誤解
ゴキリを捕まえて外に捨てたネビーは川へ行ってやっつけ酒をかけて手を洗いに行った。家の中の水や場所でゴキリの手を洗うのは嫌だろうということで。
部屋の出入り口のところで帰りを待っていたけど近寄ってきたらどんどん恥ずかしくなってきた。
今日のあの座り位置は良いなとか、まだ三のキスは無理だから戻してもらおうとか、色っぽい格好良い表情だったなとかとぐるぐる考えてしまう。
好きが沢山溢れてきてとんでもなくドキドキしている。彼が目の前に立ったけど顔をまともに見られない。
「着替えます……」
「制服だから汚さない方がよかなんでしょうけど今日ようやく初めて見られたからまだ見たいんですけど嫌ですか?」
私は両手を顔の前にあげて小さく横に振った。
「み、み、見ないで下さい。恥ずかしくて」
最後の台詞は誤解防止のために付け加えたけど小さな声しか出なかった。
逃亡!
私は部屋の中へ入って扉を閉めた。制服は着物も袴も両方とも二着あるけど汚すと洗うのが大変なので出来れば着替えたい。
しかしまだ見たい、はきっと褒めの意味だろうから着ていたい。でも噂の西瓜割りで汚すかもしれないので着替えることにする。
西瓜割りがどういうものか知らないけど、汚れる可能性も踏まえて少し着古している麻の葉模様の小紋にする事にした。
勿忘草色なので今日の龍歌や新しいキスを……という意味を密かに込めて。
ロカが贈ってくれた撫子の髪飾りは白に薄紫色なのでこの着物にも似合うと思う。
半幅帯は簡単な花結びにして青鬼灯の簪を前へ飾った。
夕食を作る手伝いをするので割烹着に袖を通してレオ夫婦の部屋へ移動。
祖父がルーベル家から帰宅済みでレオと飲んでいてそこにロカも一緒。エルとリルが料理中だったので声を掛けたら今夜の夕食はおうどんで買ってきたものを茹でて水で冷やしたら終了。それはエルがすると言われた。
具材は大根おろしと小ネギとみょうがとしょうが、玉ねぎと川海老のかき揚げにするという。
エルが薬味係でリルがかき揚げ係をしていたので何を手伝うか確認。つゆはもう出来ているみたい。
「それならウィオラさんはみょうがと小ネギをお願いします。もう洗ってあるから」
「はい、お母様」
この部屋で何かすることが多くて私のまな板と包丁も置いてあるので出して板間か合間机か少し迷ったらリルに「椅子に座って切りませんか?」と声を掛けられた。
それでザルやまな板、包丁と材料を運んで合間机へ移動。
リルと横並びで私はみょうが切り。リルは軽く塩茹でした川海老の殻剥き。みょうがは林に沢山生えているというか育てている。
「ウィオラさん」
「はい。なんでしょうか」
「あばたもえくぼと言います」
「そのような言葉もありますね」
なんの話だろう。リルはそれ以上何も言わないのでみょうが切りに集中。そこへ大工のガントがやってきて私達の前に着席した。
「こんばんはリルさん、ウィオラさん」
「こんばんは、ガントさん。お久しぶりです」
「飯は食ってきて嫁は子どもがちょうど寝たから留守番です。会いたがっていたけどうちの娘はいつ寝るか分からなくて。上の息子はネビーに絡んで疲れさせるから置いてきました。土産に西瓜をもらって帰るつもりです」
「そうですか。ガントさん。少しええですか?」
「リルさん。どうしました?」
リルが立ち上がってガントの方へ移動してヒソヒソ耳打ち。目を丸くしたガントは私を見てリルを見て笑顔を浮かべた。
「いやあ、リルさん。元々食事は各自って聞いているんで気にしないで下さい」
「はい」
返事をしたリルが戻ってきた。夕食への配慮なのになぜ私に秘密みたいな感じだったのか謎だけどこの気配りは見習おう。
「ウィオラさん、ネビーの奴は仮眠していますか? ニックから聞いて来たんですけど準夜勤明けなのに昼前に帰宅してこの後は夜勤。出勤は一時って」
「すみません。私は存じ上げません」
もう仮眠後で眠くないと言っていたけど出勤前なので軽く横になっているだろう。
「ガントさん。あばたもえくぼですよね?」
「おー、そうです。リルさんの言う通り。こう、あれっ? と思ってもそうでもないことはあります」
うんうん、とリルは首を縦に揺らした。またあばたもえくぼ、とはどういうことだろう。
「ほら、今は激務で全然会っていないから分からないと思うんですがよかなところは結構あるんです。本当に」
ガントはこの前「ええ」って使っていたけど今は「よか」と使った。
ネビーからたまにうつるのだろうか。でも今日はまだ彼と話してなさそうだけど。うつったり戻ったりするのかもしれない。それでネビーも他地域の言葉が抜けないままなのだろう。
「ウィオラさん。そうです」
リルのあばたもえくぼはネビーに掛かっていたの?
