2-1.村を出る
強敵”ただの野生のイノシシ”に勝利した結果、また別の問題が発生してしまうのでした。
俺はエスティアに引き取ってもらったとき、
”なるべく早く自活できるようになってエスティアの家を出る”つもりだった。
負担になるのが嫌だったからだ。
ところが、実は、こんな俺でも狩りで役に立つことが分かった。
少なくとも荷物運びだけでもマイナスにならないくらいの働きができる。
2人の生活がプラスになるのであれば、しばらくはこのままの生活を続けたいと思っていた。
俺は、エスティアとリナが迷惑でなければ問題ないと思っていたのだ。
全く迷惑かけないというのは不可能だが、それを補う働きができれば相殺されるので、現状問題は無いと思っていた。
でも、実はそうでも無かった。
今まで、寒村で呑気に平和な生活を送っていたつもりだったが、俺が知らなかっただけで、実はそうでもなかったのだ。
俺が普通に働けることで問題が起きてしまった。
働けるとまずいなんて考えたことも無かったから、俺は、そんなことには気付いていなかった。
……………………
「私たち、村を出ることにしたから」
エスティアが言う。リナはただ黙っている。
急に村を出る……理由はおそらく俺なのだろう……
「俺のせいだよな?」
「トルテラが悪いわけじゃない」
……つまり、俺のせいなのだ。
「俺が出ていけば済む話なら、出ていく。
俺はこれ以上迷惑をかけたくない」
「3人で村を出る。もう決まったから」
なぜだろう? 俺が居て問題なら、俺が追い出されるのが普通だと思うのだ。
ここに来てすぐの頃、勝手に行き倒れていたころの俺とは違う。
今の俺なら、運が悪くなければ、しばらくは自活できると思う。
10日や20日は生き延びる自信がある。
「俺もここでの暮らしには少しは慣れた。
たちまち行き倒れたりはしないと思う」
「出て行くなら、私たちも一緒だ」
俺は責められてる気分になった。
何があったか分からないが、原因は俺なのだ。
「ここを出て、どこか他の土地に行くから」
「俺のせいなら……」
「トルテラも一緒に……だ。もう決まったことだ」
俺は2人に迷惑をかけてまで居候するつもりは無い。
「この村を出る? 俺が出ていけば済む話じゃないのか?」
「私たちも一緒に出るの!!」
ぬう。俺の話を聞く気は無いようだ。
エスティア達は、俺を連れて村を出ることに決めたと言う。
「俺が原因なら、俺が出て行くよ」
「無理だ。一人で生きていけないだろ」 リナが言う。
まあ、長期的には無理だろう。そんなことは俺自身よくわかってる。
芋と水は手に入るが、俺1人では塩だって買えるかわからない。
でも、俺が居て問題なら俺が出て行くべきだ。
「まあ、死ぬ前に誰かに拾ってもらうよ」
「トルテラが悪いんじゃないわ」
「私も不注意だった」
俺も悪いことをしたという自覚は無い。
「みんな、トルテラは、ただの老人だと思ってたから」
……………………
……………………
話を聞いて、どうしてこうなったのかはわかった。
俺は散々老人扱いされてたので、俺自身に価値は無いと思っていた。
だが、老人なのに動けるのがまずかったのだ。
「ああ、そうだったのか……」
知らぬ間にやってしまった……というよりは、俺はここの人間じゃないので体質に差があっても仕方がないし、俺はここの人たちの普通なんて知らない。
俺は狩りができることは良いことだと思っていた。
3人で生活していくためには経済的には良いことだったと思うが、目立つのは良くなかった。
こないだのイノシシの件で、俺が普通に動ける老人だと言うことが、村全体に知れ渡ってしまったのだ。
すると今度は、冒険者風情が男を囲うなど身分不相応だと言うのだ。
男と言うのは俺のことで、冒険者風情はエスティアとリナのことだ。
元々どんなポンコツ老人でも、一応性別は男くらいの話だったものが、労働力的には若い男と同等の力があるとバレて、貧乏冒険者風情には不相応だと今更になって言われたのだ。
俺はこの世界の人間ではないので、この世界の老人とは一緒にならない。
そもそも俺はまだピチピチの50前だ!!
