1-10.替えの服が無い
エスティアとリナが遠出するので付いて行けない日があったので、その日は、上から下まで服を全部一気に洗い、毛布を巻いて1日過ごす。
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こんな格好ではあまり動き回れないので考えごとをして過ごす。
考える時間は、今までもたくさんあった。
何しろ、ここには何も無い。スマホもテレビもPCも無い。
そもそも電気が来ていない。
今更考える時間を確保する必要はないが、1着しかない服を洗ってしまうと、何もできない。
できるのは考え事くらいだ。
いろいろ考えてみたが、やはりここは俺が住んでいた世界とは違う世界だ。
同じ世界の地球ではない星かもしれないが、たぶん、別の世界だと思う。
魔法があるし、言葉が通じる。死後の世界とかそんなものかもしれない。
あの世界であれば、別の星でも魔法は無いような気がするのだ。
地球上の別の国であれば、言葉は通じないと思う。
別の星であれば、こんなに地球そっくりなのもおかしいし、それに何より、いろいろと都合が良すぎる。
植物も動物も俺が知っているのと似ているけれど少し違うだけ。
なので外国かと言うと、それもおかしく、俺は日本語以外流暢に話せないのに、ここの人たちは日本語を話しているようにしか聞こえない。
普通に日本語が通じているのだ。
おそらく実際は逆だ。俺が日本語ではない別の言語を話している可能性が高そうだ。
言語が変わると表現も変わる。会話は言語の影響を受ける。
なので、日本語脳の俺が話せばうまく表現できない部分が出てくるはずなのだ。
その割に、矛盾が無い。
自動翻訳のようなものがあるなら、矛盾が生じるはずなのに、あまり無い。
今のところ1つ見つかっているのは電気くらいで、これも、電化製品のない世界では、概念自体が無くても仕方がないので、言語の矛盾であるかどうかはわからない。
俺はエネルギーとしての電気の話をしようとしても、ここの人たちは雷の話だと思う。
電気と雷の単語に区別が無いのかもしれないと思っている。
俺が電気と言うと、必ず相手は雷と返してくる。
電気という言葉が雷に変換されているのかもしれない。
そのあたり、自動翻訳は存在しているのかもしれないと思う。
実は、ここが地球でないことは確定している。
この星には月が無い。
地球のように、あんな巨大天体がある方がファンタジーではあるが、この星には無い。
なので月の単位が無いし、週の単位も無い。
俺がファンタジーの世界からやってきたのかもしれない。
月が無いので月の単位は無い。日にちに関しても5や10の倍数が使われることが多い。
指は片手に5本、両手で10本あるからだと思うが、多くの場面で地球と同じで10進数が使われている。
これは助かった。10進数は、かなり半端だ。指が5本でなければ広まらないと思う。
指が4本なら8進数を使うだろう。
6本なら12進数を使うかもしれない。12は約数が多く使い勝手が良い。
12だったら、1/2でも1/3でも1/4でも整数になる。
10進数は1/2と1/5しか整数にならないうえに、1/5はあまり使わない。
食べ物を切り分けるのに半分にすれば1/2。さらに半分にすると1/4。
さらに半分にすると1/8になる。
俺の国の通貨は円という単位だった。円は丸のことで、通貨の形を示していたようだ。
1円とか5円、100円、500円といった単位は存在するが、2円とか200円といった単位の通貨は存在しない。
外国だと25セントという、1ドルの1/4の通貨が存在していたりする。
25セント4枚と1ドルが同じ価値を持つ。
まあ、普通は1/2、1/4を使いたい。1/5は使わない。
10進数を使う理由は、指の数が両手で10本だから。
それ以外に合理的な理由が見つからない。
1日の長さは俺の体感では24時間に近い。
時計でも持っていたら一発でわかるのだが、残念ながら持っていない。
どうせすぐ電池が切れるスマホは持っていても意味ないが、時計は有ると良かった。
少なくとも1日の長さがわかる。
半年が180日程度なので、1年の日数は地球とほぼ同じになる。
俺は自称49歳。ここでの時間に換算すると、本当は多少なりともズレるはずだ。
半年が180日なので、その半分は90日、その1/3は30日になり、30日という区切りは使われるようだ。
俺的には、30日が1月相当。
ここにも季節はあり、180日周期の影響を受けるので、50日とかは使い勝手が悪い。
180の約数になる60日や30日が使われる。
ここがどこだとしても、言葉が通じるのは謎だが、
相変わらず、俺は何をしてここに来たのかが全くわからない。
どこかから投げ出されて草むらに落ちた。
夢の中かと疑ってみたが、何日経っても目覚めない。
リアルなゲームでもないと思う。ゲーム要素が無い。
そして相変わらず、俺は横浜に住んでいた記憶があるのに、自分の名前がわからない。
この奇妙な記憶の欠けは何なのだろう?
