4-3.騎士の方の残念さん
また残念な人が登場します。ところが、なんと、珍しく長い戦闘シーンです。いったいこの作品に何が起こってしまったのでしょう!
これは読者の皆さんが心配になってしまうパターンです。
ダルガンイストまで同行した村人が言ってた通りで、許可証を持たない一般人は、砦から外へは出して貰えないという。
依頼書を見せて説明したが、通してもらえなかった。
まあ、それは仕方ないかと思う。
森の偉い人の命令を、ここの人が聞く理由が無い。
とはいえ、今まではけっこう使えたのだ。
依頼書は通行許可証でも何でもないのだが、これを見せれば通してもらえた。
山越えの前くらいまでは、けっこう通用したので、領の外でも通用するかと思ったが、そんなことは無かった。近隣の領なら使えるが、ここまでくると使えない。
それに、仮に森の領主様の威光がここでも威力を発揮するとしても、この依頼書じゃダメな気がする。
このでかい門を通ることに触れられていないし、見た目的にも威厳が無いし。
遅延証明かよって感じで、”領主”で、マークがあるだけ。
名前も書いてない。
遅延証明というのは、俺が住んでいた元の世界で、公共交通機関が遅れたときに”遅れたことを証明するために発行する書類”だが、これが実にやる気のない紙っぺらだった。
それの発行者も、たしか”駅長”で名前すらなかった。
まあ、名前があったところで、うちの領の偉い人の名前なんて、こっちじゃ何の権威にもならないだろうが。
見た目が豪華なら行けそうな気もするのだが。
これは、簡単に偽造できると思われそうだ。
依頼書で通れないのは仕方がないとして、通行証は、一般人が手に入れるのは、それなり難しいらしい。
だったら、普通に通行証作ってから依頼しろよ……と思った。
森の領主の依頼書見せても、通行証は出してもらえなかった。
何をしに行くのかが明確であっても入れてもらえないのだ。
商人とかは普通に通っているわけで、民間人は通してもらえないというわけでもない。
定期的に通る商人は良いのか、通行可能な人だけが、ここを行き来する商人になれるのか、どちらかかはわからないが、まあ、とにかく、通れる人もいるが、俺たちは通してもらえない。
「なんで通行証用意してくれなかったんだ?」
「そんなの知らないわよ」
「他にも出る道はあるのだろ?」
まあ、通行証が無いと通れないとは聞いていたので、他の手段も聞いてある。
タンガレアには、別ルートで出ないといけないようだ。
迂回路は存在する。
少し戻る方向になるが、大きく迂回するわけでは無く、目的地までの距離的には問題は少ない。
正式ルートを通った方がいろいろと問題が少ないので、正式ルートを通りたかっただけだ。
迂回路を行くが、これも案外難しかった。
タンガレアに入る道は正規ルート以外にもいくつもあるようで、旅人以外にも、小規模な商隊もけっこう出入りしてるという。
たびたび通る商隊は、伝があって、黙認されてるので、時々来る俺達みたいのは通してもらえなかったりする。
別に、ガチガチに門が固めてあって通行できないわけでは無いが、定期的に通行人を監視しているようなやつが居て、文句をつけてくる。
荒っぽい人が多いのか、喧嘩腰のやりとりが続いたが、なんとかタンガレア側に出られた。
こういう相手との交渉にはアイスを出すのが良いことが分かった。
はじめは、リナに話をしてもらったが、話がまとまらず、アイスじゃ話にならんだろと思ったのに、アイスが交渉すると通って良しとなった。金は少し取られるが。
話の中身は関係ないのだ。
要は仲間意識を感じさせ、ちょっと通行料を払えば通してもらえる。
アイスは実はできる子だったなんて!