俺の世界では、老齢年金貰えるのはだいぶ先だ。
男と言っても、生き物として一番重要な機能が死んでるのだから、放っておいてくれればと思うのだが、形だけでも男は男。
捨てようとしてた割に使えるとわかれば、妬む。
ちょっと前には”処分”、”処分”と言われてたんだぞ、俺は!
貧乏だと、それが例え男としてポンコツの年寄りであっても取り上げられるのだ。
男が足りない世界では、こんなことがおきるのか!と理屈はわかった。
貧乏だからって、当事者である俺がそれで良いって言ってるんだから、放っておいてくれれば良いのに、ここは女社会で俺に決定権はぜんぜん無いのだ。
この村に住みはじめてしばらくしてから、”あんたのとこ狭いだろ、うち広いからおいでよ”みたいなお誘いを受けることは多かったが、あれは社交辞令的なものだと思ってた。
このところ、どんどん激しくなっていたが、俺は”エスティアとリナに感謝してるし、今の生活はまあまあ好きだから”と言って断っていた。
まあ、多少なりとも、抗議の意味を含めてそう答えていたが、そう言いたくなっても仕方ないと思うのだ。
なにしろ、俺がこの村に来たとき、産廃扱いで誰も引き取ってくれなかったのだ。
まだそんなに前のことではない。よく覚えている。
それで、動けると知って急に手のひら返しされたら、ちょっと棘のある返しになっても仕方ないと思うのだ。
俺は、あのとき見放されたら死ぬしかないくらいの状況だったのだ。
でも、あれがまずかったのかもしれない。
俺の失敗だったかもしれない。
「最近は、俺も少し荷物運びとか頼まれることあるから。近くの森に住むよ」
「それは無理。出て行くんだったら、もう村の人は関わらない」
まあ、そんな気はしてた。
俺がひとりで森に住んで、村から仕事もらってと思ったのだが、村から出ていくなら、取引はできない。
俺本人は、今でもこの村の村民ではないのだ。
他の村の村民でもなく、保証人がいない。
村に出入りできずに、1人で森暮らしは無理だ。
ニートや引きこもりが生きていける世界ではない。一人ではとても生活できないのだ。
それに、年だし……
どう考えても、今の体の方が25歳の頃より圧倒的にパワフルだが、さすがにこの先何年持つかはわからない。
俺が一人で出ていくということは、そう遠くないうちに俺は死ぬことを意味するかもしれない。
それでも、エスティアたちだって、ここに住めなくなったら路頭に迷うかもしれない。
さんざんお世話になって、これ以上は世話はかけられない。
「引き取ってもらえて感謝してる。これ以上迷惑はかけたくない」
これは、俺の本心だった。
でも、リナは「エスティアはもう手遅れだから」と言った。
手遅れ……既に村長と決裂してしまったのかもしれない。
できる限り、恩返ししていこうと思った。
========
エスティアには、嫌われてるとは思っていなかったが、それでも俺を捨てるより村を出ることを選ぶとは思わなかった。
「いいの。村を出れば済む話だから」
「いや、俺が出て行った方が」
「もう手遅れだ」
「……手遅れって、何があった?」
……………………
話を聞いたがよくわからない。
村の人たちは俺がこの村に居ることを問題にはしていない。
だから俺が村を出て行っても解決しない。
その割に、エスティアは村を出ると言っている。
俺が出て行っても解決しないのに、出ていくのだ。
結局【手遅れ】の理由がわからない。
どんな理由があるのか、【手遅れ】の意味を聞いてみたい。
俺は、覚悟を決めて聞いてみる。
「一つ聞いておきたいことがある。
悪気はないが、もし言いにくいことなら答えてくれなくても構わない」
と前置きしたうえで、話をする。
「エスティアが【手遅れ】とはどういう意味なんだ?
