6-11.リーディア追撃戦(後編)
キングボンビーのせいで国境地帯で軍を撃退することになりますが、そんなことよりびっくりな事件が起きます。キングボンビーのせいで酷い目に遭わされるのです。
外に出ると、やはり周囲に兵士の気配は無い。
”勇者鎧の迷宮”の存在は知られていないようで、俺達を見失ってるようだ。
俺たちの居場所が分からないので、夜間も包囲を解けず、包囲したまま野営している。
食事のためか、火を使っている。なので、包囲の様子が大雑把に確認できる。
暗視があるから、火が無くても見える……といえば見えるが、暗視では、そんなに遠くは良く見えないので、隠す気が無いのだろう。
それとも、火を使うのが当たり前なのか。
……包囲なので、本陣の守りは薄いはず……
敵の本陣の方に向かって進む。
普通は、気配察知で見つかるのだが、俺は見つからない。
気配察知は魔法の一種で、人や動物の気配を感じ取ることができる。
慣れれば、見つからないように気配を小さくして見たり、逆に見つけてもらいやすくするために自分の気配を強くすることもできる。
俺は、気配を小さくするのは苦手なのだが、気配を強めて細かな場所をわからくすることができるのだ。どこかに居るのが分かるのに、どこに居るかはわからない。
なるべく気配を小さくして、ある程度近付いてから、今度は一気に気配を強める。
急に、変な気配が現れて大騒ぎになるが、俺がどこに居るかはすぐにはバレない。
士気は相当低そうで、「何か出た!」とか言って逃げ腰だった。
兵とは言っても女ばっかりなので「キャー」みたいな悲鳴も時折聞こえる。
悲鳴はだいたい「ギャー」って感じだ。
「うおお!」とか、そういうのもあるが少数派だ。
ようやく俺を、目視で見つけて「先代勇者が出た!」とか騒ぎ始めたが、周りが騒がしくてあまり伝わらないようだ。
本陣近くまで駆け寄ると、本陣天幕に点火の魔法で火をつけて回る。
俺は点火が苦手で、ローソクに火をつけたいのにローソク丸ごと消し飛んだり、攻撃として使えば火事になるし使い道が無かったのだが、今日この時は役に立った! 的がでかいし火事OK。
まさに理想的な条件だった。
”ひゃっはーーー! 汚物は消毒だーーー!!”
なんかテンション上がってきた。
乾燥していたのでよく燃える。
もしかしたら、病人用の天幕とかもあったかもしれないが目についた6個すべて燃やした。
さすがに、燃やしたい対象が集まっていると、俺の居場所がバレて兵が寄ってくる。
放火中は、火が目立つから、少し離れたところからも兵が集まってくる。
近付く者を何人か盾で薙ぎ払うと、誰も寄ってこなくなった。
俺が見るだけで降参状態の兵もけっこう多くて、俺は、こんなやる気のない兵士をいじめるのも良くないと思って、とりあえず、兵は無視して物を焼いて回ることにした。
走り回りながら、荷車やら兵糧やら、燃えそうなものに火をつけて回る。
天幕ほど簡単には燃えないが、何秒かというところだ。
悲鳴やら怒声がいっぱい聞こえてくるが、不思議なほど組織的な抵抗が無い。
夜だってこともあるが、矢の一本も飛んでこないのだ。
動き回る兵たちも、火を消して回るものや、偉い人を逃がすための時間稼ぎの肉の壁的なものが多くて、俺にはほとんど向かって来なかった。
包囲で、兵の多くは出払っているので、本陣は思った以上に手薄だった。
あちこちで燃えるのが見えると、先ほどまでは慌てるだけで何もできなかった兵士たちが、今度は大声上げて逃げ始める。
こうなると雪崩が起きる。総崩れになり逃走が始まる。
無線機とか無い世界だと、命令が届かず、誰かが逃げるとそれが伝染していって、総崩れになるのだ。
俺は、これから毎晩嫌がらせするつもりだったのに、1晩で軍が総崩れになった。
すげー。俺まだ戦った気がしてないのに、終わってる。
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このあたりは、ほぼ平地で、見晴らしの良いところで包囲陣を敷いていたため、本陣襲撃の状況が瞬時に伝わった。夜に燃えると遠くからでも良く目立つ。
本陣は少し高い場所に有ったため、余計に目立つ。
本陣焼き討ちがわかると、本陣から離れた場所で包囲していた兵達も戦意を失っていて、もはやトルテラを見ても攻撃を仕掛けようとする者も居ない。
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勇者鎧の迷宮に戻り、エスティア達と合流する。
扉を開けて「ただいまー」とか間抜けなことを言ってみた。
兵士に追われていないことを確認してから扉を閉めた。
ドカっとアイスが抱き着いてきた。
「匂いするー」と言った。
「へ?」思い当たる節が無い。
いや、普通に汗臭いとか加齢臭とかそっちか!
