2-4.大治療 前編
女の子たちと一緒に寝てると寿命が縮まる……とか、真綿で首を絞めるみたいな感じでジワジワと死の恐怖を感じる平和な毎日でしたが、いきなろ大事件が起きてしまいます。
テーラの家のあたりは、野草や木の実、猟をするにも動物も多く非常に良いところだった。
獲物は、多く獲りすぎても売りにいけないので、保存できるように加工する必要がある。
ところが日差しがないので、天日干しは難しく、燻製にする必要がある。
加工がかなりの手間になる。
薪の消費も激しくなるが、ここは薪も乾きにくい。
少し離れた場所に薪小屋立てて、運ぶとなると、運ぶための道具が欲しくなる。
この世界でも荷物運びに家畜が使われている。
荷物を運ぶ家畜がほしい。
そう思うようになったのだが、森の中は荷運びするような動物を飼うには向かないそうだ。
草ならそこらにいっぱい生えてるので餌には困らないように思うのだが、草原の動物は草原で飼うのが良いそうで、この家の近くでは飼えないそうだ。
納得と言えば納得だが、家畜だけ草原で飼うと、集合住宅に住んでて駐車場遠いみたいな感じになってしまうなと思った。
鹿なら森でも飼えそうだが、たぶん人に慣れないのだろう。それに小さすぎて役に立たなそうだ。
荷物運びの家畜を飼うのは諦めた。
やはり、自動車というのは偉大な発明だと思う。
道が整備されていないこの世界では走れる範囲は制限されるが。
タイヤの大きな四駆車であれば、馬車が走れるくらいの道なら走れそうだ。
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仕事がある時は、シートたちの仕事を手伝うこともある。
シートとテーラの収入源は薬。
俺が住んでた世界のように、それなりに効く薬というのは無い。
ほとんどプラシーボ効果なんじゃないかと思うが、効き目は別として、需要はある。
高く売れるものは、材料が簡単には手に入らないものが多い。
頑張って取りに行かなきゃならない上に、行っても運が良くないと採れない。
希少価値というやつだ。
今日はリナと一緒に少し遠出して材料を採りに来た。
場所はなるべく他の人達に知られたくないので、誰かに見られていないか気を付けながら進んでいく。
気配察知という魔法がある。
直接目で見えなくても、周りに人や動物がいるかを知ることができる。
俺は人間が居ればわかるが、動物は見落としやすい。
「熊が居るな」
俺は気付かなかったが、よく注意して探すと何かが居た。
一度気付けば、居るのはわかる。確かに、大型の動物っぽくはある。
「ほんとだ、気付かなかった」
「あっちから行こう」
迂回して進むことに。
獣道を進むが、俺は体がでかいので、こういうところは進むのが大変だ。
けっこう頑張らないと、リナに追い付けない。
ところが、なぜかリナが見当たらない。いきなり見失った。
さっき話をしてから、そんなに時間は経っていない。
気配を探ると、遠いような近いような……前方ではなく後方に居るような気もする。
???
別の方向に進んでしまったようだ。分かれ道なんかあっただろうか?
少し戻って驚く。リナは下だ。
崖から落ちたのだ。
「おーい、リナ、聞こえるか?」
何度か呼んでみるが返事は無い。
下は岩だらけ。動かない。
気を失っているか、大声を出せないのか。
おそらくここから落ちたのだろう。
背の低い木が生えていて、急にそこから崖になっているようには見えなかった。
直線距離では10mか15m程度なのに、直接は降りることができない、そこに降りるためのルートが見つからない。
崖が切れる場所まで迂回し、木が生えている斜面を見つけ、下に降りる。
リナのところに来るのに、かなりの時間がかかってしまった。
見えている間もピクリとも動かないので、気が気では無かったが、やっとのことで駆け付けると、息はあった。
「リナ、聞こえるか」
呼びかけても返事が無い。
頭を打ってるかもしれないと思い、楽な姿勢で寝かせるだけにした。
生憎、野営道具も無く、毛布も何もない。
今日は、リナと2人行動だ。エスティアもテーラも居ない。
これでは、手分けして道具を取りに帰ることも、助けを呼ぶことも難しい。
外傷は、肩と膝から血が出ている。肩の方は傷がだいぶ深い。
ただし、出血多量と言う感じではない。
俺も治療魔法は使えるが、この魔法はそんなに急激な効果があるわけでは無いので、即命にかかわるような怪我にはあまり効果が無い。
治りを早める程度で即効性が無いのだ。
そもそも、本当に効いているかも怪しいくらいだ。
治療魔法を何度もかける。
何度もかけて意味あるのかわからないが、今はそれしかできない。
ひたすら続ける。
だいぶ経ってリナの意識が戻った。
「リナ、大丈夫か?」
「う、痛っ」
動こうとしたが、痛くて動けなかったようだ。
「どこが痛い?」と聞くと、脇腹……というか心臓のあたりを押さえた。
腹には大きな外傷は無い。内臓か?
