8-3.竜の目撃者ユーリとゼスト(後編)
目的地に着いた。
今回の依頼の内容は、べつに、たいして大きくもない物を届けるだけだ。
なんで、わざわざ3人で来なきゃならなかったのか、よくわからないような内容なので疑問に思ってた。
お届け物なのは、俺が来ること自体に意味があったようだ。
品物届けて、散々もてなされて依頼は完了した。
物凄い違和感があった。
本当に単にエスティアから、引き離されただけだったのだろうか?
この世界に来てから、俺は、少々疑い深くなっていた。
何故なら”いつも、いつも、だいたい俺が酷い目に遭わされるからだよ!!”と一人突っ込みをした。俺の心の中で。
「依頼、これだけか?」と聞くと、リナもテーラも何も言わないが、しっくり来てない感じだった。
依頼内容が、お届け物なのは、はじめからわかっていたことだ。
ただ、あの、リーディアが荷物届けて来いと言ったからには、道中で何かが起こると思っていた。
表向きの依頼は、荷物運びだが、実際には何者かとの接触とか……
既に、接触済みだとしたら?
思い当たる……というかあからさまに怪しいのは”ユーリ”と”ゼスト”。
この2人しか該当者が居ない。でも、この2人は、素人も良いところ。
荷物だけ取り上げて、放置したと言う盗賊の方が、仕組んだのだろうか?
わざわざ、この2人を潜り込ませて、何をしたかったのだろう?
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依頼は終了なので、食料を補給して、また来た道を戻る。
大きな街道沿いでは、商隊と夜営が一緒になることも多い。
夜営に適する場所というのは、ある程度限られるので、合流しようと思わなくても、結局一か所に集まってしまうのだ。
商隊の方が先に居たので、端の方で野営することにした。
すると、早速食料の差し入れがあった。
商隊と一緒にキャンプすると、ちょっと良いものが食えることが多い。
”食べ物差し入れするから、もしもの時は手助けしろ”という暗黙の了解がある。
死に物狂いで助けろではなく、”警備の人数が多いように見せかける”のが主な目的だ。
この世界の特徴として、盗賊は殺しを好まない。
たぶん、俺の世界でもこういう文明レベルの頃の盗賊はこんなものだったのではないかと思う。
マンガや物語の中みたいに、無暗やたらと殺しまくったりしない。
生かしていけば、いつかまた獲物になってくれるかもしれないのだ。
なので、冒険者は、負けると思えば降伏する。
なので、1発目から、盗賊側は、致死性の攻撃はしないのが、お約束。
戦いになれば、冒険者も反撃してくるので、盗賊にとって損になる。
人数が多ければ、反撃してくる可能性が上がる。
冒険者は、盗賊にとっては貧乏神みたいなものだ。
邪魔な割に、金目の物は持っていない。
商人にとっては逆で、頼もしいとまでは行かないが、少ないコストで、危険性を下げてくれる便利な存在だ。
馬車を持たない冒険者は、遠征中は食事が酷いのだ。
荷物は少しでも減らしたいし、食い物は持ち歩くと、他の荷物にけっこう臭いが移るので厄介だ。
そこで、お手軽に済まそうと思うと、インコの餌風粒々スープと、そこらで採ったものになってしまう。
なので、少々の食べ物でも、差し入れはありがたい。
商隊は、馬車があるので、少し食料多めに積むだけで済む。
少々の食料差し入れしても大して痛くないというWin-Winの関係なのだ。
この日は魚の干物を貰った。これは正直大変美味しかった。
もうちょっと、ちゃんとした主食があれば!
