サティの抱擁
アインゴッド率いるローザリア軍との死闘を終えた俺たち第8軍団は、アインゴッドの死を確認するとそのままリーザスに入城した。
伝令の報告が確かならば、リーザスはすでにセフィーロが攻略し、魔王軍のものとなっているはずだ。
というか、セフィーロが占領したからこそ、セフィーロの援軍が到着し、ローザリア軍の殲滅に成功したのだ。
事実、王都の城門は散々に破壊されていた。
「なかなかの角度で《隕石落下》の魔法が決まったな」
戦前、「妾の《隕石落下》の研究成果を楽しみにしておれ」と豪語していたが、流石は黒禍の魔女セフィーロだ。その言葉通り、一撃でリーザスの城門を破壊したようだ。
リーザスの城内に入るとき、改めてセフィーロの実力に感服した。
リーザス市内は静けさに包まれていた。
人っ子一人いない。
魔王軍に占領されたことを嘆いているのだろうか。
魔物や魔族の醜怪な姿を見て恐れおののいているのかも知れない。
なんでもこのリーザスが魔王軍に占拠されたのは数百年前以来の出来事らしい。
無論、当時の記憶など残っているわけもなく、ただただ初めての出来事に戸惑っているのだろう。
しかし、それも長い年月続くことはないだろう。
今まで魔王軍が占領してきた都市は皆同じだった。
最初こそ恐怖され、畏怖されたが、数週間後には市民は経済活動を始める。
そして数ヶ月後には領主が魔族であることを忘れ、普通の生活を取り戻す。
このリーザスが例外になるとは思えなかった。
ましてやこの王都は後にこの国の王、トリスタンに返される予定なのだ。
不平不満もいずれは収まるだろう。
そんなことを考えながら、俺は王都リーザスの宮殿に向かった。
宮殿に入るのは二回目である。
一回目は潜入、という形になったが、二回目は征服者としてだった。
門番は人間からオークに変わっている。
皆、俺の姿を見ると敬礼する。
門番にセフィーロがどこにいるか尋ねる。
「セフィーロ様は謁見の間におられます」
俺はオークの門番に礼を言うと謁見の間に向かった。
王宮は荘厳で立派だったが迷いはしなかった。
王宮内には沢山の魔王軍の兵がおり、廊下の曲がり角ごとに兵が立っていたからである。
なんでもまだ城内に隠れ兵が潜んでいる可能性があるため、警備の手を緩められないそうだ。
流石はセフィーロというべきか、普段は飄々としている癖になかなか抜け目がない。
元上司に賞賛の念を送ると、俺は王宮の謁見の間の扉を開いた。
謁見の間、王座が据えられ、臣下のものや使者と謁見するときに用いられる儀典的な部屋。
王の偉大さ、王権の在処を示すため、必要以上に豪華に作られ、無駄なまでに華美に作られている。
王座も恐らくではあるがドワーフの名工に作らせたものだろう。
豪華な装飾が施されビロードが張られ、金箔が施され、宝石がちりばめられている。
セフィーロはそこに足を組み座り、この王宮の主を気取っていた。
まるでその様はこの国を支配する女王のようにも見えた。
――もっとも、本物の女王様ならば足を組み、太ももが見えるようなはしたない真似はしないだろうが。
セフィーロは俺の姿を確認すると、いつものくだけた口調で話しかけてきた。
「アインゴッドを討ち取ったそうだな。見事であったぞ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
俺も彼女の口調に合せ、少し戯けた口調で返した。
「謙遜する必要はないぞ。お前は今回のリーザス攻略で、八面六臂の活躍をした。もはや誰からも後ろ指を指されない魔王軍の要だ。もっと偉そうにしろ」
「ならば団長の爪の垢を煎じて飲ませてください」
とは言わなかった。
セフィーロはそういうが、今回の一戦、俺だけの力で勝てたわけではない。
魔王軍が総力を挙げてもぎ取った勝利である。
ここでおごるようでは先がない。
俺のじいちゃんが生きてその場にいればそう注意してくれるだろう。
事実、今も魔王様が北部戦線で敵を食い止め、残りの軍団長が西部戦線で踏ん張っている。
それに北戦線から反転し、リーザスを落としたのは目の前の魔女だ。
ここで自分だけの功を誇るほど、良識を失っていなかった。