あばたもえくぼも何もあばたをほとんど発見していない。今日なんて素敵祭りで胸がいっぱい。
二人からすると私はネビーに対して何か誤解をしているようだ。
じゃんけんキスその他の過去には拗ねたしモヤモヤしたけど反省して約十年前からずっとやめていることで今後もしないと言うから許したのでなにもない。しかもそれは二週間以上前の話だ。
「あの。なにもないです」
リルは川海老剥きをしながら私を見つめて目を見開いて固まった。どうしたのだろう。新しいみょうがを手に取って千切りを続ける。
そこへ女の子を抱っこしている元この長屋育ちのネビーの幼馴染ニックと女性が寄ってきた。
「よおガント。お前は一人か。こんばんはリルちゃん、ウィオラさん。ウィオラさん、妻のシャオとメイホです」
「初めまして。今夜はお招きいただきありがとうございます」
ニックは桶結で奉公先の商家の三女と結婚して婿入りしたとネビーに聞いた。
お嬢さん狙いをしてなかったのに俺より先にお嬢さんと結婚しました、と笑っていたな。つまりそのお嬢さんがこちらのシャオさん。
「皆さんお久しぶりです」
「初めましてシャオさん。ウィオラ・ムーシクスと申します。メイホちゃん、初めまして。こんばんは」
ガントは座るのが早かったけどニック達は立っているので私も立ち上がってご挨拶。
リルは慣れているからか挨拶の言葉と会釈の後は海老の殻剥きを継続。
「こんにわ」
「こんばんは。愛くるしいですね。おいくつですか?」
「もうすぐ二つです」
もちち肌そうなメイホの肌をつつきたくなる。
「奥様やお子さんは西瓜割りまで部屋の方が楽ですよね? シャオさん、よければ私の部屋をどうぞ」
「ありがとうございます」
ニックは残るようでシャオに娘を渡した。娘を抱くシャオを私の部屋へ案内して必要なものは好きに使って下さいとざっと説明。
「夕食はまだではなさそうですね。手荷物が少ないです」
「はい。夫が昼間ネビーさんに誘われて食事は各自と聞きましたので夕食を早めてもらいました」
早めてもらった、なので食事を作るのは使用人かな。
「お茶を淹れてきます」
「いえ、お構いなく」
「お客様ですから。旦那様が入りやすいように扉を開けたままにしますので授乳の際は奥へどうぞ」
薬缶を持ってお茶を淹れるお湯をレオの部屋からもらって戻ってシャオにほうじ茶とお茶請けを出して、小さめの手拭いでにんじんを作ってみてメイホに玩具として渡して合間机へ戻った。ガント、ニックの隣にイオが増えている。
「こんばんはイオさん。失礼致します」
お辞儀をしてから着席してみょうがの千切りを再開。
「こんばんはウィオラさん」
「イオさんはお一人ですか?」
「ええ。うちのちび二人はネビーにまとわりつく怪獣なんで仕事って言うて置いてきました。なのでウィオラさんに紹介したい嫁も息子も今夜は留守番です。いつもの勤務なら連れてくるんですけど今はほら」
「そうそう。あいつは今大変なんですよ。ご存知のように」
「そうです。そこに何かあると倒れます」
ガントもニックもイオも皆ネビーを心配しているんだな。
「ええ。そうですね」
「海老の処理が終わったので揚げ物をしてきます」
「はい。ありがとうございます」
誘ってくれたけどリルはあまり話せないうちに去ってしまって残念。
私はみょうが切りが終わったので今度は小ネギ。リルは揚げ物と言ったけど、玉ねぎはここにあってまだ切っていない。
