その5 セフィーロの誕生日.
●セフィーロの誕生日
わたしの名前はサティ、魔王軍第7軍団旅団長アイクさまの召使い。
偶然、ご主人さまの正体を見てしまい、以来、ご主人さまにお仕えしながら、身の回りのお世話をしている。
さて、そんなわたしだけど、最近、悩み事があった。
今日もその悩み事を胸に抱えながら、ご主人さまのお屋敷の前を掃除していた。
短時間で落ち葉が大量に集まる。
秋の頃ならばそれらを燃やして焼き芋が作れるのだけど、残念ながら今は緑陽樹が色づく季節。葉っぱを燃やすことはできない。
ただ、時間だけが無為に過ぎていき、向こう両隣のお屋敷どころか、三件隣のお屋敷の前まで綺麗にしてしまった。
我ながら見事なまでのお掃除スキルだ。気が付けば山のように木の葉が集まり、視界にあるゴミは全て消えていた。
やることがなくなったわたしは溜息をつく。
「はあ……、どうしよう……」
思わず漏れてしまった言葉だが、その言葉を聞いた人物がいた。いや、魔族がいた。
見れば小太りのオークさんが話しかけてきた。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん」
びくり、と身体を震わせてしまったのは、わたしが小心者だから――、ということもあるけれど、それ以上にいまだに魔族の人が怖いからだ。
馴れたつもりではあるのだけど、やはりそれでもまだ怖い、という気持ちが抜けきれない。
しかしそれでもわたしは勇気を振り絞る。
ゆっくりと振り返ると、できるだけ自然な笑顔を作りながら魔族のオークさんにこう応えた。
「ジロンさん、こんにちは」
ジロンさん――、アイクさまの参謀を務めるオークさんは、人の良い笑顔を浮かべながらこう尋ねてきた。
「相変わらず行き届いたメイドさんだな。旦那の家の周りには葉っぱひとつ落ちていない」
「ご主人さまの館が汚れているのはメイドの恥ですからね」
「まったく立派だ。俺も出世したら、お嬢ちゃんみたいなメイドを雇いたいよ」
その際は是非、サティに声をかけてくださいまし、気の利いたメイドならばそう言えばいいのだろうけど、残念ながらわたしにはそんなことをいう頭の良さはない。
しかも悩み事が顔に出てしまうタイプらしく、オークのジロンさんはそれを看破してきた。さすがはアイクさまの参謀だ。勘が鋭い。
「お嬢ちゃん、なんか悩み事があるね」
「――やっぱり分かってしまいますか?」
「そりゃな。こう見えても俺には嫁さんがいるんだ。今の嬢ちゃんはうちの嫁さんが夕飯の献立に悩んでいるときの顔にそっくりだ」
「…………」
そんな軽い悩みと同列に扱われるのは心外であるが、わたしはジロンさんに悩み事を相談することにした。
魔王軍の旅団長の参謀さんである。わたしが箒を掃きながら思い悩むよりは良い答えを導き出せるような気がしたのだ。
わたしは思い切ってジロンさんに秘密を打ち明けた。
「――ジロンさん、実は来週、セフィーロさんの誕生日があるんです」
「軍団長の誕生日?」
「はい、毎年、旅団長の誰かが主催者となって、セフィーロさまを持てなすのが慣例となっているらしくて」
「なるほど、それで悩んでたんだな」
「はい、今回の当番は不死旅団らしくて……」
「つまり、お嬢ちゃんが宴の席を用意する。そのときに用意する料理に悩んでいる――、と。ていうか、馬鹿だな。嬢ちゃんの料理の腕ならば悩むことはないだろ。セフィーロ様の好きそうな食べ物と、酒でも並べておけば文句は言うまい」
ジロンさんは、
「人手が足りないというならうちのカミさんを貸そうか?」
と提案してくれるが、わたしは首を横に振り否定する。
「いえ、料理の方はご主人さまから指定がありました。セフィーロさまは鹿肉をご所望らしくそれを用意するつもりです」
「鹿肉か、いいな。オレも鹿は大好物だ。お嬢ちゃんの作るグレービー・ソースは絶品だからな。あれを出しておけばセフィーロ様も文句は言わないんじゃないか?」
