若かりし日のアイク
時系列的に初期の話です
「……撃て」
アイクが低く短く命じると、彼の指先から放たれた極大魔術『冥界の劫火』が夜空を焼き尽くした。 人間側の精鋭騎士団が一瞬にして壊滅する。悲鳴を上げる暇さえ与えない圧倒的な蹂躙。
「さすがアイク様だ! 人間どもがゴミのようだぜ!」 「魔族の誇り、我らが魔王軍の至宝よ!」
背後で部下たちの咆哮が上がる。アイクは無言のまま、焼け野原となった戦場を見つめていた。仮面の下で、彼は密かに溜息をつく。
(……また、やりすぎてしまったな)
その正体は、異世界から召喚された、あるいはこの世界で拾われた、ただの**「人間」**だった。
深夜、軍団長室。 アイクは固い仮面を外し、鏡に映る自分の顔を見た。そこにあるのは鋭い角でも、燃えるような眼光でもない。どこにでもいる、少し疲れの見える人間の青年の顔だ。
「……いつまで持つかな、この化けの皮」
彼が魔族として振る舞う理由は単純だった。 かつて人間に絶望し、行き倒れていた自分を拾ったのが先代の魔王だったからだ。
魔族は実力主義だ。だが、それ以上に「種族の純血」を重んじる。もし最強の軍団長が「脆弱な人間」だとバレれば、軍は瓦解し、彼を慕う部下たちも処刑されるだろう。
だから彼は、誰よりも魔族らしく振る舞った。 人間が使う効率の悪い魔術を捨て、現代科学の知識を応用した「独自の魔導回路」を構築し、魔族の限界を超える出力を手に入れた。皮肉なことに、人間であることを隠そうと努力した結果、彼は魔族の誰よりも強くなってしまったのだ。
ある日、魔王城の最深部で現魔王セフィーロがアイクに問いかけた。 彼女は、アイクの正体を知る数少ない理解者だ。
「アイク。お前は同族を殺すことに、痛みを感じないのか?」
アイクは再び仮面を被り、軍団長としての冷徹な声で答えた。
「私は魔術師です。感情ではなく、論理で動きます。私を受け入れたのは魔王軍であり、私を捨てたのは人間だ。それだけのことですよ」
だが、その手はわずかに震えていた。 彼は知っている。次の戦場で対峙するのは、自分の故郷に近い村を守る義勇軍であることを。
「……ただ、」
「……?」
「あまりに無意味な殺生は、魔導の効率を下げます。次は降伏勧告を優先しましょう。魔王軍の『慈悲』を見せるのも、統治には必要ですから」
セフィーロはクスクスと笑い、ワイングラスを傾けた。
「相変わらず、言い訳が人間臭いのう、お前は」
アイクは翻る漆黒のローブを背に、再び戦場へと赴く。 人間を捨て、魔族になりきり、それでも捨てきれない微かな良心を「合理性」という名の仮面で隠しながら。
彼は今日も、魔王軍最強の魔術師として、誰よりも力強く、そして孤独に戦い続ける。