かき揚げが作れないけど、揚げ物をしてくるってどういうことだろう。
「おい、お前が聞け」
「いや、お前が聞けって」
「任せたイオ。お前だろう」
「ナックは来れないって言うててヤアドが来る予定だからヤアドにさせようぜ」
「あの。何かご質問でしょうか」
どう見ても彼等は私への質問係を押し付け合っている。
「あっ、噂をしたらヤアド。よおヤアド!」
「嫁と娘だけ連れてきた。残り二人は怪獣でネビーを夜勤前に疲れさせるから留守番」
三人に挨拶をしてヤアドの妻リンにシャオが娘と共に私の部屋にいると教えてどうするか確認。
妻と娘は私の部屋が良いのでは、となったので案内。ヤアドの第三子もメイホと同じく今年二歳だった。愛くるしい子が増えて嬉しい。
「この部屋で小ネギを切ってもよろしいでしょうか。ネビーさん達は友人同士の話があると思いますので」
「是非。お話ししたかったです」
「私達、屋根舞台を見ました。終わったら子どもがぐずって帰ったのでご挨拶出来なくて」
「そうでしたか。ありがとうございます」
男性達の中で小ネギを切り続ける勇気はないので場所移動。そのうち来そうなネビーに照れまくり中なので顔を見られない気がするのもある。
エルに声を掛けたらと切ったみょうがと切られていない玉ねぎは放置で良いそうなのでそのまま。
ネギと道具を自分の部屋へ移動してリンにもお茶とお茶請けを用意と思ったらヤアドが私を呼びに来たのでお茶はエルに任せた。
「おい、お前が言えよイオ。俺は呼んできた」
「いや、そのままお前だヤアド」
「なんでも俺に押し付けるな」
「何を言うてるんだ。お前こそ押し付けるな。よし、ガントが言え」
「ニックだな」
「イオが言え」
私に質問の押し付け合いみたい。
「あの、私になんでしょうか」
「変だしバカだけどめちゃくちゃええ奴なんで少し我慢してやってくれませんか? 今はほら、仕事がまだまだヤバいんで倒れるかもしれないんで」
イオは私に向かって困り笑いを浮かべた。
「そうなんです。ド忘れバカで興味無い奴にはわりと薄情だけど本当によかな奴だから見捨てないでやって下さい」
「気持ち悪いってなにがですか?」
「どんなバカを言ったか知らないですけどあばたもえくぼなんで! もう少ししたら愛嬌と思うかもしれないんで!」
「なにがあったか知らないですけど気持ち悪いのは多分疲れのせいなんで多少見逃して下さい! 疲れで頭がイカれて気持ち悪いことを言ったって事ですよね? あいつは人が嫌がる何かをわざとはしない男ですから!」
わーっと言われて私は瞬きを繰り返した。何もないと言ったのにまだ誤解は解けていなかったみたい。気持ち悪いって……。
「あの。気持ち悪いのはゴキリです」
「ゴキリ? いやさすがにゴキリ並みに気持ち悪いだともう無理かもしれないですけどそこなんとか! いや、それはウィオラさんの立場に立ったら無理だな」
「諦めろって言うて慰めるしか無いか?」
「今夜は慰め会か?」
どなたか私の悲鳴を聞かれたのでしょうか、と続けるはずが遮られたというか、言葉の隙間に入り込まれた。
「あ——……」
「ゴキリに似てるか? ゴキリは白であいつは日焼けしてるし髪は真っ黒だから色は違うな。動きが素早いからか?」
「いやあいつが速いところは普通は長所だぞ。あの足の速さとか疾風剣や一閃突きは特技で数少ない格好ええところだ」
