6-14.それは白馬の王子さまじゃなくて、白髪交じりの老人です(前編)
勇者は子を産むかの話です。このあたりの決着が付かないと安心して次の章に行けないのです。
「それは白馬の王子さまじゃなくて、白髪交じりの老人だよ」
「白馬の王子さま!……なぜそれを」 リーディアは、素で驚く。
リーディアが、自分から軍に喧嘩を売った今回の件で、自らに、エスティア達を守るという役目を課した。
結果的には何事も無く無事終わった。
その役目が終わって、すっかり身軽になったリーディアが、無駄にトルテラの周囲をウロウロしてるのを見て、空気を読めないアイスが言ってしまったのだ。
「それは白馬の王子さまじゃなくて、白髪交じりの老人だよ」
ん? 老人って、俺のことか! 俺はそんなに白髪多いのか?
「白馬の王子さま!……なぜそれを、違う、私は主従の立場で」とリーディアが取り繕うが、
アイスは喋り続ける「最高の”くっころ”やってあげるんだって練習してるんだぜ」
「なぜ、私の秘密を……貴様、どうやって」とリーディアが言うが、理由は簡単だった。
「こないだ酔っ払って自分で話してた」とアイスが言う。
「な、本当か? 何をやってるのだ私は! 計画がバレてしまったではないか!」とか言ってリーディアはしばらく悶えて転がっていたが、そのうち力尽きた。
湯気が上がったように見えた。
おお! やはり、この世界では、人は心のエネルギーが枯渇して倒れるのだ! 俺はリーディアにちょっとだけ親近感がわいた。
でも、コイツの”くっころ”は需要無い。あんな楽しそうな”くっころ”が有ってたまるか。
※くっころ = ”く、殺せ!”
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白馬の王子さまはともかくとして、軍と和解して安全が約束されたので、女たちでお祝いの会で話をしていたら、リーディアの本音が聞けたのだ。
”なぜ、女たちで”かというと、トルテラに聞かれたくない話をしたり、お菓子をたくさん買ってくるとトルテラが文句を言うからだった。
この日は近所の人に蜂蜜酒をもらって、トルテラに秘密で飲んでいたのだ。
リーディアは調子に乗って少々飲みすぎてしまった。
このときのことは、本人は覚えていないようだが、乙女心を持っていたのだ。
「軍でも滅多に負けることなど無かったのに、まさか、あんな男の老人に負けるとは思っていなかった」
はじめてリーディアとトルテラが会い、そして戦ったときの話だ。
「負けた時はショックだった。だが、強くて大きな男は良い。そう思ったのだ」
「でかくて、強くて、髭もあるんだぜ」アイスが反応する。でかくて強い男が大好きなのだ。
「だが、まさかあそこまで強いとは思っていなかった。
真面目に一騎打ちの相手してもらったが、まったく歯が立たなかった。だが、それが嬉しかった」
これは、2度目の一騎打ちの話だろう。
もう、リーディアの話は止まらない。
「この私が真面目に挑んでまったく歯が立たないのだ。そんな相手が他にいるか?
勝てない相手は居るだろう。だが、あんなに完璧に歯が立たない相手など居ない。
思ったのだ、私はあの男の妻になりたいと」リーディアの目がキラキラ光っていた。
「乙女よねぇー」とかエスティアは言っている。酔っ払ってるようだ。
「その上、巨人の一撃で死にそうになった私を助けた上に、勇者に選んでくれたのだ。
私は身も心も捧げると言ったら、鎧を着ろと言った。私はあの時のことを一生忘れない。
白馬の王子さま……そう、私にとってはそれがあの人だったのだ。
だから、私は、あの人の大好きな、”くっころ”をやってみようと思っているのだ。
喜んで妻に迎えてくれるに違いない!」
「お、俺もやりたい! 俺にも、くっころできるかな?」とアイスが言うと、
「ああ、できるさ、ともに精進しようではないか!」とか言って2人で肩組んでいたのだが、あっさりアイスがばらしてしまったのだ。
悪気があったわけでは無く、アイスも断片的にしか覚えてなかったのだ。
都合よく、自分で言ったことは忘れていたのだった。
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軍との和解だが、俺はそんな約束してないのに、ダルガンイストがピンチになったら、勇者と神が助けてくれることになってるらしい。
あの大歓迎は勇者達がダルガンイストに協力する事を祝ってのもので、リーディアは神への貢ぎ物らしい。
これで安心できると、もっぱらの評判だそうだ……俺が安心できねーーよ!!!!と全力で叫んだ。心の中で。
その貢物は、近頃ずっと俺の周りをウロウロソワソワしている。
俺は、この貢ぎ物を返品したい気持ちでいっぱいになった。
今まで、俺の周りをうろうろしてることが多かったアイスが、なんか物陰から見てて、コイツらはどういうプレイに目覚めてしまったのかとちょっと心配になった。
また例の女同士の条約みたいなものがあるのだろう。
いつも俺ばかり酷い目に遭うやつだ。
もうだいぶ慣れたが、今回さらに疫病神みたいのが増えてるので、嫌な予感しかしないのだ。
結局、事はリーディアの思い通りに進んだように見える。
どこからどこまでがリーディアの計画なんだ?コイツ脳筋のくせに計略も使えるのか?
