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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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友人4

 祖父とユラと三人で食事をしてお風呂屋へ行った。ユラは祖父の前では猫被りをするみたい。

 ユラに危険がなかったとか、ネビーと嫌な雰囲気からすぐに脱出したり一日を良い気持ちで終われそうなので湯船の中でホッと一息。ユラは近くで掛け湯をしている。


「おじい様はユラがどこから来たのか知っています」

「そう。まあ自分から軽く言ったけど」

「おじい様は中々破天荒な方でして、平家から今ですし、修行だと旅をする方でしたので色々な場所で様々な方と出会って交流しています」

「あの上品な金持ちじいさんは異質な気配と思ったらそういう中身なの。あんたに悪さをすると私を踏み潰しそうな怖い男が他にもいたと思ったわ」

「他にもってネビーさんですか? そうでした。初めての喧嘩は終わりました。あれは喧嘩なのか謎ですが話す機会をくださりありがとうございます」


 返事がないなと思っていたら、ひゃあっ! となった。


「と、突然、な、なに、なにをするのですか。返して下さい」

「女しかいないのに上品に隠してるからつい。なんで真っ赤なのよ。見るのは平気よね、あんた」


 湯船用の手拭いを奪い返そうとしたら普通に返ってきた。


「何だったのあいつのあの態度」

「落ち込みと妬きもちでした」


 簡単に説明して現在冷え冷え潔癖で女嫌いと噂されているネビーも若い頃は少ししょうもなかったという話も軽く。


「痛い目みるよって、痛い目をみました。遊んでいないって遊んでいました」

「あんな女あしらいに慣れてる男が何もない訳ないじゃない。多分また騙されてるわよ」

「もっと遊んでいた過去があると思いますか? 調べて良いと言われたので軽くそれとなく幼馴染さん達に聞くつもりです」

「そんなのグルに決まってるじゃない」

「そうなると真実に辿りつけませんね」


 イライラ妬きもちは別として、冷静に考えて誰とも約束をしていない独身男性が口説かれたり口説いて多少手を出すのは悪いことかというとそうでもない。

 ネビーの性格だと相手が嫌そうなら手を出さない。純情を弄ばないも本当な気がする。


「……。全然怒っていない顔をしてるわよ。あんたもダメ男にハマる女の仲間ってこと」

「ダメ女? ダメ女ですか?」

「自分を騙した男を信じるダメ女」

「それなら私も最初は嘘つきです。婚約破棄が正しいですか? このくらいならしたくないです。いえ、今したらこのくらいではなくて許しません」

「許しませんってそれで婚約破棄するの? しないでしょう。そういうのをダメ女って言うのよ」

「えっ?」


 頬を指で強めにツンツンされた。想像してみる。今のネビーがイオ達と飲んで「じゃんけんして勝ったらネビーとキスできるぞ」とふざけ出して彼が拒否しないで参加。

 肩書きなどで昔よりも今の方がモテてそうな気がするのでキス三昧。キスされ放題。


「今したら婚約破棄です。それはもう私のす……なネビーさんではありません。き三昧なんて許しません。じゃんけんで勝ったら自分からき三昧はもっともっと嫌です。それこそ貴方は誰ですかってなります」

「き三昧ってキス三昧? そのくらい言いなさいよこのぶりっ子かまとと女!」


 顔を軽く掴まれて私の唇は尖った。


「き、き、きっすなんて口にするのはハレンチです。恥ずかしいです。皆言いませんでした」

「五年間聞いてるでしょう」

「それは職業柄です。ユラもこのような場所で口にしてはいけません。はしたないです。ここは女性ばかりなのでまだ良いですが街中でなんてもっとダメですよ」


 海蛇の件もあるからやられたらやり返す。私もユラの顔に同じことをした。ユラが手を離したので私も手を離す。


「貴方は誰ですかって知り合ったのは四月半ばでしょう?」

「本人と書類とご家族や友人知人達から性格や過去がダダ漏れなので情報が多いです。遊び話も同期の方がうっかり口を滑らせました。自分達はお嬢さん狙いだから女断ちしたと」

