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捨てられ中年といじめられ少女 - 異端者たちの異世界戦記  作者: 二八乃端月


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第77話 魔導飛行実験艦シュバルツシルト

 

 年若い海軍士官、マイラスは腐っていた。


 人間が腐っているのではない。

 置かれた状況に不貞腐れていたのだ。


 ちなみに彼は魔族……体内に魔石を持つ褐色の肌と小さく尖った耳を持つ半魔半人の種族……である。

 厳密に言えば人間、ヒト族ではない。




 マイラスはカンタルナ連合魔王国海軍兵学校を次席で卒業し、魔王国海軍に進んだ。


 魔王国に於いて海軍は規模こそ小さいものの、数少ない交易路を守り、海からの脅威に対抗する花形職種である。


 なかでも海軍士官は世間から憧れをもって見られることもあり、彼は次席卒業ではあったが、自分の前途は洋々たるものと思っていた。


 だが、希望に満ちた彼の未来は、上司から告げられた配属先によって一気に暗転してしまう。





 カンタルナ連合魔王国、首都サントルシア。

 人口十万人を超える大陸有数の大都市で、市街地の面積は三キロ四方に及ぶ。


 首都東側の隣接地域には、北東を開口部として北と南を山で囲まれたサントルシア港があり、その南半分は商業港、北半分は海軍基地となっている。


 軍港には何隻もの木造鋼板装甲の軍艦が錨を下ろし、北の岬に向かう山の麓にはメンテナンス用のドックが立ち並んでいた。


 そのドック区画の西端、他とは形状の異なるドックの船台の上に、白く輝く流線型の奇妙な形の船が鎮座していた。



 魔導飛行実験艦シュバルツシルト。



 今から百二十年前、初代魔王の肝入りで建造された、世界初の魔導力飛空船である。


 魔王国防衛の切り札。

 世界で唯一の飛行戦艦。


 そんな謳い文句、世間での認知度とは裏腹に、海軍内では『航海に出ることのない役立たずの張りぼて』として扱われていた。


 いや、一応動きはするのだ。

 空も飛ぶし、搭載する魔導砲は常に最新鋭のものにリプレイスされている。

 戦闘能力だけみれば、世界最強の兵器と言えた。


 では、なぜ張りぼてなのか。

 なぜ砲術士官として配属されたマイラス君が不貞腐れてしまうのか。


 その答えはこの船の燃費にあった。




 魔王国では首都サントルシアの地下に巨大な吸魔魔法陣を構築し、首都に住まう者全員から常に極微量の魔力を集めている。


 集めた魔力は魔石に蓄えられ、有事の際のエネルギー源として使われることになっているのだが、この船を飛ばすと、わずか一日で二年分の魔力を消費してしまうのだ。


 燃費が悪い、なんてものではなかった。

 まるでブラックホールに魔力を流し込んでいるようなものである。




 そんな訳で、平時に於いてシュバルツシルトの飛行が許可されるのは、四年に一度、建国記念日のみ。


 普段のクルーは地上で動かない船に乗り込み、延々訓練を繰り返す。

 なんともやりきれない日々に堪えなければならなかった。





 その日の朝。


 また無為な訓練を繰り返すのか、とトボトボと宿舎から仕事場である零号ドックに向かっていたマイラスは、魔導スピーカーから流れた突然の召集放送を聞き、慌ててドックに向かうことになった。



 ドックにはクルーが続々と集まって来ていた。

 シュバルツシルトの乗組員は約百五十名。

 それぞれが足早に自分の持ち場に散ってゆく。


 マイラスが持ち場である艦橋に入ると、既に艦長席にはその主であるドワーフハーフのガルムが腰を下ろしていた。ブリッジのメンバーはまだ半分ほどが来ていない。


「マイラス、出港準備だ」


 マイラスが自分の席に座ると、後ろから砲術長が野太い声をかけて来た。


 砲術長はオニ族である。

 額からツノが生え、とてもガタイがいい。中肉中背のマイラスより頭二つ分は大きかった。


 日焼けした肌と相まってなかなか厳つく迫力があるのだが、意外と細かい気配りができるおっさんであった。


「え、出港?!」


 驚くマイラスに砲術長が微かに口角を上げる。


「ああ、お前は実際に飛ぶのは初めてだったな。このフネにとっても建造以来初の実戦になる。交戦の可能性が高いそうだ。抜かりのないようにな」


「は、はい!!」


 マイルズは配属以来初めての出撃に、身の震えるような興奮を覚えるのだった。





 一時間後。

 出港準備が整ったシュバルツシルトの乗員は、マイラス同様興奮状態にあった。


 三年ぶりの出港、初の実戦というのもあるが、一番の理由は、先ほど乗艦し今はブリッジの専用席に座っている黒ドレスの女性にあった。


 カンタルナ連合魔王国、第二代魔王、ルシア・マチルダ・カンタルナ。


 彼女の乗艦は実に百十年ぶりのことであった。




「出港準備、完了しました!」


 ヴァンパイアハーフの女性航海長が、艦長に報告し、艦長は速やかに命令する。


「出港用意」


 すぐさま航海長が復唱、ずらりと並んだ伝声管に向かって叫ぶ。


「出港よーーい!!」


 航海士が目の前のコンソールに並んだレバースイッチを捻ってゆく。


「平衡維持術式起動。浮上術式起動。浮上します」


 ごうん、と音を立て、シュバルツシルトが船体から僅かに浮き上がる。


もやい解け!」


 船をドック内の岸壁に繋ぎとめていた舫が解かれてゆく。


「出港用意、完了しました!」



 航海長の報告を受け、ガルム艦長がルシアに短く「出撃します」と言うと、美貌の魔王は「できるだけ急いでね」と返す。


 会釈し、前を向いた艦長は、ブリッジに響く声で号令した。


「飛行戦艦シュバルツシルト、出撃!!」


 次の瞬間、白く輝く流線形の船は大空に舞い上がった。





 時を戻す。


 出港から二十七時間。

 シュバルツシルトは深淵の大樹海を越え、巨大甲虫がせまるノルシュタットを視界に捉えていた。


 艦長から「対地戦闘用意」が発令され、砲術長が野太い声で復唱する。


「対地戦闘よーーい!!」


 マイラスは緊張しながらコンソールのレバースイッチを捻ってゆく。


「対地戦闘! 艦底扉開放! 第三砲塔、砲撃位置へ」


 シュバルツシルト艦底の扉が開き、内側から主砲一、副砲一を覆う砲塔がせり出してゆく。


 更に艦長から指示が飛ぶ。


「目標、敵中央の巨大甲虫」


「目標、敵中央の巨大甲虫。三番主砲、徹甲弾にて砲撃する」


 艦長からの指示を受け、砲術長が使用兵装をマイラスに指示する。


「三番主砲、巨大甲虫に照準。弾種徹甲……用意よし!」


 コンソール上にある半球状の水晶球に、ターゲットとレティクルが映し出されている。


「対地戦闘、用意よし!」


 報告を受け、艦長が号令する。


「主砲三番、撃ち方はじめ」


「撃ちーかたはじめー!!」


 砲術長の声とともに、コンソール上にある金属製ガン型スイッチの引き金をマイラスが引いた瞬間、轟音とともに船体が揺れ、口径三十センチの徹甲弾が撃ち出された。



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― 新着の感想 ―
[一言] シュバルツシルトって 黒い盾  忘れたはずの中二心を疼かせるかっこいい名前ですけど 船体が白なら schwarz(シュヴァルツ=黒)じゃなくてweiss(ヴァイス=白)じゃないのかなー 黒い…
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