逆ナンと忍者とパスタ
衣装を作ってから数日後。今日は須賀君と約束していた衣装の不足パーツを買いに行く日だ。
前回と同じく駅前で待ち合わせにしたので準備を済ませ駅前に向かった。
駅に着くと、前と同じ場所に須賀君は立っていたのたが、前回のように小説を読んで待ってはいなかった。
というか、手に小説を持ってはいるのだが、読めなかったようだ。何故なら須賀君の前には大学生らしき大人の女性二人が立ち、しきりに話しかけている。
おおぅ!コレはもしや逆ナンてヤツ?!
前は誰も見向きしなかったのに、今日は見られるどころか逆ナンされてるよ!
凄いな須賀君!…………あー。でも、どうしよう。折角逆ナンされてるのに私が出向くのも悪いかなぁ…。
うーん。とりあえず電話してみるか。
離れた場所から須賀君に電話をかける。暫くコールすると着信に気がついたようで、女性に何かを話して電話に出る
『あ、もしもーし。須賀君?』
『うん、あれ?四ノ宮さんどうしたの?何かあった?』
『ううん、何もないけど須賀君、これからどうしたい?』
『えっ?これからって…一緒に買い物行く予定だったよね?!』
『いやー、目の前にいるキレーなお姉さんに逆ナンされてるんでしょ?もし、お姉さんと一緒に出掛けたいなら、今日の買い物は別の日にする?それとも、私一人で買い物行っても大丈夫だからやめようか?』
『えっ、ちょちょちょちょっとまって!!四ノ宮さんなに言ってるの?!俺も一緒に行くよ!っていうか今何処に居るの?!』
『んーと、須賀君から見て左側の道路の信号のところー。』
『…………………あ、分かった。今行くからそこで待ってて!』
どうやら私を見つけたらしく、須賀君は電話を切ると一目散に走ってきた。
「………っヒドイヨー四ノ宮さん。俺が囲まれてるの分かったら助けに来てよ~。」
「えー。折角キレーなお姉さんに逆ナンされてたんでしょ?私なんかと買い物するより良いかな~と重って。」
「なに言ってるの四ノ宮さん!!俺が一緒に出掛けたいのは四ノ宮さんだよ!!なんで俺が見ず知らずの女の人達と出掛けなきゃいけないの?!」
「あれ?好みのタイプじゃなかったの?結構胸大きかったし、美人だったしイロイロ教えてくれそうなタイプの人に見えたけど…」
「はぁ?好み?!全然違うよ!!俺の好みはっ…しっ…………しのっ………しの…………」
須賀君が真っ赤になってなにか言おうとしてる。
うぅん?よく聞こえないので須賀君の方に顔を寄せてみる。
「しの?」
「……しのびのようなひとです。」
「えぇと…忍びのような人?」
どういうことだろう?!忍びのような人?!それってどんな人?!気配が感じ取れないとか、天井裏に居るとか、凄い身軽とか?!ってこと????
ダメだ!さっぱり解らない!!!!!
「……………まっまぁ、今声かけた人達は須賀君の好みのタイプじゃないことは解ったよ!あはっあははははは…………。」
「……あはは………あは……そうだね………………。」
なっなんだこの空気?!ここ半年須賀君と一緒に居たけどこんな空気初めてだっ
どうしよう。なんとか話を変えないとっっっっ!!!!!
