2-2.テーラの家
エスティアとリナのような貧乏冒険者が男と住むことに村人から反感を買い、トルテラを捨てるより村を捨てるほうを選びました。
その覚悟の良い話を聞いたはずが、トルテラはこの世界の男女関係も自分の体のこともよく知らないため、なんだか空振りに終わってしまいました。
今回はその続きになります。
3人で村を出ることになった。
なんで、俺のためにそこまで……
ここまで迷惑をかけるのは、俺の本意ではない。
凄く申し訳ない気持ちで、いっぱいになった。
俺は引き取ってもらえただけで十分恩を感じていた。
この世界の常識を知らない俺に、生活に必要なことをいろいろ教えてくれた。
もちろんこんな短期間にこの世界での常識を身に付けることはできないが、
来ていきなり遭難したあのころと比べたら比較にならない。
その上、俺が居るせいで村を出ることになってしまった。
ここまでしてもらって、俺はそれに見合うだけの恩返しができるのだろうか……そう考えると気が重い。
……………………
村を出ると言っても、いきなりすべての荷物を持って出るわけではない。
移住先を探す。
しばらく家を空ける準備をして、持ち歩く荷物をまとめる。
村を出るにあたり、やることは決まっていた。
あまりできることが無いのだ。
無人の土地をゼロから開拓し、そこに住むなんてのは現実的では無く、誰かを頼るのが現実的だ。
この世界の場合、普通は親戚を頼ると思う。
俺の住んでいた国では家族の繋がりはとても薄かったが、個人の意思が尊重される価値観で動いていたからで、ここにはそういうのはほとんど無い。
エスティアもリナも、親戚に頼るという案を全く口にしないあたり、天涯孤独か、それに近い状況なのだろう。
この村には生まれたときから住んでいたわけでも無く、さほど特別愛着のある土地でも無さそうだが、積極的に生活圏を遠方に移行する気も無いようだ。
となると、誰かに頼るにしても、頼れる相手が限られている。
まずは”テラ”のところに行って、駄目なら安住の地を探しに行く。
正直無謀な行動だと思う。
なぜ”テラ”の家なのかと言うと、村の外に住んでいる知り合いが他に居ないからという程度で、先方には積極的なメリットは特に無いように思うのだが、エスティアとリナは、断られる可能性が高いとは思っていないようだ。
”テラ”は、お母さんと二人暮らしで、薬を作って暮らしているそうだ。
”テラ”は村の外で暮らしているので、村とは関係ない。
そして、村からそう遠い場所でもない。
村からある程度離れた場所に行きたいというわけでもなさそうだ。
近くに川がある。
仕事で歩き回っているとき、近くを通ったことがあり、テラの家がこの辺りにあるという話は聞いた気もする。
川からそう遠くないところにあった。
日当たりがちょっと悪そうだが、風が穏やかで、水場が近い良い場所だった。
これだけの水量を独占できるってのは凄い。
水場が遠いとすごく不便なのだ。
基本、水運びは凄い重労働なのだ。
おそらくは、この水が目的でここに住んでいるのだろう。
人は通常集まって住む。
いきなり家が一軒だけぽつっとあるというのは珍しい。
俺たちの話声がうるさかったのかもしれない。
普段物音がしないからか、声をかける前から”テラ”が出てきた。
この”テラ”は、俺が”トルテラ”と呼ばれるようになった原因となった子だ。
女の子っぽい服を着ている。
この子だけが特別な訳ではなく、キノセ村にも、女の子っぽい服を着た子は何人も居た。
エスティア達は、冒険者用の丈夫な服しか持っていないようで、女の子っぽいのを着てるのを見たことが無いが、こういう服を着たらかわいいに違いないと思う。
リナが「ちょっと村でトラブルがあって」と言ったところで、俺を見た。
「トルテラなんだけど、ちょっと年取ってるけど普通に動けるの」とエスティアが言う。
やっぱり年寄り扱いなんだな……
テラは「母さんは明日帰ってくる」と言った。
今ので話繋がってるのだろうか?……と思ってると、テラはこっちを見ている。
”俺のこと、絶対良く思ってないだろう”というのがありありと見えた。
(……とトルテラは思ったが、実はテラは単に、トルテラを観察してただけだった)
それはそうと、”今日親居ないんだ……”って、女の子の家にお呼ばれするマンガのシーンが頭に浮かんだ。
俺には、そんな機会はまったく無かったのだが。
そもそも、俺は、女の子のオマケで来てるだけなので、だいぶ状況が異なるが。
話は何故か通じてるようで、”働ける男が冒険者と一緒にいるのはおかしい”という言いがかりをつけられて出てきた、と言うことがうまく伝わってるようだ。
けっこう、ありがちな話なのかもしれない。
とりあえず、テラのお母さんの帰りを待つことにして、日ごろ使ってないという部屋を使わせてもらう。
「俺はどこで寝れば良いんだ?」
「これどかして、ここなら寝られない?」
俺は、エスティア、リナと同じ部屋は良くないかと思い、”俺は寝られればどこでも良い”という意味で言ったのだが、俺の寝場所が部屋の中にできただけだった。
普通に3人で同じ部屋に寝た。
俺は、箱の上に藁束置いたみたいなスペースだったが。
男女と言う括りよりも、俺はエスティア達の所有物に近い扱いなのだろう。
俺はそんな扱いに少しだけ慣れた。
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次の日になると、俺だけほとんど何もない部屋に置き去りにされ、エスティアとリナはテラと話をしているようだ。
どくだみ茶みたいなものを出された。色がどぎつい割にはそんなに濃い味では無かった。
味は見た目の印象を5倍薄めたくらいのものだった。
体に良さそうな味だ。簡単に言うと、不味い。
なんで俺を除いて話をするかな?と思う。
この世界に来て思うのだが、とにかく俺の意志はぜんぜん尊重されないのだ。
普通、参考に聞いておく、とかそういうのあるだろ……と思うのだが。
まあ、俺が居ると口に出しにくいこともあるのだろうけれど。
迷子の老人が保護されてるだけなので、仕方ないのかもしれないが、もう少し説明なりなんなりが欲しいと思う。
やっと話が終わったみたいで、テラと話をしようと思い、「テラ」と呼んだのだが、「違う、テラ」と言いなおされた。俺には同じに聞こえる。
テラをテラと呼ぶと違うと言われる、何度か試してるうちに、ゆっくり伸ばしてテーラと呼ぶと、凄く驚いた顔をした。
何かまずかったかもしれないと思った。
「もう一度」
しかし、もう一度呼んでくれというので、再度「テーラ」と呼ぶと今度は安心したように、「それにして」と言われた。
今後は、そのように呼んでくれと言う意味だろうか?