俺のせいで、何かが起きたなら済まないと思って」
すると、リナが答える。
「そうだな、もうここまで来たんだ。話しておいた方が良いかもしれないな。
話せる範囲で話しておいた方が良いと思う」
すると、エスティアが話しはじめる。
「トルテラは、もしかしたら、知らないかもしれないけれど、冒険者って、
貧乏だから冒険者になるものなの」
何の関係があるのだろう?と思いつつ、とりあえず相槌を打つ。
「そうなのか」
エスティアが話を続ける。
「貧乏だと、夫とか子供とか持てないの」
ああ、なるほど、そう繋がるのか。
「私、これでも子供の頃は貧乏じゃなかったの。
母が亡くなって大黒柱を失って、三女だから、家を出て、それからずっと貧乏生活」
確かに、エスティアには、村の人たちと比べて何というか、気品のようなものを感じることは多かった。
おばちゃんになると劣化するものなのかと思っていたが、生まれのせいだったんだな。
三女だから家を出たってのは、昔の日本の長男しか相続できないってのと同じやつだ。きっと。
エスティアの話は続く、
「子供の頃は、大きくなったら旦那さんと子供を作って……なんて考えてたのに、
家を出てからはそんなの無理だと思って。
男の人と話をする機会も無かった。
そしたら森でトルテラをひろ……見つけて」
今絶対、拾ったって言おうとしたな……まあ、そこはスルーして、相槌を打つ。
「うん」
「手を握られて」
手を握られて?……ああ、確かに握ったか。
放り出されて、死にそうなときに、初めて人に会ったからつい握ってしまった。
「凄く大きな手だった。これが男の人の手なんだなって。
話す機会さえ無かったのに。手を握られて。
そしたら、諦めてた夢が、私、諦められなくて」
だんだん、泣き声になってきた。
「だから、一緒に暮らして、
イノシシのとき助けてもらって、
代わりにトルテラが大怪我して、
たくさん血が出て。もう駄目かもって。
死んじゃったらどうしようって。
でも奇跡的に助かって、
手を握ってたら、もう離さないって」
手を握ってって、それいつの話だ?まだ余罪があったのか……とリナは思った。
「いつも一緒に、居たいけど、
でも、トルテラは女と、一緒に暮らしたことが無いかもしれないって」
確かに無い……記憶に空白があるが、たぶん無いだろう。
無いとなんだろう?
俺は「ああ、無いと思う」と答える。
「だから、近付き過ぎるとトルテラが死ぬかもしれないって」
……え? 俺、女の子に近付くと死ぬのか?
この世界では、男は急に女と暮らすと死んでしまうってことか? そんな馬鹿な!
「なんで俺が死ぬんだ?」
俺は混乱した。
「なんだ、やっぱり不能者だったのか。
恋がわからないって言ってたからそうかなとは思ってたんだ。
もっと早く聞いとけば良かったな」 リナが言う。
不能者ってのは、性的不能者ってことで、子供が作れないこと言う……そう若者の老人に聞いた。
俺は不能なんだろうか?
まあ、たぶん不能者なんだろうな。
「そうかもしれない」と俺は答える。
そして、続けて聞いてみる。
「それはともかくとして、不能者じゃ無いと女の子に近付くと死ぬのか?」
「え?」「え?」 エスティアとリナは固まった。
何か言ってはいけないことを言ってしまったようだ。
せっかくの良い話が台無しになった。
すまんエスティア。俺が無知なために……
もしかしたら、高齢すぎて興奮すると心臓発作で死んでしまうとかあるのかもしれない。
よくドキドキして気が遠くなるし、あれが酷くなると、俺は死んでしまうのかもしれない。
そう言えば、若い老人に話し聞いたとき、隔離しとけば長生きできるって言ってたか。
不能者じゃないと、女に近付くと寿命が縮む?
子供を作らなければ縮まないわけでも無いのか?
俺は毎日寿命が減ってるのかもしれない。
困った。こういうことは誰に聞けば良いのだろうか。
こういうのを聞ける人がいると良いのだが。
俺はおそらく男としての能力は持っていないと思う。
外見的に性別が男であるというだけだ。
ただそれだけのことで、この世界ではいろいろ起きてしまうのだ。