俺がそう思っていると、セフィーロは珍しく俺を褒め称えてくる。
「ふむ、名将の誉れ高いアインゴッドを討ち取り、驕っているかと思えばやはりお前はお前じゃな。相変わらず謙虚だ。元上司である妾の薫陶が行き届いているのかな」
反面教師にはしていますよ、そう反論しようと思ったが、その言葉が発せられることはなかった。それよりも先にセフィーロがそれを遮るように言葉を発してきたからだ。
「――まあ、今回の勝利。確かに魔王軍全てのものの勝利だが、やはり妾はお前が勲功一番だと思う。まずはゼノビアからの食料調達、国璽の奪還、そしてリーザス攻略の作戦の具申、どれひとつ欠けても今回のリーザス攻略は果たせなかっただろう」
セフィーロはそう言うと足を組み替え、続ける。
「お前はまた自分一人の力だけではない、と主張するだろう。そして妾もまた謙虚は美徳ではない、と説教するだろうから、これ以上不毛な論議は避ける。だから、アイクよ。こちらにこい」
セフィーロはそう言うと手招きをする。
有無を言わさぬ態度と口調であった。
彼女がそのような態度に出るとき、逆らって良い結果になった試しはない。
素直に従うことにする。
俺は恐る恐るセフィーロの前に出るが、彼女はおもむろに立ち上がると俺を抱きしめてくる。
彼女の豊満な胸に顔が埋まるが、変な気分にはならなかった。
むしろ母親に抱きしめられているような安心感を覚えた。
「これは妾からの褒美じゃ。しばらく抱きしめてやらなかっただろう。良くやったのアイク。お前は魔王軍の、いや、妾の誇りじゃ。自慢の種じゃ」
「…………」
幼き頃より姉のように慕ってきた女性から受ける抱擁と労いの言葉は、戦場でささくれ立った俺の心をいやしてくれるような気がした。
俺はしばしセフィーロの好意に甘える。
時間にして数十秒だったが、数時間、彼女の心に触れていたような温かい気持ちになれた。
ずっとそのままで居たかったが、流石に気恥ずかしくなってくる。
いい大人が女性に抱きしめられるというのは、端から見れば情けない光景であろう。
セフィーロの抱擁をやんわり振り解くと、一歩後ずさりながらこう口にした。
「いい加減、子供扱いしないでください」
俺のお言葉に彼女はいつものにやけた表情で返した。
「妾から見れば、お前は子供じゃよ。一体、いくつ年が離れていると思っている?」
彼女は珍しく、自分の年齢に関する話題を振ると、こう続けた。
「ま、確かにいい加減乳離れする頃合いかもな。というわけで、今回は御褒美に、とある女をこの場に呼んだ。甘えるなり、夜伽をさせるなり、好きにしろ」
セフィーロはそう言い放つと、魔法を詠唱し始める。
彼女の身体はぼんやりと輪郭を失う。
やがて半透明になり、完全に透明になるとその魔法が《転移》魔法だと判明する。
彼女は「妾にはまだやることがある。お前は連戦に次ぐ連戦で疲れておるだろう。しばらく休んでいろ」という言葉を残し、消えていった。
彼女が消えると同時に、謁見の間の扉が開かれる。
そこに立っていたのはメイド服姿をした少女だった。
どうやらセフィーロが呼んだ女とは彼女のことらしい。
サティは珍しく駆け足でこちらに駆け寄ってくると、俺の胸の中に飛込んできた。
そして花も恥じらうような可憐な笑顔でこう言った。
「ご主人さま、お会いしとうございました」
彼女はそういうと、「もう二度と離さない」そんな強さで俺を抱きしめる。
聞けばセフィーロにアイクは此度の戦で、何度も死にかけた、と大げさに吹き込まれたらしい。
サティは居ても立ってもいられずにイヴァリースからやってきたようだ。
そのことを聞き、元上司の悪戯好きには困ったものだ、と悪態をつきたくなったが、それを言葉にはしなかった。
謀られたわけではあるが、サティとの再会は俺の心を癒やしてくれる。
セフィーロとは違った意味で、彼女もまた俺には必要な女性であった。
今はセフィーロの配慮に感謝しつつ、彼女の温もりを感じることにした。
これにて第4章完結です!
みなさまのおかげでここまで書き上げることができました。
ブックマークやそれに温かい応援メッセージとても励みになりました。
次回から第5章となります。今後も応援くださるととても嬉しいです。