「アイスが居てくれて良かったよ」と言うと。
「うん。やっぱ俺が大きいからかな」とアイスが言った。
とても嬉しそうだった。
身長の問題なら、俺が居ればどこでも通れると思うのだ。
やっぱり解釈が間違ってると思ったけど、幸せそうだし、まあいいかと思ったときだった。
いきなり、呼び止められる。
「そこの5人、止まれ」
さっきから後ろに人がいたのは気付いていたが、距離があったはずだった。
近道でもあったのか、いきなり追いつかれていた。
見ると、連合側の兵士だった。ダルガンイストの兵士だ。
“なんでこんなところに一般人が居るんだ“と絡まれてしまう。
こいつらは、アイス出しても通してくれない。
免許書見せろみたいな感じで、身分証明とか通行許可証なりいろいろ出せと言うが持ってない。
白バイみたいなやつらだ……と思う。
遠くに居たはずなのに、気付いた時には呼び止められる……
だいたい止められて、免許書見せろというのだ。
この世界にも白バイ的存在が存在するとは思わなかった。
免許証みたいなものは持っていないので、持っていないと答えると砦に連れ帰ると言う。
依頼書見せてもダメだった。
いや、もちろん、見せても無駄だと思った。でも、それしか持っていないのだ。
かなり苦労して来たので、連れ戻されるのは困る。
そうこうしてるうちに、追加で5人くらい追いついてきた。
先行の兵士が「密行者です」とか報告している。
さすがに慣れている。
2人だけ先行してくると他の旅人とはっきり区別できないので、気付かない。
はじめから、この人数で来れば気付いたのだが。
俺は、連合の兵士ともめたくない。
でも、せっかく苦労してここまで来たのに、どうするかと思ってると、
「ここを通りたいなら、私を倒して行きなさい」
とか、見た目はカッコイイけど、セリフが残念な感じの女が言った。
”普通の冒険者相手に、本業がそういうこと言うか?”とちょっと残念な気持ちになった。
この世界の冒険者は、戦うこともあるが、基本は戦う人ではない。
定職が無いから、依頼受けて雑用仕事をする人であって、戦いは、護身レベル。
依頼受けて、巨大生物討伐とかは無い……と思う。
俺は、そういう依頼は見たことが無い。
俺が見たことが無いだけで有るのかもしれないが、あまりメジャーな仕事では無いことは確かだ。
熊を追い払う仕事は受けたことがある。でも熊だ。
しかもツキノワグマ位の大きさのやつ。
俺の方がずっと体重が大きいように思えるくらいのやつだ。
そもそも”冒険者”という言葉の中に、”戦う人”の意味の言葉は入っていないわけで、わざわざ戦いたい人なんて居ない。
それに対して、兵士は戦う専業の人なわけで、普通に考えたら戦闘では勝負にならない。
※基本戦わない兵士も多いです
しかもコイツ1人だけ髪が長い……というか、髪が目立つ。
俺は嫌な予感がした。
1人だけ髪が長いって、見ればすぐわかる=重要人物だったりしないだろうか?
こんな残念なやつが、今後何度も出たら面倒そうだ……とか余計なことを考えてのがまずかった。
アイスが「おい、トルテラ、あいつが通ってもいいって言ってるぞ」とか言い出したのだ。
「そうじゃない」慌ててリナが止めたが、間に合わなかった。
アイスに「アイス、それは通さないと言ってるんだぞ」と説明しつつ、”通さないと言ったことは正しく理解しています”というシグナルを送ったつもりだったのだが、ダメだった。
残念な女が「だれが相手してくれるのかな?」とか言い出す。
やっぱ残念そうに見えるだけあって、些細なことにすぐ釣られてしまうのだ。
アイスが余計なことを言わなければ、こうはならなかったかもしれないのだが。
アイスは役に立たない駄目女だと思いつつも、アイスが怪我すると嫌なので、俺が相手することにした。
俺は少々怪我しても、すぐに治る。
エスティアは心配そうな顔をしていたが、テーラとアイスは何故か、「やっておしまい」、みたいな顔をしていてちょっとイラっとした。
腕組みしてて無駄にいい顔をしている。
違う!そうじゃない! 俺は戦闘を回避したいんだ!!
