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アズチの村

 村々を視察中、魔王様は唐突に言った。


「アイクよ、もっとも攻めにくい城の条件はなんだと思う?」


 無難に答える。


「そうですね。ドボルベルクのような山城が理想でしょうか」


 兵は高きを尊ぶ。

 前世で、織田信長が落とすのに何年も掛かった稲葉山城は山城であった。


 高きところから敵を見渡せるし、弓や鉄砲の射線も確保できる。守るのにこれ以上楽な地形はなく、攻めるのにこれ以上面倒な地形もなかなかない。


「そうだな。山城は攻めにくい。だが、今回は平地に城を作る。ゆえに山城は却下だ」


「どうして山城では駄目なのでしょうか?」


 サティは素朴な疑問をぶつける。

 俺は答える。


「今回、作る城は魔王軍の防衛拠点であると同時に、経済の中心にするからだよ」


 魔王様が続く。


「その通り、山城では城下町の規模が限られるからな。今回作る城は経済の中心地にもしたい」


「ならば川を背にしたところに城を作るのが良いかと」


「うむ」


 と、魔王と呼ばれた少女はうなずく。


「山は登ることが容易いが、川を泳ぐことは難しいからな。余は前世でも稲葉山よりも大阪の本願寺に苦しめられた。川や海を背にされると、そこから攻めることも難しくなるし、船によって容易に補給されてしまう」


「つまり、大河がYの字なっている地形を探し、その付け根に城を築くのがいいのか」


「うむ」


 とは魔王様。


「確かに」


 と、俺も頷く。


 目の前の少女は知らないだろうが、彼女の後継者となった羽柴秀吉という人物は、信長公がもっとも苦戦した本願寺という寺社勢力の根拠地を本拠地に選んだ。


 そこに築かれた城は広大にして強大なもので、文字通り日の本の中心として栄え、最強の防御力を発揮した。


 史実、大阪城と呼ばれたその城は、天下の名将徳川家康を率いる30万の軍勢を一度ははねのけた。


 今回、築く城もそれくらいの規模、頑健さが欲しいところであった。


「それはこの辺の村を見てみましょうか」


 俺が地図を指さすと、魔王様は「うむ」と頷いた。





 村に訪れる。

 そこは寂れた寒村だった。


「あまり賑わっていませんね」


 サティは率直な意見を述べる。


「ものはいいようだな。余には廃村にしか見えないが」


 魔王様はそう言うと、足下の土を手にすくう。


「よく肥えた土だと思うのだがな」


 彼女はそう言うと土を舐めた。

 さすがは魔族だ。人間の俺がやれば間違いなく腹を壊すだろう。

 

「この辺にしては珍しく地味が肥えている。農業に適した土地だと思うのだが」


「たしかにもっと栄えていてもおかしくありませんね。麦の穂の実りは良いですが」 

「まあ、よい。村の人口が少ないのならば、その分、移住も楽だろう。この際、細かいことは気にしないことにしよう」


 魔王様はそう言うと、通りがかった村娘に尋ねた。


「これ、そこの小娘」


 ……どうでもいいが、口調からしてすでに貫禄が滲み出ている。これはわざわざ変装する必要がなかったのではないか、そう思ってしまった。


 気にしても仕方ないのでこれ以上はしないが。


「はい? なんでしょうか?」


 村娘は気さくに答えてくれた。


「この村の村長に会いたい。ちなみにこの村の名前はなんというのだ?」


「アズチと申します」


 その言葉を聞いた俺と魔王様は同時に苦笑を漏らしてしまう。

 その名前に聞き覚えがあったからだ。

 魔王様は珍しく高笑いを漏らす。


「これは天祐(てんゆう)。まさに僥倖(ぎょうこう)。余は神仏は信じぬが、今、この瞬間だけは信じても良い気分になったぞ」


 魔王様はそう言いきった。

 俺もそれには同意だ。

 まさかこの異世界でその名を聞くことになろうとは。



 安土城。



 その名は歴史に疎い人間でも知っているだろう。

 織田信長が天下をほぼ手中に収めたとき、築城した城である。


 この地形、この立地、その名前、ダイロクテン魔王がその城を築くにはこれ以上ない名前であろう。


 そう思った俺たちは、村娘に案内して貰い村長の自宅へと向かった。

 