ぐぬぬ。
まあ、今はそんなことはどうでも良い。
「本陣焼いただけで大混乱だ。今のうちに逃げよう」と言うと、
「いや、まずは状況を確認だ」と言ってリーディアが外の様子を確認する。
リーディアはすぐに戻ってきて「何が起きた?」と言う。
「本陣焼いてきただけなんだが」と答えた。
リーディアは少し考え込んで「そうだな、今のうちに出よう」と言った。
予想外に、効果があった。
この隙に、逃げることにする。
「逃走準備してくれ」
アイスが「うーい」と返事をした。なんて緊張感に欠けるやつだ。
俺も逃走準備に取り掛かる。
……が、これ置いてくのか……もったいないな。
籠城戦を想定していたので、けっこうな量の食料を運び込んでいたのだ。
もったいないが置いて行く。
「近々、戻ってこられれば回収しよう」と言いつつ、迷宮内は湿気多いし、無理かなと思った。
迷宮の周囲には、兵は居なかった。
そもそも誰も俺達を探している様子が無い。
俺がこのあたりに居ることは見当が付いているはずだ。
「おかしいな、本陣焼いただけだから、元気な兵がいっぱい残ってるはずなんだが」と言うと、
リーディアが「少人数であなたと遭遇したい兵は居ないでしょう」と言った。
そんな理由で職務放棄できるのか?
包囲網の切れ端はところどころ残っているのだが、戦う気は既に無いようで、リーディアと普通に話してる。この世界の軍とか戦闘が、どういうものなのか、俺にはさっぱりわからない。
リーディアが、しょっちゅうそこらの兵士と話してるので、兵士が何を思ったのかは、なんとなくわかった。
元々、ほとんどの兵は、先代と現勇者と戦いたいとは思っていなかった。
命令だから仕方なくやっていただけだ。
ところが本陣から火が上がって、命令も届かなくなった。
兵士たちから見ると既に戦闘は終了していた。
撤収の命令が届いていないので、撤収していないだけなのだ。
なるほど。俺たちが積極的に残った兵士を、虐めて回ったりはしないので自発的に逃げ帰る必要も無い。
結果として、次の指示が出るまで待機中なのだろう。
通信機も無い世界だと、こういうことになるのだろうか?
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リーディアも、妙に感じていた。何が起きたのかが把握できない。
いつもならリーディアが連れている従者がいろいろ調べて報告してくるのだが、今回はトルテラが消えた場合に備えて動かしていたため、リーディアが今は敵であるはずのダルガンイストの兵士たちから直接情報を集め、現状を把握しようとしていた。
ところが、そもそも当の兵士達が、状況を把握できておらず、状況がまったくわからない。
わからないながらも、本陣が焼けたことと、本陣からの指示が止まっていることは確かだった。
組織的な行動はできていないようだ。
既に本部がダルガンイストに撤収したと言う話もあった。
そもそも、トルテラが1人で夜襲をかけた程度で本部が撤収するとは考えられないが、
実際に指揮系統は機能していない。
本当に本部機能が失われたと判断して良さそうだ。
酷い状況だ。軍が組織的行動を行うことができなくなった。
こうなったら、後方で立て直しを図るしかない。
ダルガンイストから、そう離れてはいないので、近日中に立て直しが終わって再度出てくる可能性も無くは無い。
だが、おそらく無理そうだ。
リーディアは、実態が見えるほどに驚きを増していた。
本部は撤退済み。残る部隊は、撤収するようだが、その指令が届いていないので、まだ包囲を続けている兵が残っている。
完全に指揮系統が破壊された状態だ。
リーディアは、あの人数をこうも簡単に追い返すとは思っていなかったのだ。
トルテラにもしものことがあれば、命に代えても、エスティア達を逃がさなければならない……そればかり考えていた。
天幕は良く燃えるが、すぐに燃え尽きるので、リーディアが勇者鎧の迷宮から出た時、備蓄品が燃える程度になっていた。大規模な火災があったようには見えなかったが、多くのものが焼失したのだろう。
そう思った。
リーディアは、”あの巨人相手に死なないというのはこういうことか”と考え納得した。
あのときエスティア達は、”トルテラは、あの巨人と戦った程度で死にはしない”と主張していた。