三国志的な数値では武力98、知力38、魅力96みたいな感じに見えるのだが。
俺は勇者装備なんか要らなかったのに、勇者ごと付いて来て、しかも何かあったら助けに行かなにゃならないフラグまで立ったようなのだ。
なんかもの凄くガッカリしてへなっとなってしまった。
エスティアが介抱してくれたので、俺はエスティアと2人で、タンガレアに亡命したい気持ちでいっぱいになった。
でも、その気持ちはリナにバレてて、見張られてたので実現しなかった。
なぜかアイスにも見張られてるようだ。何があったのだろう?
トルテラがリーディアの計略だと思った大部分は偶然で、それに加えて、キャゼリアとライゼンによるものだった。
リーディアは、ただの脳筋で、力を見せれば相手は黙ると思っただけだった。
リーディアは頭は回るのだ。しかし、筋力による解決法しか選べないだけだった。
自分の能力を生かせない、とっても残念な女だった。
しかし、そんなことにはかまわず、フラグは勝手に立つのだった。
「それにしても、なんでわざわざ軍に喧嘩売ったんだ?」と聞くと、リーディアは「勇者の伝承に従っただけだ」と言う。
そんな話有ったか?と思い、勇者話の大人気版を再度読み直すと、2代目がピンチになると死んだはずの初代が助けるだけで、特に何も無かった。
「何に従ったんだ?」と聞くと、
「助けに来てくれたからな。どうせなら決着つけておこうと思ったのだ」と言った。
なんだよそれ。まあ確かに、リーディアが危ないって話を聞いて行ったのも確かだけど。
リーディアが言うには、勇者の伝承も正しいのだという。
俺は、勇者伝承は大鎧の書が変わると追従して変わっていくもので、普通に外れるものだと思っていた。
そもそも、以前の勇者本は勇者は女だったはずだ。そこからして外れてる。
勇者の話を読むと、俺が巨人を倒す前は、女の勇者が鎧を取りに行って巨人を倒すことになっていた。
俺は、女でも無ければ巨人と戦う前に勇者の鎧も取りに行ってない。
初代と2代目の子弟版ができたのも、俺の工作が裏目に出まくっただけで、それ以前にそんな話は存在していなかった。
以前の勇者本を見せて「初代勇者は女だぞ」と言うと、リーディアは「正伝書ではそうはなっていない」と言った。
確かに、以前、勇者は男でも良い派とか勇者は女派とか居た。正伝書では性別は確定してなかった。
「正伝書だとどうなってるんだ?」と聞くと、「勇者が女だとも書かれていない、勇者の鎧をいつどこに取りに行ったかも書かれていない」とリーディアは言う。
確かに、当時の正伝書には勇者が女だとは明記されていない。
それ以外はどうなってるかと思い、正伝書を読んでみたが、鎧を迷宮に取りに行ったことも明記されていない。とにかく鎧を手に入れて巨人と戦う。
そこで言う勇者……つまり、俺がその時点で勇者の鎧を持っていて、巨人を倒したのであれば矛盾はない。
こうなると、俺が勇者の鎧を持っていれば当たってることになるのか……俺は勇者の鎧を持っているわけでは無いのだが、思いっきり思い当たるやつがある。
そんな俺の心を知ってか知らずかリーディアが、俺が大鎧で、勇者鎧を持ってると言い出した。
なんで、勇者伝承側の人間が大鎧の話してんだよ!
「勇者は勇者の鎧を持っている。大鎧は鎧を持っている。
ならばトルテラも持ってるはずだ」
一気に雰囲気がどよーーーんとなった。
お前は見たこと無いかもしれないけど、俺サイズのでっかい鎧があるんだよ!
テーラが「大鎧は今はトート森にあるよ」と言った。
”今は”って言ったぞ、まだ何か隠してるのか!予想してなかったわけでは無いが、なんでこのタイミングで言うかなと思った。会って早々の頃に話してくれればいいものを……
「やはり。キャゼリアとライゼンがトルテラが大鎧かもしれないと言っていた」
くそ、リーディアが詳しいのはあいつらの入れ知恵か!