 村長の自宅もシンプルなものであった。

 木製のものでとくに意匠を凝らしてはいない。

 極々ありふれたもので、いや、それどころかかなり粗末であった。

 ところどころすきま風が漏れ込んでくる。

一応、客人を持てなすくらいの経済状況ではあるのだろう。

 茶を出されたが、かなり薄めのものであった。

 魔王様もサティも、無論、俺も文句を言わずにそれに口を付ける。

 魔王様はそれを飲み干すと、一応、礼節を持ってこう口にした。


「良き茶であった」


 相変わらず偉そうである。

 村長もその態度に困っているようだ。

 そういえば中国の故事にこんなものがある。

 昔、中国の王に武霊王という王がいた。


 彼は敵国の視察に行くため、自ら使者に扮して、敵国に入ったが、そのときの態度があまりにも雄偉で、人臣らしくなかったため、敵にその正体を見破られた、という話がある。


 生まれながらの王者、覇者というのはその気風を隠せないものなのだろう。

 そう思った俺は魔王様に変わって村長と交渉することにした。

 俺は魔王様と村長の会話を遮るように言った。


「――村長、実は相談事があるのですが」


「相談事ですか?」


 頬の痩けた村長はその口ひげを動かす。


「はい、実は我々は魔王軍の使者でして」


「なんと、魔王軍の方々でしたか」


「ええ、まあ」


「最近、魔王軍に協力する人間が増えていると聞き及んでいましたが、貴方たちもその口ですか」


「お気に召しませんか」


「とんでもない。魔王軍がこの地を支配するようになってから、暮らし向きはよくなりました。むしろ、我々も協力したいくらいですよ」


「それは本心ですか?」


「神に誓ってそう言いきれますよ」


 そう言うと村長は己の信じる神に祈りを捧げる。どうやら彼は地母神の信徒のようだ。


「ならば無理を承知でお願いしたいのですが、この村を立ち退いて貰うことはできないでしょうか?」


「な、なんですと!?」


 村長は驚愕の声を上げる。

 当然の反応だろう。

 農民と農地は車の両輪だ。切っても切り離せない。

 それをいきなり出て行けというのは、無礼にもほどがある提案であった。


「………………」 


 村長が驚愕から解放されるのを待つ。矢継ぎ早に提案をしても混乱させてしまうと思ったからだ。


「もちろん、タダで出て行けとはいいません。この地は豊かな土壌を持っているようですから、それと同等、もしくはそれ以上の土地に移住できることを確約しましょう。それと幾ばくかの金貨も用意します」


 少なくとも今以上の暮らしができるように取りはからいます。そう続けた。


「……しかし、先祖伝来の土地から移ることは。うーむ、しかし……」


「やはりそうですよね」


「……ですが、これは魔王軍の命令なのでしょう? 我々は従うしか」


「魔王軍は無情ではありません。村人たちがどうしてもというのであれば……」


 俺がそう言うと村長は再び沈黙する。

 数分ほどだろうか、長らく沈黙が続いたが、村長は意を決した表情を浮かべた。


「分かりました。魔王様がご所望されるのであれば、移住することにしましょう」


「本当ですか?」


 と喜びの声を上げたのはサティだった。


「ええ、当代の魔王様は慈悲深く、一度交わした約束は破らないと聞きます。少なくとも今よりは良い暮らし向きができるでしょう」


「その件は余の名誉に掛けて約束しよう」


 魔王様はそう言う。しかし、相変わらず変装するという意図を理解していないようだ。

 

 それを聞いて安心したのかは分からないが、村長も幾ばくか表情を緩める。


「いや、私自身はこの村から離れることを惜しんでいるわけではないのです。実は」

「というと?」


 魔王様は尋ねる。


「村のものは先祖伝来の畑を手放すのが惜しいです」


 たしかにこの地は土が肥えている。それを証拠に麦畑が一面に広がっていた。


「ですが、村はご覧の有様です。麦の収穫高が良くても、それが暮らしの豊かさに直結しなくて」


「どういうことですか?」


「はい、実は、この村は地竜の通り道になっていまして」


「……地竜ですか」


「ええ、20年周期に一度、この村に巨大な地竜が通るのです。その際、村を滅茶苦茶にされてしまって」


「なるほど、それで建物が粗末だったんですね」


「どうせ、20年おきに壊されますからな」


 ちなみにもうじき、その20年周期の月がやってきます、と、村長は付け加える。

 はっはっは……、と村長は力なく笑う。


「さて、それは困りましたね」


 と、俺は魔王様の方を振り向く。

 20年ごとに地竜が周回するルートに居城を築いてよいものなのだろうか。

 まさか20年ごとに立て直すわけにもいかない。

 そんな視線で見つめたが、魔王様は構わない、という視線を送ってくる。


「地竜くらいうぬと余で倒せるだろう」


 そう断言した。


「…………」


 まあ、たしかに魔王様と俺ならば地竜くらい倒すのはわけがないだろう。

 事実、この前も俺とリリスとアネモネだけで伝説のシーサーペントを退治した。

 今回は俺は万全の状態だし、それに今回はそれよりも強力な助っ人がいるのだ。

 負ける心配はなさそうだ。

 そう思い俺が村長に尋ねた。


「ちなみにその地竜とやらはどれくらいの大きさなのですか?」


 村長はあっさりとした口調で言った。


「ちょっとした小城くらいですな」


 ……なるほど、おおよそ30メートルくらいか。

 ちなみにその大きさは地上最高の恐竜、アルゼンチノ・サウルスと同等。

 シロナガスクジラくらいだと推察できる。

 さてはて、これは容易に倒せそうにはないな。

 そう思った俺は地竜討伐の策を巡らせることにした。


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