「口を滑らせました、ねえ。騙されてない?」

「話した通り屯所へ出入りして一緒に夕食をとることが増えたのですが女嫌いの話ばかり聞きます。女嫌いなのに婚約したのか、女嫌いは嘘か、などです」

「ふーん。同僚達が気を遣ったり庇っているんじゃないの?」

「親しくなさそうな方からも聞きます。口を滑らせた方なんて自分が口を滑らせた結果お前は袖振りされるから今度慰め会をする、みたいなことを言って逃げました」

「まっ。あんたは騙そうにも警戒心が強いし痛い目みたら他の男が来るだけね。怪我をして次はさらに良い男になりそうな性格。ダメ男にズブズブはしなそう」

「心配してくれて嬉しいので、これはダメ女ですよってまた教えて下さい」


 ふんっ、と鼻を鳴らされた。のぼせそうなので先に出ると告げたらユラもついてきた。


「ユラも使いますか?」


 手入れをしていたら肌香油入れを見つめられたので彼女へ差し出した。


「貰うわ」


 今夜は楽を出来るぞと背中を任せて着替えて羽織りと足袋を履く。もたもた支度をして怒られるので私はエル達に相談してルカに簡単肌着を作ってもらった。


「はしたないのできちんと着てください」


 ユラの浴衣の着方を直す。


「うるさいわね」

「足袋も履かないと。羽織りも着て下さい」

「暑いから嫌よ。やかましいわね」

「お引越しを考えているならこれが常識です」

「周りを見てもやり過ぎよ」

「下街男性の一定数はお嬢さん風が嬉しくて扱いが丁寧になるのでキチッとすると得です」


 私はむしろ周りにも同じことをしたい。こちらを見て話を聞いていたからか若い子が軽く真似を始めた。


「計算なのあんた」

「私は生まれてからこうなのでこれが当たり前で中々変わらないというか変えたくない頑固者です。これまでは頑固に加えて仕事で求められていたからで、今は家をまた背負ったので変えません」

「そっ。まあ、あんたの真似で売り上げをさらに上げようかしら」

「それなら足袋と羽織りです」

「うるっさいわね。だから暑いのよ」


 ムーシクス宗総家のお嬢様は下街でハレンチ破天荒になった、とは言わせない。どこで暮らしてもお嬢様はさすがお嬢様だと評価される。

 支度を終えてお風呂屋の外へ出ると長椅子で祖父が団扇を扇いで涼んでいた。

 私はユラが貸した羽織りを手で持って着ないので不満。足袋も同じく。浴衣しか持っていかないのだな、と思ってせっかく持ってきたのに。


「お待たせ致しました」

「帰るか。ウィオラ、帰りは何を弾くんだ?」

空蝉(うつせみ)一夜(ひとよ)に致します」

「お前は課題を全然終了していないのに次へいくのか」

「また戻ります。恋水落花(こいみずらっか)はもっと複雑です。共通点があるかと思いまして試しです」

「小娘が逆らうな。甘やかされてちやほや褒められて腐される事に耐性がなくなったのだろう。私とプライルドが決めた課題を苦悩して乗り越えてみろ」

「それなら何を弾くと問わないで下さい」

「性根を試したんだ」


 ペシン、と軽くおでこを叩かれた。琴と三味線担当の両親や分家当主も世話役も厳しかったけど祖父は昔話通り鬼疑惑。

 お風呂屋や屯所通いの往復での稽古は時間がないから自主的に始めたことだけど口を挟まれてうるさい。

 祖父から三味線を受け取って自分の手提げから半面を出して顔を隠して荷物を祖父へ渡した。

 ふーん、という視線のユラを無視して歩き出して三味線の稽古。

 歌もつけたいけど演奏もままならないのにと説教されるてぐうの音も出ないので演奏のみ。私は今夜も歩くチンドン屋だけど指導する間、祖父はのぼりで宣伝はしないだろう。


「なんだその弦の弾き方は。行きの時に指摘しただろう」

「はい」

「押さえる位置。音が狂ってる」

「これは物悲しさのために半音ずらしたのです」

「こういう表現をしたいのだろう。貸してみろ」

「はい」


 今夜も祖父はうるさい。しかし代わりに演奏されたら完敗なので何も言えない。


「大体艶のつの字もない。これはもう経験不足だからネビーさんに助けてもらいなさい。どうせ何も出来てないんだろう」

「……。そ、そ、そのように急かさないで下さい。私達には私達の速度や約束があるのです。一年かけて思い出を作っていきます。お互いへの理解もまだまだ浅いです。すぐに祝言はしません」


 何も出来てなくない!