何でこの世界に来たのかが全くわからない。
何か理由があったのだろうか?
魔法がある世界だが、異世界を行き来したりするような大きな魔法は無いと思う。
なんというか、物凄くスケールの小さな魔法しか無いのだ。
帰りたいかというと、今はそれほどでもない。
エスティアに引き取ってもらう前は、本当に嫌だったが、今は帰ることより、
まずは、この世界で自活できるようにしないといけない。
帰って元の生活に戻ることができるのなら良いが、家賃滞納と無断欠勤で、おそらく職も住む場所も失っていると思う。そもそも自分が誰だかもわからない。
帰っても、明るい未来があるとは思えない。
これに関しては、何度考えても同じ。
俺が日本でそれなり暮らすことができたのは、それまでの積み上げがあったからで、今から戻っても、あの暮らしは戻ってこない。
積み上げがあってあのレベルだ。
この歳で再スタートとなったら、相当な苦労を強いられる。
俺はそこまでして、あの世界で生き続けたいとは思っていない。
俺は頑張って生き続けるという選択をしないかもしれない。
この世界は良い。
通信費や光熱費を払わなくても再請求は来ないし、そこらで勝手に野たれ死ぬこともできる。
頑張って生にしがみついても、怪我や病気でそんなに長生きはしないだろうし、どうにもならなければ、森の奥深くにでも行けば全て解決する。
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明るかったので、やっぱり誰かに見られたようで、トイレに行くたびに遠くからおばさま方に見られてるのが気になった。
毛布巻いたおっさんは珍しいかもしれないけど、そんなに見ないでほしいんだが。
男は寿命が短いらしいので、奥様方は欲求不満とかそんなんなのだろうか。
近付いてこないので安心してたが、遠目という魔法があることを後で聞いた。
やべえ、なんかいろいろ見られたかも。
その日は調子に乗って、夜になって水浴びまでしてきたら凍えて大変だった。
ちなみに暗視という魔法もあってだいたい誰でも使えるらしい。
その話を聞いたとき俺はさらに死にたくなった。
暗くて見えないと思っていたので、露出しまくってたのだ。
俺は、ちょっと横浜に帰りたい気持ちになった。
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それはともかく、服の予備が無くて困った日に、以心伝心みたいな感じか、エスティアとリナは大きな布を買ってきてくれた。
パンツを2つ作ってもらったら、残りの布でつくった簡易ローブは短すぎて、なんか見えちゃいけないものが見えちゃいそうな感じになってしまった。
近所のおばさま方が喜んでしまいそうだ。
まあ、下にパンツはいてるし、服が乾くまで屋内に引きこもってる分には問題ないが。
それはそうと、あんなに大きな布からこれだけしか作れないのは驚きだ。
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男があまりいないから女子高みたいなノリなのか、この村の女性はあまり体を隠さない。
俺が居ても、あまり隠す様子は無く、着替えるときもそうだし、おばちゃんは昼間から気にせず水浴びしてたり、水浴び終わった後とか、裸のまま、家まで普通に歩いてたりする。
そこで問題なのが、ここでのおばちゃんは、俺から見たら十分若い女性が多いのだ。
何しろ俺と同じくらいの年の女性にひ孫が居るのだ。
孫持ちの女性……つまりお婆さんでも俺から見たら十分若い子だ。
さすがにひ孫持ちの女性は……若くはないけど同年代って感じで、その年の女性でも裸で歩かれると困るのだ。
