第87話 2人の授業
「ギーク先生、今の授業はいかがでしたか?」
「ああ、実に見事な授業だったと思うぞ」
そして翌週のAクラスの算術の授業。
ルシアン先生の授業を横で見学させてもらったが、魔術を使わない算術の授業で問題はなさそうだった。
「本当に授業をするのは初めてだったのか? 随分と教えることに慣れていたように見えたぞ」
ちなみにルシアン先生の希望により、礼儀正しい言葉ではなく普通に接してほしいと言われたので、アノンやノクスと話す時と一緒の口調で話している。
「本当ですか、嬉しいです! 授業をすることは初めてなのですが、私は妹と弟がいるので、よく勉強を教えていました。もしかしたらそのおかげかもしれません」
「なるほど。確かにそれは教師としての良い練習になっていたのかもしれな」
教育者の教育機関がないこの異世界では授業の仕方は基本的に独学か先輩の教師に話を聞いたりして学んでいくものだが、妹と弟に勉強を教えていたのはだいぶ教師としての下地となっていたのかもしれない。
人に何かを教えるということはそれだけ自分も学べることが多いからな。
「今日は俺がいたからかもしれないが、もしかしたら突っかかってくる生徒がいるかもしれない。もしもそういった生徒がいたら俺や周りの教師に相談してくれ。一人で抱え込む必要はないからな」
アノンの話によると、ルシアン先生はそれほど魔術が使えないらしい。魔術については環境の差や特に才能の面で個人に差があるからこれも仕方のないことだ。
前世では体格の差もあって生徒が教師に暴力で反発することは稀だったが、この世界では魔術があり、腕力の差など簡単にひっくり返ってしまう。そして身分の差や親の圧力などは前世以上にあるからな。
「お気遣いありがとうございます。本当に困ったら相談させてください。でも、できる限りは自分で頑張ってみます。確かに魔術学園では算術よりも魔術の授業のほうが重要視されるかもしれませんが、算術は便利で生活とは切り離せない科目ですからね。生徒たちに身に着けてもらえるよう頑張ります!」
「ああ、その意気だ」
ふむ、どうやらルシアン先生は結構な熱血タイプらしい。少なくとも以前にいた生徒たちではなく自分のことしか考えていないような教師よりは遥かにマシだ。
自分の教える算術の科目の重要性もよく分かっている。魔術学園の外に出れば算術はどこかしらで必要になるものだ。だからこそ、この学園でもそういったことはしっかりと教えている。
ルシアン先生の方は大丈夫そうだな。これまでがこれまでだったから、まともな教師が来てくれたようでほっとした。さて、あとはイリス先生の方か。
「ま、魔術史の中での魔術の主な転換期は3つあると言われています。前回の授業では魔術の発見、そして魔術の簡略化について学んできました。今日は3つ目の転換期である魔道具の出現について教えたいと思います。魔術史上で初めて魔道具を作ったとされる人物はテオラス=シルヴァーン賢者様と言われております。彼はセリウス国で賢者の称号を受けた人物で――」
Cクラスの魔術史の授業を後ろで見学させてもらっている。算術の授業が空いたことによってかぶっていた魔術史の授業を見学できる時間が空いたからな。
ふむ、以前の魔術史の授業がどのような雰囲気だったのかはわからないが、少なくとも今は授業として十分に成り立っているだろう。俺が後ろで見学させてもらっていることもあって、ちゃんと生徒たちの方を見て背筋を伸ばしている。あれだけでも声は届きやすくなっているはずだ。
やはり生徒たちやノクスと目を見て会話をする訓練や他の訓練は多少なりとも効果があったようだ。まだ少しだけ焦ってしまうこともあるが、もう少し続けていけば問題はなさそうだ。
ただ、声がまだ少しだけ小さいかもしれない。一番後ろにいる俺にはもう少し大きく聞こえた方がいいし、訓練内容に発声練習などを入れてみるか。まあ声だけなら拡声の魔導具を使用するという手段もある。
ルシアン先生に続いてイリス先生の授業もこれで問題なさそうだな。
「そしてまだ教科書には載っておりませんが、ここバウンス国で大賢者の称号を授与されたギル大賢者様の功績も4つ目の転換期となることは間違いないでしょう」
「………………」
「皆さんが普段使われている魔道具の多くはギル大賢者様が発明しました。新たな魔道具や発表された魔術理論の数々はこれまで魔術師の歴史を百年以上進めたと言っても過言ではありません。これまでの魔術の基礎にとらわれない発想は他国も含めて過去にないものでした」
……そりゃまあ前世での科学の知識や技術などをこの世界の魔術に組み込んだものが多いからそれも当然だろう。
う~む、俺が引きこもって研究を続けていた間に世間ではそういった評価を受けていたのか……。完成した魔道具や理論はほとんど商業ギルドに丸投げをしていたから全然知らなかったな。