 なのに艶のつも出せないのは今ネビーとしていることは艶に入らないってこと?

 何も返せなくてされるがままだからかな。


「ユラさんは今の曲をご存知ですか?」

「いえ」

「三味線は弾けると聞きました。想いは呪いのような曲は何か弾けますか?」

「藍染燃ゆるでしたら」

「今の意味のように考えながら弾いてみて下さい」


 歩く無宣伝チンドン屋にユラも巻き添え。戸惑っていたけどユラも歩きながら弾き始めた。


「ほう。動きながらでもそこそこ弾けますね。響きも悪くないです。未熟者のウィオラよりかなりマシ。ウィオラ、藍染の藍は愛し憎しの藍であり染めも(ぞう)からきている」


 曲としての完成度は私の圧勝だけどこの響きや指使いに表情は完敗な気がする。これは悔しい。


「それでしたら少し考えがあります」

「弾いてみろ。同じ藍染燃ゆるだ。歌や舞などで誤魔化してきたとヒシヒシ感じる。我が家は琴門。次女で家を出るとはいえ芸を放さないなら小細工無しで他を圧倒出来るようになりなさい。琴と三味線、次は歌。他はその後だ」

「はい」


 捨てることにしたって、ジエムをある程度追い払ったらどんどん自分の荷を軽くした祖父は私の元へやってきて鬼指導をしたに違いない。

 今はネビーの激務があって私の仕事が始まったばかりなので甘々だろうけどここからどんどん厳しくなりそう。

 我が家は琴門は、我が家は琴門名家ムーシクス総宗家という意味だ。

 

(藍染燃ゆるの話……。男女逆だけど千度ぞ我は死に(かへ)反らましに通じる……)


 これを使うのは嫌だけど遊楼で見聞きしたことよりも肌で感じたことだから逆を想像し易くなる。理解不能でもこうかもしれないと考えることは可能。三味線を弾き始めて没入。


(藍は愛は知っていたから丁度ネビーさんの着物の色が良いと使って……。愛……。愛憎……。別々だと意味がない……。私はダメ女……)


 使えるか分からないけどユラにダメ女と言われたので嫌だけどジエムとネビーを交代というか混ぜてみる。

 ジエムが嫌い過ぎて恋焦がれていたから憎い、という妄想は無理なのでネビーに変換。

 考えたくない昔々の過去や嫉妬心もこうして芸の肥やしの為に逆に鮮明にしようとする私はやはり芸事の世界に取り憑かれている。


(この中に好みなんていねぇよ……。あの時のジエムさん……。うるせえ、お前ら見てろ……。見てろってことは俺は粋だって見せつけることをする……。今日の再現ではなくてあのジエムさんの感じ……)


 カチンッときたけど、その後に今日のあの感じで迫られたら……これが噂のダメ女。

 憎い。憎くてならない。約束したのに遊び放題キス三昧なんて許せない。なのに離れたくない。彼に溺れていたい。


(人戀はば人あやむるこころはこの先にある……)