携帯食のインコの餌みたいなやつじゃ、食った気がしないのだ。
家に居る時だったら、大喜びしたりしないが、遠征中はとにかく、食い物の価値は非常に高くなるのだ。
自分の中で。
この世界には米が無いようで、炊けばすぐ美味しいみたいな超便利な食材が無い。
コメは本当に優れた食材だ。日持ちするし、炊いただけでおいしい。
この世界に存在して、取り扱いの上で近いのは豆だが、粒が大きすぎて、水で戻さないといけないので時間がかかる。
味のバラツキも大きい。癖が強かったり、味の主張が激しかったり。
小麦はあるが、すごく高価なので庶民の口には、なかなか入らない。
粒が小さくて、すぐに食べられるのは、このインコの餌風のやつで、癖も少ないが、食った気がしない。
しかも、今はさらに食糧事情が深刻だった。予定外の消費があるのだ。
良く食うのだ。ユーリとゼストが。
はじめは遠慮して、腹グーグー鳴らしていたが、今はとにかく食えるだけ食わしている。
保護したとき、ガリガリに痩せてて、そのまま放流したら、こいつら仕事が軌道に乗る前に、栄養失調で倒れると思ったからだ。
年齢的にもたぶん、まだ育ち盛りなんじゃないかと思う。
なんでもモリモリ食うので、補給できるところで、毎回食料を買い足す羽目になった。
困るのが、この2人、持てる荷物の量が少ない割に良く食うのだ。
食い物買って運んで食わせての繰り返しで、なんか、親鳥にでもなった気分だ。
ユーリとゼストが、モリモリ食うのを見ながらいろいろ考える。
それにしても、おかしなことだらけだ。
あの夜、俺たちが保護していなければ、この2人は助からなかったと思う。
ガリガリに痩せて体力無い状態で、ずぶ濡れになった時点で、そうとう危なかった。
あんな大雨の日に冒険者に助け求めたところで、乾いた服など持っていない。
雨の日はテントの中はどんどん濡れていくのだ。
あの大雨では、テントの中はかなり濡れてるはずだ。
暖炉の有る民家か、火を焚けるテントを持つような、大きな商隊にでも逃げ込まないと、死んでた可能性がある。
そもそも、シールドもろくに使えないレベルの子が、あんなところに居るのもおかしい。
そして都合良く、盗賊に荷物だけ全部取られて、身一つで逃げてきました……って、そんなことがあるか?と考えると、ほとんど無さそうだ。
なので、俺は理解した。
コイツらには、何かしらの役目があって俺たちのテントに来たのだ。
偶然助けたわけではないのだ……おそらく。
そのあたりは、リナもテーラも気付いてるだろう。賢い子達だから。
この子達がピンチを装って、狙ってテントに来たという感じではない。
今からでも、放置したら本当に野垂れ死ぬ天然モノだと思う。
リナが通りかかったので聞いてみる。
「この子達をあそこで保護するって不自然じゃないか?」と言うと、即答えが返ってきた。
「今回の依頼自体が怪しいと思っている」
もう、そこまで見当付けてたのか。
……ってことは「リーディアか?」と言うと、リナは頷いた。
「テーラは何か知ってそうか?」と聞くと、リナは「私と同意見だ」と答えた。
やはり、リーディアが何か仕組んだ?
「来るぞ」
商隊の方で声がした。何かあったようだ。
まあ、何人かが近付いてるのは分かっていた。
あの配置からすると、盗賊か何かだろう。
前衛、後衛と反対側に回り込んだやつと。攻撃する意思が無ければ回り込む必要が無い。
出番が来たと思い、盾を持って見に行く。
”干物の借り”も有るので、俺のやる気は、いつもより20%アップしていた。
盾でバシバシ叩いて、追い払ってやろうと思ったのだ。
ところが俺を見ると山賊が大慌てで逃げ出した。
「うわ、出た!」
「でかいやつだ、なんであいつが」
俺は覚えてないが、知り合いだったようだ。
こないだの盗賊とは別だと思うが。
沈黙の中、商隊の人達の注目を浴びる。
俺はやる気満々で出てきたので、広い空間にポツンと一人取り残されてしまった。
なんか周りから見られまくって、恥ずかしくなってきた。
はりきって出てきたら、いきなり罰ゲームかよ!!
なるべく目立たないように引っ込もうとすると、歓声が上がって、商隊の人達が集まってきた。
「今、何やったんですか?」と言う人が居れば、「でかいなー」とか言ってる人も居れば、「ありがたやありがたや」みたいなこと言ってる人もいて、わけがわからない。
すると、「はいはい、どいてどいて」みたいなことを言いながら少し年取った……と言っても、俺と同じくらいの年のおばちゃんがやってきた。
この人が商隊のリーダーみたいだ。
近寄ってくると「ありがとうございます。この土地の人がいて助かりました」と言った。
この土地? 何か勘違いされてそうだ。
「いえ、旅の途中で、この土地とは」と言いかけたが、続きを話すのは諦めた。
「姿を見ただけで盗賊が逃げ出すとは!」
「うちの商隊は、東へと向かっています……」
説明モブキャラのようになんか勝手に話し続けるのだ。
なんか、前もこんなことがあった。何かイベントが仕込まれてるのだ……きっと。
リーディアの仕込みはこれか?