「音もなく現れたりする時があるからか?」
「あれはそうだな。気持ち悪いと言えば気持ち悪い」
「仕事では役に立つというかそれも特技で無意識なんだろうけど女は怖いかもしれない。振り返ったらネビーだ」
「あの——……」
私の声がかき消されて会話が進んでいく。
「振り返ったらネビーってうざいな」
それは意見の相違。振り返ってネビーがいたら私は嬉しい。
「俺、あいつと背がほとんど同じで振り返ったら顔が目の前だからたまにうおってなる。確かに気持ち悪いと思う人もいるかもな」
「振り返ったらネビーがいて気持ち悪かったってことだ」
「そ——……」
そんなことはなくて真逆です、と言う前にまた間に割り込まれた。
「ゴキリもふっと見たらいる。俺の娘はきゃあきゃあ大騒ぎする。似てるってそういうことか」
「ヤベェ。今顔を見たらあいつをゴキリって呼びそう」
「いっそ呼んでみるか。ゴビーだなゴビー」
何その発想と悪い意味のあだ名。
「ゴはなんのゴだ? ご苦労か? ご苦労ネビーならありがとう」
「お前は友人だからご苦労様じゃなくてお疲れ様って言う。お前はバカだから知らないんだろう。ゴキリのゴだバーカ」
「バカは元々でずっとだ。おい。なんで俺がゴキリなんだよ!」
「音もなく近寄ってくるからこっちが振り返った時にいきなりいて気持ち悪いのが同じだからだ」
「うるせぇよ! ゴキリがいたら気持ち悪いけど俺がいても気持ち悪いってなんだ!」
「あはは! この流れに一大銅貨!」
「全員同じ方に賭けるだろうから賭けにならねぇ!」
「あいつのあの言い方こそうるさい」
「仕方ねえから全員ネビーに一大銅貨ずつやるか。少ないから倍か?」
「そうだな。しばらく飲めなそうだから金だ金」
仮想ネビー話は終了みたい。今が説明する好機!
「気持ち悪いのはゴキリでネビーさんは反対です。助けて下さいました」
私がネビーを気持ち悪いと言ったと思って助け舟という様子だったのに話がネビーの悪口みたいになるってどういうこと。イオ達は顔を見合わせた後に私に注目。
「ゴキリが出て悲鳴を上げて気持ち悪いと言った。ネビーが助けた。それで合っていますか?」
「合っています。私の部屋に恐ろしい虫が現れたのです」
「へえ。ウィオラさんの部屋ですか」
「何をしてたんですか?」
……。
彼等は先程までペラペラ喋っていたのに何も話さないで私の発言を待っている。
「悲鳴と気持ち悪いって聞こえた後にあいつが出てきたって聞いたんですよ」
「慌てて部屋に入ったじゃなくて」
「男を部屋に入れない方がええですよ」
「その通りです。ああ。でも婚約者か。それでお嬢様は見張り付き。あの楽しいオジジさんがいるからよかなのか」
「まあ、ネビーも部屋に入ったからなんだって奴じゃねぇしな。信用してるのに幼馴染の嫁とでも女とは二人にはならないって過剰に自己防衛する奴です」
話が逸れたのでこれは好機。
「そうです。ネビーさんは私にとても気を遣ってくださっています」
誤解はすぐに解けて皆は「あいつをお願いします」とか「言いにくいちょっとした文句なら俺らに言いつけて下さい。それとなく注意するので」と笑いかけてくれた。
そこへルカ、リル、ルル、ロカがやってきた。ルルがもう来たのならロイかガイももう来ただろう。
全員神妙な表情を浮かべている。彼女達にも誤解が生まれている?