 人を愛するならば愛情が殺意にまで至るほど徹底して愛せ……。

 ウィオラ……殺してやる……。

 殺してやる……。

 殺したい……。

 あの目、あの声、あの眼差しの人間の中で渦巻く感情……。

 あれが私で彼で……。

 あの優しい眼差しや微笑みが私だけのものにならないならいっそあの首を絞めてしまいたい。

 強くて逃げ足が早いからそれは無理だから寝首……。

 あどけない子どもみたいな寝顔を見下ろして私は彼が宝物にしていそうな仕込み刀を振りかぶる。

 愛おしくて仕方ないから彼の心が手に入らないなら体、その体すら独占出来ないなら——……。


「ウィオラ! やめなさい! もういい。お前の悪い癖だ。プライルドのように俯瞰(ふかん)を忘れるな。そういうのめり込み方をすると死神に連れて行かれる」


 祖父に腕を掴まれて崩れそうだった体を支えられた。外されたようで半面がない。歌も舞もしていないのに汗が酷くて呼吸も荒い。

 いつの間にか泣いていたみたい。もう長屋近くの土手まで来ていたのか。足から力が抜けて祖父に支えられた。


「は、はい。すみません。久しぶりに……。海でも海蛇王子を追いかけて海へ沈もうとしたので気をつけています」

「これを正気で引き出せるようになれ」

「大丈夫? 夜でこの灯りしかないから分からないけど多分真っ青よ」


 少し目を閉じて深呼吸をして「大丈夫です」というネビーの言葉とあの日を思い浮かべる。

 まぶたを上げて手を握ったり開いたりして深く息を吸ってゆっくりと吐いた。


「大丈夫です。私達はずっと大丈夫です。おじい様。気持ちを落ち着かせたいので万年桜より桜吹雪(おうふぶき)を弾きます」

「そうしなさい」

「はい」


 長屋へ到着して稽古終了。お風呂に入ったのに汗だくになってしまったので自分の部屋で肌を拭くことにした。その間、ユラには隣の部屋で待ってもらう。

 祖父は私達が気兼ねなく会話出来るように配慮したいとネビーに話してくれて、許可を得たので彼の部屋で寝るというからユラと二人きり。

 そのネビーは悲しいことに私達がお風呂屋へ行った直後くらいに同僚が来て予定変更と連れ戻されたそうだ。


「ウィオラ。あんたの芸はやっぱり化物ね」


 ずっと無言だったけど襖越しにユラに声を掛けられた。


「先程のは大失敗です。おじい様の言うとおり自分を見失って芸に取り殺されてしまいます。それは芸術ではありません」

「大失敗……鳥肌が止まらなかった。お店に来てすぐの頃、狐の剃刀の話をしてくれたわよね」

「狐の剃刀……。朝食で楽ちゃん達に白狐姫を教えていた時でしたっけ」


 支度が終わったので襖を開けてユラを蚊帳の中へどうぞと招いた。


「ズルいって、あんな街中でもお構いなしに稽古。女学校の先生になったのにそこまでするのは家業だから?」


 狐の剃刀の話はどこへ消えたの?


「家を背負うからもありますが単に私がそう生きたいからです。というよりも生活から切り離せません。空き時間があると何かの稽古。ユラが居なければこの時間も稽古です」

「生活から切り離せないんだ」

「二、三日と言っていましたが何泊しても構いません。おじい様に稽古を頼むと菊屋の百合の琴や三味線は花魁にも負けないと言われるかもしれません。おじい様が無料なんて得ですよ。隠居済みのおじい様はお金では動きません」


 隣の部屋から祖父の琴の音色が聴こえてくる。さあ寝なさいというような子守唄のような音色。曲自体は艶曲なので遊んでいる。

 騒音、と乗り込まれないようにもあるだろうけどふざけだ。


「得ですよ、得ですよって、あんたに得はある訳?」


 ユラはようやく蚊帳へ入ってきて布団に寝っ転がった。男性みたいに寝っ転がりあぐらになったので「慎み」と足直し。


「うるっさいわね。私は(らく)達じゃないわよ。あんたが五年かけて育てた(おぼろ)は末恐ろしいわ。あんたの良いところと夏風姉さんの手練手管(てれんてくだ)(かすみ)も混ぜて、自分を(おぼろ)だなんて」