まあ、話の内容は簡単で、盗賊がけっこうな人数だったのに対して、俺たちは見劣りした。
これじゃ、あっちは諦めてくれないだろう。
商隊は、大荷物盗られたら暮らしていけなくなるから、犠牲が出ても戦って追い払うしかない。
俺が出てきたのを見て、迎撃準備をしている間、ほんの少しでも時間稼ぎしてくれることを期待していたら、姿を見ただけで盗賊があっさり逃げ出した。
なんてすごい老人だ!(略)
ぬぅ。それにしてもよく喋るな。このNPC的おばちゃん。
まあ、とにかく”この先も是非とも同行してほしい”と言う。
俺たちは、子供2人と老人(俺)は戦力外で、実質たった2人の戦力しかないように見える。
まあ、この商隊の獲物としての魅力に対して、俺たちは、有効な抑止力にならなかったというわけだ。
でも、この規模の商隊になると、自衛手段を持っているので、俺が戦わなくても、ちょっと時間を稼ぐだけでも良いらしい。
でも、蹴散らす方が早いんだよな。魚の干物貰った恩もあるし。
商隊は、思ったより戦力大きかった。
商隊には、たまに男が居ることもある。
奴隷とか商品ではなく、その商隊の誰かの夫だ。
この商隊には3人も居た。しかもけっこう若い。
これじゃ盗賊に狙われやすいだろうと思って聞いてみると、実は朝までは別の冒険者一行と一緒だったらしい。
今日、その冒険者たちと別れて手薄なところに俺たちが来たので、即差し入れ持ってきたようだ。
この商隊のメンバー自体、一応戦闘もこなせるようだが、商人の自衛手段程度なので、戦力はたかが知れている。相手が5人くらいならなんとかなりそうだが、10人居たら守るのは難しそうだ。
方向も一緒だし、荷物載せて良いというので、一緒に行くことにした。
荷物背負わずに済む移動は、びっくりするほど快適だった。
一緒に行動してわかったが、この商隊けっこう戦力高かった。
男が3人とも強いのだ。10人以上が戦力になるので、俺が居なくても平気だっただろう。
それでも、戦わずに相手が去ってくれれば、その方が良い。
例え撃退できることがわかっていても、戦闘は、商隊からしたら、何のメリットも無い。
だから、戦闘を避けることができた時点で、価値が高い。
……………………
しばらくすると、熊が居ることに気付いた。気配察知で感じた。
暇なので、殴りに行く。
列を離れると、リナに呼び止められる。
「おい、トルテラ」
「熊が居た」
この一言で意味は通じる。
熊に向かって走る。
見えたが、既にこちらに気付いている。
そういうときは、姿を見せてから、背中を見せて中腰で逃げる。
すると、うまいこと追ってくる。
確かに、熊は背中を見せると追ってくる習性はあるようだ。
3回に1回くらいは追ってくる。ある程度近付いて熊の方を見ると、そのまま襲ってくる。
射程に入るタイミングで思い切り盾で殴る。そして、トドメの一撃。
すると、リナがやってくるのに気づく。
「トルテラ、熊、売れるって」
「え? コレ?」
森では熊なんて価値が無かった。
…………
途中で熊を見つけたので殺すと、死体いらないなら買い取ると言い、それも持って行くという。
俺は趣味で殺してるのに、お金くれるなんて、神様かと思った。
中銀貨1枚だけど。
俺はともかく、リナが凄い勢いで歓待されてるので何かと思ったら、”リナ”は”リーディア”と間違われていた。
商隊の中の誰かが、中途半端に勇者の話を知っていて、俺と一緒にいる気品のある女はリーディアだろうと勝手に勘違いしたようだ。
本物のリーディアはもっと残念なやつだと教えてあげようと思ったが、人々の夢を壊すのもどうかと思い、
「リーディアとは別人だ。リーディアはもっと強い」と言っておいた。
でも、リナ様、リナ様ってうるさかった。
リナを見ただけで、大盗賊団が逃げ出すとかそんな話になってきた。
盗賊に襲われたとき馬車に隠れてた人たちは、外の様子を知らないので、尾ひれがついてすぐに大袈裟な話になるのだ。
馬車3台で15人ほどの、大きな商隊ではあるが、たった15人ほどで、こんなにも噂が捻じ曲がって伝わっていくのだ。
いや、違った。ユーリとゼストが商隊の人に、聞きまわったせいで、変に広まってしまったのだ。
「トルテラさまが先代勇者さまだったのですか?」とゼストが言った。
「リナさまが勇者さまですか?」とユーリが言う。
俺が否定したのに、リナはリーディアの愛称だと思われて混同されて広まってしまった。
ユーリとゼストの役割はこれか? 偽勇者イベントとかあるのだろうか?