先にゴキリに怯えて悲鳴を上げて気持ち悪いと叫んだ話をしよう。
「あの、ウィオラさん。ネビーが気持ち悪くても少し我慢して下さい。良いところも沢山あるからすぐには見捨てないで欲しいです。ほら、激務で中身をまだまだ知れていないですから。悪いところは直させるんで」
ねっ? というようにルカは私に困り笑いを向けた。
「あ……」
「大きな悲鳴を上げた後に気持ち悪いって、ネビーに何か言われたんですか? 気持ち悪いのはわりと最初からだから今さらですよね? 今さらそれで袖振りは可哀想です」
最初からわりお気持ち悪いって私はそう思ってないけどルカとしてはそうなの。
「ちょろちょろウィオラさんにまとわりついてうざかったかもしれないけど浮かれているんです。でも最近はほら忙しいからそういうのは無いですよね? 何を言うて気持ち悪かったか知らないのにこう言うのはウィオラさんに悪いですが激務なんで大目に見て欲しいです。ここまでの激務はこれまで無かったんです」
ルカとルルに悲しそうな表情を浮かべられて、違うと教えたいのにロカが私の言葉を遮った。
「私のせいです。練習してない兄ちゃんをけしかけてこれをきっかけにキスしなって言うたせいです。バカだし気持ち悪いから袖振りだ。だから言ったのに! 練習しないで失敗して袖振りされたら最悪だから備えあれば憂いなしって教えたのに急かしたから!」
ルカ、ルル、ロカの発言の前や間に上手く入れなかったけど今度こそ。
「あ——……」
「ロカ、あんたネビーにそんなこと言うたの? 備えあれば憂いなしとかキとスの練習ってなに。げっ。バカなこととか気持ち悪い発言をしたのかと思ったのに襲おうとしたなら話は変わるよ」
あの、と言う前にまたルカが横入り。ルカはキスって言わないようだ。
「ルカ姉ちゃん。ふがふが言うのが気持ち悪くて袖振りしたとか、鼻毛に気がついて気持ち悪いと思ったとか、逆に奥手過ぎて嫌で袖振りしたって話を聞いたからバカそうなキスもまだの兄ちゃんに教えてあげたの」
「それはあんたがバカでしょう。全部相手にそんなに興味が無かったってことなんだから。バカだけど片足オジジだからそのくらい分かってるし知ってるわよ。あんたより倍は生きてるんだから」
「そうだよロカ。そういうのを余計なお世話って言うんだよ。そのくらいで嫌になるって元から興味ないんだよ。家やお金目当てだったけど我慢出来なかったとか、地位や肩書きがええから飾りにするつもりが耐えられなかったとかさ」
「ルル、何知ったかぶりしてるの。あんたこそ色恋のこの字も知らない破壊魔人じゃん。その年で初恋もまだって異常だからね」
ルカの言葉は若干私の心を殴った。私の初恋は今年です。それでルルの初恋はとっくの昔だったはず。
「初恋はずっと前だよ! 私は振られまくりだよ! 戦う前に負けてたの。既婚者とか結納中とかさぁ」
「それは憧れでしょう。っていうかジンが俺はそこに入らないのかって落ち込んでる。俺はルルちゃんの憧れの男にはなれなかったのかって」
「ジン兄ちゃんは兄ちゃんって言われて家族になったからそういう頭はなかったのかな?」
「っていうかルルより今日いないレイでしょう。ルルの初恋はとっくの昔で私はそろそろお年頃だから理解できそうだけどレイはなーんにも知らない感じじゃん。レイの初恋って誰」
「どう考えても練り切りだね」
「それはお菓子でしょう!」
「お菓子だけに?」
「おかしい」
「おかしい」
「おいしい」
ルルの問いかけにルカ、ロカが答えて遅れてリルだけおいしい。リルがようやく喋った。
喋れた、の方かもしれない。私も口を挟む隙が無かった。話題が逸れたのもあり間が出来たので今が好機!