一応回避の道が無いか確認する。
「ちょっと調査に来ただけなので、調査だけさせてもらえないでしょうか?」
と丁寧に聞いてみたのだが、アイスのせいか、もう相手が超やる気になってて駄目だった。
「でかいだけで勝てると思うな」 残念女が言う。
丁寧に話しかけてるのに見た目でしか判断してない。
人の話を聞かないタイプの女だった。なんて残念なやつなんだと思った。
一応エスティアに確認する。
「薬使ってもいいか?」
エスティアは「クスリ駄目ゼッタイ。惚れ薬だし」と答える。
この女に大怪我負わせてしまった場合に、薬を使って治療して良いかを確認したのだが、使用許可は出なかった。
元はただの傷薬なのだが、俺が常時携行してると何故かやたら良く効く薬になるとアイスが主張している。
そんな馬鹿な話が、と思うが何故か良く効くので本当らしい。
ちなみに、俺が使ってもただの薬以上のものは何も感じなかった。
たぶんプラシーボ効果が凄いんだろう。
思い込みで治りが早くなるという謎ルールの存在する世界なのだと思う。
そう考えると、この女にあの薬使っても、たいして効かないかもしれない。
エスティアは、何故かこの薬を惚れ薬だと主張していて、うちの女たち以外には絶対使うなと言い張っているのだ。
塗り薬なのに惚れ薬。意味が分からん。
傷薬使うと惚れる。俺は今までそんな無茶な設定は見たことが無い。
この世界では、そういう噂話が存在するのかもしれない。
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”クスリ……強化薬か”と相手の女は思った。
※強化薬:存在はしますが、気分が高揚するとかそんな感じです。
この女は騎士隊の小隊長で名はリーディアという。
ここいらではリーディアの名を知らぬものはいないと言うくらいの有名人だった。
単純に強さだけで言えば最強の騎士というわけではなく、若いので実績もさほどない。
しかしながら、若さと美貌と力を兼ね備えているので、人々の憧れの的だった。
年下の騎士たちや騎士見習いからは”リーディア様のようになりたいです”……とか言われちゃうようなそんなタイプだった。
いつも通り、密行者を捕まえ、抵抗するなら力ずくでも通さないという意味で
「ここを通りたいなら、私を倒して行きなさい」と言ったのに、”通っていいから倒しなさい”と受け取ったバカが居るのだ。
リーディアは腹を立てたので、この集団には少々怖い思いをさせてやろうと思った。
「はっ!」 リーディアは、素早く切り付ける。
”ガキン”
「うお、いきなり危ねぇな!」
巨大な老人は、この速度に反応した。
”強化薬まで持つ相手”と思い、手加減したつもりはなかった。
戦意を削ごうと思っただけだったが、あれに反応できると思わなかった。
反応が速い。既に薬を使っているのかもしれない。
大怪我させない程度にと思っていたが、本気でかかる。
「ハッ!!」
”ガン、キン”
手を抜いたつもりは全くないのだが、この大男は、非常に大きな盾を軽々と扱うため、攻撃が通らない。
「これでもか」
ガシャッ
どこを突いても、盾でガードされる。
死角を突いて攻撃しても、うまく防がれてしまう。
その上、軽傷は与えてるはずだが、反応が薄い。
さらに反撃する余裕がありそうなのに、してこないことに違和感を持つ。
時間稼ぎか?
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一方、おっさんは、猛烈に困っていた。思ってたより相手が滅茶苦茶強かったのだ。
今更ながらに思った”本業ってこんなに強いのかよ”と。
薬使うなは、大怪我させちゃ駄目ってことだ。
こっちが密行者で、相手は仕事でやってるだけで悪いわけではない。
できれば怪我させたくない。
ところが、そんなこと言ってる場合じゃないのだ、
相手は素早い攻撃を繰り返し入れてくる。
元々素早い相手は苦手だが、それにしても強すぎる。
大楯でこの速さで防ぎ続ければ、攻撃が通らず諦めて収まるものだと思ったのに、盾の死角から剣が差し込まれ、たいした怪我ではないが、あちこちから血が出ている。
ちょっと手加減してる場合じゃ無くなってきた。
”なんで、盾で捌いてるのに、剣が入ってくるんだよ!”