リナは一言「そうか、落ちたのか」と言った。
「治療したいんだ。どこが痛いか教えてくれ」確認しようとした、が、もう返事は無かった。
まだ意識がはっきりしないようだ。
再度治療魔法をかけてみる。
すると俺の手を掴み
「治療はもういい。手を握っていてほしい」と言う。
意識はある。治療は無駄だとでも言ってるようだ。
手を握り返す。
表情が少し穏やかになった。何かを言おうとしていたので、
「もう話さない方がいい」と言ったが、話し続ける。
「拾ったときは、捨て老人だと思った」
「は? リナ、しっかりしろ。俺だ、わかるか?」
はっきりした反応が無い。
「部屋で着替えると……トルテラが」
うわごとか?
「テントは狭くて、本当は……大きいのに替えるつもりだった」
いや、意識はある。何かを伝えようとしているのだ。
辞世の句……そんなものが、この世界にあるかはわからないが……
”最後に伝えたいこと”だ。
「狭くて……金が貯まっても、買い替えなかったんだ
広くなったら、楽しみが……減ると」
言いたかったことが分かった。
「ああ。これからも、狭いテントで寝よう」
「エスティアはトルテラが本当に、大好きで、
私も本当はトルテラが大好きだった」
突然の告白、……しかも過去形。死ぬのか?
走馬灯のように思い出が急に溢れてきた。
「俺もだ。恋したら死ぬって言うから、死ぬと思ってた。何度も」
「そうか、良かった」と言い静かになった。
「死ぬな!」そう言い、鼓動を確認する……が、鼓動が聞こえる前に息をしてるのがわかった。
死んでない。だが、呼吸が浅い。
そうだ、薬だ!思い出した。
荷物を無くしても、手元に残るようにと作った、薬用のポケットから薬を取り出す。
腹を押さえていたので、致命傷は腹部にあるはず。
リナの服を捲るが、大きな出血は無い。
広範囲が腫れていて、どこが原因で腫れてるのかよくわからない。
これは傷薬では治せない。
見てわかる外傷は肩と膝にあり、肩の傷は思った以上に深かった。
それぞれ傷薬を塗る。
手を強く握る。
また狭いテントで一緒に寝よう。
寝返り打つだけで腹ドンされたり。
胸が当たって気が遠くなったり、水浴びしてると視線を感じたり、そんな生活をこれからも一緒に送っていこう。リナと、エスティアと、テーラと俺と……
一晩中手を握っていた。
なんとか持ちこたえた。
リナは信じられないほど回復していた。まるで俺の怪我が治るように。
肩の傷は治りかけくらいにまでなっていた。
腹の方は外から見てもわからないが、呼吸はしっかりしている。
リナが目を覚まし「一晩中手を握っていてくれたのか」と言った。
俺は返事を返そうとしたが声が出なかった。
再度気合を入れてやっと言う「体、怪我の具合は?」、これだけ言うのがやっとだった。
リナが具合を確認して、「大丈夫だ」と言うのを聞き、安心した。
大きなことを成し遂げたような気持で満たされた。
”良かったリナが生きている”。
そのあとは覚えていない。
……………………
起きたら狭いテントの中だった。
リナを呼ぶと、「トルテラ!」と俺の名を呼びながら、リナとエスティアが入り口から覗く。
テントのすぐ横に居たようだ。
リナに「リナ、体、元気か」と言うと、「もう大丈夫だ」と答えが返ってきた。
そうか、本当に元気になったんだ……と思い、また寝た。
「トルテラ、おい、トルテラ」リナは呼んだが返事が無い。
リナは後悔していた。自分が怪我したせいで、それを治すために、元気だったトルテラが、こんな姿に。
「すまない、エスティア。私のせいでトルテラが」
エスティアはこう返す「イノシシの時だって」
これだけで通じた。トルテラはトルテラ自身より、エスティアやリナを優先する。
自分の命を削ってでも。
魔法の力は男女で大きく差がある。
女は魔法を使えばすぐに魔法が使えなくなるが、男は連続して使うことができる。
寿命を削って、命を削って魔法を使えるのだ。
だから、怪我すればこうなると。
命を削ってでも……問題はそこで、元々高齢のトルテラが命を削った。
これからも一緒に行動できるのか……
正直なところ2人とも、元のように一緒に行動するのは難しいだろうと思っていた。
むしろ、あとどれだけ生きられるのか。
トルテラが寝ている間、2人はテントの外で過ごしていた。
本当は寄り添って寝たり、手でも握りたいところだが、トルテラの場合、手を握ると力を吸い取ってしまうかもしれず、下手に触れなかった。
そのため、少し離れて見守るということにしていたのだ。