「怖いゴキリから助けていただ……」
「っていうかロカ。兄ちゃんとウィオラさんはキスもまだなの?」
「ルル、聞いてよ。兄ちゃんはウィオラ先生がモテるから横取りされるって怖くて泣いたんだよ。小心者過ぎだよね。もうしたと思っていたのに気持ち悪いって言われたら怖いってキス出来ないって。ウィオラ先生はたまに待ってる顔をしてるのにさぁ」
「えっ、兄ちゃんが泣いたの?」
「泣いてねぇって言うたけど涙目だったよ。せっかく雅に口説いて皆に好評でウィオラ先生も真っ赤になって照れたのに台無し。下校中、妬きもちでイライラして周りを睨んで大人気なかった。あっ、無駄遣いするなって怒られて落ち込んでいたからそっちかも」
別の誤解もされている疑惑。ロカの視界で見るネビーと私の知るネビーが結構違う。
彼の涙目は娘みたいな妹の成長や気遣いに対してだったのに怖いとか、小心者ってなぜそうなる。私は無駄遣いするな、なんて怒っていないしネビーも落ち込んでいないのに。
「ゴキリから助けられたって、あの悲鳴はゴキリですか?」
「リルさん、そうです!」
リルが問いかけてくれたので懸命に声を出したら大注目されてしまった。
「ご、誤解です。色々誤解です。助けて下さりすときでした」
素敵と言うはずが好きと言ってしまった!
好きが溢れた!
「すみません! 慎みのないことを申しました!」
扇子を出して顔を隠して逃亡。空いている部屋は……ロカの部屋!
「おっ。危ないですよ。どうしまし——……」
「ひゃあ!」
よろよろ歩いていたらネビーの声。扇子を下ろそうとしていたからぶつかってしまった。体温急上昇。
「ち、近寄らないで下さい! 無理です!」
「えっ? おお」
よろめいた私をネビーはそっと支えてくれたけどまたしても体温急上昇。
「さ、触らないで下さい!」
「はい。うおっ」
へにゃっと足の力が抜けかけて帯に腕を回されたので顔が近くなった。扇子を出す余裕が無いので両手で顔隠し。
「ちょっと、ウィオラさん。ウィオラさん? 立てますか?」
「た、立ちます」
顔を隠したままゆっくり立ってそのままネビーに背中を向けた。
「助けて下さりありがとうございます。その、今は照れが凄くて……。失礼します。夕飯の準備をしながらネビーさんのご友人の奥様や娘さんと交流してきます」
「はい。近寄るなとか触るなが照れならよかです。そんなにとはか……。あー。はい。また後で。離れて会話なら平気ですか?」
か、の続きはかわゆいな気がする。友人や妹達が近くにいるから言わなかったのだろう。違くても褒められたいからそういうことにする。
「はい。お顔は見られないかもしれません。出勤前に話したいですし出来ればお見送りしたいです」
「夜中前には寝てるんですよね? それなら早めに出勤します」
「ありがとうございます」
深呼吸しながらネビーから遠ざかって自分の部屋へ入室。
「悲鳴が聞こえましたがどうされました?」
「皆さんがいらっしゃる前に雅に口説かれて、その、私は照れ屋で今はネビーさんが近いと恥ずかしいのですが急に目の前に現れたのでつい」
「真っ赤なのは照れですか」
「そのようにとても照れるくらいの雅な口説きとは何ですか? 気になります」
ネビーが居なければわりと落ち着くし話せる。小ネギ切りを再開して二人と話しながら、私のわりと大きな気持ちは周りにあまり伝わっていなかったからネビーにまで誤解されたのだと改めて感じた。




