌悪が湧きすぎて辛くなるから蓋をするけどこうしてたまに噴出する。

 治療法はデオンに喝を入れてもらう、仕事に打ち込んで桜の君頑張ってと心の中で妄想に励ましてもらう、妹や甥っ子姪っ子の誰かで癒されること。


(今はウィオラさんが居る!)


 ネビーさん頑張って、で立ち直れるかも。ウィオラに頑張ってと言ってもらおう。何に対してかと言われたら仕事だと言う。

 肌着姿なので浴衣を着て部屋を出ようとつっかえ棒を外したら扉の鍵を開ける音がして扉が勝手に開いた。


「昨日の逆ですよ、ウィオラさ……。なんだ起きてたの」

「おはようございますネビーさん。ルルさんが悪戯しようと言い出しまして」

「そうそう。ルルの案で私じゃないよ」


 ウィオラの隣にルルとロカが立っていてロカなんてウィオラの袖を掴んでいる。

 妹二人と仲良くしてくれているしウィオラがまだ浴衣に羽織り姿なのもあって一気に和んで癒された!


「自己保身しないでよロカ。あれ。眠れなかった? 目が充血してる」

「いや、寝たけどお前が嫁にいく夢を見た」

「まさかそれで泣いたの⁈」

「俺はリルの時に泣いたからな」

「ルカ姉ちゃんの時は?」

「隣に住むから別に。だからお前も近くに住んでくれ」


 おりゃあああ、と軽くルルのおでこを叩いてその後に頭を撫でた。俺の妹は今日も元気に生きている。ルルは彼女の年齢も越えた。レイが丁度同い年。


「私のお見合いの条件を知ってるでしょう? こことルーベル家から一時間以上の住居は却下って」

「あはは。それなら泣かねえな。リルの時は格差婚で親戚付き合いもとりあえず無かったしおまけにリルだ。心配しかないリル。お前はわりと安心。夢では遠くに嫁に行ったから」


 俺はたまにこうして嘘をつく。


「私も近くの人がええ。この間の西瓜(すいか)割りみたいな時に来られないから。ロカ、洗濯しに行こう。汗臭オジジの制服を洗ってあげよう」

「疲れている兄ちゃんにウィオラ先生が手とか肩の揉み療治をしてくれるって聞いたから洗濯は私達がしてあげる。一昨日してもらったら気持ち良かったよ! ウィオラ先生、皆で練習した」