まあ、悪い意味ではなかったようで安心した。
本人がテラと名乗ってるのに、テラだと駄目でテーラだと良い理由が分からないが、テーラと呼ばれるのが嬉しいようで、急に世話を焼いてくれるようになった。
仕事の都合水場が重要だからここに住んでいるのだと思ったのだが、そうではなかった。
テラがここに住んでるのは、元はといえばお父さんが、”はぐれ”で、そこにお母さんが一緒に住むようになって、テラはここで生まれたそうだ。
”はぐれ”ってなんだろう?
お父さんは元は高位の治療ができたそうなのだが、ここに住んでたのは引退してからだ。
高位の治療ってのは、薬や包帯を使った普通の治療に加えて、治療の魔法がうまかっただけで、高位の魔法があるわけではないのだという。
それでも治療魔法の適性は高く、テラはその特性を受け継いだそうだ。
お母さんから受け継いだって話はしないんだな……女性社会なのに……と思った。
昨日までは露骨に嫌がってたように見えたけど、これならしばらく置いてもらえるかもしれないなと思った。
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テラのお母さんが帰ってきた。
お母さんと言うので、もっとだいぶ上の年齢を想像してたので驚いた。
俺から見たら十分若い子、日本だったらむしろ適齢期……は言い過ぎだけど、俺が婚活してもこんな若い子とは結婚できないんじゃないかと思うほどだ。
何も言ってないのに伝わったらしく、機嫌が良くなった。
「テラ?」
テラが懐いてるのを見て驚いていた。
テラが何かを”ごにょごにょ”っと話すと突然
「あなた本当に不能者なの?」と言った。
いきなりそれ聞くのか……と思ったけど、確かに女が何人もいるところに、一緒に住むなら男としての能力が有るか無いかは重要な問題かもしれないと思い、
「そうらしいです」と答えた。
すると、テラのお母さんは、
「ぜんぜん隠せてないわよ」と言った。
え?何が……と思ったのだが、言わなくても伝わったようで、
「匂いでわかるのよ」と言う。
匂いって比喩だよな?それとも、そういう能力が存在するのか、
味で嘘がわかるみたいに、匂いで嘘が分かるとか?
「嘘や隠し事をしているつもりは、ないのですが」
と答えると、
「今まで恋したこと無いの?その年まで?」と言われる。
ん?不能だと恋できないのか? プラトニックなのは恋に入らないのか?
……と思っていると、それもバレてたのか
「この人、性の知識がまったく無いみたいだけど」
と言って、
「いいの?」とテーラに聞いた。
俺何も話してないんだが。
女が男の前で性の知識とか、この世界の女は本人の目の前でそういう話をするから困る。
しかも意味分からないし。
俺って性の知識ないのか。
若老人に教えてもらったんだけどな……図書館とかあるなら勉強した方が良いのかもしれないけど、俺、ここの文字読めないしな……でも、こんな文明レベルだと、図書館行っても歴史書と兵法、宗教、道徳の本しか無いような気もする。
テラは「わからない。でももう少し確かめたいから」と言った。
なんか意味ありげな……時期が来ると、勇者が訪れる設定とかあるんだろうか?
ちょっと不吉な予感がした。
俺は、勇者はやりたくない派だ。
若いときはゲームの主人公みたいのも好きだったが、年取ってくると、自分が主人公やりたいと思わなくなるのだ。
村の入り口で、ここはOO村ですと言って主人公たちを迎える村人Aくらいでもかまわない。
それに、そもそも、能力的には、治癒魔法受けた時の効きが凄いくらいで、他にたいした取り得はない。
それにしても、”もう少し確かめたい”ってなんだろう?
そのうち教えてくれるのだろうか?
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「ええ、もちろんいいわよ」
ビックリするほどあっけなかった。
とりあえず、ここに住んで良いことになった。
この家は元からあった部分と、増築した部分があって、増築側を間借りしている。
炊事場は元から有った方にしか付いてない。
元から有った方が母屋、後から足した方を増築側と呼んでいる。
風呂は、ここにも無かった。
トイレは俺専用を離れたところに作った。
回りに家が無いので、自分の都合で作れるので便利だ。
これは正直助かる。
この世界ではトイレは非常に重大な問題なのだ。ジャーっと流せない。
俺は、”若い女の子はうんこしない派”だ。
だから、若い女の子と同じトイレは使わないのだ。
俺の幻想が壊れてしまったら嫌だからだ。
俺は、この幻想をとても大事にしているのだ。




