7-6.特大のキッス
また温泉に来た。いや、ボス部屋に来ていた。
どういうわけか、俺は、ここにも、たまに来ないとダメらしい。
理由は、このでかいやつの”つがい”だからだそうだ。
”つがい”。つまり、人間風に言うと伴侶ってやつだ。
でも、それって、いろんな意味で、無理があると思うのだ。
前回、”見ればわかる”と言われて来たのだが、見ても竜がどれだけ大きいか分かっただけで、意味が分からなかった。
今回来て”見ればわかる”の意味は分かった。
俺が見て、俺が分かるのではなく、俺が行くと”ディアガルドが見て分かる”だった。
いや、見れば分かると言って誘うのは、相手、つまり俺にメリットがある場合だ。
それぜんぜん俺のメリット無いし、と思った。
イグニスは、人間の言葉は話せるが、意志疎通ができるというわけでは無いのだ。
「どうじゃ、相性もぴったり、お似合いじゃのう」
で、なにがわかるかというと、相性が分かるらしい。
……俺は、“お見合い“に行ったんかい!
俺は、でかい犬を撫でただけなんだが。
イグニスはとても幸せそうだった。イラっとした。
ほんとにコイツの相手は疲れる。
いつものように、ぎゅーーーんと飛んで帰る。
だいぶ慣れたが、着地点が見えて地面が迫ってくるので、やはり帰りの方が怖い。
俺はディアガルドと話ができるわけではないし、ただのでかい犬なので、撫でて帰ってくるだけだ。
なんか意味あんのか? これ。
イグニスが「お似合いじゃのう。早う竜の国に行かぬか?」とか言ってるのを聞いて、「トルテラはわたさんぞ!」と言ってリーディアが守ってくれようとしたが、「迷宮に行けばトルテラはスベスベのホカホカじゃぞ」とイグニスが言うと、「ホカホカしてるし、肌がすべすべだー」とか言って、アイスとテーラが寝返った。
なんか、これダメなパターンだ。
味方に背中から撃たれるとかそういうやつだ。
リーディアは、思わぬ邪魔が入ってちょっと困った様子だった。
「俺の番明日だから、明日すべすべにしてくれ」とアイスが言う。
連日温泉かよ! 俺は俺の肌がすべすべでも嬉しくないんだよ!!
むしろ、女の子の肌をすべすべにするべきだと思うのだ。
こいつらも連れてってあげたいな……そう思った。
まあ、ボス部屋には、歩いてなら行けるのだが。
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また温泉に来ていた。
幸いにも、イグニスは人間の体の方で誘惑とかはしてこない。
なので、二人で温泉に来ても、意外に安心して接することができる。
逆に気にしてないから、平気で着替えたり、温泉周辺で裸で歩き回ったりして困ることもあるのだが。
このボス部屋。ただでさえ迷宮内で湿気多いのに、温泉があるので、脱いだ服がすぐ湿るし、ぜんぜん乾かないのだが、ディアガルドの周辺だけ乾く。
俺のシールドと同じだ。俺のと違うところは、俺は閉じた狭い空間なら全体に効くのにディアガルドの場合は、周囲3mくらいが効果範囲みたいだ。
そして、びっくりするのが、ここでは汚物が星になる。
100年う〇こ問題が解決するのだ!
100年う〇こ問題と言うのは、つまりこういうやつだ。
迷宮の奥底に潜むボスキャラは、その巨大な体を維持するためにたくさん食べる。
食べれば当然、排泄する。
100年ボス部屋に籠っていたら、100年分溜まってるわけで、ボス部屋が大変なことになる……と思うのだが、ちゃんと、そうならないための仕組みがあるのだ。
はじめは、星になるのもこの部屋の仕様だと思っていたのだが、ディアガルドの近くでしか服は乾かないのに、俺はディアガルドから離れたところでも星になる。
つまり、部屋ではなく、竜の力ではないか?などと考えていたら、間違えて、ディアガルドの口の下の髭を撫でてしまい、べろんとやられた。
ここを触ると必ず舐められるのだ。
最近少し、ディアガルドの気持ちがわかるようになってきて、たぶん美味しいと言ってるような気がした。ベタベタになったので温泉に入る。
いつもだいたいこんな感じなのだが。
俺が温泉に入ると、イグニスもやってくる。
イグニスが裸だと困ることをなんとか説明して、背中合わせなら一緒に入っても良いことにしているのだ。
ここ来ても、温泉入る以外他にやること無いから。
俺だけ温泉入ってイグニスは入らず会話するってのも変だし、一緒に入ることにしたのだ。
「ここには温泉があって、いつでも入れてお得じゃのう。
こんな場所はそうは無いぞ。どうじゃ、住みたくなったか?」
いつも通りの勧誘だ。
「暗いし温泉しかないだろ」
「わがままじゃのう。本体はここに居らねばならぬ故、仕方無いのじゃ」
イグニスは俺と本体の方……つまりディアガルドと“つがい“になって、子を成すことができると言っていたが、どういうことなんだろうか?