「そうそう。お父さんがデレデレしてお母さんに殴られた。あはは。たまに仲良し夫婦」


 洗濯だー、とルルとロカは俺の部屋に上がり込んで衣紋掛けに掛けてあった制服と羽織りと土間の洗濯物入れに入っている物を持って撤収。

 覗き見されたら嫌なのでウィオラを部屋へ招いて扉を閉めて鍵をかけて更につっかえ棒。


「おはようございます。悪戯されたかったです。あはは」


 ウィオラは眉間に皺を作って俺の顔を覗き込んだ。


「何かありました? この間はロカさんのお嫁さん話で悲しそうでしたけどなんだか少し違う気がしました。今日もです」

「……」


 嘘を見抜くのか。このような時に踏み込んで来る者はあまりいない。ルル達みたいに気がつかないで終わりだから。


「あの」

「……」


 ウィオラは何も言わずに俺を見つめている。


「ウィオラさんは先月転びましたけど怪我はもう大丈夫ですか? もう大丈夫だったと思いますけど急に気になりました」

「はい。この通り治りました。なので昨夜のように揉み療治を出来ます」


 ウィオラは両手を俺に見せた。


「その後、また転んでないですか?」

「特にないです」

「目が霞むとかめまいも無いですか?」

「無いです」

「……。その」

「……」


 そっと抱きしめたら熱いくらいでホッとした。また明日と約束したけど明日がないこともある。それを忘れては思い出す。

 みっともなく泣く姿をまだ見られたくないし、泣くだけならまだしもそこから自分の嫌なところ話が始まって止まらなくなりそうだから何も言いたくない。


「俺はしょうもないです」

「そうなのですか?」

「はい。いつも自分優先です。だから後悔したり反省する事ばかりです。たまに自分が嫌になります」

「そうなのですか」

「ウィオラさんも俺が嫌になるかも……」


 前向き人間なのに俺はたまにドツボに嵌る。

 先程、部屋の外は爽やかな青空だった。清々しい朝からこんな話は嫌だろうとウィオラから離れて背を向けて頭を掻いた。俺の気持ちを俺が飲み込まなくてどうする。


「反省して自己改善方法を考えておきます」

「疲れているのですね。疲れるとこう嫌なことや悲しいことばかりグルグルしてどんどん暗い気分になって自分のことまで嫌になっていきます」


 ウィオラは俺の手をそっと取るとその手を引いてくれた。


「休みましょう。昨夜約束しましたね。楽にしていて下さい」

「いや、少し一人になってもよかですか?」

「嫌です。仕事の休憩中に自問自答して下さい」


 ……嫌です。

 拒否は珍しい。


「どなたかご病気なのですか?」

「えっ」

「どなたかと重ねたようですので。ロカさんやルルさんに対しても重ねました? まさか、ご病気はネビーさんですか?」


 振り返ったらウィオラはとても悲しげな表情を浮かべていた。


「仕事で……。運んだ人が若い女性だったので……。長くないと耳にしてしまって……」

「それは悲しい話ですね。しかしそこからなぜご自分がしょうもないという話になるのですか?」


 全て吐き出したら楽になる気がするけど同時に怖い。

 上手く話せなくて死者を恋慕い続けているとか、十年間そうだったと誤解されたくない。それとは異なる。

 でもとても大切な人でこうかもしれないとかこうだと良いと想像した理想の彼女は心の支えだった。肥大化した妄想は俺自身で本物とは違う。

 冷たくなった手に結んだ約束も相愛になったからこれからずっと恋人、ではなくて優しいこの命を自分の命に乗せてずっと残すという約束だ。

 もっと冷静に話せる時に話したい。これも自己保身だ。本当に嫌になる。


「……」


 吐き出しそうになって飲み込んだら代わりに涙が落下。


「掬い上げられなかったことが、忘れられないことがあって……。この仕事だとそういうことは多々あります。あの大狼事件の時も人が亡くなりました。もっと鍛えていて怪我をしなかったらあの瓦礫を持ち上げられたとか……」


 結構似ている感情なのでこう言ったらそっちについても辛くなってきた。


「あの……。本当に一人になりたいですか? 違う気がしたので嫌だと言いましたけど……」

「……。ええ。こんなの情けないから……」


 でも俺の手はウィオラの手を離したくないようだ。手が離れない。


「ネビーさんのお仕事はネビーさんには時にお辛いのですね。優しいので手が届かなかった方々に胸を痛められて」

「……俺は優しくないです。俺に問いかけられてもあまり何も言えなかったように俺も本当の優しさは分かりません」

「私も分からないので一緒に探したり考えられたら良いですね」

「ウィオラさんは……いえ。一緒に悩みたいです」


 本当に優しいと思いますという言葉を飲み込む。俺も言われるけど自己認識と乖離(かいり)しているのであまり心に響かない。

 彼女の悩み方だと俺と同じく違うと言いそう。こういうことは自分で咀嚼して納得するしかない。そこまで深く考えるウィオラを優しいと思う俺は俺を人より優しいと評しても良い気がしてくる。おお、自己肯定感が戻ってきた。


「やはりお疲れなのですね。忙しいからではなくて業務の何かで。そのお仕事を手放したらもっと辛そうです。仕事だから誰かに優しくするのでも助けているのでも無いですから」

「……」

「ネビーさんはこう居るだけ地区兵官さんというかネビーさんという職業のようです」


 ……。

 俺っていう職業ってなんだ。


「ウィオラさんは俺にずっと地区兵官でいて欲しいですか? 危険だから辞めて欲しいとか、わりと強いので大勢の役に立つから頑張ってとか。意見を聞いてなかったなと」

「サングリアルさん達について行きたくなりました? 昨夜会いに来られました?」

「えっ。いや。それは保留というか呼ばれるまでよかかなと。役立たずらしいし役に立つ時は支援を求められるようなので」


 ウィオラは首を傾げた。


「辞めて何をしたい……あっ。お医者様や薬師さんですか?」

「えっ。いや、馬鹿だから無理です。特に医者。不器用過ぎて怪我を縫うとか無理です。応急処置の手技はなんとか克服しましたけど。薬師もそうですり鉢の中身をぶち撒きそう。火消し見習いの時に怒られまくりでした。それなら地区兵官が百倍よかです」