「そっ、そろそろ買い物いこうか?」
「あっ、そっそうだね買い物行こう…。」
*****
気まずい雰囲気をなんとか払拭して生地屋さんに到着し、目当ての物を購入する。
「よしっ!これで買い物終了!これで衣装完成させられるよー♪」
「そうだね、じゃあ時間も調度いいからご飯食べに行かない?四ノ宮さんにオススメしたいパスタ屋さんが有るんだけど、どう?」
「わぁ!パスタ?私、パスタ大好き~!どこのパスタ屋さん?」
「俺の家の近くに有るんだ。住宅街の奥にあってあんまり目立たないんだ。」
「隠れ家的ってやつ?」
「そう、それ!」
「わー!行きたい!じゃあ連れてって下さいタイチョー!!」
「あははっ!前に俺が言ってた台詞みたいだね!うむ。ではしっかり付いて来るのだぞ四ノ宮隊員!」
「了解であります」
私がビシッと敬礼すると、須賀君は更に笑った。
夏空の下に輝くイケメンスマイルに周りの女の子達が振り替える。
いやー、本当に須賀君は変わったなぁ…。
新学期に学校へ行ったらきっと皆ビックリするだろうな。うふふ!楽しみっ!
それから須賀君の案内でオススメのパスタ屋さんに向かった。
その場所は本当に住宅街奥にひっそりとあり、一見民家のようだがよく見るとパスタ店のロゴが小さく出ている。店内に入ると、外観の民家風とは裏腹に、明るいベージュ系の煉瓦が積み重なったアンティークな内装だった。さりげなく置いてある小物はどれも可愛らしく、今は夏だからか小さな縞模様の浮き輪や白い貝殻などがセンスよく飾られている。
「ふぁぁぁぁぁぁぁ。凄く可愛いお店だねぇ!」
「うん。季節毎に内装が変わるんだよ。ただパスタが美味しいだけじゃなくて、内装も良いからよく来るんだ。」
「へぇー。須賀君て結構お洒落なお店とか知ってるんだね!」
「ううん。全然!俺普段はあんまり出歩かないから、ほとんど知らないよ!ここはたまたま家から近かったから知ってるだけだよ。」
店の入り口で話していると奥から店員らしき女の人が出てきた。
「いらっしゃいませ~…………って、もしかして紫音君?」
「あ、どうもこんにちは。」
女の人が目を大きくして須賀君を見ている。次いで隣にいる私に目をやると、更にその目を大きく見開いて慌てて厨房へ駆け込んでいった。
「アナタっ大変!事件よっ!紫音君がイケメンになって彼女連れてきたわっ!!!!」
奥の方で女の人が叫んでいる。
隣を見ると須賀君が顔を赤くしている。
そりゃ、私みたいな奴を彼女と勘違いされたら恥ずかしいよね。
私は彼女じゃありませんよー。須賀君の好みの女性は忍びのような女性ですよー。
どうやらこのお店は夫婦で営んでいるようで、暫くすると奥からコックコートを纏った男性が出てきた。
「おぉお!本当だ!紫音が格好良くなって可愛い彼女を連れてきてるッ!!!!!!!」
「ちょっ、オーナー!四ノ宮さんは彼女じゃないよ!俺の身体改造を企画して協力してくれた娘なんだ。いつも色々良くしてくれるから御礼にと思って連れてきたの!」
須賀君が慌てて訂正してる。顔どころか耳まで真っ赤になってるよ。
「なぁんだ、違うのか。俺はてっきり紫音君にやっと春が来たかと思ったから、パスタじゃなくて赤飯でも出さなきゃならねぇかと思ったよ!」
「ああもう、変なこと言わないでよ、四ノ宮さんがビックリしてるだろっ!それに、ご飯食べに来たのにずっと立ったままなんて四ノ宮さん可哀想だろ。」
「おお、すまんすまん。初めまして、俺はこの店のオーナーで千葉善太郎って言うんだ。こっちは嫁の友恵だ。腹減ってるところ待たせて悪かった!今案内するな!」
オーナーの千葉と名乗った男性が隣にいる女性を指差すとニコリと笑い軽く会釈した。
「初めまして、私は四ノ宮純と申します。須賀君のクラスメイトで、須賀君と仲良くさせていただいてます。」