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商隊は、ダルガンイストまで行くと言う。
少し遠回りになるが、ダルガンイストに寄っていくことにする。
ユーリとゼストは、途中の村に置いてきても良かったのだが、結局ダルガンイストまで連れて行くことにした。
もう少し太らせておかないと危ないと思ったのだ。
わずか数日でも多少はふっくらした。
前はガリガリで倒れそうだったのだ。
この世界はシビアで、働いてても餓死するのだ。脂肪は貯金みたいなものだ。
少し多めに貯えておいた方が安全だ。
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ダルガンイストに着く前の晩に、ユーリとゼストは、竜を見たことがあると言った。
「私たち、竜を見たんです」
「どこで?」
「……驚かないんですか?」
そこは驚くところだったか。
普通どうだかは知らないが、俺は竜を見たことがある。
「まあ、俺も、竜見たこと有るしな」
するとテーラがそっとゼストの手を握った。
「だいじょうぶ。トルテラは竜に貞操を狙われてるの」
ぜんぜん意味が分からん。それはフォローのつもりなのか?
「あの、凄く大きくて、人間とはだいぶ大きさが」と言うので
「俺が見たやつは、しっぽ入れなくても20mくらいありそうだった」と大きさを説明する。
こんな小さな子に、竜に貞操言っても、正しく意味伝わらんだろと思った。
いや、伝わるのか?
俺が見たやつは、もちろんディアガルドだ。
まあ、俺の付近に出没する竜は、もっとでかいらしいから、もっとでかいのも目撃されてるはずだ。
「もっとずっとでかいやつも居るみたいだぞ」と言っておいた。
ところが、気になることを言った。
「違うんです。もっと凄く背が高くて立って歩くんです」
「見たのはダルガンイストの近くで、グラディオスと言うやつなんです」
見たのはグラディオスと言う50mほどもある、超巨大な竜だという。
噂ではなく本当に見たと言う。
「本当に見たのか?」
「本当なんです。2人とも見ました」
リーディアが、軍に喧嘩売ったときのやつだ。
俺が起こした事件が、竜のせいになっただけで、竜なんかいなかったはずだ。
なのに、目撃者が居た。
「誰も信じてくれないと思って、秘密にしようと思ってたのですが、森には竜が出ると聞いたので」
「それに、ダルガンイストにも竜が出たって」
森に出る竜と言うのは、ディアガルドのことだろうか?
グラディオスは、その場に居た兵士だけでなく、遠くから、この2人も目撃していた。
この目撃情報は、予想外のものだった。
町に着いたので、ユーリとゼストと連絡方法を交換して別れた。
僅か数日同行しただけだと言うのに、別れ際に凄い勢いで騒いで大変だった。
俺から見たら余裕で子供って感じの子が、「捨てないでー」みたいなこと叫びながら泣くもんだから、人聞きが悪くて困る。
パンツがどうとかも言ってて、ちょっと嫌な予感がしたが、まあ、そんなに会うことも無いから問題ないだろうと思った。
一応、しばらく凌げる小遣いと装備もあげたので、自力で何とかやっていけるだろう。
※あとで、自力で寄生しにやってきます。案外元気です