「ユラを訪ねた際にチラッと聞きましたが飛ぶ鳥を落とす勢いらしいですね」

「あんたのせいでこれからさらに出てくるからその前にトンズラしたい。もっと後の予定だったけどどこかの化物が可哀想、可哀想って金色の雨を降らしたから……」

「平等に金色なんて額は稼いでいません」

「移店も考えたけど難しい平凡人生……。あんたもあいつも変わった経歴なのに平凡に見えるわ。見た目なんて特に平々凡々。普通に歩いてたら目立たない」


 それだけ花街内の方が彼女にとっては暮らしやすい世界だってこと。祖父はユラは目が荒んでいると口にしたけど知り合った時はもっと酷かった。

 主に食堂で見たけど、こんな風に誰かと話すこともなくほぼ無表情で宙を少し睨んでいた。何もかもが憎いというように。

 鏡の前であの表情を模倣しようと繰り返しても辿りつけない目。


「得はあるのって今日お説教をしてくれました。心配もしてもらえています。ダメ女にならないコツはなんですか?」

「知っていたらこんな人生じゃないわよ」

楼城(ろうじょう)や役者茶屋などで自堕落がダメ女の典型ですがユラは真逆です」

「知っての通りとりあえず貢ぐのは悪手」

「貢がれ過ぎになりそうで困っているのですが断るのと貢がれるのはどちらが良いものですか?」


 小さな友人は出来たけどこういう話を出来る間柄ではないしネビーの家族にする話でもない。祖父には恋話をあまりしたくない。


「貢がれ過ぎになりそうってなに」

「私にあれを買いたい、これも買いたいと無駄遣いしようとするのです。ご自分は何が欲しいか尋ねたら鉛筆一本です。しょっ中お菓子は太るからやめて下さいと言いました」

「一気に燃え上がったようだから飽きて捨てられそう」

「ええ……」

「っていうか貢がれるじゃなくて尽くして舐められるの方じゃなくて? あんたのジジさんにせっせと世話してるって聞いたけど」


 祖父と言っていたのにジジさんになった。この長屋ではジイさんって言う。

 祖父は楽語(らくご)ジイさんと呼ばれ始めているので門下生が聞いたら卒倒しそう。私が呼ぶからおじい様とも呼ばれるのでそちらなら大丈夫。ジジさんはユラの地元言葉かな。


「大したことはしていません。尽くして足元を見られる……。ネビーさんは気遣い屋なので私がしたくて無理のない範囲でしていることなのに、大丈夫ですか? 大丈夫ですか? と心配症です」

「本当に心配していたら何もしなくてもええって言うんじゃないの?」


 ユラの口調がまた崩れた。ええ、は南上地区言葉らしいので少なくとも上地区育ちだ。上流層でも使うことがあるけど主に中流層以下が使用するという。


(ネビーさんはなんで北地区言葉から戻らないんだろう。ロイさんからうつったって聞いて、そのロイさんもまだ使ってる。北地区旅行はもう何年も前なのに……二人で良く話すから?)


 ネビーに対する新しい謎を発見。


「一番は私の生活ですが我儘(わがまま)は言うそうです。無理なら断って下さいって。屯所から帰れないから来て欲しいと言っています。特殊規定が出来るまで屯所の食堂で一緒に過ごすのは無理だったので以前は頼まれていません」

「ああ、殆ど帰れないんだっけ。髭がぼうぼうで心配なのもあるけど似合わないし触るのもあまりって書いてあったわね」

「ネビーさんは昨日、五月一日以来初めて帰宅しました。ようやくお髭も剃れました。怠くて放置していたそうです。昨夜お父様が剃りました」

「ふーん。殆どって帰ってきてないじゃない。あの顔に髭ねぇ……。似合わなそう」

「今は疲れているから仕方ないので言いませんが勤務が元に戻ってきたらお髭は好みませんと言います」

「全然会ってないってことはやっぱりほとんど何も知らない他人じゃない」


 行かないで、と言われた夜もだけどずっと心配してくれているな。口は悪いけど。


「ええ、知っていることもありますが知らないことは教えてもらっている日々です」

「……。そっ。寝るわ。私、月のものが終わるまで居座るから。せいぜい放火されたり物を盗まれないようにすることね」


 そう告げるとユラは私に背中を向けた。


(放火なんてしなそうなのになんでこんな言い方……。お金をたかりにきたってたからないで払ってる……。人は行動では嘘をつけない、か)


 転んだら手を差し伸べてくれて、張り手が飛んできたら庇ってくれたのに放火や盗みをするのかな。

 目を閉じたらあっという間に眠くなった。

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