さすがにそれ以上の年のお婆さんになると俺的にも圏外だと思うが、水浴びする体力がなくなるのか、水浴びしてる姿は見かけない気がする。
エスティアとリナは、少しは気にしてくれてるみたいで、水浴びは俺が居ないときか、暗くなってからにしてくれるけど、着替えは駄目で俺が居ても平気で着替える。
まあ、家の中はあまり明るくないので、着替えていても逆光だったりでよく見えないことが多いのだが、それでも、女の子がすぐ目の前で着替えるのはきつく、見ないようにはしているものの胸がドキドキしすぎて……って、ドキドキって年じゃないから動悸か、まあ動悸が凄くて辛い。
確かに暗視は魔法の一種みたいで、俺でも使えるようだ。
今までは暗ければ見えなかったのに、今は見えるのだ。
いくら平気で着替えていたとしても、やっぱり見ちゃいけないのだろうから、見ないようにはしてるんだけど。
って、なんか変だな。エロい気持ちはまったく起きないのだ。
恋ができないって、そいういうことなのかもしれない。
俺が見ると悪いからという意味で、”先に声かけてくれれば着替え中は外に出ている”と言ったのだが、リナに「下着を着ていればその上の着替えは問題無いと思っていた」と言われた。
うまく意図が伝わらず困ったが、とりあえず、着替え中は外に出るから声をかけてからにしてもらうことになった。
ここでは、下着は見せても良いものなのだ。
いや、確かに、ただの布だ。
覆っている面積的にも、俺が知ってるようなやつよりだいぶ大きい。
よく考えたら、べつにかまわないのかもしれない。
だが、胸はノーガードなのだ。
ここでは女も胸を見せても良いような感じだ。
あまり隠していない気がする。
だが俺は困るのだ。
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魔法は教えてもらって、少し使えるようになってきた。
物語やゲームでは、魔法は属性とか、職業とかで使える人は限られる、みたいな設定が多いように思うが、この世界の魔法は誰でも使える。
ただし、得意不得意はある。
でも、勉強で教科ごとに偏差値高かったり、低かったりとかそういうレベルの話で、まったく使えない人は、そうそういないと言う話だ。
この世界の人は皆使えるのに、俺だけ使えない……なんてこともあるかも……と思っていたが、普通に使えた。
本人の能力ではなく、この世界での法則、力学みたいなものが有るのだろう。
魔法力学とか。いや、それじゃロマンが足りないか……
魔法は、主にリナに教えてもらってるのだが、俺は、いまだに点火が上手く使えない。
熱くはなるのだが、狙いがうまくつかないのだ。
ローソクの芯に点火したいのにローソク本体が溶けちゃったり、1点に集中しないと発火する温度に達しない。俺は1点に集中するのはとても苦手で、すぐに逸れてしまう。
ローソクは非常に高価なので、溶かしてしまうのはまずいと思ったのだけれど、形が崩れても溶かして再成型できるものだった。まあ、ゴミが混ざってしまうのだけれど。
リナが手取り足取り教えてくれる……いや、足は取らないが、練習してると5分毎くらいにエスティアが覗きに来る。
そして、すぐ戻っていく。
いつもそんな感じだったが、今日は珍しくエスティアが隣にやってきてしゃがんだ。
2人に挟まれるようにして、しゃがんで点火の練習してるのだが、なんか、女の子に挟まれると緊張してきた。
すると、2人とも両側から、なんかふんふん匂いを嗅いでる。
「なんの匂いだろう、点火に匂いなんて出るかな?」と言っていた。
そうですか、おっさんは魔法まで加齢臭しますか……なんか落ち込んで、すぐ寝た。




