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1-16.イノシシ戦

主人公のおっさんを保護してくれた女の子たちは冒険者とかやってますが、本作は比較的平和な話です。あんまり真面目に戦ったりしません。


ところが今回は珍しく危険な相手と戦うことになります。

なんと、”普通の野生のイノシシ”です。一般的な異世界ファンタジーものと比べてレベルの低さにびっくりです。

でも、本当にでかいイノシシが突進して来たら筆者は相当怖いと思うのです。だから強敵です。

なお、強敵(きょうてき)と書いて強敵(とも)とは読みません。

挿絵(By みてみん)


相変わらず、2人に付いて村の見回りに同行していた。

主に荷物持ちとして。


村の周辺は安全で、自分から大人の人間に攻撃を仕掛けてくるような動物は、ほとんど居ない。

追いかけまわすと反撃はしてくるけど。

俺が住んでいた世界でも、自分から攻撃してくる動物なんて、ほとんど居なかった。

まあ、俺の世界では野生動物自体、そんなに多くないのだが。


俺が今まで遭った中で一番厄介だったのは意外にもサルだった。

この世界にも似たようなやつが居るのだ。ニホンザルくらいの大きさのやつと、もっとだいぶ小さいヤツが居るが、ニホンザルサイズのやつが厄介だ。

見た目からは想像できないほど力が強く、なにしろ早い。

直線を走る速度はそんなに早くないのだが、近付かれると対処しにくく、けっこう怪我をする。


一人だと相当厳しいが仲間が居ればなんとかなる。

少なくとも追い払うことはできる。


一撃が大きくない動物が相手であれば、複数人で行動してればなんとでもなる。

こっちがトドメを刺される前に助ければ良いから。

防御できてる間は、そんなに大怪我はしないものだ。


だから、2人で行動してる時よりも3人の今の方が安全だった。

ただし、一撃が致命傷になる相手だと話は別だ。

人数が多い方が攻撃を受けにくい……相手が寄ってこないことが多いので安全だが、小物相手のように、攻撃されてから助けてでは、間に合わないこともある。


今がまさにそれだった。

知らないうちに、やつの縄張りに入っていたのか、襲ってくる気満々で、姿が見えた時には、既にエスティアの後ろ3mまで迫っていた。


巨大な猪だった。


先に気付いたリナが石を投げて注意を引きつつ「エスティア、避けて!」と声を上げた。

そのときはまだ俺は気付いていなかったのだが、次の瞬間、茂みの死角から出て俺の視界に入った。


でかい! 今までこの世界で見た野生動物の中で、ぶっちぎりだ。

重さは余裕で100kg超えで、俺より重く、全員無事に逃げるのは難しいかもしれない、犠牲者が出るだろうという予感が頭に浮かんだ。


そして、この位置関係だと、犠牲になるのは間違いなくエスティアだ。

体重差が2、3倍もありそうな相手に、突撃されたら、逃げるだけの力も残らないだろう。

肉食では無いだろうから、捕食が目的ではないし、全員殺そうとするわけでも無いかもしれない。


犠牲が一人で済むなら、エスティアやリナでない方が良い。そう思った。


体が勝手に動いた。

俺はイノシシから一番遠かったはずなのに駆け寄り、すれ違いざまに大ナタを振るった……と思ったのだが、俺が突き飛ばされた。


ナタはイノシシに当たったはずだ。確かな手ごたえがあった。

すれ違うイノシシを横から切りつけたと思ったのに突進を食らってしまった。


こういうとき、本当に時間がゆっくり流れるのだ。

呼吸ができない。体が呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。


”エスティアはどうなった?”


飛ばされながら確認する。見えた。エスティアは……大丈夫だ。

しかし、逃げずにこっちを見ている。


早く逃げろ……そう言おうと思うが声は出ない。


頼むリナ、エスティアを連れて……と思っていると、リナがエスティアの元へ駆けつけるところだった。

リナがいれば何とかなるだろう。


イノシシは?と思ったところで地面に叩きつけられた。


息もできない……が、まだやることがある、体を起こしてイノシシを見る。


イノシシは、エスティアを超えて、そのまま通り過ぎていくところだった。

あの一撃で戦意を失ってくれたらありがたい。

当たりはした。怪我で動きが鈍くなった程度でも、逃げるチャンスが増えれば良い。


エスティアは無傷だ。そのまま逃げてくれ……


それが限界で、咳き込みながら倒れてしまった。

息ができるようになったと思ったら、咳き込んだ。

その瞬間、赤いものが見えた。


手が真っ赤だ。血だ。腹に怪我。


腹に大怪我を負ったことがわかった。牙でやられてたようだ。

傷は大きかった。俺はこんな大怪我したことが無い。

この出血だ。俺は死ぬかもしれない。そう思った。


でも、これで、2人が逃げ切ってくれれば、助けてくれた恩を返せる。

それだけで十分だ。


無事逃げることはできただろうか?


と思ってたら、凄い耳鳴りがして目の前真っ暗になった。ほんとに死ぬかも……


…………

…………


ほんの一瞬、気を失っていただけ、のつもりだったが、よくわからない。

エスティアとリナが、大泣きしてたのはわかったが、真っ暗で見えない。


もう目も見えない、やっぱ死ぬのか……と思ったが死ななかった。

日が落ちて、暗くなってただけだった。


エスティアとリナは大怪我はしてなさそうだ。

少なくとも無駄死にではない。良かった。


「エスティア、生きてて良かった、リナも」と言うと、ますます大泣きした。

二人が無事なことを確認したら、安心して力が抜けた。

もう、なんか、もう満足して逝ける……と思ったけど、いつまで経っても死なない。


瀕死の重傷を負った、と思っていたが、死にそう……ではなかった。


「脇腹に大穴開いたと思ったんだけど」と言うと、


「お腹から血がたくさん出てて、傷がおおきくて……」とエスティアが

「回復魔法をかけたんだけど、何度も2人で……」とリナが言った。


あれ? やっぱ俺死ぬのか?