「はい、ご主人さまもそう言ってました。でも、問題はそれではないんです。問題なのは用意するケーキの方なんです」
「ケーキ? つまり、バースデイ・ケーキか? お嬢ちゃんは菓子作りは苦手なのか?」
わたしは、ぶるんぶるん、と首を横に振る。
「まさか、お菓子作りはサティの得意分野ですよ」
「なら旨いケーキでも作ってセフィーロ様に献上すればいい。あのお方ならば一息で蝋燭の火を消すさ。ああ見えて結構肺活量がある……、あ、そういうことか……」
ジロンさんもどうやらそのことに気が付いてしまったようだ。
「あちゃー、そうか、誕生会といえばそれがあるものな」
ジロンさんはそう言うと溜息を漏らしながら補足する。
「あの人は今年でうん百歳だものな。つまり、誕生日ケーキに歳の数だけ蝋燭を立てなければならない、ということか」
「はい、そうなんです。だから困ってしまって」
「前回は確か、馬鹿正直にセフィーロ様の歳の数だけ蝋燭を立てた旅団長が大目玉を食らってセフィーロ様がケーキをひっくり返したんだよな」
「前々回は気を利かせて一七本にしたら、『嫌み』か、と逆ギレされたんですよね」
「ああ、そうそう。確かにそうだった」
「……正直に蝋燭を立てても怒られる。気を利かせても怒られる。八方塞がりですね」
わたしは大きく溜息をすると、セフィーロさまに怒られる覚悟を固めた。
どのように振る舞っても怒られるのだ。
ならばせめてそれまではパーティーを最良のものにする。それがメイドの勤めというものであろう。
最後の最後にパーティを滅茶苦茶にされ、高価な食器類を割られる光景が目に浮かんだが、甘んじてそれに耐える想像を重ねると、ジロンさんに背を向けた。
「諦めて料理の仕込みに入ります」
そう言い残し、去ろうとしたが、そんなわたしにジロンさんは救いの手を差し伸べてくれた。
「待ちな、お嬢ちゃん、オレに良い考えがある」
ジロンさんはそう言い切る。
普段からは想像が付かないくらい頼もしい姿だ。
ご主人さまや他の魔族の方はジロンさんを過小評価するが、わたしはジロンさんがとても頭がいいことを知っていた。
ジロンさんの言葉に耳を貸す。
ジロンさんが教えてくれた策は想像以上のものであった。
わたしは破顔しながらジロンさんにお礼を述べると、ぺこりと頭を下げ、その場を辞した。
ジロンさんは「気にするな。団長のお守りをするのも旅団長の参謀の勤めよ」とニヒルに笑っていたがあまり格好良くはなかった。
さて、こうしてわたしはジロンさんの勧め通りに蝋燭を用意した。
大きな蝋燭を三本、それに小さな蝋燭を二八本。
何を意図しているのかというと、大きな蝋燭を一〇〇の位。
小さな蝋燭を十の位と一の位に見立てているのだ。
つまり、セフィーロさんの年齢は×××歳ということになる。
さて、この作戦は上手く行っただろうか?
すべての料理を出し終え、バースデイ・ケーキを出した瞬間、わたしとジロンさんの作戦がどうなるか分かる。
わたしは胸をどきどきさせながらその瞬間を待った。
セフィーロさんはわたしが用意したチョコレート・ケーキを見る。
ちなみにかなり険しい顔をしている。お酒も入っており、目が据わっている。
彼女はじっと蝋燭の火を見詰めると、頬に空気を溜め、それを吐き出した。
即座に三一本の蝋燭の炎は消えたが、すぐにセフィーロさまは悪態をつく。
「小賢しい手を使いおって。今日は料理が旨かったから勘弁してやるが、この手は来年からは効かないからな!」
セフィーロさまは「ふんッ!」と鼻息を漏らすと、豪快にチョコレート・ケーキを口に放り込んだ。
どうやらわたしの料理の腕と、ジロンさんの策謀は成功したようだ。
わたしは「やれやれ……」と呆れているご主人さまに視線をやる。
ご主人さまはなにも口にされなかったけど、わたしたちの機転に感謝をしてくれているようだった。
ご主人さまに感謝される。それはメイドにとって最高の御褒美だった。