「おい、アイス、こいつ強すぎないか?」
「おお、すげー!、俺よりずっと強えーな、俺戦わなくて良かったよ」とか言ってる。
なんて無責任な奴だ……と凄く呆れた。
「おい、あんた何者だ」
リーディアは耳を疑った。
哨戒用の軽装とは言え、騎士団を知らぬ者は国内(正式には領内)にはいないはず。
「私に勝てたら教えてやろう」と返す。
おっさんは、それじゃ無理やり聞き出すのと変わらないじゃないかと思った。
騎士隊の誰もが驚いていた。
冒険者風情、しかも男の老人が一番の腕利きの隊長の剣撃を凌いでいるのだ。
しかも隊長の息が上がっている。
隊長が防御を突破できず苦戦するさまを見て、配下の者が加勢の体制に入る。
しかし、隊長は「加勢は不要」と言い放つ。
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偉い人みたいだなと思い
「話聞くからとりあえずやめにしないか?」と言ってみるが、返事が無い。
「降参とか駄目か?」と言うと、
「それだけ余裕で馬鹿にしてるのか」と余計元気にしてしまった。
「これ勝っちゃいけないパターンじゃない?」とエスティアが言うが、
リナは「もう遅い」と答える。
ここまで熱くさせて、負けました……も良い結果になると思えない。
リナは”手加減して適度に勝て”と伝えようといろいろやってみる。
ところがトルテラにはそれを見る余力が無い。
相手が強くて、よそ見している暇が無いのだ。
既にトルテラの腕と足は血まみれになっていた。
リナが何かを伝えようとしていることには気づいていた。
見てる余裕が無いが、たぶん、”うまく負けろ”かな? とトルテラは思った。
見る余裕が無いので仕方ないが、リナの指示は正しく伝わらなかった。
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これだけの相手だと怪我させないように手加減も難しい。
あんまり盾を振り回して当ててしまうと大怪我になるかもしれない。
今から逃げるにも、リナとテーラは装備重くて逃げ切るのも難しそうだし
……とか考えていたが、なんか閃いた。
”こいつ、こんだけ強けりゃ、少々のことでは大怪我しないんじゃね?”
と思い、いつもメインで使ってる盾を捨て、木の棒に持ち替える。
剣と木の棒の二刀流だ。
木の棒は相手を殺さず追い払えるように持ち歩いているものだ。
リーディアは混乱した。
今まで盾で防戦一方だった男が、盾を捨てて何故か木の棒に持ち替えたのだ。
「いったい、なんのつもりだ?」
トルテラは、木の棒で思い切り叩く。
リーディアは、これを剣で受けるが、木の棒は牽制だと判断し次に来る剣に備える。
木の棒を軽く受け流したつもりが、大きく揺さぶられる。
衝撃を乗せてるのか、これでは木の棒1本が油断できない物になる。
実際の衝撃なのか、衝撃魔法による騙しなのか判断が付かない。
木の棒で油断させる戦法か? 次は剣撃がくる。
だが、木の棒の一撃は実際に重かった。思わずバランスが崩れる。
おっさんは、さすがに剣撃は力は手加減するが、衝撃付きの剣の腹で叩く。
”ガキン”
普通はこれでよろける。よろけたところに追撃入れれば詰みだ。
これで十分倒せると思っていたがリーディアは耐えた。
これにはトルテラも驚いた。今までそんな相手に遭ったことがなかったから。
「なんなんだ、こいつは、これに耐えるのかよ」思わず口に出てしまった。
こんなヤツ相手に怪我せず適度に負けるのは無理だ。
受けたリーディアの方も驚いた。
リーディアの両手全力でも、この大男の片手剣を退けることすらできない。
なぜ剣の刃でなく側面を使ったのかは謎だが、おそらく剣の側面で叩くことによって、衝撃を与えようとしたのだろうと考える。
確かに強烈な衝撃だった。
だが、あれがこいつの一番だったようだ。防がれて驚いている。
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「負け、負け、違う!少し、少しだ」リナがわけわからんことを叫んでるのが聞こえた。
わざと負けろとは言えないので、遠回しすぎて良くわからないことを叫んでいるのだろう。
負けろと言いたいのがよくわかった。
俺も怪我しない程度で、バレずにうまく負けたい。
これだけの相手だ、同じ技使えば2回目には反撃してくるだろう。
さっきの攻撃をもう一度やれば、打ってくる、そしたら、それを避け損ねて負ける……ことにした。
ところが、攻撃を一瞬躊躇してしまった。
そういえば、女騎士が負けると、"くっ、殺せ”って言うけど、この場合、俺が負けて”くっ、殺せ”って言うのがパターンなのか? でも殺せって言って本当に殺されたら嫌だしな……なんて考えていたら、
鋭い突きが来たので思わず体が反応してしまう。
”あ、”……と思ったときには、女は倒れていた。
剣はまずいと思って木を振ったら、そのあと蹴り入れてひっくり返してしまったのだ。
盗賊相手の癖で……
「いや、あの、連続技は一連の動作が繋がってるから癖で……」と言い訳している間に配下の者が駆け寄り、防御態勢をとる。
これは俺が勝ったことになるのか?と思いつつ、「ところで、どなたでしょうか?」と聞いてみる。
俺が勝ったなら、相手が誰だか教えてもらえる話だったはずだ。
「この方は、かの瞬撃の騎士リーディア様だ!」と配下の兵士が言った。
水戸黄門の印籠出すシーンくらいの勢いだったので、たぶん知ってなきゃおかしいっぽい。
マズい、有名人みたいだ。知らないと恥ずかしいとかあるのか?