気が遠くなってきた。

このまま死んでも……なんか、満足感が全然足りない残念な感じに……

怪我のあたりを触ってみるが、出血は止まっていた。

何が起きた?


……………………


二人とも取り乱してて、何言ってるのかよくわからなかったが、2人で回復魔法をかけてたら、どう見ても重症だったのに見る見るうちに回復したという話だった。


傷が大きかったから、見た目の印象と出血が凄かっただけで、内臓まで傷は届いていなかったのだろう。

それにしても、回復魔法は、かけると”治りが少し早くなる”くらいの、微妙な魔法だと思ってたのに、使えるときは使えるんだな……と見直した。

あれだけの出血があっても、処置が早ければ、あんなへっぽこ魔法でも、死なずに済むのだ。


自分が死なないと思うと、さっきの場面が思い浮かぶ。


それにしても、危機は突然やってくる。

一瞬遅かったら、エスティアは死んでいたかもしれない。


改めて思う。なんて危険な世界なんだ。


もっと安全な仕事に変えてほしい。俺が心配せずに済むように。

俺は、俺が死ぬのは構わないのだ。誰かが死んで悲しむ方が嫌だ。


========


次に目が覚めた時は明るくなっていた。明るくなってから改めて見ると、服やら、野営セットやらが、血まみれになっていた。どう見ても死人が出てる事故現場風だ。


白いロープを人の形に置いておけば、俺の世界の人間なら、ああ、そこにその形で遺体が倒れていたのだろうと思うような感じだ。

この世界のロープは、かなり茶色っぽいので雰囲気に欠けるが。


これ全部俺の血なんだろうな……なんで生きてるんだろう?……そう思った。

少し離れたところにも、大量の血の跡がある。こっちは猪のものだ。


イノシシは……重かった。

でけぇ。よくこんなの倒したな……


イノシシは大ナタがうまく当たっていて、数m進んで倒れて、そのまま息絶えたらしい。

運が良かった。

仮に俺が死んでいたとしても、相打ち。エスティアとリナは無傷で済んだ。


俺の体力的にもやばいので、エスティアと俺が残って、リナに解体と回収に何人か連れてきてもらうことにした。


「村の人に来て貰うから。それまで休んでて」

エスティアも疲れてそうだ。


倒したイノシシを見ながら、俺はあの瞬間、自分ではなく、エスティアの命を優先したことに自分自身で驚いていた。


まるで物語の正義の主人公のように、自分が行動するとは、思いもしなかった。

あんなの嘘だと思っていたのだ。


あの瞬間、あの場面で一人の犠牲が出る代わりに2人が助かるなら、犠牲になるのはエスティアよりも俺の方が良いと思った。そして、瞬時に体が動いた。


いつの間にか、自分自身より大事なものができてたんだな……と思った。

俺はエスティアとリナには怪我してほしくないのだ。


俺は既に老人扱いの年齢だ。少なくとも俺より長生きしてほしい。


しばらくして、エスティアがべったり寄り添ってくる。

よほど怖かったのだろう。

ちょっと間違えば大怪我、もしかしたら死んでたかもしれないのだから。


エスティアは「手」とだけ言った。


手? 俺は自分の手を見る。


「ちがう」そう言うエスティアの方を見ると、手を少しだけこちらに近付けた。


ああ、手を繋いでほしいのか……


エスティアの手は、小さくて温かかった。

ほのぼのした空気が流れたが、そのままずっと手をつないでいると、だんだん手に汗かいてきた。

おっさんの汗まみれの手なんて気持ち悪くないか、なんて心配になってきてエスティアの方を見ると安心した顔つきだったので俺も安心した。


この子を助けられて本当に良かった……と思ったら、なんか満足感に満たされて気が遠く……って、また貧血か。


「凄くいい匂いがするね」とエスティアが言った。


匂い? 花の香り? って言うか、この体調で匂いなんかわからねぇ……目が回ってきた。


せっかくいい感じだったのだが、また体調悪くなったので、横になって待たせてもらうことにした。

「エスティア、ごめん。悪いけど見張りを頼む……」


……………………


リナが戻ってきて心配される。

「なんでさっきより、体調悪化してるんだ。

  トルテラを運べる人間は村には一人も居ないんだからな」と言った。


そのとき、俺より重そうなイノシシが、運ばれていくところだった。

解体されたブロックごとに。


解体して運ばれても困るしな……と思った。



それにしても、元が49歳で思い残すことが少ないからか、満足すると成仏しそうな気持になるのが怖い。

もしかして、俺は満足したらこの世界から消えてしまったりしないよな……とちょっと心配になった。


========


イノシシの肉は、村人全員に行き渡るほどの量だった。

村人が少ないこともあるが、あのイノシシは150kg以上あったらしい。

俺の体重の2倍くらいだ。単位はkgではないので大雑把に換算して150kg以上。


ちょっとした収入になったようで、服を上下新調してもらった。

……が、血が固まってバリバリになってた服が、何度か洗ったらけっこうきれいになった。

血は洗っても落ちないと思ってたのでラッキーだった。


シャツはビリビリで直しても酷い状態だけど。


俺の服は高い。それが買えるほどの収入があったのだ。


ところが、それが不幸を呼ぶことになる。

挿絵(By みてみん)

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