1-12.住民台帳が無い
もしかしたら、俺を引き取った時点で配偶者なのだろうか?
男が短命で社会を支えているのが女性という社会が有ったら、
女性の方で管理して、男はそのオマケとして扱うかもしれない。
気付いていなかったが、大変なことをしてしまったかもしれない……
家に戻ると、エスティアとリナが居たので、慌てて確認する。
「もしかして、俺がここに住むために、登録が必要なのか?
続柄とか書いて……」
「つづきがら? 登録って?」
住民台帳……なんと呼べば通じるだろうか?
「誰が住んでて、誰が誰の子供とかそういう帳簿とか無いのか?」
リナとエスティアは顔を見合わせる。
知らなさそうな感じだ。
「この村に誰が住んでるか管理していないのか?」
「え? ちゃんと紹介して貰ったけど」 エスティアが答える。
……………………
……………………
「わざわざ紙に書いて残すって話は聞いたことがない」
「特に男の人は……」
「子供が生まれたときは、何か有ると聞いたことがあるけれど。
男の子が生まれたときね」
「住むために登録は聞いたことがない」
「私も登録とかしたこと無い。この村だけじゃなく、他のところでも」
紙があって、文字も存在するのに、台帳が無い?
「この家の持ち主としてなら、書類が有るかもしれないけど、
リナと一緒に住んでるとかは書いてない。トルテラのことも書いてないから」
……………………
勘違いだったようだ。
大変申し訳ないことを……と思ってエスティアに聞いてみたのだが、そもそも俺は、この村の住民として登録されていないだろうという話だった。
村に住むために、女が引き取る必要がある、というのは俺の推測通りだそうだが、そもそも村には女が記載される住民台帳自体が無いと言う。
さらには、手続きしたという話を聞いたことも無いと言うので、この村に限らず、存在しないのだろう。
家と土地の所有者は管理されていて、この家と土地はエスティアの持ち物で、住民が管理されてるわけでは無いのでリナも俺も登録されていないと言う。
ただし、男は生まれたところで住民登録されるので、俺もこの世界のどこかに登録されてるはずだと言う。
俺の住民票は横浜市にあるので、この世界には登録されているわけが無いのだが。
でも、女社会でなんで男だけ?と思ったら、男子学校の都合だそうだ。
実際のところ、男は住民として管理されてるのではなく、村の財産として管理されてるようだ。
村から男子学校に行った男が、知らぬ間に元から居なかったことになると困るから管理する。
なるほど。女社会で、商品としての男の価値が高い世界では、こうなるわけだ……
ただし、老人は除く。
日本に住んでた時は、”公務員、大企業正社員以外は除く”的な扱いを受けてきたが、ここでは老人は除くだった。
なぜ俺は、除かれる方に属することになるのだろうか。
何かの呪いなのか?
とりあえず、配偶者として登録されていないようなので安心した。
俺が自立したときバツイチになったら申し訳ないと思ったのだが、
男が短命な世界でバツイチは、もしかして特に問題無いのかもしれない。
あとは、俺が自立する方法を探す。
稼ぐ方法を探さなければならない。
この世界には、男の老人向けの仕事が無い。
お爺さんが一人で生きるのはとても難しい世界なのだ。
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この世界には貨幣がある。
俺はこれには少々違和感を持っている。
冒険者仕事は現金収入だ。
自給自足が基本で、それにプラスして冒険者仕事の現金収入で生活している。
実際の現金収入の多くは、獲物を売って得ているように思えるが。
なので、冒険者仕事で直接得る金ではとても食っていけない。
塩は物々交換でも手に入るし、むしろ、塩を通貨のように使うこともできる。
塩と交換で別の物が手に入るから。
ところが貨幣がある。貨幣を使って取引ができる。
貨幣経済が成り立っているのだ。
だが、この村の中を見る限り、金を使う機会は少ない。
元々自給自足に近い。
なので、貨幣があるなら、この世界のどこかには金が大きく動く場所が存在するはずだ。
以前から貨幣が存在していることは知っていた。
実物を見せてもらう。
「ペラ(ペラ銅貨)。これ使い道あるのか?」
「あまり無い」
一番低額のペラで買えるものはあまり無さそうだ。
釣銭用ってことだと思う。
その割には、価値としては、俺の住んでいた国の通貨、円で言うと1円玉に相当するもの……でもない。
ペラで買えるものが無い割に、その10倍の価値を持つ小銅貨では、けっこういろいろ買える。
一番低い貨幣がペラ。その10倍が小銅貨。
その10倍が中銅貨。さらに10倍が大銅貨。
つまり10進法が使われている。
この世界の人間も5本指なので、10進数になっている。
指が4本や6本だったら10進数は使わない可能性が高い。
10は約数が少なく、あんまり良い数字ではない。
単純に両手の指が10本だからという理由以外にあまり使わないと思う。
とはいえ、8進数とか12進数でなくて良かった。
慣れた10進数で計算できる。
大銅貨は小銅貨の100倍の重さは無いので、貨幣の額面と金属としての価値はイコールではない。
だとすると、貴金属の物々交換ではなく、貨幣経済が成り立っていることになる。
村の中では、たいして金は動かない。
やはり、どこかに大きな都市が存在するのだ。
たぶん、ここはかなり田舎なのだろう。
「ペラ10枚と小銅貨1枚は同じ価値で、交換できるんだよな?」
「ああ。価値は同じだな。交換できるかは相手次第だが」
まあ、確かにそうかもしれない。
だが、俺が聞きたいのは換算方法だ。
「額面の話だ。中銅貨は小銅貨10枚分で、
大銅貨はさらに10倍の価値があるんだよな?」
「がくめん?」、「トルテラ計算できるのか」
今の質問に計算の要素があったのだろうか?
「簡単な計算ならできるけど、リナたちはどこかで習うのか?」
意外な答えが返ってきた。
「冒険者は、金勘定ができないとできない」
「冒険者じゃ無ければ金勘定できなくても構わないのか?」
「冒険者の報酬は金だからな」
「ああ、そういうことか」
やはり、金勘定できなくても構わない人たちも居ると言っているように聞こえる。
現金で報酬を得ない仕事というのがあるのだろうか?
それはそうと、どこかで習うわけでは無いということだろうか?
「子供の頃に習ったりするわけではないのか?」
「どうだろう? 親から習ってる子供が多いと思うが、
習ってない子でも買い物すれば覚えるものだからな」
まあ、桁の小さな金勘定なら、そんなものかもしれない。
俺もそう思う。
だが、それだけに留まらない。
「リナは文字も読めるよな」
「ああ。冒険者は文字も読めないとできないからな」
文字は習わないと覚えないよな?
勝手に覚えるものだろうか?
「文字はどこで習うんだ?」
「冒険者用の説明書きがある」
文字なのに冒険者用? 冒険者向けの文字があるのだろうか?
いろいろ謎だが、やはり学校へは行っていないようだ。
それにしてもこの世界なんかおかしくないか?
冒険者は底辺職。つまり底辺職の方が高スペックを要求されるような……
逆に言えば計算くらいはできて文字も読める俺は超底辺になってしまう!!
※男の老人は最底辺です!
いや、セーフだ。俺は計算機使う派だ。たいした計算はできない!
※計算できてもできなくても、男の老人は最底辺です!
俺はここの文字もわかる。単語もわかる。
ただし、不思議なことに、日本語では無いように見える。
言葉が日本語にしか思えないのに文字になると日本語では無いように読めるのだ。
奇妙としか言いようが無い。
どういう仕組みなのだろうか?