あのときは、信じられなかったが、確かに、これなら納得だ。
実際は、トルテラは本陣のテントやそこらのものを燃やしただけなのだが、リーディアの中では大活躍するトルテラの姿でどんどん夢が広がっていった。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
リーディアかポロっと「あの大軍をこうもあっさり退けるのか……」と口に出すと、
「だから私達は死んじゃ駄目なんだ。誰も死ななくても包囲しただけでこれだ。
誰か死んだら神が怒って何かが起きる」とリナが言う。
その意味はリーディアにはすぐに伝わった。
そうか、私は浅はかだった、勇者になると死んではいけないのだ。
勇者は神が決めるもの。勝手に死んではいけないのだ。
そんなことになったら、神が怒って大惨事になる。
私には、すでに死ぬという選択肢はないのだ。
リーディアはそう理解した。
愛する相手に、勇者として認めてもらえて喜んでいた……だが、勇者になると言うのはそういうレベルの話では無かった。
勇者を決めるのは神なのだ。
私が勇者であるなら、トルテラは神なのだ。
こうして、トルテラの知らないところでも、どんどんハードルは上がっていくのだった。
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トルテラが無敵だと思っているテーラとアイスはもちろんだが、エスティアとリナも、実は自分たちは死なないだろうと予想していた。
拠点を出る前に、大鎧の書に何か新しい内容が出てないか調べてもらったが、何も出ていなかったのだ。
自分たちのうちの誰かが死ねば、恐らく大鎧の書に書かれるほど大きな出来事が起きるはず。
これはテーラの推測に過ぎないのだが、皆信じていた。
”私たちのうち誰か1人でも死んだら神が怒って何かが起きる”
だから、何も書かれないなら死にはしないと言うこと。
一方、リーディアも自分は死なないと予想していた。
リーディアは、キャゼリアの協力で、勇者のことを調べ、大分詳しくなっていた。
自分が勇者に相応しいとは思わなかったが、勇者のことは散々調べたのだ。
そこで、驚きの事実に直面した。勇者の物語は変化する。
内容は事実と矛盾せず変化していくのだ。
トルテラが先代勇者、リーディアが2代目勇者であることも間違いなさそうだった。
初代勇者は巨人を倒した。
もともと2代目勇者など無かったが今は2代目が存在する話が主流になっている。
正伝書も、初代が男で2代目が女に書き換えられた。
勇者は神が決めるものなのに2代目勇者は初代が決めた。
話が矛盾したと思っていたが、リーディアが演説したとき、何故か、たまたま口から出てしまったゴールデンタイムという一言で、トルテラの出身地は神の国となった。
勇者を決めるのは神だが、初代勇者が神の国の出身になり、矛盾が解消した。
勇者の伝承は、勝手に書き換わっていく。
だとしたら、初代勇者を勇者にした神は誰なのか?
そもそも神とは? 初代勇者の勇者の鎧は?
リーディアは、気付いてしまった。
「そうか、竜!」
「なに?」「なんだ急に」エスティアとリナが反応する。
「トルテラは、竜だと言ってなかったか」とリーディアが言う。
エスティアが、”トルテラが人間じゃない疑惑”のことを言ってもも
良いものかと迷っていると、
「神殿に住んでるから」とテーラが答える。
「神殿に住むのが竜なのか?」とリーディアが問う。
「そう。そして、神が居るから神殿になる」とテーラが答える。
リーディアは、勇者の伝承と大鎧の伝承は矛盾しないことに気付いたのだ。
竜が神なら矛盾しない。
大鎧の伝承についても詳しく調べていたのだ。キャゼリアの手を借りて。
ライゼンは言っていた。”トルテラが大鎧かもしれない”と。
トルテラが大鎧伝承の大鎧であっても、勇者伝承の神と矛盾しない。
そもそも、元からトルテラが神であったとすれば、トルテラが自分自身を勇者にすることができるのかもしれない。大鎧は鎧を持っている。
……リーディアの中で、すべてが繋がった。
「わかったぞ。トルテラが竜で、私が勇者でも勇者伝承に矛盾はないのだ!」
リーディアが予備動作付きで思いっきり決めポーズで言ったが、反応が薄かった。
(な、なんだ、この反応は?)
