第86話 算術の新任教師
「それじゃあノクス、よろしく頼む」
「ええ、任せてください」
「ギーク先生はどこかに行かれるのでしょうか?」
「今日は来週から就任する算術の教師に授業の引き継ぎがあるからな。17時くらいにはまた戻ってくる予定だ。みんなはたまにイリス先生の姿勢をチェックしてあげてくれ。イリス先生のことを思って厳しくな」
「は、はい!」
「承知しました」
引き継ぎがあるから、ノクスが来てくれたのはちょうどよかった。ノクスを相手に普通の会話ができるようになれば、あがり症をある程度克服したといってもよいだろう。
姿勢についてはみんなに見てもらう。シリルはいつも俺へのツッコミが厳しいし、ソフィアはエリーザのメイドということもあって姿勢がとても綺麗だからな。遠慮なく指摘してもらうとしよう。
さて、こちらの新しい算術の教師はどんな人なのだろうか?
アノンが探してきて、ノクスが素行調査をしたから問題はないはずだが、まともな教師であることを祈るとしよう。
「そんな感じで、Bクラスの授業はここまで進んでいます。もしかするとゲイル=カーライル、ハゼン=レイエス、クネル=ハロルドあたりが絡んでくるかもしれません。たぶん大丈夫だとは思いますが、もしも態度があまりにも目に余るようなら、私まで教えてくれると助かります」
「承知しました」
新しく算術の担当となるルシアン先生は俺よりも若い男性の教師だ。
「……それにしてもギーク先生は本当にすごいですね。他の教科も担当されていると聞いていましたのに、それぞれのクラスの進捗度や生徒たちの性格まですべて把握しているとは驚きました」
「恐縮です。これまでにそれなりの経験もありますからね」
「私は教師として生徒たちに授業をするのは初めてなので、これからいろいろとご迷惑をおかけするかもしれません。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。なにかありましたらいつでも声をかけてください」
ルシアン先生は男爵家の子息であるため、言葉遣いが丁寧だ。ぶっちゃけ侯爵家とかよりも身分が低い男爵家の方が貴族社会を厳しく生きているため、礼儀正しかったりするんだよなあ。そして俺は礼儀正しい相手にはこちらも相応の態度で返すようにしている。
俺が平民かつ臨時教師なのに普通に接してくれるようだし、授業の引き継ぎも問題なさそうだ。まあ、教師としての仕事は初めてらしいし、あまり余裕がないのかもしれない。
先輩としてこういったやる気のある新任教師は応援していきたいものである。
「ルシアン先生は今のところ問題なさそうだな。あとは来週実際に授業を確認してみてといった感じだ」
場所は学園長室。
無事に算術の授業の引き継ぎが完了し、俺の研究室に戻って生徒たちを見送ったあと、ノクスとアノンと一緒に恒例の報告会をしている。
「うむ。魔術を使用しない授業だから大丈夫だと思うのじゃが、最初だけ確認を頼むのじゃ」
「ああ、了解だ」
授業の引き継ぎということで、最初の1時限だけルシアン先生の授業に同行させてもらう。今日実際に直接話した様子とこれまでの2人の報告を聞いたところ問題なさそうだが、実際の授業は生徒たちがいて何が起こるかわからないこともあるから油断は禁物だ。
「イリス先生の方のあがり症もだいぶ改善してきたんじゃないかな。最初は確かにだいぶ戸惑っていたみたいだけれど、後半は普通に僕と会話ができるようになってきていたよ」
「そうだな。ここ数日で生徒たちが協力してくれたこともあるが、ノクスのおかげでもあるだろう」
先ほど俺が引き継ぎを終えて研究室へ戻ったところ、ノクスと普通に会話しているイリス先生の姿があった。
もちろんここ数日の訓練のおかげもあるが、ノクスは情報を集めることが得意なこともあって、人と会話をして相手の懐に入るのが非常にうまい。イリス先生も最初はイケメンの異性であるノクスに対して緊張していたようだが、次第に話せるようになってきたようだ。
「会話をするのは得意だからね。それに生徒たちも姿勢が悪くなったらすぐに指摘してくれたよ」
「そうだな。みんなにも感謝しないといけない」
生徒たちも協力してくれて、とてもありがたい。
やはりイリス先生の上がり症には慣れが必要だったようだ。エリーザやノクスと会話をすることは授業をするよりも難しいかもしれないからな。
「算術の授業の引き継ぐが終わって俺も多少時間が空くし、一度イリス先生の授業を見学させてもらうとするかな。そこで授業の様子を見てまだ厳しそうだったらまた対策を考えるとしよう」
「うむ。すまないが、よろしく頼むのじゃ」
今までは授業がかぶっていてイリス先生の授業の様子を見ることができなかったが、時間の空いた今ならできそうだ。
今週の訓練の成果をこの目で見せてもらうとしよう。