ディアガルドは、俺的には、割とかわいいと思うのだが、それは犬猫や馬がかわいいとか好きとかそういうものであって、恋とは別だと思うのだ。
体のサイズ的にも、普通に考えたらあり得ないが、添い寝してると勝手に子供出来るとかそういうシステムなのかもしれない。
仮に子供出来たとしても、こんなところじゃかわいそうだ。
「こんなところで子供生まれたら、何も無くてかわいそうじゃないか」と言うと、
イグニスは「何を言うておる。子を育てるのは、ここではない。竜の国じゃ」と言った。
「竜の国?」
「なんじゃ、竜の国も知らぬのか?」
いや、たぶん、そんなの知ってる人間、そうそう居ないと思うんだが。
「竜は竜の国とこちらを、行き来することができるのじゃ」
「迷宮から出られるのか?」
「ここにずっと居ては、子を産めぬではないか。妾達は母の代からここにおるのじゃぞ。
迷宮の外に出たいなら、竜の国に戻って別のゲートからこっちに来ればよいのじゃ」
「確かに。」
「そもそも、大きな力を持った竜が通れないような細い迷宮に居たら、子を成すに相応しい雄の竜には会うことはできぬ。
普通は竜の国で出会い結ばれ子を育てるのじゃ」
そうか。俺は、ボスは、ボス部屋から出ることができないから、出ないのだと思っていた。
ボス部屋に行くまでに狭い通路が多いので、迷宮から出られないと思ったのだ。
確かに、狭い迷宮にでかいボスが入ってるのも変だよな。
通常ルートとは別に移動方法があるのか。なるほど。
「竜の国ってのは?」
「竜の国は実に良いところじゃ、どうじゃ? 行きたくなったか?
妾が特別に連れて行ってやっても良いぞ」
どういうところか聞きたいんだが……
イグニスは「温泉浸かりすぎたわい。少し冷やすぞ」と言っていきなり温泉から上がると石の上にゴロンと寝転がった……
油断してた。コイツは一応見た目は美形の人間そのものだし、いくらなんでも近すぎる。
暗いけどけっこう見える。
急に動悸が、のぼせと動悸で死を近く感じて、這うように湯から上がり、涼しそうなところに寝転がる。
「ん? トルテラ何があったのじゃ? のぼせたのか?」
「お? 良い匂いをさせておるの、竜の国に行きたくなったか?」とか言いやがる。
おまえのせいだろ! と思いつつも、とにかく、落ち着くのを待つ。
すると奥からドスドス音がする。やばい……来た。でかいやつが。
やばい、なんかいろいろ危険を感じる。
ディアガルドが来て、思った通り、べろーーーんとやられた。
なんか生命力を吸われた気がした。マジで俺死ぬかも。
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「良いものじゃのう、実に良いものじゃ」
イグニスは妙に機嫌が良かった。トルテラがのぼせと良い匂いが出て苦しんでるときに、ディアガルドがべろーーーんと舐めたのだが、あの瞬間、イグニスが本体に戻っていたのだ。
「実に濃厚であったぞ」
トルテラは寝込んでいた。迷宮から戻ってずっと寝込んでいる。
「何したんだよ」とアイスが聞くと、
「気にするな、死にはせん」とイグニスが答えた。
そして、
「軽くキスしてやっただけじゃ」と続ける。
皆の視線がイグニスに集まる。
リナが口を開いた「どっちの体だ?」そう、最大のポイントはそこだ!
「もちろん本体じゃ。本体でなければ堪能しきれんからの」とイグニスが答えた。
エスティアは、それ、トルテラでなければショック死してる……と思った。
エスティア達は、ボス部屋の入り口から、遠目とは言え、巨大な生き物を見て知っていたのだ。
事情を知らないリーディアはキスと聞いて憤慨していた。
「キ、キスだと!!」
「お前らは、トルテラがキスされて憤りを感じないのか!」
と言ったところで、なにやら様子が変なことに気付く。
「なんだ?」
すると、テーラが言う「それ、キス違う。味見」。
続けてアイスが、
「リーディアは知らないかもしれないけど、こいつの本体、竜でさ、凄くでかいやつ。
そいつにキスされたって話だよ。普通恐怖で寝込むよな」
「いきなり何を……」
何を言ってるのかと思い、テーラを見る。テーラは頷いた。
次にエスティアを見る。エスティアも頷いた。
「事実なのか?」
ほぼ同時に頷く。
「竜が居たとして、それが本体というなら、目の前にいるこれはなんだ?」
「良いものじゃ、キスとは良いものじゃ」イグニスはまだ余韻に浸ってるらしい。
「本体でなければ、お前は何なんだ?」リーディアが問う。
「妾か? 本来は迷宮に来た人間どものうち、資格のある者を選んで案内する案内人じゃ。
本体は大きすぎて小回りが利かぬ故、この体でトルテラを寝取ろうとする者を見張っておるのじゃ」
「案内人居なくていいのかよ」アイスが言った。
「今は迷宮よりこっちが大事なのじゃ」とイグニスは答えた。
大事なことがあれば、案内役しなくても良いらしい。
リーディアは、急に気分が悪くなって、エスティアに支えられながら部屋に戻って行った。
意外にまじめな性格のリーディアには刺激が強すぎた。
トルテラと付き合いの長い者は慣れているが。
リーディアも数日寝込んだ。