リーディアが動揺すると、リナがちょっと申し訳なさそうに言う。
「あそこで髭剃ってる神様が、誰を勇者にするか悩んでるの見てたから」
大鎧側から見ると、神と竜と勇者はセットで出てくるのだ。
勇者側から見ると竜は出てこない。
自力で気付いたリーディアは十分賢かったが、そんなの知ってたみたいな反応されて、驚くとともに、せっかくの決めポーズが無駄になって、「ぐぬぬ」なことになっていた。
トルテラが髭剃り終わって戻ってくると、リーディアが「ぐぬぬ」とかとか言ってて、いつもよりもより一層残念な感じになっていた。
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せっかく、タンガレアに潜伏中なのに、リーディアの元に兵士が通ってくる。
すげー意味無い。
それはそうと、不思議なことに、兵士たちは軍に所属しながら結局リーディアに付いてる。
どういうことなのか聞いてみたのだが、よくわからないがそういうのも有りらしい。
書類とか手続きがあまりない世界なので、法より人。
軍の偉い人の中に、リーディアは正式に軍を辞めてないと主張する人がいるので、リーディアと接触しても構わないのだと言う。
この兵士はリーディアの隊に所属しているらしい。
もちろん実際に所属している部隊はあるが、バーチャルなリーディア隊があるらしい。
なんていい加減な世界なんだと思うが、先日の大軍と戦ったときも、そのいい加減さに救われたところがあるから何とも言えない。
結局この世界の軍は、乱戦になると人望でしか人を動かせなくなるのだ。
人望を持つ者は限られる。そして、リーディアはそれを持っている。
巨人戦で損害押さえて撤収できたのはリーディアの人望があってのことだった。
この能力があれば、乱戦の中、敗残兵を吸収して戦力化できるのだ。
そんな人材を引き抜いてしまって、俺はなんてことをしてしまったのだ……と改めて思った。
まだ軍を辞めてないことになってるなら、もう返品しちゃおうかと思っていたのだが、
エスティアが、お話があるとか言い出したので、俺はまた理不尽なお説教かと思って恐怖した。
けど違った。
エスティアが「私たちはリーディアを受け入れることにしました」と言った。
どういうことだろうか? 今までは受け入れてなかった?
仲悪かったか……と言うか、リーディア仲良くする気無さそうだしなと思いつつ、「何の話だ?」と聞く。
すると、驚きの返事が返って来た。
「妻として仲間に入れます」と言った。
リーディアはいつも通りの決め顔をしてた……が、急に泣いた。
俺は意味が全然分からなかった。
俺はエスティアに確認した「妻なの?」
エスティアは頷いた。
他の女達にも確認しようと思うと、
リナが「今まで一緒に寝てて何だと思ってたんだ?」と言った。
そうだよ! それだよ! 俺はいつも”なんで一緒に寝るんだ?”って
ずっと思ってたんだよーーーーーーー!!!と叫んだ。心の中で。
「すげー、俺トルテラの妻だったんだぜ」とアイスが言った。
すると、テーラがそっと俺の手を取り、優しく「だいじょうぶ。既成事実だよ」と言った。
服着て添い寝すると既成事実ができてしまう世界なのだ……ここは。
俺はもう駄目だと思って、ヘナっと倒れると、珍しく皆寄って集ってきて、俺を虐めてるんだか介抱してるんだか、さっぱりわからない感じになった。
「俺妻だったーー!」とか言ってアイスも泣くし、リーディアも泣きながらわけわからないこと言ってるので、なんかフラグが何個も立った気がして、俺はもうどこか他の世界に行ってしまいたい気持ちになった。
けど、”どこにも行かないでね”リナの言葉が頭に浮かんで気を失った。
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起きたらまだエスティアが怒ってて、「あれだけ毎日くっついて寝てて、私は妻じゃなかったの?」とか説教されて凄く怖かった。
やはり、この世界は添い寝すると夫婦になっちゃうのだ。
だとすると、ルルやシートも妻なのだろうか?キャゼリアとか助手さんは?
……いや、それはそうと、コイツらは娘だ。
妻ではない。俺はここだけは譲れない。
俺が謎の説教されるのをリーディアが見ていたが、何か憑き物が落ちたかと思うくらい晴々とした顔をしていた。
俺は理解した。これは夫認定だ。
前にダルガンイストの騎士隊のところにリーディアに会いに行ったとき、急に態度が柔らかくなったと思ったら、夫認定してやがったのだ。
その後、今まで険悪だったのに、また急に柔らかくなった。再度夫認定されたに違いない!
俺は心のエネルギーが尽きて、くてっと折れると、ようやくエスティアが諦めた。
リーディアが寄ってきて「嬉しいときに倒れるのではないのか?」と言うと、エスティアが「心が折れても倒れるのよ」と言った。
「せっかくだから介抱してあげたら」とエスティアが言うが、「そうしてやりたいが、やり方がわからない。妻と言うのは大変なものだな」とリーディアが言うと、妻のキーワードに反応して「仕方ないわねぇ」とか言って、エスティアが寄ってきて、ああだこうだはじめた。
俺は、ますますダメな気持ちでいっぱいになった。