 再びウィオラは首を傾げた。それからニコリと笑った。


「何かで落ち込んだり辛かったようですがそのようにやりがいや自信はあるようですね」

「ええ。俺は仕事は誇りです」


 なんだか話が逸れてきた。


「どなたかに何か言われても多くの方がネビーさんがいることで安心しています。見回りで歩いているだけで助けられています」

「……」


 それなりに強いから事件解決で活躍して人を助けてきているとか、そういう風には言わないんだな。

 ドツボにハマったら出来たことや長所に目を向けるようにしているけどおかげでまた自己肯定感復活。


「ありがとうございます」

「それは地区兵官でなくても同じですからこう、してみたい……お医者様や薬師の知識は得られます。すり鉢は胡麻すりで一緒に練習しましょう。地区兵官さんも調剤をするのですね」


 誤解が発生していてさらに話が逸れていく気配。根本のところには欲しい言葉を贈ってくれてこうして自尊心もザクッと掘り起こしてくれたけど浅いところは頓珍漢気味。

 だからこそ妄想ではないと分かって嬉しい。理想という偽物とは違って本物だから。

 

「……調剤しないです。医者や薬師は得意な人に任せます。ウィオラさんは自分のことを薄情者の裏切り者だと言いますけどたまに辛くなりますか?」


 俺は彼女を薄情者や裏切り者とは思わない。あの店には彼女をそう言う者もいるかもしれないけど逆もいた。

 俺の苦悩と類似した感情をウィオラも抱いたことがあると今気がつく。それで俺がウィオラへ抱いた気持ちが今の俺が俺へ贈れる気持ちな気がする。


「ええ。私達は少し似ているのですね。あの時こうして下さって嬉しかったです」


 ウィオラは背伸びをして俺の頭をそっと撫でてくれた。


「いつも精一杯励んでいるネビーさんの手が届いた方々はきっと幸せを祈っているはずですので沢山笑いましょう。その泣き顔は好みません」


 後半は春に俺がウィオラへ口にした台詞。再度頭を撫でられて笑顔を向けられて自然と笑みを返した。


【もう二度と桜は見られないけれど貴方のおかげで季節の数以上の桜を見られて幸せでした。きっと私は百年分の桜を見られました。ありがとうございます】


 そうだった。

 何も残せなかったし何も為せなかったと臨終間際に告げて泣いた彼女は掠れ声で息も絶え絶え歌ってくれたという。

 桜、桜、見渡す限り桜。

 そうして笑ってくれたそうだ。


 寝ずに走り回って桜を探し続けて、見つからないから人に尋ねて桜は知らないけど秋の桜で秋桜(こすもす)と教わって秋桜(こすもす)探し。

 それしか出来なかった、ではなくてなんとか腕いっぱいの秋桜(こすもす)とお礼の手紙を届けたから俺の大切な恩人は笑顔になった、の方だ。

 やはりウィオラにはいつか話せそう。途中途中溺れそうになる気持ちを掬い上げてくれるだろうから。

 そうしたら今後は本物の彼女の話を彼女の家族に聞ける。そうして桜と秋桜(こすもす)だけではなくて彼女が好きだった何かを供えよう。

 臆病者なので死者を想う勇気はなくて、こんなに長く会えなくてごめんと伝えたい。

 十年も背中を向けたし妄想の方しか恋人に出来なくて袖振りしたようなものだから怒っているかもしれないし、優しいから笑って許してくれるかもしれないし、臆病者だと知って気持ちは消えましたかもしれない。


(ああ。私に気がついて私を見てって夢は俺の罪悪感なのか……)


 本当に黄泉の国があるのかなんて知らなくて、俺は今生きているから返事なんてないので全て自己満足の自己完結だ。

 

「あはは。情けないって呆れられなくてよかです」

「病気ではなさそうで良かったです」

「体は元気いっぱいで心は手当てされました。でも頑張ってって言うて欲しいです。さらに元気が出るので」

「ではネビーさん。一緒に頑張りましょう。まずは休むことからですね」


 そう言ってウィオラは昨夜の続きだと左手を揉んでくれた。とりあえず褒めまくっている。嬉しいし癒されるから本音。

 次は肩だったので前にした悪戯をしようと思ったら先に後ろから抱きしめられで茫然。さらに頬にそっとキスされたので放心。


「色々していただいてばかりなので……。あの。また誤解されないようにこのように頑張ります」

「……」


 起き抜けはキツかったけど朝から至福到来。休み万歳!

 しかし振り返って手を出したら、またしても軽い触れ合いで昨夜同様脱兎の如く逃げられた。

 俺は当分、ウィオラに手を出さないで待つ側でいた方が良いのかもしれない。

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