慌てて私も挨拶を返すと、二人はニコニコと笑いながら席に案内してくれた。奥さんからメニューとお冷やを渡され、オーナーは厨房に戻っていった。
「今日のお薦めは取れ立て野菜のクリームスープパスタよ。ゆっくりしてってねー。」
お薦めメニューを告げると、丁度入り口のドアベルが鳴り幾人かのお客さんが入ってきたため、奥さんも席を離れ接客に向かう。
「四ノ宮さん、何が良い?」
「うーん、せっかくお薦めっていってたからそれにしようかなぁ…。でも、生ハムとアスパラガスの塩パスタにも引かれる…。うーん、どっちもなんて食べれないし、どうしようかなぁ…」
「じゃあ、俺が生ハムとアスパラガスのパスタにするから分けてあげるよ。丁度俺、生ハムのパスタ食べたいって思ってたんだ。それでどう?」
「わぁ!それ良いね!じゃあ、私のも須賀君にあげるね!」
メニューが決まり、オーダーを告げると暫くして料理がやってきた。
深皿に盛られた季節の野菜たっぷりのクリームスープパスタは野菜の旨味がしっかり出ており、濃厚なミルクがパスタと絡みとても美味しい。
半分ほど食べたところで互いのお皿を交換する。
生ハムとアスパラガスのパスタは程よい塩加減とガーリックの仄かな風味が絶妙に配分され、これも非常に美味しかった。
何より私は生ハムが凄く好きなのだ!スーパーに買い物にいくと必ず買ってしまう。私の夢はいつか生ハムの本体、要は豚の脚ごと買って自分でスライスしながらワインを飲むこと!それくらい生ハムに愛を注いでいる。
ある程度交換したパスタを楽しんだ後、ふたたび互いのお皿を交換し、食べ進める。
ふと須賀君の皿を見ると最後の一枚の生ハムがフォークに刺されるところだった。
ついついその生ハムに視線がいってしまう。
「……………………………」
私の視線に気がついたのか須賀君が生ハムの刺さったフォークを右に、左にとさ迷わせる。
…最後の生ハム…。食べたい…。イヤ、ダメだ最後の一枚とはまさに極上の一枚!きっと須賀君も食べたいはず!!…………あっ!そっちじゃなくてこっち!……あっあっ!食べたい!…でもガマン!…ぁあ!もうちょっとで食べれそう!私、今すごい顔してんだろうな、でもそんなことどうでも良い!今は目の前の生ハムから目が離せないっ!!!!
「四ノ宮さん…………食べたい?」
須賀君がにっこりしながら聞いてくる。
「たべたい」
なんだ?聞いてくるってことは食べて良いってことだよな?!そうだよな?!
即刻答えた私の目の前に須賀君が生ハムを差し出してきたのですぐさまフォークごと生ハムに食らい付く。
「えぇっ?!…ちょっ四ノ宮さん?!」
「うえっ?!なにっ?食べて良いんじゃなかったの?今さら返せって言われても無理だよ?!」
「ちちちちがうよっ!四ノ宮さんにあげようとは思ったけどお皿の端に置こうと思ったのに四ノ宮さんがかぶりついちゃうから………そのっ、フォークが………かかかかか間接キスになっちゃうって…………」
「ああ!なんだそういうこと!…てっきり私は食べちゃ駄目だったのかって焦っちゃったよ!………私はそんなの気にしないけど、須賀君が嫌だったよね。まだパスタ残ってるし、新しいフォーク頼むね。」
「えっ!!!!いいよっ大丈夫!俺、全然大丈夫だから!このフォーク使うよ!だから新しいフォーク頼まなくていいよ!」
なんだか須賀君が必死で言ってくるのでとりあえず、了承して食事を進めた。
食べ終わりひとごこちついているとオーナーがこっそりやって来て、須賀君には自家製ワインゼリー、私にはティラミスを"これ、サービスな!また食べにおいで"と出してくれた。
先程、最後の生ハムをくれた須賀君にティラミスの乗ったスプーンを差し出すと真っ赤な顔で須賀君がティラミスを頬張る。
ん?もしかしてワインゼリーに酔っぱらったのか?
気になって須賀君からワインゼリーを一口貰ったがアルコールの味は殆どしなかった。