名前を言った兵士が困惑する。反応が薄い。
まさか本当に知らないということは無いよな?と心配になる。
すると、老人は、
「すみません、この辺の者ではないので、こちらの有名人には疎くて……」と言い訳した。
部下の兵士たちが、あり得んみたいな反応をしてた。
このリーディアという女に申し訳なく感じた。
でも、瞬撃、瞬撃って、まあ確かに速かったけど。
凄く残念な感じの女だな……と思ってちょっとかわいそうになってしまった。
特に何をしてるのか聞いたつもりはないのだが、
「巨人を捜しているのだ」と言われた。
「俺のことでしょうか?」 なんか間抜けな受け答えをしてしまった。
「そんなわけがあるか!!」
ああ、まあ、そうだよな。
……………………
なるほど。探している巨人は、人間では無いらしい。
良かった、俺は巨人として討伐されたりしないようだ。
今までそんな話は聞いたことも無いことと、巨人を見かけたら、可能な範囲で砦に知らせるようにするという約束だけした。
こちらの欲しい情報も貰えないかと思って、
「依頼受けて魔法陣探してるんですが、
この周辺にストーンサークルとか魔法陣のある場所はありませんか?」と聞いてみる。
残念な隊長さんは「知るか!」と言ったが、砦には連れ戻されなかった。
一応、勝ったら通って良いというアイスの解釈は正しかったようだ。
アイスは
「良く勝てたな、あんなに強いと思わなかったよ。やっぱ男スゲーな」とかいつも通りのことを言っていた。
俺はよく考えると、人間と真面目に戦ったのは、はじめてかもしれないと思った。
女盗賊の”ひゃっはーー”みたいなやつなら何度か撃退したが、あんなのは指先一つでなんとでもなったので、まともな戦いなんてしたことがなかった。指先一つは嘘だけど。
それにしても、俺強すぎないか? 脱サラホヤホヤの50歳で戦闘訓練とかしてないのに、熊とか撲滅してると対人でも強くなるとか、それ絶対レベル制で、なんか数字が上がってるだろと思って心配になった。
でも、自分の惨状を見てちょっと思い直した。
怪我しても死なないだけで、強いわけでも無いかもしれないと。
手足が血だらけなのだ。
服が真っ赤で、このままじゃ町とか入れてもらえなさそうだ。
アイスが俺の血だらけの手足を見て、「それすげーな普通死んでるよ」とかいつも通りなこと言ってるし、リナは、「コレ、洗っても落ちないぞ」とか言ってるし、
兵士達も、うちの女共もぜんぜん心配してくれない。
普通心配するだろ?と思って寂しくなった。
兵士達は、連れの女が気にしてないので、このくらいの怪我で死ぬような生き物では無いのだろうと思っていたのだ。
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トルテラは気付いていなかったが、思い切りフラグを立てていた。
リーディアは、今まで”自分より弱い男など夫にするつもりはない”とか豪語しまくっていたので、男に負けたというのは、いろいろまずかった。
そんな男がいる訳ないので、あり得ないことの例えとして使っていた決めゼリフだったのだ。
そのため、度々使っていて、その話を実際に耳にした者も多い。
そんなあり得ないものが実在するとは……
こうなったら、あの男を殺すか夫にするか……3秒くらい考えて夫にすることにした。
リーディアは痛感したのだ。大きくて強い男は良いものだと。
とりあえずあの男を捕らえなければ。
残念なだけあって、中身はだいたいアイスとコンパチっぽかった。




